第17話 オッサン進撃
落ちる葉がまだ青い地面を、私は早く。それでいて静かに駆け上がるが、それでも足音は強く鳴る。
偵察に気付かれてない為、奇襲戦に持ち込める以上はそれが可能なように物事を運びたいが、私の経験ではこれが限界である。
私以外。他の冒険者達は、私以上の速さで走ってなお音を殆ど立てずに上がる。あの先輩も軽やかに駆け上がって行く。
自分だけが遅れ、足を引っ張ってはいけないと皆に迷惑だと思った私はより早く足を前に突き出し、上がろうとした時。
「いててて、、、つまずいてしもうた」
ドサリと、私よりも後ろに居た唯一の人であるおじいさんが木の根につまずき、大の字に転がってた。
もう70はありそうな高齢にも関わらず、今回の召集に参加してここまで来る程の元気だが、やはり歳には勝てないのか人間。
「あー派手に転びましたね。大丈夫でしたかおじいさん?」
転んでしまったおじいさんに、私は足を止めて手を差し伸べる。
「いやぁ、スマンスマン。体の自由とかもう少し聞くと思ってたのじゃが、全然効かんの」
「ははは。えーと、お元気で何よりです」
「そうじゃな、心は元気でなによりじゃ、、、、っと、少し静かにした方がいいかもな」
急にシュッと目が細くなったおじいさんにそう言われ、私は咄嗟に後ろを向く。
急速的に駆け上がっていた皆は足を止め、木の幹の裏に隠れて前を見ている。
ジッと、全員が気配を殺し、各々が自らの武器に軽く手を掛ける。
普通ではないただならぬ雰囲気。間違いなく、あの視線の先には敵を捉えている。
確実に居るだろう敵。その敵に対応する為に私は自分の剣に手を掛け、自分の体を地面に倒して皆の視線の先を見る。
やはり、その視線の先には強盗団らしき小汚い人間たちが居た。
一人一人が荷物を可能な限り持ち、是が非でもその成果は手放したくないらしい。もしくは、命よりも金貨が大事かだ。
「どうしますか?先輩。距離的な問題で私達が一番乗りっぽいですけど、他の皆んなはまだ到着していないので到着するまで待つべきですか?」
小声で隣りにいた先輩に相談するが、先輩は顔をしかめて答えを出し悩む。
「そうだね。私は出来れば他の皆んなの到着を待った後に攻撃を始めたいな」
「慎重に行くべきだと、先輩も思うんですか」
「だね。それに、ソラちゃんは出発前に出来るだけ殺さないでってお願いしたから、それを可能にするのなら待つのが一番だね。最高で相手が降伏するから」
戦術的にも、私の心理的にも合った答え。だが、その答えを私達のリーダーを任された男が切る。
「いや、今行くべきだ。一度は追ってを逃れた相手。もしかしたら厄介な相手が一人潜んでいるのやもしれん。俺達が見ているのはコイツ等の中腹。それで見つからないのなら前か、後ろに敵の最強が混じっている。ここで前後の列を断たなければ、前に最強がいたらソイツ等は逃げる為に一つの部隊相手に全力を注ぎ込む。後ろなら前の逆の位置で逃げるだけだ。ここで断てば気付かれるのは違いないが、バレたならバレたで他の仲間は全力で走って来れる。敵の士気や統制も崩壊するから逃走もままならないだろう」
「じゃあ、奇襲、、、、するんですね」
「あぁ、今するべきだ。だが安心しろ、皆んな自分が死ぬようでなけりゃ相手は殺さねぇ」
そう言い、男はホイッスルに似た何かを口に挟み、冒険者全員に目配りをする。
男の決断。その判断に鷹揚と頷き、彼に命を懸ける。
次に私に男は目を配る。震える手と心臓をミンチにする様な罪悪感。けれども、当然答えは唯一つ。
「すみません。私の事なんて考えて頂いて。作戦決断、お願い致します」
覚悟一つ、零した短い言葉を聞き届け、高い音の笛がピュウと長く鳴った。
