リレー小説、世界が心理で満たされたら。

きつねのなにか

全く相談せずに破綻もせずに書きあがった奇跡の品


 観念しろまおー!よしまおーがもーすぐしぬぞー!と、そこに唐突に現れる10tトラック。引かれて主人公は死んだ。世界は魔王にしはいされることになった。



 ◆◆きつね◆◆


 勇者「やっと魔王の間だ。魔王を殺せるぜ、これで地球に帰れる。そして事故で死んでしまったシンリを生き返らせるという願いをかなえることが出来る!」

 魔王「やあ、よく来たね、やっと殺してくれる存在がここにきたか。疲れたよ、疲れたよシーチくん……」

 勇者「その声……シーチってのは俺の地球にいたころの名前……まさかシンリか!?」

 魔王「難だそういうことも知らなかったのか。私はもう163年、この椅子に縛り続けられているんだ。魔王ってのは生きている限りはこの椅子から動けずに魔力を吸い取られる存在なのさ。さあ、早く殺してくれ。もう、心は死んでるし、もういいんだ」

 勇者シーチ「な、俺は、お前を……生き返らせるために……ここまで……」

 魔王シンリ「二度死んだ魂は生き返らないんだ

 勇者シーチ「それじゃ殺してしまったらもう会えないじゃないか!!」

 魔王シンリ「楽にしてよ!それが最後の願いなの!楽に!楽に!150年以上同じ景色しか見れない同じ姿勢しかとれない苦痛がどれだけの事かあなたにはわからないでしょう!?」

 勇者シーチ「だがお前を殺したら俺が……俺の願いが……」

 魔王シンリ「お願い……お願いよう……ねえ、163年殺してくれるのを待つ苦しさってわかる?トラックにはねられて気が付いたらこの状態なんだよ。ねえ、お願い、楽にさせて」

 勇者シーチ「俺は……俺は……シンリ……」


 ザシュッ


 ゴロン


 可能な限り痛みがないように首を跳ね飛ばした。これで世界には平和が訪れるだろう。


 だが


 俺の心は


 平和なのか


 最愛の人を自分で殺したこの手は


 呪われてはいないか


 俺は


 俺は


 END



 ◆◆シーチ◆◆

 狐神「前世で死んだシンリを生き返らせる願いが叶えられなくなった分、なにか別の願いを叶えよう。二回死んだら生き返れない制約を外すことはならんぞ?」


 シーチ「シンリの魂はどこへ行ったんだ?」


 狐神「概念の裏側。真実の世界にいる。まあ、いわゆる天国というやつだ」


 シーチ「俺をそこへ連れて行け」


 狐神「死ぬことになるぞ? そしてお前も二度と生き返れん。魔王を倒した勇者としてもてはやされる未来を見てみてからでも、悪くは無いのでは無いか?」


 シーチ「シンリの居ない世界に、生きる意味はない。1秒とて。それに彼女は163年も待ち続けてくれたんだ。もう1秒だって待たせるわけにはいかない」


 こうしてシーチは狐神に首を撥ねられ、死んだ。


 勇者シーチは自分の身を犠牲にして魔王をシンリを倒した伝説の勇者として語り継がれることになった。

 誤解のある伝説であるが、しかし彼らにとって意味のある教訓も生まれた。魔王を倒す力を持つ者に望みを託すのではなく、魔王を作り出さない国作りをしていかなければいけない。そうしなければまたシーチのように命を落としてしまう者が生まれると。

