17.△+▽=




「ふふ、先輩ったら顔赤くしちゃって、かわいいですね」


 目の前の光景が現実のものとは思えなかったが、触れ合う肌の感触、ふんわりと漂ってくる匂い、クスクスと俺を見て笑っている声があまりに生々しすぎた。


 理解を越えた状況に、俺の思考が鈍る。異様に体が熱かった。さくらと肌が触れ合っている部分が、敏感に熱を持っている。頭がクラクラする。


「な、なにを……やっているんだ? さくら、お前……」


「なにって……、見て分からないんですか? 先輩とエッチしようとしてるんですけど」


「え、えっち……って」


「セックスって言った方が分かりやすいですか?」


 さも当たり前のことであるように、さくらはそう言った。

 そこでハッとして、俺は視線を巡らせ、自分が置かれている状況を確認する。


 俺とさくらは有に大人二人が寝られるくらい大きなベッドの上にいた。さくらは一切衣類を身に纏っていない全裸の状態で俺の上にまたがっていて、よくよく見れば、俺もまた全ての服を脱がされた状態にあった。

 ベッドの隅に、俺の服と、さくらが着ていたと思われる服が、脱ぎ捨てられているのを視界の端で捉えた。


 ベッド意外には何もない空間で、確かに視界を確保するだけの明かりはあるもの、それ以外は真っ黒な空間だった。気味が悪い。明らかに異常な場所だ。そのせいか、目の前に裸のさくらが居る状況でも、どうにか俺は理性を保っていた。


「ど、どこだよ……ここは……」


 俺は下手にさくらを刺激しないように、落ち着いた声でそう聞いた。明らかにおかしい。もしかすると、さくらは悪魔に操られているのかもしれない。


「ここですか? ここは昨日、アモデウスに作っておいてもらった異空間です。『色欲』の大悪魔お手製の、子作り専用ルームですよ、先輩♡。つまりエッチをするための場所です、ほら、何かここにいるだけでゾクゾクして、体が熱くて、気持ちよくなりませんか? 場所的にはそうですね、先輩たちがいたショッピングモールと繋がっていた所です」


「ど、どういうことだよ……、あ、アモデウス……っ? あ、悪魔?」


「やだなぁ、先輩ったら。先輩も既に知ってますよね、『悪魔』のこととか、『勇者』のこと、そして『魔王』のことも、『痣』のことも」


 さくらが唇に指を当てて艶っぽく笑いながら、さくらが自分の胸元にある『逆三角形』の痣を撫でた。その拍子に、さくらの大きな胸が揺れる。


「な、なんでさくら、お前がそれを……」


 俺は動揺する。さくらには確かに最初、リヒトのことについて相談しようとした。けれど、何となく話すタイミングを失って、結局何も言っていないままだ。そんなさくらが、何故……。

それに痣の話については、俺が知っているのは『六芒星』の痣のことだけで、それ以外のことは知らない。


「せんぱーい。ちょっとは自分で考えましょうよ。先輩から何も聞いてないわたしが、『異世界』の事情について知っている理由なんて、ひとつしかないじゃないですか」


 さくらが小馬鹿にするように笑いながら、俺を見下ろす。

 言われて、俺はさくらの言った言葉の内容を思い返す。『アモデウス』という初めて聞く、おそらく悪魔の名前を、さくらは口にした。つまり……。


「悪魔と、協力してるって、ことか……?」


「せーかいですっ! 先輩! ちゃんと考えられて偉いですねぇ、よしよし」


 そう言って、さくらはもったいぶるような手つきで、俺のヘソの下辺りを撫でた。さくらの手に触れられた部分が強く熱を持って、動機が激しくなる。同時に、背筋にゾクゾクとした寒気も走った。

 そんな俺の反応を見て、さくらが楽しげに笑う。


「悪魔と強力なんて、何を考えて……っ」


「何言ってるんですか先輩。先輩こそ勇者と天使に協力してるくせに」


「で、でも、悪魔って……っ」


「悪魔だから何だって言うんですか。まさか先輩、悪魔だから絶対的に悪い奴だぁ、なんて面白くないこと考えてる訳じゃないですよね」


「っ……!」

 

 確かに……。あの天使セリスの言動なんて悪魔みたいだからな……。平気でチンコもぎ取るとかいうし。リヒトも急に俺の生活に割り込んできて無茶苦茶にしてくるし。


 さくらはやけに冷めた目で俺を見下ろしたかと思うと、不意にまたいつもの笑みに戻る。


「まっ、でもわたしからしたら、悪魔が悪だろうが勇者が正義だろうが、どっちでもいいんですけどね」


「は……?」


「ねぇ、先輩」


 さくらは年下の女の子とは思えない程、色気のある笑みを湛えながら、俺に顔を寄せてくる。

 倒れ込むように俺の上に重なってきて、目の前数センチの距離に、さくらのつぶらな瞳があった。体と体同士が触れ合う面積が一気に増えて、理性が吹き飛びそうになる。頭と体が熱い。苦しい。


 さくらは俺の耳元でささやくようにして、言葉を続ける。

 

「ねぇ先輩……、先輩があの超カッコいいイケメンの勇者さんと出会ったのって、本当に最近のことですよね」


「そ、それが何なんだよ……」


「実は異世界のことに関しては、わたしの方が先輩なんですよ? 先輩」

 

 さくらが自分の脚を遊ばせるように俺の脚に絡めながら、種明かしをするマジシャンのように得意げに語る。本当に楽しそうだ。


「わたしがアモデウス……、あぁわたしと一緒に住んでいる悪魔の女の子のことですけど、アモデウスと会ったのは、二か月くらい前なんです」


 二か月前と言うと、大体四月くらい。俺が入学してきたさくらと知り合ったのも、大体それくらいの時期だ。


「あれは高校の入学式から家に帰った時ですかね。帰ったら一人の不思議な女の子がいたんです。ツノと羽と尻尾の生えた、不思議な子でした。初めは夢か何かと思いましたね。でもなんと、その子は異世界から来た本物の悪魔だったんです!」


