セカンドダイス
セカンドダイス 第1話
開店前に一通りお店の中を見渡すのが日課だったりする。売り物のコーヒーを自分のために淹れる。少しこだわっているのは実は自分が美味しく飲見たいからだったりする。
だからお客さんの中で話題になっていたりすると密かに喜んだりもするのだ。
それを飲みながら、昨日の夜にみんなが遊んでいったボードゲームを確認する。
定番の、カタンやドミニオン。宝石の煌きにチャオチャオ。小箱のito《いと》やごきぶりポーカー、ニムト、キャット&チョコレート。話題のキャンバスにアルナックの失われし遺跡など。
昨日もたくさん遊んでくれたことに感謝しながら箱の中を確認して、コンポーネントがなくなってやしないか確認していく。
チャック付きのビニールにはそれぞれ、何が何個と丁寧にひとつひとつ書かれていてその中身が数と一致すれば大丈夫なようにはしてある。
昨日も智也君がいくつか終わらせてくれたようで、いくつはチャック済みなようだ。
終わっているものから順番に棚へと戻していく。基本的にはプレイ人数。ボードゲームの特性を表すメカニクス、箱の大きさの順番で並べている。しかし、あまりに多様化しすぎたボードゲームを綺麗に並べたことは一度だってない。
解けないパズルみたいに絶対にどこかがしっくりこなくなってしまうのだ。
それだけ、種類が増えたということはボードゲームが世間に広がっているのだと。それは素直に喜ぶべきなのだろうが。細かいところまで気になってしまう
それに頭を抱えるのはそれだけではない。人が増えればトラブルも増えると言うが。それにしたって今回のはことは気にかかる。
「おはようございまーす」
そう元気よく入ってきたのはアルバイトの智也君だ。この春採用したばかりなのだ、ずいぶんと早くからボードゲームにのめり込んでいった。オタク臭く言えば沼に沈んでいったというやつだ。
それにしても今日は随分と早い。というか、今日は出勤の日じゃはいはずだ。
「おはよう。なにか忘れ物でもした?」
ぐるりと店内を見渡すけれどそれらしきものは見当たらない。
「違いますよ」
なんだ違うのか。見渡した分、損した気がする。このあたりの思いを以前妻に話したら。ボードゲーム思考過ぎて怖いと言われた。
仕方ないのだ。ひとつの行動行動に意味があって、それがゲーム全体を作っていく。それが日常に反映されてしまっていちいち損得で考えてしまうのだ。
問題があるとすれば何が損で何が得なのかルールブックに書いていないことか。
「昨日のボドゲのコンポネチェック終わってなかったんで、夏季講義の前にやっちゃおうかと思いまして」
真面目だ。真面目過ぎると言ってもいいくらいだ。コンポーネントのチェックをそこまで短くするのはいかがなものかとは思うけれど。
「昨日も繁盛したものねぇ」
しみじみとそう呟いたのが何かのツボに入ったのか智也くんは途端に笑い始める。
「店長なんだかおじさん臭いですね」
おじさん臭いのではなくおじさんなのだと思うのだが、そう言ってくれるということは若く扱ってくれている証拠だと思って黙っておく。
それに。
「こんなにたくさんの人に遊んでもらえるなんて思ってもみなかったから」
ふと昔を思い出してしまうのだ。自分のお店を持つだなんて、自分で言っておいて信じられなかったあの頃をだ。
「そうなんですか?店長のことだから昔から人に囲まれていたんだと思ってました」
そうだったら、このお店を開いてはいないんだよ。そう口にするのはやめておく。智也君に話すような内容じゃないし、なんだか自慢話になってしまいそうで嫌だったのだ。
「最初の頃は大変だったんだよ。今よりボードゲームなんて言葉、普段聞かない言葉だったし。今なんかメディアとかで取り上げられているのが信じられないくらい。だから、知る人ぞ知るみたいな趣味でさ。それでお店やるなて言ってもだれも信じてはくれなかったし、実際オープンしてからも人が来なくて大変だったんだから」
へー。と興味津々にこちらを見つめてくる智也君に急に恥ずかしくなって。
「智也君もコーヒー飲むかい?」
そう聞いてみる。
「あ。いえ、飲み物買ってっきたんで大丈夫です。それにコーヒーって苦くて苦手でして」
若い返答にちょっとだけ拍子抜けしながら、最初の頃、飲んでいたのを思いだす。
「そうだったんだ。なんか気を使わせちゃってごめんね」
「そんなんじゃないですよ。ここにきたころはちょっと背伸びしていたと言うか。大学生になって浮かれてたんですよ。大人の仲間入りした気分で。コーヒーくらい飲めなきゃダメなんだって」
あまりに眩しすぎる若者の言葉に手で目を隠してしまう。
「店長なにしてるんです」
真面目にそう質問されて。戸惑ってしまう。
「あっ。いやなんでもないよ。バイト代出すから、ちょっと手伝ってもらおうかな」
もしかしたら最初からちょっとだけシフトを増やしたかったのかもしれないと思い。そう提案する。大学1年生の夏休みなんていくらお金があっても足りないはずだ。
「ありがとうございます!」
そう元気な声が帰ってきて。やっぱり若いなと思う。
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