ボドゲデイズ

霜月かつろう

無数の世界へようこそ

無数の世界へようこそ 第1話

「これはごきぶりです!!」


 仮にもカフェである店内に物騒な声が響き渡る。ギョッとして店長の方を見るが小太りの中年は肩をすくめるだけで動こうとはしない。周りの客もだ。それはそうで、声を出した本人はカードを1枚テーブルの上に差し出しているだけだ。


「さぁ。これはごきぶりだよぉ」


 追い打ちをかけるように彼女はカードを差し出した相手に言葉を投げつける。それに対して差し出された側に座っている相手はむむむと頭を悩ませ始める。


 頭では理解できたつもりではいたが、その異様な光景を目の当たりにするとどうしても体が反応してしまう。店長の様にこれが日常になる日が来るのだろうかと関口智也せきぐちともやは考える。そうしている内にテーブルの一つから飲み物のオーダーを頼まれた。ドリンクサーバーに向かう途中で店長に声をかける。


「あれ、いいんですか。あんな大声であんなこと言って」


 店長は一瞬なんのことか分からなかったようだけれど、すぐに「まあ、ゲームだからねぇ」と一言だけ言って仕事に戻ってしまう。ゲームだからってあんなことを大声で……。


「これはごきぶりじゃありません!」


 こんどは別の声が店内に響き渡る。そう口にしてからその声の主はは差し出されたカードをめくる。


「あー!!ごきぶりじゃん!?チヒロひどいよ!ごきぶり4枚揃っちゃった。これでまけだぁ……」


 カードを差し出された方の娘がテーブルに突っ伏す様に崩れ落ちる。どうやら決着がついた様だ。


 彼女たちが遊んでいたのはごきぶりポーカーと言うボードゲームだ。そしてここ『セカンドダイス』はそういった世界のボードゲームが遊べるボードゲームカフェと呼ばれる場所だ。


 カフェの中だと言うのにごきぶりと騒いだり、店長やお客さんが気にも止めないのは全部ゲームだからであり、実際にそれがそこに存在している訳ではないのだから当然の反応なのかもしれない。でも、聞いていて気持ちのいいものではない。


 以前に店長に文句を言ったこともあったけれど、聞こえてきて嫌なものだから押し付けあうゲームとして成り立っているので、君がそう思うならよくできたゲームの証拠だとまで言われてしまった。


 そうかもしれないけれどカフェの中でごきぶりとはいかがなものかと常日頃から疑問に思っていることの一つだ。ほかの動物はまあ、許せるかな。とぼんやりと思い出す。たしか……ごきぶり、コウモリ、蝿、ネズミ、さそり、カエル、蜘蛛、カメムシが登場するはずだ。


 全部店で叫ばれたらやだな。やっぱり許せない。

そんなことを考えながら働いていたら店長が声をかけてきた。


「ねえ。智也君。あれ考えてくれた。あれ」


「はぁ。あれですかぁ」


 あれとは今度駅の構内で行われる地元のお祭りの話だ。なんでも地域の商店街が協力して開催するみたいで、このお店も含まれていた。まだまだ認知度の低いボードゲームを広げるチャンスだと店長が息巻いていたのを覚えている。


 そして智也はそれの出張店を任されてみないかと言う話だった。


 正直乗り気ではない。バイトも始めたばかりだし、ボードゲームについて知識も少ない。なんならお客さんのほうが詳しいくらいだ。


『なんで僕なんですかね』


 以前に頼まれたときにそう店長に聞いた。


『だって智也君かっこいいじゃない。ボードゲームってオタク臭いところあるからさ。知らない人たちからしたらかっこいい人の方が食いつきいいかなって思うわけよ』


 わからないでもないけれど、そう言いだす店長ってどうなんだろうとも思う。いや、オタク臭いと言う部分の話だ。自分の容姿に自信を持ったことなんてない。


「いや。やっぱり入ったばかりでよくボードゲームの事わかってないんで辞退してもいいですか」


 見た目で決められるのはどうなのかとも思い断った。


「そっかぁ残念だな。智也君ならたくさんの人にボードゲームを広げられると思うんだけど」


 本気で残念がる店長を見て要は客寄せパンダなんだよなと思い。そんな理由なら断ってよかったなと納得する。だからと言って信頼の元、お願いされてもそんな大役は努められないと断っただろうけど。


「えー。智也さんお祭りでないんですかぁ」


 先ほどまでごきぶりポーカーで遊んでいた娘のひとりが声をかけてきた。カードを差し出していた方だ。確か名前はチヒロと言ったっけ。聞いたわけではない。胸に付けられた名札を読んで知っただけだ。


 このカフェには相席システムがある。人数が足りない時や、ひとりでやってきても遊べるようにそうなっているのだ。初対面での呼称を迷わないように名札をつけてもらっているのだ。当然ニックネームを書く人も多い。チヒロの場合、本名みたいだけど。