作戦開始と、先制攻撃を知らせる笛。その笛が一度だけ鳴るだけで敵は慄き、冒険者は報酬の為に我先と飛び出し、静かに配置に向かってた他の冒険者は韋駄天が如く本来の脚力を発揮させる。
本物の人間同士の真剣勝負。最初に動いたのはリーダーで、男は武装したメイスで肝臓に一撃。
奇襲をかけられた上で、最速の攻撃を受けた強盗は武器を落として膝をつくが、その膝が地面に着く前に別の冒険者が強盗の一人を拳で殴り倒す。
その二人を皮切りに、数々の冒険者達は殺しはしない程度に全力で戦う。
乱戦の中、「俺達オッサンは若い者なんかよりもよっぽど手強いぜ」と強盗団の算段を完全否定する言葉を吐くが、この対応力に判断力。若者にはないなぁ、、、、。
ズサァと、足場の悪い山中へ雪崩込む中。私も剣を両手で握って一人の小男に狙いを絞る。
男は荷物を捨て、私の剣と長さが変わらない剣で応戦する。
一太刀、私は相手の肩に剣を当てようと振りかぶるが、相手に打ち返される。
そのまま男は私の腹部目掛けて剣を刺そうと突進するが、自動発動する
転んだ男に、すかさず私は背に剣を数度叩き付ける。
刃を鞘によって隠された剣は刃物としての刺突性はないが、数キロの打撃武器として相手の背を叩き、苦しみを与える。
だが、これでは無力化にならない。背が痛いだけで戦闘の継続は可能。
故にどう無力化すべきか、そう悩む私にカァ!と後ろから声が聞こえる。
轟く声。それは力ある現象になり、強盗の腕と胴に縄の様なツタが急速的に伸び、男を拘束する器具となる。
「ホホホ。大丈夫じゃよお嬢さん。拘束の事は使えるモンに任せな。お嬢さんは全力で戦いな」
杖を翳し、あの時のおじいさんはそこらかしこで同じ魔法をバラ撒く。
私は魔法をバラ撒いてくれるおじいさんを信じ、次の次の次へと変える。
他の冒険者に戸惑う強盗に横槍を入れる形で背骨に膝蹴りをし、地面に押し倒してから剣を振り被って鞘の平で殴って脳を揺らす。
手応えあり。判断した瞬間、私は男から離れて別の強盗を狙う。
男は短剣を取り出し、私へ半月の弧を描こうとした時。男の腕が、人を斬るのを、“忌避”した。強盗である男が、忌避した。
その意味、胸を焼く様な自分への軽蔑感を覚え、歯を強く食い縛って手を打つ。
短剣が手元からポロリと落ち、無防備になった男へ私は慈悲のない打撃を4発与える。
唾液と胃液を垂らして伏せる男に、私はごめんと一言残して剣を振る。
(――今度こそ、ゲーム感覚ではしない)
殺す事を“前提”にするゲーム的な考えを、信じた下らない考えを否定する様に、私は泣きたい心を抑えつけた。
◆
剣を振り続けて多分1時間。筋肉が収縮して腕がカチコチになり、緊張と疲労で小刻みに全身が震える。
だが、頭から出る脳内物質が緊張と疲労を極限まで軽減する。
喉がカラカラに乾き、水を飲もうと空間に手を入れて水筒を取り出して中身を喉に流す。
プハァと一気に飲み干すと、後ろから「アイツ等が手間取っているらしいから助太刀するぞ!」とどうやらあちらに敵の最強が居るらしい事も報告する。
新たな命令に、一息付いていた皆んなは直ぐに立ち上がり向こうの援護へと向かう。
無論、私も水筒を空間にしまうと疲労を引き摺って援護に回る。
「ぜーはーぜーぜー、、、、。ぬっ、ふっふふ。ねぇねぇ、空ちゃん!聞いてよー!私ね、もう2人もとっ捕まえたんだよ。凄いでしょ?褒めて褒めて!で~ち・な・み・に、空ちゃんは一体どの位取っ捕まえ、、、、ぜーはーぜーは」
「先輩、体力ないんですから無茶しないで下さいよ」
「だっ、大丈夫、、、、。私は、2人も取っ捕まえたMVPだよ~。この程度で、へこたれたりなんてぜはーぜはーはー」
「はいはい分かりましたから、先輩黙って息整えて下さい!」
無駄に元気良くワーキャー騒ぐ先輩の背中をなんとなく擦り、なんだか虚ろな目に色を入れようと頑張る。