 この教訓は同時に、二度とシンリのような不幸な境遇に遭う者が生まれないようにするということでもあった。


 この教訓の真の意味を知るも者はもうこの世には居ない。

 その2人は真実の世界で愛の続きを始めている。たった1秒も無駄にせず、163年を超える無限の刻の道を歩いて行く。




 ◆◆まれやま◆◆


 シーチ「ここが概念の裏側……、天国というやつか。シンリはどこだ……」


 シンリ「……」


 シーチ「シ、シンリ……っ! ああ、ようやく、ようやく一緒になれる……。ここで愛の続きをはじめよう……! 163年を取り返すよう、1秒も無駄に――」


 まれやま「ちょ、お兄さん何してるの」


 シーチ「誰だ貴様、そこをどけ。俺はシンリのところへ行く、俺はシンリを強く抱きしめる、俺はシンリと愛を語らう」


 まれやま「私はこの概念の裏側……、あんたら人間が天国と呼ぶこの場所で働くしがない者でさぁ。天使、とでも思ってくださればいいですわ。それよりもお兄さん何て? あの女子(おなご)を抱きしめるですって?」


 シーチ「そうだ。失われた時を取り戻すように、永く永く抱きしめるんだ。だからそこをどけ、天使とやら」


 まれやま「それはいけないですよ、お兄さん。ここは世界の果て、概念の裏側――そして聖なる土地でさぁ。不浄なモンは取り払う、不浄な言動は慎んでもらう……それがここの決まりでしてね。恋愛も、ましてや不純異性交遊だなんて御法度中の御法度ですよ。なあに、すぐに慣れます。恋だの愛だのなんてモンよりも素晴らしいことが、ここには沢山ありますからね」


 すっかり天国に染まってしまったのだろう、シンリはシーチをちらりと見たきりそっぽを向いてどこかへと去ってしまった。シンリは163年にも渡る愛を忘れ、天国の住人へと昇華したらしい。


 シーチにとって、愛こそ生きるすべてだった。100余年にも渡る大恋愛にきりをつけて新しい恋を探そうにも、この場所ではそれも叶いそうにない。では不浄が許される現世に戻ろうか、いやそれもできない。


『死ぬことになるぞ? そしてお前も二度と生き返れん』


 狐神の言ったことが真実ならば、シーチの終点はこの天国である。


 まれやま「やることがないなら、どうです? 私と一緒に天国で働いてみませんか? 労働は尊いですぜ? なんせ、無限に時間はありますからな。昔の女なんて忘れられるほど没頭すること間違いなしでさぁ」


 シーチは、たった1秒も無駄にせず、163年を超える無限の刻の道を歩いていく。


 ◆◆らせん◆◆

 


 去っていく男の背中にふと視線を定め、シンリは目を細めた。


 あの人も、幸せになりにきたのだろう。そう思った。


 ここはいいところだ。何の痛みも苦しみもない。時の流れは緩やかで、いつも天は明るく、花が咲き誇る。


 荒らげる声も無い。硬質な剣の跳ね返る音も無い。


 シンリは、そんな至上の幸福にたどり着いたばかりの男の背中に、笑みを投げた。


「おめでとう」


 自らの頬を伝う一筋の涙の意味。それは、シンリにはわからなかった。


 ただ、男の姿が見えなくなるまで、微笑み続けた。


 きつね

 あの、微笑みながら見守った男性を見てから。なんだろう、なんだろう。この、心の違和感は。私は、この天国で永遠の幸せを手に入れたはず。なのに、なのに、なんだろう、この心のもやもやは。おかしい、心はもう満たされているはずなのに。


 モブA「今日の幸運値はC、C値かーなんだか普通のしあわせだなあ」


 C値……? シー……チ?



 ◆◆聖願心理◆◆


 天国にきて、もうだいぶ時間が経って、やっと慣れてきたのに。

 唐突に襲ってくる、違和感は私を混乱させる。


 私は、何者だったの?

 シーチは、私の何?


