EXTRA STORY 6.

「まあ、鞍馬さま。随分ゆっくりとお選びだったんですね。日が暮れるどころか、夜が明けてしまうかと思いましたわ」

 屋敷に戻った俺はサロンの扉の前に立っていた万次郎と桜と合流する。まだ宵の口を過ぎたばかりだというのに、相変わらず大袈裟で難癖に近い桜の嫌味を受け流して、抱えたプレゼントボックスを揺すり上げ訊ねる。

「御陵先生は?」

「サロンで楓と椿と共にお召し替えの準備をされています。贈り物のお洋服はわたくしにお預けくださいませね。ご心配には及びませんわ。きちんと、鞍馬さまからの贈り物であることはお伝えさせて頂きます」

 そう言って、桜は事務的に俺の手からプレゼントボックスを受け取る。相変わらず手際が良いことだ。まあ、でも確かに俺が着替えのスペースまで行くのは無理がある。ここは桜に託すしかないだろう。

「よろしく頼む……」

「承知いたしました」

 桜はプレゼントボックスを水平に保ちながら俺に向かってうやうやしくきっちりと三十度に頭を下げて、静々とサロンに入っていった。

「………………」

 俺は表情を固くして、その背中を見送る。なんだろうか、落ち着かない気分だ。

 その俺の緊張感を察したのか、万次郎は俺の肩に軽く手を置いて努めて明るく声を掛けてきた。

「大丈夫よ、せっかく鞍馬くんが選んできたんだから気に入って貰えるわ。あとは彼女たちに任せましょ」

「え、ああ……」

 そう言われて気付く。そうか、俺は自分の選んだ服が気に入って貰えるか心配していたのか。そうかそうか、なるほど、なるほど。

 だけど気付いてしまうと何となく中の様子が気になって、俺は扉の前でうろうろと行ったり来たりを繰り返してしまう。

 そんな風にどうしても落ち着かない俺に、万次郎はしばらく腕組みをして困ったような表情をしていたが、すぐに小さく息を吐いてからかうように唇の端を上げて見せた。

「もう、動物園のライオンじゃないんだから、少し落ち着きなさい。ちなみに、中の様子を盗み聞きしようとしても、扉が閉まってたら多少の物音じゃ聞こえないわよ?」

「……っは、え?」

 急に振られたそんな言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな声が出たのは、それが思ってもいない酷い冤罪であったからなのか、それともいきなり図星を指された故なのか。俺にもよく解らなかった。

 だけど焦りながらも俺は、何となく格好がつくようにはあと深くため息をついてみせる。

「……ったく、お前といい三人娘といい、俺のことを何だと思ってんだよ」

「人が獣になるのは満月の光の下だけとは限らないのよ。特に、気になってる子を前にした男なんて、ちょっとした切っ掛けで狼になってしまうものね」

 また、万次郎のお説教。ライオンの次は狼になるのか。忙しいことだ。しかも暗に、御陵先生のことが気になっているのだろうと問われた気がする。

 確かに御陵先生はどう考えても怪しい俺のことだってすぐに信頼してしまうくらいにはウブで素直で、ちょっと守ってやりたいという気にはさせる。磨けば光るタイプだろうとも思う。だけど、だからといってそれをすぐに色恋と絡めて語るのは短絡的ではないだろうか。

「お、俺は別に気になってなんか……っ!」

 だけど、俺が食い下がろうとした、その時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る