所詮は遊び 第8話

「というわけでさ。先輩の気持ちが全てじゃないけど、ボードゲームの奥は深いというのも知っとくといいよってことでこれやってみない?」


 店長が上機嫌で持ってきた箱には可愛らしい猫みたいな人がたくさんいて、のどかなファンタジーな町の様子が描かれている。


『リトルタウンビルダーズ』


 そう書かれたその箱を、美穂みほたちの目の前に置くと、景気よく上箱を取り除く。


「猫耳生えてる。人っていうか猫が人型なのね」


 上箱を店長から奪い取って食い入るように美鶴がそれを眺めながら言った。


「元々はインディーズ作品なんだけど面白くて話題になった結果メジャー作品になったボードゲームだね。海外にまで進出して今や有名ボードゲームの一員だよ」


 インディーズ?海外?なんだか大きな話が出てきて頭がこんがらがる。インディーズというからには会社じゃなくて個人が作ったゲームということだろうか。音楽みたいにそんなことが行われているってなんだか実感が沸かない。


「ボードゲームにインディーズとかあるんですか?」


 はるが同じ様に疑問に思ったのかそう店長に尋ねる。千尋あたりも身体を乗り出している辺、気になるところらしい。


「あるよ。日本はむしろ活動が活発な方だね。そうだ。犯人は踊るだって最初はインディーズだったんだよ」


 へぇー。4人が同じ様に感心するのを店長は満足げに頷いている。


「ボードゲームって作れるんですね」


 考えれば当然のことなのだけれど、細かいルール設定に面白いと思える絶妙なバランスに人が作ったことを考えたことなんてなかった。


「ほんと。考えればすごいことだよね」


 千尋ちひろがおんなじような感想をいだいていたのか同意してくれる。


「おっと。話がそれたね。これはリトルタウンビルダーズ。いわいるワーカープレイスメントと呼ばれるジャンルのゲームだよ」


「ワーカプレイスメント?」


 美穂を含め何人かの声が重なって聞こえる、おそらく声に出さはかったのは千尋くらいだ。声が揃ったのがおかしかったのか店長の笑顔がより一層、緩んでいく。


 他のお客さんに対してもこうなのだろうかと思わないでもない。自分たちならともかく新規のお客さんにそんな締まりのない笑顔をみせているとびっくりしちゃうのではないかと心配にもなる緩み具合だ。


「ワーカーとは労働者のこと。プレイスメントは置くことの意味だね。つまり、労働者を派遣してその場所で物を手に入れてゲームに勝つための点を稼ぐのが目的って言うゲームのことだよ。まあ、言葉で説明してもよくわからないから。コンポーネントを広げるね」


 コンポーネントとはボードゲームを構成するコマとかコインとかタイルとかカードとかのことだ。


「えっ。かわいいっ!」

「ねっ。かわいいね。これって魚だよね。このコマ猫耳ついてる」

「あっ。建物も可愛くない?テンション上がるよねー」


 コンポーネントを広げながら美鶴と春がはしゃいでいる。気持ちは分かる。色ごとに与えられたネコ型コマを手にとってにやにやしてしまう。シンプルだけど可愛らしいその小さなコマが手元に来るだけどちょっとした幸せを感じられる。大げさかもしれないけど、ボードゲームのいいところのひとつだとは思う。


「そのコマがワーカーだね。これが4人で遊ぶときはひとり3個。それとお金チップの1と書かれたものを3枚。家の形をしたコマが6個。それと、これから配る目標カードを3枚が個人の最初の持ち物だ」


 店長がそれらのコンポーネントを全員に配ってくれる。


「それとこれね」


 ひときわ大きな四つ折りにされたボードを広げていく。それをテーブルの中央に置いた。そこには、草が生い茂ったマップみたいなものに岩と湖と森が描かれている。正方形に線で区切られていて、マス目になっている。横が9マス。縦が6マスだ。


「これがタウンボードって言ってみんながワーカーを配置する場所ね。それともう1個」


 そしてその隣に細長い二つ折りのボードを置く。0から39までの数字が色々な柄でぐねぐねしながらぐるりと一周するようになっていて、その隣にはビルドと英語で書かれた建設中の建物が書かれた広い部分とラウンドとこれも英語で書かれた1から4のまあるいマス。


「これが勝利点と呼ばれる、ゲームに勝つための点数をカウントする得点ボードです。あとは資源コマ4種類。魚と麦と木と石のコマで、お金はお金チップがあります」


 すでのここまでの説明で頭がついていっていない。しかしそれもいつものこと。やってれば何となく分かると思える。そんな経験値が積み上がっているくらいにはボードゲームで遊んできているのだと思うと随分と成長したような気もする。