 ぼんやりと記憶に靄がかかって、思い出せない。

 思い出すことを拒否している。


 それでも、“シーチ”という人が、私にとって大切な人だったことは、感覚でわかる。

 だからこそ、タチが悪かった。


 –––––––––そう言えば、さっきの人は、どうしてそんなに切なそうな顔をしていたんだろう。


 –––––––––どうして、私は泣いていたんだろう。


 私も、貴方も、幸せになったはずなのに。


「……浮かない顔をしてるね。なにかあったの?」


 悩む私の前に現れたのは、夕焼けを連想させるひとりの女神。


「……ソラちゃん」


 私の主人にして、友達にして、私の大切な人だった。


「ヒメちゃんが悲しい顔をしていると、私も悲しくなっちゃうよ」


 ソラちゃんは、私のことを“ヒメちゃん”と呼ぶ。

 お姫様みたいだから、そういう由来ならしいが、少し恥ずかしい。


「さっき、新しい人が、来たでしょ?」


「うん。確か、シーチって名前のはずだったよ」


「……シーチ?!」


 今、確かにソラちゃんは、『シーチ』と言った。


「急にどうしたの?」


「シーチって名前の人、多分私の大切な人なんだ」


 心に残る、ぼんやりとした感覚。

 その中心にあるのが、『シーチ』という名前だった。


「……私より?」


 ソラちゃんが鋭い瞳で私を見つめてくる。


「私より、大切な人なの?」


「……っ」


 その言葉に思わず、口を閉ざす。


 私が大事なのは、今は知らない誰か、『シーチ』なのか。

 それとも、今、私のことを大切にしてくれる、ソラちゃんなのか。


 そんなの、決まっている。


 でも、そい思っているはずなのに、ソラちゃんにかける言葉が声にならなかった。


「……ヒメちゃん。悪いことは言わない。忘れた方がいいよ。ここは、貴女が幸せになれるたったひとつの場所。昔のしがらみなんて忘れて、幸せに生きようよ」


 ここで、私と。


 そう告げたソラちゃんは、私のことを抱きしめる。

 彼女からは快晴の匂いがした。


 そして、急に襲ってくる眠気。

 とろん、と微睡む中で。私はたったひとりの大切な誰かを思い出してた。


 そして、意識が沈む。記憶も沈む。


 うう、頭が痛い。なんで、なんで……



 ◆◆はな◆◆


 だめ、ヒメちゃんは誰にも渡さない。

 163年、私だってヒメちゃんを見守って来た。

 なんで魔王なんかに。本当は、魔王になるのは私のハズだったのに。ヒメちゃんのばか!わたしなんかの身代わりになるなんて……。

 あれからずっと、ずっとここでヒメちゃんと幸せになれるのを待っていたのに。



 ◆◆きつね◆◆


 思い出してきた。だんだん思い出してきた。


 毎日あっているあの子は僕の……まあなにかだ。

 名前はシンリという、素敵な名前だ。


 だがそれは違う。


 彼女の名は、本当の名は……!

 それさ判れば、わかれば!


 くおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!



