第6話 謎のホームラン

「――私がクラスの、学年の、いや学校のマドンナ的存在だっていうのは認めるけどさー。私ってほら、このとおり純情じゃない? だから2人から同時に言い寄られるとか困っちゃうわけ。それに私とどうしても付き合いたいって気持ちはわかるけど、だからって嘘つくのは良くないよねー。でもそんな見え透いた嘘をついてまで私を奪い合いたいだなんて……私って、罪な女……」


 早く断罪されてしまえと思いながら、僕はしたり顔で語る剣崎さんを白けた目で見ていた。


 剣崎さんが部室を訪れてから早1時間。やっと彼女が真面目に話始めたと思ったのも束の間、なぜか僕たちは永遠に終わることのなさそうな自慢話のループへと足を踏み入れていた。


 ほんと、どうしてこうなった。


「なるほどなるほど。罪な女、っと……」

「恭子さん、そこはメモしなくていいです。あと今の台詞の大部分はさっきと同じなのでカットしていいと思います」


 恭子さんは黒革の手帳を机に置いて、剣崎さんの長話を逐一メモしていた。

 正直、言ってる内容はほとんど同じか、中身のない話ばかりで、有益な情報は得られそうもない。


 けど、恭子さんはメモを取る手を休める気はないようで、


「同じことを何回も言うってことはそれだけ重要ってことだよ。照らし合わせることで相手の嘘を見破ることだってできる。それに、何の気なしに言った言葉のほうがその人の本心に近いからね。聞き洩らさないように注意しなくちゃいけない。だから松下君。私のメモを邪魔する暇があるんだったら、キミは事件の概要をそこのホワイトボードにでも纏めておいてよ」


 と、やや怒り気味に返されてしまった。素っ気なくプイっと僕から視線を逸らす。


「は、はい……わかりました……」


 僕はそんな恭子さんの粗雑な扱いに不満を持ちつつも、他にやることがないのも確かだったので、無駄話を聞き続けるくらいならと自分に言い聞かせて渋々席を立った。


 部室の奥に置かれているホワイトボードの所まで向かい、マーカーを取る。


 剣崎さんの話を要約するとこうだ。


 剣崎さんは野球部の2人――エースの白川さん(3年)と4番の赤松さん(3年)から同時にお誘いを受けた。


 どちらもイケメンで学校の人気者。彼氏にするには申し分ない。

 けど、本人曰く純情な彼女はどちらか一方を選ぶことなんてできなかった。


 どうしようかと考えた末、いつも春先に行われる紅白戦で直接対決をして条件をクリアできた方と付き合ってあげてもいいと言った。


「剣崎さん。もう一度聞くけど、その条件というのは、白川君の方が『赤松君からヒットを打たれないこと』、赤松君の方が『白川君からホームランを打つこと』で間違いないかな」

「そうそう。私は確かにそう言ったわ。2人がいる前でね」


 剣崎さんの話がひと段落ついたのか、恭子さんが質問しているのを背中で聞きながら僕は板書を進める。


「なのにあの2人ったら、紅白戦があった次の日に私を呼び出してなんて言ったと思う? 『『剣崎の出した条件はクリアした。俺と付き合ってくれ』』って言ったのよ――2人同時に!!」

「う~ん、そこがわからない」


 恭子さんが難しい顔をして唸る。僕も同じ気持ちだった。


 剣崎さんの言う通り、紅白戦があった翌日の月曜日、呼び出された彼女は2人から条件をクリアしたという報告を受ける。


 『4番からヒットを打たれない』『エースからホームランを打つ』という2人同時には成しえない条件のはずなのに。


「一応聞いておくけど、例えば白川君が『ホームランは打たれたけどヒットは打たれてないからセーフ』なんていう往生際の悪いことを言っていたという可能性は?」

「それはないと思う。なんか2人ともホームラン打った打ってないでめっちゃ言い争ってたし。ていうかヒットとホームランって同じなの? よくわかんないんだけど」


 剣崎さんが不思議そうな声音で呟いたのが聞こえた。

 自分で出した条件じゃないのかよ!?