というか、先輩は2人程度でどうしてそんなに喜んでいるんだ。私でも8人は無力化したから、他の人は多分10以上はあるよ。
「あぁ、だから目が虚ろなんだ。今じゃなくて、もっと前からね」
「え?何?0?も~空ちゃん、そんなに小さい声で隠そうとしなくたっていいよ。私は、空ちゃんが弱くても大丈夫なくらいに強いから!」
「是非それ位強くなって下さい。魔王討伐に強すぎて悪いなんて事ないと思うんで」
「えへへ~。褒められたっっとぉ!?」
目をにまーと細くして頭の後ろに手を回し、私に褒められた事を喜ぶ先輩は、ズッコケた。
それはもう盛大に、顔から突っ込んで行くレベルで。
「あぁ、目を瞑っちゃいけませんよ先輩。ここ山ですから」
まだ目に血が行ってないのか、と小声で呟いて膝を折り先輩に手を伸ばした瞬間。
閃光の様な矢が、右手の甲を貫いた。
「ッ!!」
声を出す暇がない激痛。
皮膚を裂いて血の管を破き、骨を砕いた矢は私に対して発したのを火蓋にして無差別に冒険者を襲った。
「クソッタレ!運がねぇな!よりにもよって敵の『クラス』が『狩人』だとは!」
冒険者の一人が声を上げ、自らの不幸を嘆くと、シュッと矢が飛んで脇腹に深く刺さる。しかも位置を完全に特定されたのか太ももに、腰に追い撃ちをされる。
というか、クラスって一体マジで何だよ!
「先輩、今回は自分で起き上がってくださいよ。私はあの人を助けますんで」
右手の痛みを我慢しながらドジっ子先輩に自分で立ちやがれと暗に告げると、私は指先に意識を集中させて深呼吸をする。
救助失敗イコール私の死とも過言ではない行為。ある意味人を殺す事よりもゲーム的とも言える行為に、私は動揺、、、、せずに自嘲一つしてダッシュする。
(ぶっつけ本番で、失敗は死?超ヤバイ救出だ。だが、しなくてはあのおじさんは死ぬ。でも、そんなリスクを私が背負う理由が実はない。皆んな死ぬ覚悟が合って来た。私が助けなくたって誰も攻めはしないだろう。普通に考えて自己犠牲オンリーの行動なんて
ゲーム的だ。
れども――
(自己犠牲オンリーでも、人が人を助けるのは
全力で足に力を入れ、私は男へ跳躍する。
若葉を散らせ、僅かだが土をも巻き上げた自分でも信じられない程に鋭い跳躍は瞬時に男の体の上へと来る。
私と男がすれ違う刹那のタイミング、それを私は逃さず鎧に隠れる襟元を掴んで勢いそのままに、飛んだ時の様に若葉を舞わせて転がる。
(位置ズラシにも成功した。けれども強盗は私を逃さないだろうな。だから、、、、今から空を切り裂く矢が飛ぶ“予定だ”)
そう、予定だ。だが、私なら確実に撃つし、撃たない理由はない。
何故かって?簡単だ。
死なない為、私は視線を即座に先程男へ向けて矢が放たれた位置へ向ける。
1コンマでもいい、視界にさえ映れば私に生き残る芽はある!
決死の覚悟の私に、強盗は確実に狙っただろう矢を放つ。
正しく閃光。放たれた矢はソニックウェーブを伴って目に見えない速度で飛ぶ。
だが――それこそが“弱点”だ。
放たれた矢。それは私の首へと飛翔して刺さる。
鋼鉄の鏃は私の薄い皮膚を裂き、血の管を破き、骨を、、、、砕かなかった。
砕く前。いや、僅かな小さい血管までしか到達出来なかった矢は私の命を奪うには足りなかった。
「ははは。こんなアドリブ、もう金輪際渡りたくねぇな。でも、いや、アドリブだからこそでもあるのかなぁ?今、すごい位幸せだぁ」
一撃は避けたが、二撃目まで避ける算段はない。
私は緊張か喜びかで震える足を立たせて近くの木の裏へ逃げる。
不自然に、木の葉が特定の何かにぶつかって一部に落ちない地面を残して。
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