 ◆◆きつね◆◆


 もうだめ、耐えられない


 毎日ヒメちゃんはあの男とおしゃべりして、私のところにきて、号泣して私が眠りにつかせているの。

 これはいいの。これはこれで幸せなんだもん。


 でも、最近ヒメちゃんが常に悲しい顔をしている。そんな顔を見るの、私耐えられないよ。

 私だけに満開の桜のような笑顔を向けてほしいのに。私だけに。そう、私だけに。


 でも、もう、耐えられない。


 眠らせてリセットさせている記憶もだんだんとほころびが生じ始めちゃった。このままだったらいずれリセットしても記憶が戻っちゃうよ。


 どうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら


 イッソ、ワタシガ、ヒメチャンヲ




 ◆◆シーチ◆◆ ◆◆登場人物の状況◆◆

 ソラ=ヤンデレ記憶操作。シンリ大好き、シーチが邪魔。

 ヒメ=シンリ=記憶操作され、シーチのことを思い出せない。でも思い出せそうで悲しい顔になる。天国を本当に良いところだと思っている。

 シーチ=シンリを愛している。記憶もある。だが忘れられていることにショックを受け、距離を取る。がそのあとシンリに何度も会いに行っている。

 まれやま=天使。社畜。天国で働くことの素晴らしさを語る。

 狐神=神。



 ◆◆シーチ◆◆


「新入りさん、どうですかい? もう慣れました?」


 まれやまは労働に勤しむシーチにポカリスウェットを渡した。


「こっちにもあるんだな。ポカリ」

「ふっはっは。なんでもあるし、なんでもないでさぁ。そこに在ると思えば在るし、無いと思えば無い。私がここに居るのも、多分そう言うことなんだと思いますぜ?」


 彼は豪快に笑ったあと、やはりにやけた表情のままとても真面目なことを話した。

 ポカリを飲みながら、相槌も打たずにただ聞いている。


「難しい話はわからないが、労働と言うのは、いいな。忘れられる。ひと時だが」


 シーチはスコップのグリップの上に手を組んで顎を載せた。


「忘れられる?」

「ん? ああ、でも、なにをだろう。不意になにかを思い出すんだ。ここ以外のどこかを。俺はこうして満たされているのに、虚無感に胸を締め付けられることがある」

「そりゃあ大変だ。きっと病気ですね。これを」


 まれやまは懐から錠剤を取り出して促す。


「よく効きます。その、胸の虚無感もなくなりますよ」

「いつも悪いな」

「大事な仕事仲間じゃあねーですか。ふっはっは」


 不意に二人の間に声が割って入る。


「おやぁ? これはこれはまれやまさんじゃあないですかぁ。なにしてるんですこんなところでぇ?」


 それは豆腐を思わせるほど嫋やかな声だった。


「ふっはっは。らせんさんじゃあないですか。なにって、新人に仕事を教えているんですよ」


 らせんはしげしげとシーチの顔を見る。シーチは白い紙の上に筆ペンで線を引いたような目に金縛りにされる。これほど優しいまなざしでありながら、それでいて鋭い。矛盾を孕んだ瞳をしていた。


「おやぁ? いけませんねぇ、これはぁ。まれやまさん、また狐神様に怒られますよぉ?」

「なんのことを言っているのですか?」

「私たちにならともかく、こんな来たばかりの新人に、してはいけないことをしていますねぇ。あともう少しと言ったところですがぁ」


 おっとりおっとり喋るらせんに、まれやまはやや苛立った様子で腕を組み、指先で自分の腕を叩いていた。


「らせんさん、それ以上は喋らない方が身のためですぜ?」

「ほほぅ、どうしてですかぁ?」

「あんた、ご自分の階級を考えてくださいよ。8階庭のあんたが、58階庭の私を疑うなんてのは、それこそ怒られますぜ? はな天使長様に」

「あははぁ、はなさんはまれやまさんの味方ですからねぇ。でも50階庭違ったって、私は関係ないですよぉ。悪いことは悪い、ですぅ」


 まれやまは一歩下がって懐に手を突っ込んだ。


「わからない人と話すのは疲れますぜ」


 取り出したのは一本の棒きれ、それが瞬きの間に長くなる。身の丈を超えるほどの長さ。その先端には糸がふらりと伸び、さらにその先にはルアーが付いていた。


「私の疑似餌ポッパーポッパーは、ちぃとばかし痛いですぜ」


 らせんは目を細めたまま驚いたように口を開けた。


「わあぁ、凄いですねぇ。ならば私も」


 らせんは懐から白い立方体を取り出した。


「え、それ、とうふ?」


 たまらずシーチが口を挟む。


「あ、わかりますぅ? さっすが最近までここ以外のどこかに居た人は違いますねぇ。なんだかお友達になれそうですよぉ。っと、そうじゃなかった」


 らせんはまれやまに向き直る。

 が、それよりも早くまれやまのポッパーポッパーがらせんに襲い掛かる。らせんはとうふを掌の上に乗せたまま、器用にバランスを取ってひらりと躱す。


「なっ!?」


 奇襲だった。50階庭離れている天使の動きとは思えない。まれやまが驚くのも無理はなかった。


「あははぁ。面白い人ですねぇ。そんなに驚かなくてもぉ」


 らせんはとうふを頭上に放り投げる。


「来てくださぁい、式神さぁん」


 無から有。なにも無かった空間が歪み、らせんの5倍以上ある体躯の人型が現れる。笠を被り、豆と書かれたバンダナを顔に巻いている。視覚には頼らない類の式神であるようだ。


