僕の青春英雄譚

総督琉

十五歳、時にそれは人生の分岐点である。

 僕は、十五歳である、

 だがしかし、僕はある過ちを犯してしまった。


 ※※※


 それは少し前のこと。

 僕が住むこの町に、謎の光が落下したのだ。

 奇跡的にその光は僕しか見ていなくて、学校で話しても僕の話を信じる者は誰一人としていなかった。

 だけどーー


「ねえ。その光が落ちた場所に一緒に行こうよ」


 彼女だけは、僕の話を信じてくれた。


 彼女の名前は桐野江きりのえ 桂華けいか。僕の幼馴染みだ。

 彼女には母親がいない。

 彼女は心の隙間を埋めるため、いつでも僕のそばにいて、悩んだ時も僕を支えてくれた。いつの間にか彼女は、僕のかけがえのない、そんな存在になっていた。


「桂華。気をつけて進めよ」


 僕と桂華は森の中、光が落ちた場所へと歩いていた。

 木々が生い茂る道を進み、時々ハプニングに見舞われながらも、光が落ちたその場所についた。


 光が落ちた場所には穴があった。

 とても深く、見ているだけで吸い込まれそうなその穴を、桂華は躊躇いなく覗く。


「ねえ。飛び込んでみる?」


「ーーえ!?」


 僕が返答をする間もなく、桂華は僕の手を掴んで穴の中へと飛び込んだ。


「ちょ……桂華!?」


 死ぬかもしれないというのに、なぜか桂華は笑っていた。

 好奇心旺盛な彼女に惹かれ、僕はこの穴の先に何があるのかを待ち遠しくなっていた。


「楽しみだね」


「うん」


 目映く輝く光に包まれ、僕と桂華は地に足をつけた。

 僕たちがいた場所は初めて見る景色。

 ファンタジーの中の冒険者ですら、こんな景色は生涯で一度として拝めるものではないだろう。


「ねえねえ。ここってさ、天国かな?」


 僕は改めて周囲を見渡す。

 僕たちの回りには何もなく、ただ周囲に光が輝いているだけ。足がついているのかも分からない謎の感覚を味わいながらも、僕たちは何かを待つ。


 僕たちの前に現れたのは、一人の美しい女性。

 白く透き通る瞳に純白の肌、背には神々しい羽を生やし、美しいまでの白一色の服を着ている。


「では、これより転生を行います」


 何も理解できていない僕たちに、白髪の美女はいきなりを始めようとしていた。


「すいません。僕たちって……死んだんですか?」


 僕は彼女が喋ろうとした言葉を遮り、質問をした。彼女はそんな僕の問いに笑顔で答えた。


「ここは異世界よ。多分地球にある穴に飛び込んだんでしょ。残念ながら死ぬということはないわ。これからあなたたちの新しい人生が幕を開けるのだから」


、ですか?」


「あなたたちは、年齢に応じた転生を行ってもらいます。では、先に君の方から始めるので隣の君は下がっていてください」


 桂華は後ろに下がった。

 僕は少し怯えながらも、彼女のそばへと進んだ。


「あなた。年齢は?」


「年齢によって何か変わるんですか?」


「そうよ。年齢によって転生する種族が変わる。見てごらん」


『・ゼロ歳から五歳ーーゴブリン

 ・六歳から十歳ーーウルフ

 ・十一歳から十五歳ーー天使

 ・十六歳から二十歳ーーリザードマン

 ・二十一歳から二十五歳ーーミノタウロス

 ・二十六歳から三十歳ーーウィザード……』


 彼女が差し出してきた紙にはそう書いてあった。

 僕は十五歳。だから僕は天使になる。だが、僕には憧れていた種族があった。


『リザードマン伝説』

 その話はここいらの子供では知らない者がいないほどに轟いているお伽噺とぎばなしであった。

 その物語の主人公はリザードマンであり、彼は世界を脅かす強大なる龍に一人で挑み、そして勝利した。


 その話を読んだ僕は、それ以来、リザードマンに憧れていた。


 嘘なんかついてもバレない。

 バレたところで、笑って誤魔化せば良い。


「僕は……二十歳です」