「じゃあ、順番に説明しますね」


 店長もそれをわかってくれているのか、丁寧に説明してくれている。でもこれも仕事だもんな。慣れっこなんだろう。


「スタートプレイヤーを決めたらその人から順番に手番を行っていきます。各手番で出来ることはふたつ。ひとつは手元にいるワーカーコマをタウンボードのなにもないところ。それを草原と言うのですがそこに置く。もうひとつは得点ボードのビルドと書かれたところにワーカーコマを置いて建物を立てる。このふたつです」


 店長は千尋のワーカーコマを実際に手にとって動かしながら説明してくれる。急に敬語になるのは店長の癖だ。ゲームの説明をしてくれる時だけそうなってしまうのだけれど、本人が気がついているのかは不明だ。あまりに説明しすぎて身についたものなのだろうとは思う。


「草原に置くことを労働。建物を立てるのを建築と呼びます。このふたつの行動により多くの勝利点を獲得した人の勝利。みんなにやってもらう行動としてはそれだけ」


「はい!労働すると何が起こるんですか?」


 元気よく手を上げたのは春だ。率先してこういった時、気になることを聞いてくれる。これもひとつの処世術だと思うし、それが上手な春を羨ましくも思う。


「いい質問です。労働をすると周りにある8マスの効果を受けることが出来ます。タウンボードに森、山、湖が描かれていますね。これが各資源に対応しているんです。なので、ここに置くと」


 店長がワーカーコマを置いたのは森、山、湖の3種類がちょうど周囲8マスにある草原だ。


「対応した、木、石、魚。をひとつずつストックから獲得することができます。これはゲームが進むと建てられる建物があった場合も同様で、そのタイルに描かれた効果を受けることが出来ます。タイルはいろいろな種類があるのでその都度説明しますね。建物は建築していくことで増えていきます」


 ボードの隣に置かれた複数枚のタイルを指差しながら確認している。隣に置かれているコマを指さしてここがストックね。と付け加えてくれる。こういうときは敬語じゃないんだよね。


「じゃあ、この湖がふたつくっついているところは、ふたつ魚を獲得できるんですか?」


「そう。その通り。そうやって労働で得た資材を使って建物を立てるんです。建てられるものは畑が5枚とランダムに選ばれた12枚。でも今回は初めての人用の鳥が描かれたタイルを使います」


 そう言ってタイルをひとつみんなが見える真ん中に置いてくれる。


「これは畑のタイルなんだけど左上に描かれているのがこの建物を立てるために必要な資材。下に描かれているのが効果です。この場合、この絵は麦を表しているので麦をひとつストックから獲得してください。そして右上。これが勝利点です。ゲームが終了した時に最終点数に加算されるようになってます。なので、たくさん建てるのも目的のひとつになるかな」


「店長。頭がこんがらがってきました!とりあえずやりながら教えて下さい!」


 春が元気よく手を挙げる。たしかにそのとおりだとは思う。


「ちょっとまって。もうっちょっと大事なことがあるのでそれだけ説明するよ。ワーカーコマを全員が順番に置いていって、全員が置ききったらラウンドが終了。次のラウンドに行きます。この時大事なのは、ワーカーコマ分の食料を用意しなくてはなりません。食料は湖で取れる魚か畑で取れる麦の2種類。これが給料の代わりなので払えないと勝利点がマイナスになってしまうので、そうならないように気をつけてください。ここまでを1ラウンドと数えて合計4ラウンドで終了です」


 店長はラウンドと描かれたまあるいマスを指差す。


「そしてもうひとつ。最初に配った目標カードは達成したら勝利点を獲得できる各自別々の目標が設定されたもの、これは達成した時に宣言して公開してください。後で宣言されても確認が難しいものもあるから気をつけてください。あっ。お金を3つ集めると好きな資源に変えられるからそれも忘れないでね。えっとあとは……」


 ふう。と春がため息をつく。もうそろそろ限界そうだ。そういう美穂自身も実は頭はパンクしていて細かいところはすでに理解できていない。やりながら確認するのが良さそうだと判断して、割り切っている。

 そうして千尋をみるとじっとボードを見つめて何かを考えてるみたいで、ちょっとだけ呆れるのだ。


 あんたのボードゲーム好きは筋金入りだよ。到底かなわない。それがちょっとだけ悔しくてそれがなぜだか自分でも理解できなかった。

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