 その唐突な出会いには、覚えがある。俺もそうだ。ある日家に帰ったらとんでもないイケメンが居て、驚いた。しかもそいつは自分のことを勇者だと名乗り、本当に規格外の力を持っていたのだから奇妙な話だ。


「アモデウスはわたしに言ったんです。一人の男の子とエッチして、子供を作ってくれって。そうしたら何でも一つ願いを叶える権利をあげるからって」


「……それ、で?」


「まぁそれいいかなぁって思って、わたしはその男の子を探すことにしたんですね」


 やけにあっさりした語り口調で、さくらは言う。明らかに軽い。願い事……? 権利? 悪魔にはそんな力があるのか?


「アモデウスが言うに、そのわたしがエッチしないといけない男の子の特徴は、『わたしと同じ高校に通う男子』で、『背中の首筋辺りに三角形のあざ』があって、『童貞』って感じだったんです。だからとりあえずそれっぽい男の子に手当たり次第に声をかけたんです。先輩もその内の一人ですね」


 あぁ、そういうことか。


「だから……、お前はいろんな男子にちょっかいかけてたのか」


「まぁそんな感じですね。結構楽しかったですよ」


 さくらが校内の男子に手当たり次第に声を掛けて、思わせぶるような態度を取りながらも、一切に彼らの告白を受け付けず、本気になろうとしなかったことに、そんな事情があったなんて。

 さくらのような女の子が、俺と関わろうとしたのも、そういう理由だったのだ。


「……ま、まさか、最近この辺りに出るって言う痴女って」


 俺は悪友の雄飛から聞いた、ここ最近この近辺に出没してウチの高校の男子生徒を襲っているという痴女の話を思い出した。


「いやいやいやいや。あれは違いますよ。あれはアモデウスです。流石のわたしも、校内全部の男子と仲良くなって痣を確認するのは無理なので、役割分担してたんです。アモデウスは『色欲』の悪魔らしくてですね、ちょーっと性欲が強すぎるせいか、痣の確認をするついでに襲っちゃってたみたいですけど。……あっ、わたしはそんなことしてませんよ? 実際にこうして襲うのは、先輩が初めてですから」


 そう言って、さくらが自分の胸を押し付けるようにしながら、俺の首に手を回して、密着してくる。やわらかい。やわらかいやわらかい。このままの状態だと脳が沸騰しそうだった。

俺はそんなさくらを押しのけようとしたが、体に上手く力が入らない。


「ふふ……っ、先輩の……ビクビクしててかわいい、ちょっと焦らせすぎちゃったかな。ごめんね、先輩」


「お、お前はいいのかよ……、好きでもない俺と、こんなことして……っ」


「いえ? 先輩のことは好きですよ? 確かに先輩に近づいた理由は今言った通りですけど、先輩はまぁ別に不快な人じゃありませんし、昨日のデートも結構楽しかったですし、普通に好きですよ?」


 何かが、致命的にズレていた。俺という人間と、さくらという人間の間で、根本的な価値観がズレている。

 このままじゃダメだと思って、俺はとりあえず何か言葉を繋ぐことにした。


「いつからだ……? いつ、俺がその件の男子だって分かったんだ? そもそも俺とお前で子供をつくって、何になるっていうんだよ!」


「あっ、気になります? そうですねぇ。まず怪しいと思ったのが、今週の……たしか水曜日でしたっけ? 先輩が珍しく、先輩の方からわたしに会いに来てくれた時です」


 俺がリヒトと出会った翌日だ。相河さんが転校してきた日。


「あの時、先輩が急に『お前が家に帰ると、家にとんでもないイケメンがいるとする』とかいう訳の分からない例え話をした時から、何か怪しいなぁって。その時は別に、先輩がわたしの探している男子だと思ったわけじゃないですけど、先輩の言うその状況が、わたしがアモデウスと会った状況とあまりに似ていたので。――で、とりあえず放課後、アモデウスにそのことを話したんですね。そしたらアモデウスが自分の分身を作って、先輩のことを捕まえようとしたんですよ! 結局、勇者に邪魔されちゃったらしいんですけど」


 俺は帰り道に突然地面が爆発して、仮面をつけた謎の悪魔に襲われて、それをリヒトに助けられたことを思い出す。


「それで先輩と勇者が繋がってることが分かって。で、もっと先輩に近づいてみようと思ったんですね。で、次の日の放課後、先輩の後を付けて……、先輩の背中に抱き着いたの覚えてますか?」


 あれはまさにリヒトと共に『花咲さんと仲良くなろう大作戦』を決行している最中だった。リヒトと花咲さんが話しているのを、物陰から見ていたら、突然現れたさくらに背中に跳び乗られて――。


「あの時、か」


「はい、あの時先輩の首筋のちょっと下辺りに『三角形』のあざがあるのを見つけたんです」


「その、『三角形』の痣が何だった言うんだ」


「うーん、本当に知らないみたいですね。どうやら悪魔側と勇者側でも持ってる情報が違うのかな……。まぁっ、そこらへんの詳しい話はわたしにも分からないんですけどー、アモデウスが言うには、『三角形』の痣を持った先輩と、『逆三角』の痣を持ってるわたしとの二人の間にできる子供が、『六芒星』の痣を持つ『魔王の前世』?という役割を持つみたいなんですよー」


 その話を聞いて驚いたような顔をしている俺に、さくらは「知らなかったんですか?」と顔を上げて、首を傾げていた。


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