「な、なぜ8階庭のあんたが式神を!?」

「あははぁ、おとうふが好きだからですぅ」

「答えになっていないですぜ!」

「うるさいなぁ、もぅ。そもそも古いんですよぉ、階庭で強いとか弱いとかぁ。そういうものじゃあないでしょう? あと私の階庭が低いのははなさんが私に意地悪しているからなだけですからぁ」

「天使長様が、意地悪?」


 らせんは口を尖らせる。


「喧嘩したんですよぉ。昔一緒に湯豆腐を食べたときにぃ、絹ごしか木綿かで揉めてぇ、それからずっと口きいてないんですぅ」


 らせんが視線を切ったのを見逃さない。まれやまは手元の釣り竿をピッと引いた。ポッパーポッパーが跳ねる。一度通過しているそれが跳ねると言うことはつまり、死角からの強襲である。

 狙い過たず。ポッパーポッパーは式神の背中に突き刺さった。が、感触が薄い。まれやまは構わず竿をぐっと胸に寄せる。しかし式神は意に介さないと言ったようにただらせんを掌に乗せた状態で止まっている。


「どういうことだぁああ!」


 らせんは式神の掌の上から足をぷらーんと放り出して、見下ろした。嫋やかに笑いかける。


「おとうふはぁ、無敵なんですよぉ」


 糸とポッパーポッパーはぐずぐずと崩れ、白くドロドロとしたものに変わっていく。まれやまは目をみはる。


「この式神さんはぁ、すべてをおとうふに変えるんですぅ。ふふふふぅ」


 まれやまは釣り竿を棒きれに変えて、懐にしまうと、踵を返して走り去って行った。





 ◆◆まれやま◆◆

【IFなハッピーエンド】


「人間は扱いやすくて楽ですなあ。シーチもシンリも今や記憶の彷徨い人、お陰様で仕事をさせ放題ってなもんで。滅私奉公、これが天国のスローガンでさあ」


 天国の先住民まれやまは、虚ろな表情で労働に勤しむシーチとシンリの二人を見ながらほくそ笑む。天使の身でありながら、悪魔のような笑みだった。


「女神のソラも、ちょっと煽ったらすぐに協力してくれたし、いやあちょろいちょろい」


 ソラがシンリに執着していたのを、まれやまは知っていた。だから、『このままじゃシーチとかいう若造にヒメちゃん奪われちまいますぜ』だなんて言葉をかけて、少しばかり背中を押してやったのだ。するとどうだろう、ソラはシンリに強い暗示をかけ、その記憶に蓋をした。面白いくらいにまれやまの思惑通りとなったのだ。


「しかし、人間の感情ってやつは厄介なもんですわ。記憶を奪ってもなお、あの二人は互いを思い出そうとしてるんだものなあ。これは、ソラをもうちょい煽ってやんなきゃならんですかねえ」


