36.避けていたもの
「まず
鞍馬さんの口からようやく詳しく語られた封印の次第。だけど、ちょっと待って。
「牽制って……どれくらいの間なんです?」
絵を描いた経験の少ない私にだってわかる。仕上げる必要はないとはいえ、絵を描くにはそれなりの時間がかかるはず。その間、ずっと牽制し続けないといけないのだろうか。
その質問に、鞍馬さんは言いにくそうに「あー」と声を出して考え込んだ。
「そうだな、四十五分……。いや、四十分で描いてみせる。その間だけなんとか頑張ってくれ」
鞍馬さんの言葉を聞いて、私はくらくらと眩暈を感じた。
四十分? 四十分もの間、私は牽制を? 大体、牽制といっても何をすればいいのか全くわからない。でもこれを私が成さなければ、私はおろか鞍馬さんまで危険に巻き込んでしまうのだろう。
なんとかしなければ、何か考えなければと思うにつれ、体ががくがくと震えた。
その私を見かねたのだろうか。鞍馬さんは少し考えるような仕草をしてから、また私に声を掛けた。
「いいか、難しく考えなくてもいいんだ。今までのことを思い出せ。奴が避けていたのは何だ?」
「避けていたもの……?」
普通なら、こういったものは光を嫌いそうだ。だけど、それは今回は違う。何せこの視線と気配は姿は見せずとも真昼の光の中でも平気で私を監視していた。
ならば、何を嫌い避けていたのか……。しばらく考えて、私は一つの答えに行き着く。
「視線……私の視線……?」
あの気配は常に私の死角から私を見つめ続けていた。私が視線を移せばまた次の死角に移動する。そんな動きを見せていた。つまり、私の視線を避けているのではないか。
そんなに自信があったわけではないのだけど、鞍馬さんはひゅうと軽い口笛を吹いた。
「ご名答」
「じゃあ私が目を開けて見ていさえすれば足止めになるってことですか……!?」
私は思わず顔の角度を変えて鞍馬さんを見てしまう。鞍馬さんは特にそれを咎めることはしなかった。ただ、小さく頷いた。
「そうだな」
「!!」
彼の言葉に、私は目を見開く。つまりは、鞍馬さんが下書きを終えるまで目を開けていられれば、私は解放されるということだろうか。
だけどその甘い考えを見抜いたように、鞍馬さんが厳しい調子で釘を刺した。
「甘くは見るなよ。さっき言った通り、眠ってしまったり意識を失ってしまうのは元より、瞬きよりも長い間目を瞑っているだけでも隙になるからな」
鞍馬さんの言葉に私はぎゅっと気持ちと口角を引き締めた。
だけど、私が頷こうとした丁度その時。
「……っ!」
今までとの確かな違いに戸惑って、私は息を詰める。
あの今まで何時如何なる時も私を見つめ続けていた視線と気配が、すっと薄れ始めたのだ。そして、わずかのうちに綺麗さっぱりと消えてしまう。数日ぶりの解放だった。
だけど、私は知っている。何故かはわからないけれど、この気配の主は私の書いた創作をなぞらえるような行動を取っている。ならば、この庚申の夜に一度この気配が消えるのは安心していいことじゃない。
「鞍馬さん……視線と気配が……消えました……」
私が発したその声はとても震えていた。
鞍馬さんは、常夜灯の光を薄く瞳に反射させながら頷いた。
「じゃあ――。『対決』の始まりだな」
そう言った鞍馬さんの持つ鉛筆の筆先が青白い光を纏っていたのは、気のせいではなかった。常夜灯の暗いオレンジ色の光と、筆先の青白い光は鞍馬さんの瞳をパレットに混ざり合い、複雑な色を成していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます