もふもふ大好き聖女の異世界のんびり生活

ファンタスティック小説家

万能魔法の候補生

第1話 夢と冒険の世界へ



 早朝、現代都市。

 車駈ける横の道を女性が歩いている。


 過酷なる徹夜作業を終え、世界で一番嫌いな会社という牢獄から出てきたところだ。


(すこし、冷えるなぁ…)

 

 夏なのに、少し肌寒い、冷たい朝焼け。


 ビルの間に反射して見える、太陽の目覚めの煌めきが虚しい。女性は涙をこぼす。


 相原友里あいはらゆうりは社畜だ。

 毎朝6時に起きて、家に帰ってくるのは夜の11時。日付をまたぐ事も珍しくはない。


 1週間がんばって乗り越えても、休日は日々の疲れから15時間以上眠ってしまい、夕方近くに起きて「ああ、せっかくの休みも無駄にしちゃったな……」とまた涙をながす。

 

 人生の意味がわからなくなっていた。


 借金を作り逃げた兄。

 身を粉にして働く日々。

 得意のご飯を作る気力はない。

 惣菜パンと弁当ローテーション。


 それだけが相原友里の人生だ。


 子供の頃から大好きな『ポケットノモンスター』の新作が今日発売する。

 しかし、友里にはもう大好きなポケモンと冒険する時間などない。


(…大人って難しいな…ママ、パパ……)


 朝日に照らされる鋼鉄の都市のまんなかで、ポロポロと、とめどなく溢れる涙を、堪えきれなくなっていた。


 誰もいないバス停のベンチに腰掛ける。

 他界した両親と自分が写っている写真を取りだした。


 両親が買ってくれた、たくさんのポケモンのぬいぐるみに囲まれて幸せそうな自分。

 

 もうあの頃にはもどれない。


「メェエ」

「……?」


 友里は横を見る。

 ベンチにちょこんと、白毛が座っていた。

 ふわふわ、もふもふ、なんだろうこれ。

 

(ちっちゃいヒツジ……、どうして…?)


 東京のど真ん中に野羊がいるわけはない。


 明らかに怪しい。

 けれど、疲れきっていたので、その仔羊を枕にするように横たわった。さっきまで日向ぼっこしてたのか、太陽の香りがする。

 

「メェエ」


 柔らかかった。

 もこもこした毛は心地よく疲れた心を受け止めてくれる。


「あっ」


 仔羊が走り出した。

 道路に飛び出していってしまう。

 向かってくるは、大きなトラック。

 運転手は仔羊を白いビニール袋かと勘違いしたのか、まるで止まる気配はない。


「だめーっ!」

「メェエ!」


 ユウリは仔羊を助けるために駆け出した。



────────────────────────────────



 友里が目を覚ました時、彼女は視界いっぱいに広がる青い空を見上げていた。


 背中がチクチクする。

 ここは草原。緑豊かな草原か。

 ずいぶん長い事、横たわっていたような気がした。


《あら、こんなところにお客さんなんて、珍しい事もあるものね》

 

 静寂の水面を揺らす声。

 軽やかで綺麗な星の調べが聞こえる。


 友里はその声に振りかえる。

 緩やな丘のうえに声の主人を発見した。


 透き通るような海色の瞳。

 天使の輪ハイロゥを宿す艶やかな長髪が風に揺れる。ただし──幼女が就寝時に着るような、羊の着ぐるみを着用していて、神秘的な声ほど見た目に真面目な雰囲気はない。


 まわりには3匹の羊がいる。

 2匹は草をはむはむ。1匹を枕にする形で、綺麗なその女性は寝転んでいた。

 

「あの…あなたは誰ですか?」


 美しい女性にだすねる。


《私は女神。もふもふを司る女神モフッテモよ》

「……」

《その目を知っているわ。その目はね、ユウリ、あなたがまじで関わりたくない人間に向ける目よ》

「ど、どうして…知っているんですか?」

《ふふ、だって、ずっと見ていたもの。友里がモフモンに夢中になった、あの日から、ずっと──》


 女神モフッテモは慈愛の微笑みをうかべ、空間に無数のスクリーンを表示した。


 すべてのスクリーンに、友里がこれまでの人生で体験してきた出来事が、第三者の視点で映し出されていく。


 はじめてぬいぐるみを買ってもらった日。

 ぬいぐるみに囲まれて笑う幼き日の友里。

 羊牧場に遊びにいった遠足。

 猫を拾っては、元いた場所に返す日々。

 たぬきを手懐けて、秘密裏に育てた冬。


 そして、両親にふりかかった悲劇の一報を聞き、呆然として立ち尽くす高校生の自分。


《高校生の文化祭、両親が見にくると頑なに言い張るものだから、あなたは強い言葉で拒絶してしまった》

「ママ、パパ……」


(本当は喧嘩するつもりなんてなかった。あれが両親との最後の会話になるなんて、知ってたら、絶対に酷いこと言わなかった……)


 友里と両親の別れは突然であった。

 以来、兄とともに祖父母の家で暮らして来た友里だったが、心のどこかに錆となってかつての事件は巣食いつづけた。


《多くの困難がありましたね》


 優しく語りかける女神の声。

 友里は堪えきれなくなり、これまでの人生という長い旅路をふりかえる。

 険しい試練ばかりだった。


「ぅぅ、ママ、パパも死んじゃって、兄ちゃんは借金作って逃げて…昔は優しかったのに、なんでわたしを置いて逃げたのって、お兄ちゃんはわたしの救いだったのに、お兄ちゃんはわたしなんかじゃ、ちっとも救われて無かったんだって……それで、それで……っ!」