 ーー僕はこの日、嘘をついた。


 ※※※


 目を開けると、目の前には海が広がっていた。

 赤紫色から赤色を取り除いたような空の美しい蒼色が海に反射し、太陽の輝きが燦々と照れている。


 僕と桂華は砂浜で、僕たちの足元まで進んでまた海へと戻っていく波を眺めていた。

 セミもいないのに聞こえるセミの鳴き声に耳を傾け、僕たちは"異世界"、というような場所で時を過ごしていた。


「きれい……だね」


「ああ」


 海で遊んでいるのはリザードマンやヒューマン、猫耳を生やしたヒューマンもいれば、羽を生やした天使もいる。

 そんな多くの種族が入り乱れるこの海に、巨大な一隻の船が沖へ着き、停まる。


「ねえ。私、あの船に乗りたい」


 桂華は無邪気に僕に言う。

 船を見ると、多くの若い者たちが船の中へ入っていくのが見えた。


「じゃあ行こうか」


 僕と桂華は船に乗り込む入り口の前へと来た。

 桂華が通る際には何も言われてなかったが、僕が入り口を通ろうとした瞬間、入り口の横に立っていた男が僕が入るのを止めた。


「お客様。この船に乗れるのは十五歳までです。十五歳を越えているあなたはご遠慮ください」


 何を言っているんだ?

 僕はまだ十五歳だぞ。


 そんな顔をしていると、察した男は鏡を僕に見せた。

 鏡には龍の頭をし、細身の体をし、さらには尻に尻尾を生やした男が映っていた。よく見ると、その男は僕と同じ動きをしている。


 そういえば白髪の美女が言ってたっけ。

 ーー転生者の年齢は種族を見れば分かります。年齢が十五歳から十六歳になると、天使からリザードマンへと変化します。つまり、種族とは年齢そのものです。


「桂華。僕は外で待ってるから。楽しんで来て」


「うん。じゃあすぐ戻ってくるから」


 今気づいたのだが、桂華の背中には小さい羽が生えていた。天使のように真っ白な羽が。

 天使ということは、桂華は自分の年齢を正しく言ったのだろう。


 僕は桂華を見送った後、桂華が戻ってくるまで砂浜で横たわる。


 僕が静かに空を眺める。

 空を飛行機のように真っ直ぐと飛ぶカモメを見て、カモメにも生き方があるのだと学ぶ。


「あーあ。つまらない」


 僕は桂華が帰ってこないかを確認するため船を見ると、船へ入るための入り口がしまっていた。そして船の煙突から煙が上がり、船はどこかへと出発してしまった。


「おい……嘘だろ……。桂華は…………。桂華あああああああああああ」


 渾身の叫びを船へ届けるが、船は止まらずに遠くへと行ってしまった。

 僕の生きる意味である桂華は遠くへ行ってしまった。もう、桂華に会うことはできないんだ。


 泣きながら砂浜で横たわる僕。

 涙が僕の隣を歩く蟻と同じ速さで頬をつたる。


 そういえば、昔、お爺ちゃんが言っていたっけ。

 ーー道端で転がっているだけなら、石を投げつけられても文句は言えない。だが、進む奴は石を投げつけられてもそれを跳ね返すことはできる。そしていつか教えるのさ。俺の方が上だとな。


「お爺ちゃん、僕は進むよ」


 僕は船が行った方向へと進んだ。


 森をさまよい歩き、やがて一つの古民家についた。

 石畳の外装はボロボロでカビが生えており、住んでいる者がどんな人なのかを想像する。


「おう。どうかしたのか?」


 僕がそのボロい古民家を見ていると、一人の女性が古民家からでてきた。

 金髪碧眼の彼女は頭からは猫耳を生やし、きれいな顔立ちはどんな世界でも通用する美しさを有している。そして何よりもスタイルがいい。


「君、そんなにボロボロで大丈夫か?」


 長い間森を歩いていたせいか、服は泥まみれでボロボロになっていた。


「シャワー、浴びてくか?」


 ※※※


 気づけば、僕は小さな一室でシャワーを浴びていた。

 やはり泥まみれの体では気持ち悪かったのだ。


 僕は桂華を救えるだろうか?