 記憶の操作に関しては、天使より位の高い女神の方が長けている。まれやまがシーチに施したものよりも、さらに強力なものをやってくれるに違いない。


「おい天使……」


 まれやまがそんなことを考えていたその時、天国には似つかわしくない表情を浮かべたシーチがやってきた。


「おやおやお兄さん、駄目でしょおそんな顔を天国で――」

「まれやまさん」


 するとシーチの後ろから、ひょっこりとシンリが顔を出す。はて、どうしてこの二人が一緒にいるのだろう。


「思い出したぜ、はっきりとな。俺の愛する人を」

「思い出したの。私の大好きな人を」


 まさか、そんなことがあるはずがない、一体ソラは何をやっているというのだ――常に飄々としていたまれやまも困惑を隠すことができなかった。


「ソラさんなら、ここにはいませんよ」


 その時、シーチとシンリの間から、にゅっと小さな物体が現れて、そう言った。白く柔らかそうな立方体、豆腐のような姿をしている。


「な、なんだってんだお前は!」

「わたくし、こういうものです」


 声を荒げるまれやまを尻目に、いたって冷静な声を発する豆腐の中から、一枚の紙がゆっくりと出てきた。それを見たまれやまの表情は、みるみるうちに青ざめていく。


「労働基準監督署から監査に来ました、おとうふです」


 ◆◆シーチ◆◆


「自称天国は、大変なことになってますね。このままでいいんですか?狐神」


 天国、と呼ばれる世界の淵に、腰をかける影がひとつ。

 それを見下ろすようにして、狐神が浮いている。


「我が手を出す問題ではない」


 狐神の達観した物言いに、夏の気配を感じさせる彼––––––––––ナツノは息を落とす。


「そんなんでいいんですか?」

「何か問題でも?天国とは、もう終わったものが辿り着く場所。元々未来なんてない場所だ。はながどうしようが、我には関係のないことだ」

「これだから、狐神は困るんですよ」


 夏の景色を映し出すような瞳は、天国内部を見据えていた。


「しかし、あなたの無頓着さに、今回に限っては感謝したいものです」

「……何をする気だね?」

「私が何をしようが構いませんでしょう?どうせあそこは終わった世界。私がかき乱すくらい、なんてことはないはずです」

「……それもそうだな」


 少しだけ苛立った声で、狐神は言う。


「そんなに気になりますか?それとも自分の世界を、他人がめちゃくちゃにするのがそんなに気に入らないですか?」

「……」

「まあ、いいでしょう。参考までに教えて差し上げます」


 ナツノはにっと口角をあげた。


「創世の賢者と呼ばれる私と古の魔女のひとみ。私たちの勝負なんです。勝利条件は、救世の勇者、シーチを手中に収めること」

「……あいつまで関わっているのか」

「私がいるところにまた、彼女もいますよ」


 ナツノは楽しそうにそう告げる。


「では、また会いましょう。狐神」


 狐神の言葉を聞かず、ナツノは姿を消した。


「……これは、思っている以上にまずい状況かもしれん」


 狐神はそう呟いて、少しだけ悲しそうな顔をした。




 ◆◆そら◆◆


 目を覚ました時、ヒメちゃんはそこにいなかった。

 いつもいるはずの場所に、いなかった。

 いつも見せてくれるはずの笑顔を、見せてくれなかった。

 いつも言ってくれたおはようを、言ってくれなかった。

 ああ、それでも赦しましょう。私は女神、それくらいなら容認します。

 隠れんぼかしら? 遊んでいるのよね? そうね、遊ぶことは大切なことだわ。

 探してあげましょう、ヒメちゃんの大切な大切なお友達のソラちゃんが。

 そう、赦してあげるの。今なら。

 今出てきたら。前と変わらず愛してあげるわ。いいえ、それ以上に愛しましょう。

 そう、言っているのに。探して、いるのに。

 ヒメちゃんの姿は、この屋敷のどこにもなかった。

 なんで、どうして、そんなのダメよ、だって寂しいわ、私も貴女も、寂しいわ、それはいけない、いけないこと、だから一緒にいなきゃ、なのに、どうして、わからない、わからないわからないわからない!


