8.美青年と芋娘

「あの……私、十五時から第一編集部の黒野さんとお会いする予定の御陵といいますが、お取りぎ願えますか……?」

 時間ぎりぎりに稀墨社きぼくしゃに辿り着いた私は、受付と書かれたカウンターに楚々そそとして座る綺麗な女性に恐る恐る声をかけた。癖なのだろうか、彼女は小さく首を傾げてから、にこりと愛想良く微笑んで鷹揚おうように頷く。

「はい、うけたまわっております。ただいま黒野を呼び出しますので、掛けてお待ち下さい」

 鈴を転がしたようなうるわしい声と口調で彼女はそう言って窓際に置いてある来客用の机と椅子を示すと、内線の受話器を上げた。私は少しほっとして、彼女に示された椅子に座って待つことにした。

 椅子からは壁全面に張り巡らされた大きなガラス窓を通じて昼下がりのオフィスビル街が俯瞰ふかんできる。私はしばらくの間、地面を行き交う人たちをぼんやり眺めながら、手持ちぶさたに黒野さんを待った。

「御陵先生」

「!」

 ふと、後ろから聞き慣れた声に呼び止められて、私ははっと振り返る。そんなに時間が経っていたようには思えなかったが、そこには既に黒野さんが立っていた。どうやらいつの間にか私は時を忘れていたらしい。

 慌てた私は椅子をガシャガシャと言わせてよたよたと蹌踉よろけながら立ち上がり小さく頭を下げた。

「こ、こんにち……は……」

「こんにちは」

 いつもの笑顔で挨拶を返してくれる黒野さん。だけど、私は黒野さんが後ろに連れている男性に目が行って、言葉尻をにごしてしまう。

 黒野さんと一緒にいる男性。一瞬彼が草壁氏かと思いもしたけれども、黒野さんの旧友と言うには彼は若すぎるような気がした。多分、二十歳はたちをちょっと過ぎたくらいの……もしかしたら私よりも年下かもしれない。

 私は田舎で生まれ育ったので都会で言われる美醜びしゅうにはちょっとうといのだけれど、年頃の男性らしいたくましさと少年のようなしなやかさを併せ持ったその彼の容姿は、都会的な美青年と言ってさしつかえないように感じた。

 ひょっとすると新人の編集者なのだろうか。だけど軽やかなジャンパー姿、シルバーのアクセサリーでいろどられた首元や手指を見るに、それらしくは見えない。

 では彼は何者だろう。

 私が彼の姿を見て戸惑っているのを感じたのだろうか。黒野さんは「ああ」と声に出してから背後の彼に手を伸ばすと、その背を前に押し出すようにした。彼もその手に逆らわず私の前へと進み出てくる。

「!!」

 手を伸ばせば触れられそうな位置にまで接近してきた彼に、恥ずかしながら私は思わず中腰になって身構えてしまう。

 だって私は本当に子供のいない田舎で育って、同じ年頃の異性と話す機会なんて全く無かったのだ。だから急に初対面の、しかも同年代で都会的な彼にこんなに近づかれても、どうしたらいいのかなんてまるで解らない。いくらか年の離れた黒野さんとだって、まともに話ができるようになるまでかなりかかったのに。

 そんな泣きたいような心持ちを抱えながら、私は黒野さんに助けを求めるように視線を送ることしか出来なかった。その視線をどう受け取ったのだろうか。黒野さんは私に優しく微笑みかけながら、隣に立つ彼の肩をぽんと叩いて見せた。

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