相手になりたい 第7話

「え。どうしたらいいんだろ。とりあずは手当り次第めくっていっていいんだよね?ハコオンナは子供部屋か赤い部屋にしかいないんだから」


 順番はハル、ミツル、敬子けいこの順だ。ジャンケンで決めても良かったのだけど、座っている席順のほうがわかりやすいと、チヒロから時計回りということになった。


「そ、だから最初は思い切ってもいいけど徐々に追い込まれていくから注意してね。あと、手番を始める際にやってもらうことがあるの」


 そう言ってチヒロはディスクと呼ばれる円形の木のコマをいくつか用意してきた。そしてそのディスクの数枚にはなにやらボールを半分にしたものがくっつている。


「物音チェックって言ってね。みんなが行動するときに物音を立てちゃったかどうかをこれで判定するの。まあ、そんなに難しくなくてこの土台となるチップにディスクを積んでくだけ。実際に音とを立てちゃいけないわけでもなくて、崩したら音を立てちゃったことになるって感じかな」

「いや、積んでくだけってチヒロ。そのチップなんか突起か付いてるんだけど」


 ハルが突っ込みたくなるのも無理はない。ディスクと同じ高さくらいボールを半分にしたものがくっついているのだ。それの上に音を立てないで乗せるというのか。


「意外と簡単だから大丈夫だよ。基本的にはこれのあとに置く人が難しいだけで」


 そう言ってチヒロが見せてきたのはさきほど気になったボールを半分にした突起が付いているディスクだ、他のが黒色に対してひとつだけ赤いのが不気味さを引出はせている。


「えー。なにそれ。物音立てちゃったらどうなるのよ?」

「ハコオンナがみんなのことを察知して動きます」

「ずっと最初の位置にいるんじゃないの?」

「そんなことしたら簡単でしょ。こっちも動くよー。みんなのそばまで来てても教えないよー。怖い能力もあるよー」


 なんともいきいきとしている表情を浮かべるこなのかと本当に楽しそうなのを見て恐怖心を抱いてしまうのはゲームとして正しいのだろうか。コンセプトには合っている気がする。なにせ、絶望の中の脱出劇を今から繰り広げるのだ。これくらいの不安と恐怖がないと面白くない。


「とりあえずは積めばいいんだよね。そっと置けば大丈夫でしょ。この突起がある部分に置けばいいの?」

「そうだよ。それを片手でやってね。手を離したあとにディスクが滑って突起から離れたらその時点で崩したことになるから慎重にね」


 ふたりの会話は気軽に聞こえるけれど息をするのも忘れてしまいそうなほどの緊張がその場に漂っていたりもする。


「ちょっと、みんなもっとリラックスしてよ。こっちまで緊張しちゃう」


 そうハルが手を止めるのも無理はない。場に流れる空気はボードゲームカフェであることを忘れさせるくらい張り詰めているのだ。

 片手で黒いディスクをチップへと近づけていく。手が震えないように真剣になっているのがその表情からも見て取れる。


「えっ。ちょっとこれ思った以上に滑るんだけだど。怖くて手を離せないよ。あっ、でもチップに触ればそうでもないかも」


 口を動かす余裕はあるみたいだ。でもなかなかディスクから手が離れていかない。自分の番が回ってくるのかと思うと、今から不安になる。そういう細かい作業が苦手なわけじゃないけれど、どうやら赤い突起物がついたディスクは敬子の番で置くらしいのだ。


「よしっ。無事に積めたよ」

「はいっ。じゃあ、出来る行動はみっつだよ。部屋を移動する。物陰を覗き込む。アイテムを使う。このみっつね」


 敬子が余計なことを考えていたらハルが無事に積み上げていた。ディスクは突起物により傾いていて机に触れてしまったら崩れてしまいそうでもある。


「とりあえずここには物陰ひとつだから覗けばいいのかな」

「そうだと思う。なにが起こるかわからないしね。ハコオンナがいないのは今時点では間違いないしそれでいいと思う」

「ええ。それでいいと思いますよ」


 チヒロがにやにやしている中、ハルがチップを恐る恐る裏返す。


「えっと。ガソリン?チヒロ。これなにに使うの?」

「ハコオンナの弱点かもしれない道具だね。それに対応してバツが描かれたチップもあるんだけど、そっちが弱点で最初に隠したチップもそれね。隠したのがなにかを探り当ててから対応した道具を使うとイキノコルミチ達成だね」

「えっとつまり?」

「倒せるかもしれない道具を手に入れたってこと」


 なるほど。とひとり納得する。確かにチヒロが最初に選んでいたチップがあった。それが何かを当てるためにめくっていって他の選ばれなかった弱点チップを探し当てればいいのだ。みっつある弱点のうち、見つからなかったひとつが弱点ということになる。


「じゃあ、次は私ねー」


 ミツルが黒い通常のディスクを手に取るとあっさりするほど簡単に乗せてみせた。


「意外と簡単だったねー。めくるチップもないから隣に移動するよ。居間に行ってみようかな」


 自分の分身であるコマを隣の部屋である居間に動かしてミツルの手番は終了した。そしていよいよ敬子の手番になる。


「手番ってパスできたりもするんだけど、この赤いディスクのときだけは強制なんで覚えてください。ちなみに全部で5つあるディスクを全部積み終えてもハコオンナ動くからよろしくね」


 自分の手番が来るのを心待ちにしているのかチヒロがワクワクし始めている。いや、始まってからずっとか。性格がいいのか意地悪いのかわからないなこれは。


 と、人のことを気にしている余裕はない。赤いディスクを受け取るとそれをまじまじ眺める。突起物は中心ではなくて丸の端に位置している。それを徐々にすでにふたつが積まれて斜めになっているディスクに近づける。


「小室さんがんばって」


 小さい声でハルが応援してくれる。手が震えないようにゆっくりと置いていく。心臓の音が邪魔だと思えるくらいに積むのが怖い。

 それでも迷いを振り切って持っていた手を離す。


「やった!」


 敬子自身より他のふたりが喜んでいる気がする。それが微笑ましく思える。


「じゃあ、ポックリさんがひとりだと使えないみたいなので、ミツルさんと同じく居間に行きますね」


 先程読んでおいたアイテム説明を思い出しながら行動指標にする。そっと自分のコマをの1Fホールから居間へと動かす。


「さ、次はハルだよ」


 チヒロがやけに嬉しそうにそう告げる。そして、物音チェックのために積み上がったディスクを見てにやにやしている。


「えっ。これってもしかして」


 ハルがディスクを手取ったまま止まった。


「無理ゲーってやつでは?」


 その言葉を聞いてから敬子は自身が犯した過ちを見てけてしまった。


「突起が重なって傾斜エグいことになってるね」


 ミツルの声も絶望に満ちている。敬子が置いたディスクの突起が土台についている突起と垂直の位置にあるため次に置くディスクが置けそうにないのだ。


「ひぃ。そうことも考えないといけないのか」

「ご、ごめんなさい。私がもっとちゃんと考えて置いていれば」

「いや、いいんですよ。こんなの失敗に入らないですよ」

「ハルなんてもっとたくさん失敗してるもんね」


 賑やかなままのテーブルの空気が不思議に思えてしまう。これが旦那とやっていると、こうならないのはなんでなのだろうか。


「ま、とりあえずチャレンジしてみてよ」


 チヒロに促されてハルが真剣にどこか諦めながらディスクを置いた。でもすぐに滑り落ちて積んだものと一緒に崩れる。あー、と残念がるふたりに申し訳無さがこみ上げてくる。


「これでハルの行動はできなくて、ハコオンナが行動するよ」


 そう言うチヒロはやっぱり嬉しそうだった。

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