 僕は桂華とまた会えるだろうか?

 というより、この世界からもとの世界に戻れるのか?

 考えても答えは曇って分からない。


 僕はシャワーを浴び終わり、用意されていた服に着替えて僕を家に入れてくれた女性がいる一室へと向かう。


「シャワー。気持ち良かっただろ」


 僕の目の前には、バスローブ一枚を羽織っただけの女性がいた。


「はい。とても気持ち良かったです」


「布団、ひいておいた。今日は泊まっていけ」


「いいんですか?」


「ああ。それに、話し相手は欲しかったところだ」


 僕は布団に入り、彼女の話を聞く。


「まずは自己紹介から。私はルーナ。この森にいるゴブリンたちの世話をしている」


「確かゴブリンの年齢はゼロ歳から五歳だったか」


「ああ。彼らは子供だ。それに近くにはミノタウロスという狂暴な種族が住んでいる。だから私はゴブリンたちをこの森に住まわせている」


 ルーナさんの優しさに触れた。

 彼女は誰よりも誰かを思っている。


「君はさ、転生者だろ」


「どうしてそれを?」


「私も転生者だからだよ。その時、私は二十六歳だったからウィザードになった。私は魔法を使い、盗賊を倒したり、作物を育てたりと自分が行う正義に惚れていた。だがある日、一匹のミノタウロスがこの森に来て、そのミノタウロスがゴブリンを二匹拐ってしまった。私は無力だった。誰よりも弱かった。私は……私は……」