「まあそれはともかくとして。この話の中で一番の問題は、彼らのどちらかが嘘をついていることじゃないよね」


 恭子さんが事もなげにそう言うと、剣崎さんが眉をひそめた。


「はぁ? じゃあ何が問題だって言うのよ」

「一番の問題は、その紅白戦を見に行ったはずの剣崎さんが2人の直接対決の結果を知らないことなんだよ」


 そうなのだ。剣崎さんは2人にお願いされる形で、件の紅白戦を友達数人と現地観戦していた。


 試合を見てたなら、彼らのどちらかが嘘をついているかなんて一目瞭然のはずだ。

 だというのに、剣崎さんは2人の対決の結果を知らないという。


 考えられる理由はただ1つ。

 それは――


「――私、野球とか全然興味ないからその試合自体あんまり見てなかったんだよねー」


 剣崎さんが真面目に試合を見ていなかったということである。

 先ほどのヒットとホームランうんぬんの話でもしやとは思っていたが、やはりそういうことだったか。


「剣崎さんは紅白戦が行われた黎明学園球場にいる間、試合を見てないのだとしたら何をしてたの?」

「そりゃあ友達としゃべったり、スマホいじったりとか? あ、でも全く見てなかったわけじゃないから」

「じゃあ、白川君と赤松君について見ていたこととかがあったら教えてくれないかな」

「えぇ~っと……あっ。赤松君が、その……一塁っていうの? とにかくそこらへんを走っているときになんかわかんないけど私にガッツポーズしてきたのは目に入ったわ。そのすぐあとに、ご……次のバッターとハイタッチしてるところとか」


 なんでそう断片的にしか見てないんだ! と僕は叫びそうになったが、よくよく考えてみたら、走っているときにガッツポーズという時点でもう答えは見えたも同然だった。


 赤松さんがホームランを打ったのだ。でないとガッツポーズなんてするわけない。剣崎さんみたいに野球知識に疎い人はわからないかもしれないけど、試合中に打者がガッツポーズを見せるのはホームランを打った時しかない。


 しかもそのすぐあとにハイタッチをしたとも言ってるし、ホームランだと確信してガッツポーズしたけど外野フライでしたなんていう恥ずかしいオチでもなさそうだ。


 赤松さんはホームランを打った。これは間違いないだろう。


 だとすると白川さんが嘘をついていることになるけど、なんでそんなわかりやすい嘘をついたんだろう。剣崎さんにはバレなくても赤松さんには一瞬でバレるのに。 


 たとえ赤松さん一人を勢いで押し切れたとしても、試合に出ていた他の部員に証言されたら剣崎さんにだってすぐにバレる。嘘をつくメリットが見当たらない。


 ……いや待てよ、白川さんが嘘をついていない可能性もまだあるのでは?

 例えば、


「赤松さんがホームランを打ったのは白川さんからじゃなかったとか?」


 僕が思ったことを率直に述べると、恭子さんと剣崎さんが少しびっくりしたように顔をこちらに向けてきた。


 え、なにその『なんか知らない人が急に話に入ってきた』みたいな感じ。ちょっと傷つくんですけど。


 そして恭子さんはその出来たばかりの傷を更に抉るようなことを言ってきた。


「松下君。キミはおバカさんかな? もし仮に赤松君が白川君以外からホームランを打ったとして、剣崎さんに向けてガッツポーズなんてすると思う? 赤松君が剣崎さんと付き合える条件はあくまで『白川君からホームランを打つこと』なんだからそれはありえないよ」

「ちょっとあんたさぁ、余計なこと言って邪魔しないでくれる?」

「すみません……」


 恭子さんの非の打ち所がない反論と剣崎さんの火が出るような叱責に、僕は涙目になって謝ることしかできなかった。

 もう思いつきで意見するのはやめよう。

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