届く、すぐそこに

@FClBrIAt71

 夕方、私は自分の心臓が鼓動しているのを感じながら駅前の書店を足早に歩いた。今日発売されているはず。

 ――あった。

 新刊のコーナーで、いつものように優しい色づかいのカバーは、一番最初に私の目に飛びこんできた。平積みされているうちのひとつを手に取る。手触りが明らかに新しい本の感触で、表紙に指を滑らせると、なんの抵抗もなく撫でられる。

 すぐにでも中身を見たいけど、すこし我慢しよう。うちでいくらだって読めるんだから。

 ほかの本を見ることなくすぐにレジへ並ぶ。いつもは時間の許すかぎり新しい本の発掘にいそしむのだけど、今日だけは特別。今日の私は小人以外に興味がない。

 日ごろの行いがいいのか、列はなく、すぐに会計を済ませることができた。


 作者、宙みすず。題名、三人の小人は踊る。小説誌に連載されているこの小説の単行本も、これで三巻目だ。そこそこ人気はあるようで、いつも平積みされているのを見る。初版かそうでないかは特別意識することはないけれど、やっぱり自分の買ったのが初版だったりすると気分はよくなる。

 文庫本というのは日本に特徴的な出版形式だと聞いたことがある。小さいということがそもそもかわいいし、どこにでも持ち運べる大きさだから読書するとき場所を選ばない。実際、満員の通学電車のなかで読んでる人たちも多い。

 しかし装丁がやわなぶん、痛みやすいのが玉に瑕だ。カバンに入れるときも気をつけなければいけない。もし曲がってクセがついてしまったりしたら新しく買いなおしたくなる。電車のなかで読むなんてもってのほかだ。

 だから、私はカバンのなかの教科書の位置を調整して、できるだけ本が傷つかないようにスペースをつくることにした。視線をカバンに落として、歩きながら本を慎重にカバンに収める。

 だけど、最後の最後で失敗した。留め金を止めようとして、つい前方の確認が疎かになってしまったようで、前からやってきた人とぶつかってしまったのだ。

 とっさに体を捻ってカバンを守ることができたからよかったものの、そうでなかったらどうなっていたことか。さっき並んだばかりのレジに再び並ぶという恥ずかしい思いをしなけれなならなくなっていたかもしれない。

 私は思いっきり後ろを振り返った。ぶつかってきた人に文句のひとつでも言ってやろうかと思ってのことだ。すると、書店の奥に向かっていく背中が見えていた。

 抗議しようとした気持ちが一気に失せた。体の芯のあたりがすっと冷えていく。

 振り返ったりしなかったけどわかった。その人の名前はもちろん、年齢さえも。

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