4.無慈悲の一撃

 また一歩後退ろうとして、私は背後に絵があることに気付いた。鞍馬さんの描いた封印の絵だ。

(触れたら、私は死ぬ? 本当に?)

 そう言われれば、強引に蹴倒してしまうこともできなくて、私は袋小路に追い詰められた鼠みたいに怯えの表情で黒野さんが近づいてくるのを待つしかできなくなった。

 私と黒野さんの距離が殆ど無くなった頃、私は痛いくらい顎を上げて黒野さんを見上げていて、黒野さんは逆に私をじっと熱心に見下ろしていた。

 なんで黒野さんが私を殺したいのかは解らない。ただただ、向けられた殺意が本物であることだけが理解できて、怖くてたまらなかった。

 さっき潤したばかりのはずの喉がかさかさに渇いていくのを感じる。



 そして、黒野さんは突き飛ばすように私の肩を手で強く押した。



 バランスを崩して後ろへ……封印の絵の上へと倒れ込みそうになる私。

 その瞬間の私は、全てがスローモーションのように感じていた。だから、背中から倒れ込みそうになった私を不意に横から伸びてきた誰かの手が間一髪で支え、胸に抱き留めてくれたのも理解できていた。

 恐怖と焦燥と驚嘆と……あとなんだか解らない感情に、ドキドキと胸が高鳴る。

 今、私は黒野さんに突き飛ばされたんだ……。でも、助けてくれたのは誰?

「っは……。よかった、間に合ったな……」

 耳元で聞こえたその声はぜえぜえと苦しそうに息を切らせてはいたが、聞き覚えがあった。昨日から、私を助けるために奔走してくれた人の声だ。

「鞍……馬さん」

 私はゆっくり顔を上げて上目遣いに私を抱き留めてくれている人を見る。そこにいたのは紛れもなく鞍馬さんだった。私を見て微笑んでくれる彼の胸の中で、私は強い安堵を感じていた。

 でも、すぐに気付く。鞍馬さんの様子はどこかおかしい。彼の顔には玉のような汗が噴き出て前髪を濡らしていた。息も酷く上がっていて、短い息を繋いでいる。

「……鞍馬さん?」

 訊ねる調子で声を掛けた私だったけれど、鞍馬さんは何も言わない。

 ただ、先ほどまで私を優しく見てくれていたその瞳を目の前の黒野さんに向けて、じっと睨むように見つめていた。その目は鋭い以上に、どこか祈るようでもあった。

「鞍馬、どうしてさっきから俺の邪魔ばかりするんだ……?」

 でも、黒野さんはそんな鞍馬さんの複雑な表情など知らんふりで、逆に苛立たしげに鞍馬さんを見据えて言った。その言葉には、鞍馬さんが自分の邪魔をする理由が全く解らないという色がありありと滲んでいた。

「解らないのかよ、ちくしょう……俺は、お前のために……」

 それは鞍馬さんの答えだったのだろうか。私の耳元でぼそりと呟かれた言葉は黒野さんに届いたようには思えなかった。

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