 隣で泣いている彼女。

 僕はもう誰も泣かせたくない。もう誰も苦しませないって決めたんだ。


「ルーナさん。僕が、その子達を救うよ」


「どうしてそこまでするの?あなたは客人で、私とあなたは初めて会ったのに。どうして……」


「もう誰も苦しませたくないんだ。だから、僕に全部任してくれ」


「じゃあ、任せたよ」


「ああ」


 日常とは簡単に崩れさってしまうものだ。

 だからといって、何もできないのはもう嫌なんだ。もう誰も泣かせたくない。もう誰も苦しませたくない。だから、僕は戦うんだ。


「そろそろ寝ようか」


「……うん」


 僕とルーナさんは眠りについた。

 そして朝になり、僕は起きた。


 隣に寝ていたはずのルーナさんはいなく、家のどこを探しても彼女を見つけることはできなかった。

 居間に行くと、そこには机が一つあり、その上に紙が置かれていた。


『ごめんね。やっぱり私、今すぐあの子たちを助けたい』


 やっぱり僕は、無力なんだ。

 それでも、戦う。


 僕は森の中を彷徨うろついていたゴブリンにミノタウロスがいる場所を聞き、ミノタウロスが生息している洞窟の前へと来た。

 いざ恐怖を前にすると、足は思うように動かない。


「行くぞ」


 そう自分に言い聞かせ、洞窟の中へと入る。

 洞窟の中はコケのようなものが光を放っており、足元がハッキリとしている。


 時折聞こえる猛獣の声に体をびくつかせながらも、僕は洞窟の奥へと進んでいく。


「きゃああああ」


 突如聞こえた悲鳴。

 僕は悲鳴の主のもとへと急ぐ。


 悲鳴の主は、今まさに牛頭人体の化け物ーーミノタウロスの腕によって体を砕かれる寸前であった。


 ーー暴れろ。お前の本性をさらけ出せ。


 謎の声が脳内に響いた直後、僕の体は何かにとり憑かれたように動きを停止したーーそこから先は覚えていない。


 目を覚ますと、足元には一匹のミノタウロスが血を流して倒れており、その血が僕の手にも流れていた。壁際には一匹のゴブリンが怯えながらしゃがみこんでいた。

 これではまるで、僕が君を殺そうとしているみたいではないか。


「あれ!?どうしてここにいるの?」


 背から聞こえた声の主を見るために振り向くと、そこにはルーナさんと一匹のゴブリンがいた。


「来てくれたんだ」


「ああ。というか、この子たちがルーナさんの言っていたゴブリン二人か?」


「うん。無事救出できたことだし、今から帰る……とこだったんだけど……」


 ルーナさんは少しずつ声を小さくしていった。正確には聞こえてくる大きな音にその声がかき消されていった。

 僕たちを睨み、一匹の隻眼隻腕のミノタウロスが、こちらへと歩いている。

 歩く度に地面を粉砕し、その振動が五十メートルほど離れている僕たちのもとへも伝わる。


「ルーナさん。ゴブリン二人を抱えて逃げろ。僕は、あのミノタウロスを足止めする」


「リザードマンとミノタウロスには圧倒的な差がある。だから無理だよ」


「いいや。案外勝てる敵だよ」


 僕には勝算があった。それは先ほど意識を失うことで、あのミノタウロスを倒したこと。つまり、意識を失えば何らかの力であのミノタウロスを……


 ミノタウロスは僕の正面まで立ちはだかり、そして雄叫びをあげた。

 耳を抑えても鼓膜が破れるほどの騒音を奏で、その騒音で石の壁には亀裂が走る。


「えーっと……ルーナさん。やっぱ撤退します」


 僕はルーナさんが抱えているゴブリンを一人抱え、二人で洞窟の中を必死に走る。

 その僕たちを追うように、ミノタウロスは僕たちを必死に追う。


「あんな化け物に、勝てるわけがない」


 背後には腕を伸ばせば届く距離にいるミノタウロスがいる。

 桂華を救っていないのに、まだ死ねるわがない。


 必死に走っていると、目の前には出口が見えた。


「もうすぐ……」


 僕たちは洞窟の外へ出た。だが、ミノタウロスはまだ襲ってくる。それも当然だ。活動範囲が洞窟などと縛られているわけがない。そんなゲームのような世界じゃないんだ。


 さすがに覚悟を決めるしかなくなった。


「ルーナさん。今度こそはあの化け物と戦うよ。でないと、誰も救える気がしない。この子をよろしく」


 僕はゴブリンをルーナさんに預け、ミノタウロスの前に立ちはだかった。

 主人公補正というものが僕にもあったら嬉しかったが、そんなものがただの一般人であるこの僕に効果しているはずがない。


「リザードマンとして、ここで貴様を撃つ。ルーナ、走って逃げろ」


「でも……」


 ルーナさんは足を動かさない。

 だったら、僕がこのミノタウロスを倒すしかない。


 僕は勢いよくミノタウロスに飛び込んだ。だが、ミノタウロスの拳に僕は吹き飛ばされた。


 ※※※


 目を覚ました。

 そこはベッドの上。


「あ!起きたんだ」


 目の前にいたのはルーナさん。そして洞窟にいた二人のゴブリン。


「あれ?僕は生きていたのか!?」


「うん。お前が戦ってやられたすぐ後に、俺たちゴブリンの精鋭であるお兄ちゃんたちがあのミノタウロスを追い払ったんだよ。だからお前が戦った意味はなかったんだよ」


「お前って……僕も頑張ったと思うんだけど……」


「いいや。お前はまだまだ頑張れる。伸び代があるぞ」


 褒められてるのか?それとも見下されているのかは分からない。だが今度こそは救えた。それだけでいい。


「料理ができてるから食べるでしょ?」


「うん。お腹が空いて力が入らないよ」


 僕はお腹をならし、お腹が空いているのを物理的に実感する。


「お前、お腹空きすぎ」


「本当だ。お前どんだけ腹減ってんだよ」


 ゴブリンたちは笑い、ルーナさんも楽しそうに微笑んでいた。

 その日は、とても楽しい一日だった。


 その日常がいつか消え去ると分かっていても、それでも僕はどうしてかな。誰かに側にいてほしいと思ってしまう。

 今、この時が終わらないようにと、今、この時が儚いものとならないようにと、僕はそう願っている。


 そして次の日ーー


「さあ、特訓を始めるよ」

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