 そこから彼女の人生は止まってしまった。


 流れる時は灰色で、覚えてる顔はみんな暗い影ばかり、日常は白く無機質だった。


 朝起きて、今日も会社に行かないとと考える。自分を人間ではなく、会社を回すためのパーツと考えれば苦痛は減った。


 そうしないと耐えられなかった。


《でも、小さな動物の命を救い、愛でて、慈しむ優しい心だけは失いませんでしたね》

「……違います、わたしはあの子たちを助けて、わたしが救われたかっただけなんです。本当に救っていたのは、自分のため…」


 ユウリはスクリーンに映し出された、ダンボールに詰められた子猫たちを見る。

 ダンボールはかつてのユウリによって拾われ、里親が探された。

 ほかにも映像は流れてくる。

 道で轢かれたたぬきを道路脇に寄せてあげたり、汚れた野良猫に惣菜パンをあげたり。


《小さな幸せを他人に与える事ができる。これはとても立派な事ですよ、友里。あの世界は心優しいあなたが生きるには、難しかったのでしょう》

「……はい、本当に、難しかったです」


 スクリーンに病院に運ばれるユウリの姿が映し出される。医者が死亡を宣告し、部屋には遺体だけが残された。


「……そっか、わたしは、死んでしまったんですね」


 辛い日常から解放されたことに、友里は納得してうなずく。


 女神モフッテモは、静かに泣き出した友里の肩に手をそえて、優しく抱きしめた。


(すごく、温かい…女神さま、ママだ…)


 女神はささやくように語りかける。


《試練は終わりました。あなたは無事に資格を得たのです。だから、もう頑張らなくていいのですよ》

「ぅぅ、わたし、わたし……これま、で、ずっと…毎日、がんばって、がんばって、けど、何もできなくて……!」」

《わかっていますよ。あなたは十分に頑張った。だからもう、これ以上泣かないでいいのですよ、友里》


 永遠の安らぎが訪れるのは怖くなかった。

 友里が泣いたのは、自分の人生が無意味なもので終わってしまったことが、激しい虚無感を彼女の心に生んでいたからだ。


 何のために生きたのか。

 意味あることを為せたのか。

 やりたい事をただひとつでも成したのか。


 友里は真面目な性格だ。

 自分の価値を考えないではいられない。


《あなたの人生に意味はありましたよ、友里。だって、あんなに頑張ったじゃないですか。たくさんの哀れな動物に、幸せをくばったではありませんか。それに、あなたの頑張りは、私の心を動かし、女神として権限を使い『救済』をさせるにいたったんですから》

「女神さまの、救済ですか……?」


 スクリーンの友里の遺体近くに、白い羊が現れた。誰もいない部屋のなか神聖ならオーラを放ち、羊は友里の体を光のなかへ運んでいく。


《新しくやり直せば──今度こそ自分の意志で生きればいいのですよ、新しい世界で。私はあなたのファンなのです。だから、もう泣かないで、楽しく笑っている顔を見せてくださいね……子どもの頃のように》


 女神は抱きしめる腕をゆるめて、友里をそっと解放した。


 友里は体の違和感に気がつく。

 

「あれ、体が、小さくなってる……?」

《それが新しい世界でのあなた、二度目の友里の姿──ユウリですよ》


 女神は優しく微笑み、ユウリの前に鏡をだした。海を閉じ込めた深い青瞳とさらさらの長い黒髪の美しい少女が映っていた。


 どことなく女神モフッテモと同じ顔立ちをしているその美しい少女の年齢は、およそ10歳ほどだろう。


(これが、わたし? うっわ……美少女…)


 すべてが完璧な造形。

 人類が最後にたどり着く芸術。


 ユウリは引くほど美人に作り替えたもらって、ありがたいような、恐れ多いような気分になった。


 それもそのはず。

 女神は本気を出しすぎていた。


 過剰な称賛などありえない。間違いなく世界でもっとも美しい少女と断言できる美少女──を、長い時間かけて、複数の芸術の神を招待して、丁寧にこしらえていたのだ。


《さあ、ユウリ、あなたの新しい人生のためのパートナーを選ぶのですよ》

「む、3匹の中から1匹……」


 ポケモンマスターを目指すユウリの胸が熱くなった。


 ユウリの目がキラキラひかる。女神の口笛を吹いて、寝転んでいる羊たちを呼んだ。


 みんな立派な羊であった。

 角がない羊。角がある羊。双角がある羊。

 あんまり羊には詳しくはないので、ユウリにわかる違いは角の数くらいだった。


《彼らはモフモンの租たる、伝説のモフモンです。世界を越えて動物──まあ、モフモンみたいなものでしょう──を愛するユウリなら、きっと心強いパートナーになってくれますよ》


(モフモン……ポケモン……?)


 ユウリは女神が自分に合わせて冗談を言ってくれているものと考えることにした。


「それじゃ一番可愛い、角がない子にします!」


《その子の名前はモフゥーレ。心優しく強く、偉大な勇者です。良い子を選びましたね》


 女神はニコッと微笑み、伝説のモフモン──モフゥーレをユウリに託した。


《さあ、旅立つのです。夢と冒険の世界へ》

「ありがとうございました、女神様、わたし楽しんで来ます!」

《ふふ、はい、気をつけていくのですよ。自分の気持ちに正直に生きてくださいね──》


 女神の愛しむ抱擁を受けて、ユウリの視界は真っ白な光に包まれていってしまった。


  






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