 店長が智也と呼ぶものだから常連さんにもその呼び名が定着してしまった。近しい年のお客さんにそう浸しく呼ばれるのはなんだか不思議な感じがする。


「ま、まあ。ボードゲーム種類が多すぎてよくわからなくて」


 そう言って店内を見回す。つられてチヒロ視線も店内へと移る。


 店内の壁に作られた天井近くまでそそり立つ棚。その中には大中小。様々な大きさのボードゲームが収められている。色とりどりなものからシンプルな一色のもの。ほとんどが四角だが丸や三角なんてものもある。


 いつだったか店長にここに何種類あるのか聞いたことがある。大体400くらいかなぁと言っていて驚いていた智也に向かってに店長は『倍は欲しいんだけど置いておく場所がなくてねぇ』と想像もできないようなことを言っていた。


「そうですよねぇ。私たちなんて3個か4個しかやってないですし」


 まあ、たいていの場合そうなる。お店にあるボードゲームの多さにまずは驚き、どうしていいかわからず、店長のオススメをルールを聞きながらプレイする。そのオススメされたボードゲームを何回かやりこみ、慣れてきたら次へと言った具合だ。チヒロたちのグループも通い始めて2か月くらい経つがようやくボードゲームに慣れてきたところだろう。


 えらそうなことを述べているが智也自身もバイトを始めて2か月。彼女たちと何も変わらないラインに立っている。智也自身、週3のバイト勤務では正直わからない事の方が多い。


「これだけあるとちょっとね……」


 常連のお客さんになるとそれこそ智也なんかよりよっぽどボードゲームに詳しい。古いボードゲームから最新のもの。それと話題作なんかも店長とよく話をしているのを聞いている。まるで異次元の話に、耳を傾けるけれど内容はさっぱりだ。


 まれにルールの解釈の問い合わせや、店員オススメを聞かれることがあるけれど、とてもじゃないがなんにも答えられない場面がほとんどだ。


 正直、このバイト向いてなかったんじゃないかと思ったりしている。特に難しい仕事が多いわけでもないし、店長が厳しい訳でもない。ほかのバイト仲間ともうまくやってるつもりだ。でも、このお店にいる人と決定的に違うことがひとつだけある。


 みんなボードゲームが好きでたまらないのだ。智也はそれが少し気になっていた。ボードゲームが好きでも何でもないのにここにいていいのかと。


 興味がない訳じゃない。むしろ、仕事で扱う物だ興味はある方だし、積極的に関わろうとはしている。それでも、みんなの熱量には程遠い。そう考えてしまう。


「それならしょうがないですね。店長で我慢します」


 そういってチヒロは笑い始める。近くにいた店長は顔をしかめている。そちらは気づかない振りをしておこうと誓う。


「チヒローもういっかいやろう!リベンジ!!」


 チヒロがいたテーブルから声がかかる。同じテーブルの娘はまだチヒロを負かそうと息巻いている。


「わかったー。今いくから準備しておいてー」


 チヒロはそう返事すると少しだけこちらに振り替えると。「じゃね。智也さん」とだけ言った。


 その姿がバイトとお客さんの距離感でなくて少しだけドキドキしてしまう。向こうにその気なんてないんだ。気のせいだと自分自信に言い聞かせどうにか静める。


「ずいぶんと仲がいいようだね」


 頑張って静めたのに店長に言われてまた少しだけ心臓が早くなるのがわかる。


「からかわないでください」


 そう取り繕ってはみたものの、店長のしかめっ面は変わらない。


「恋愛してもいいけどトラブルにだけはならないようにね」


 真面目なトーンで言われてしまい、から返事をしてしまう。そんなつもりないのに、そう思うけれど、店長に昔なにかあったのかも知れないな。と、ぼんやり思う。


「了解です。一応心に止めておきます」


 そう答えると店長は少しだけ驚いた顔をした。


「あれ。本当に脈ありなんだ」


 そう、とぼけた顔でそう続けた。なんだか術中にはまったみたいで少し落ち込みすらする。


「いいじゃない。基本的には賛成だよ、ボードゲーム趣味同士の恋愛」


 含みのある言い方が気になるが、店長も悪気がある訳じゃないみたいだ。


「すみませーん。ルール教えてもらいたんですけどー」


 別のテーブルから声がかかった。


「智也くんいけそう?」


 聞けば何度か説明したことがあるボードゲームだったので、大丈夫ですと答える。


「よし、じゃあお願い。ここではゲームを提供しているけど、こっちはあくまでも仕事です。それだけは忘れないようにね」


 店長は口癖のようにその言葉を口にする。わかってます。そう心で返事しながら呼ばれたテーブルへと向かった。

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