 ソラは爆発的なカンジョウに支配されるまま、してはならぬと決めていた行為に及ぶ。

 自分の使った力の痕跡を、辿るのだ。


 辿る、のに。


「なに……これっ! 痕跡がこんなにたくさん……」


 痕跡が、あまりにも多すぎた。本来ならありえないことだ。

 ソラがここ数百年で力を使ったのはシンリ達に対してのみ。だからこそ力の制御がうまくいかず、彼女達の記憶には生じるはずのない綻びが生まれてしまった。

 しかも、その多すぎる痕跡の繋がる先は全て豆腐。

 ソラは手元にあった美しい杯や皿を薙ぎ払い、床に叩きつける。


「もう! なんなの!? こんな、こんなことって……。ヒメちゃんは、本当に私から逃げてしまったの……? あぁ、あァ、いけないわ。ダめよ、そウ、いケナイのよ、ヒメちゃん……あァ、アァ、こんなコとなラヤっぱり、アノトキ」


 ソラは笑う。狂った女神はこの世に存在するものの中で最上級に美しいと思われる笑みを浮かべ、涙を流し、両腕を目一杯広げた後、《豆腐を、口に入れる》


「え……?」


 今まさに飛び立とうとしていた女神の膝が力なく床に触れる。

 困惑してあたりを見回した彼女の瞳に映ったものは、まごうことなき、ただの豆腐。


「まったく……女神ともあろう者が一体なにをしているのか……《暫くの間大人しく休暇を取ってください》」


 豆腐が喋った、という驚きを口にする間もなく、ソラは完全に意識を失い倒れ込む。

 そんなソラを見て、豆腐は口も腕も足もないくせに、いかにも人間らしくため息をつく。


「はあ、あのお方も面倒な方法をお選びになる……こんなのでも一応は搾取する側の、選ばれた女神だから、ですかねえ? まったく、豆腐使いが荒らすぎる……」


 帰ったら特別手当てを請求してやる。そう心に決め、豆腐はさらに面倒な現場へと向かう。ほんの少しだけ、女神すら自分の意のままにしたという傲りを胸に抱いて。


 ◆◆きつね◆◆

 狐神は怒った。はながなんか好き勝ってやっておるのだ。

 なのでこういう一言を放った


「F-2の存在をなかったことにするぞ」


 はな大天使は行動を停止するほかなかった。それほどまでのこの一言はクリティカルだったのだ。


 全てを消し去る予定だったはなが止まり、この天国は新たな一歩を進む。


 ◆◆はな◆◆


「あれ?」


 ソラは目覚めた。失っていた記憶と共に。あのおとうふは、ソラの失った記憶そのもの。

 本来は魔王になるハズだったソラ。そのソラを庇って魔王になってしまったシンリ。

 悔やんでも悔やみきれない、そんな時に声をかけてきたのがはな天使長だった。

 女神であるあなたの力を使って、天国を作りましょう。そこに、わたしがシンリを連れて行きますから。


 天国を作り、そこで暮らしながらシンリを待ち。

 やって来たシンリと幸せに暮らしはじめ…日を追うごとに記憶を失って行くことすら気づかず。

 自分の作った世界で、何もかも忘れてはな天使長に女神の力をどんどん奪われていたんだ!


 ここは、天国じゃない。ここは、シンリを独占するために作った鳥籠じゃないか。

 大好きな、愛しいシンリ。彼女が悲しむことをしたいわけじゃなかった。

 彼女が喜ぶ顔を見て、一緒に幸せに生きて行きたかっただけ。


 そこでふと、シーチの顔が浮かんだ。

 それと同時に、目の前の空間が歪み、人影が現れる。

 はな天使長だ。


「ソラ。私は狐神のお怒りを買ったようだわ。残念だけどこの世界はあなたに返す」


 F-2を取られるなんてまっぴらだ。そんなわけのわからないことを言う。


「返すって…」

「あなたが良いようにオトシマエ付けてくれない?そうそう、創世の賢者ナツノと、古の魔女ひとみがシーチを狙ってるから、この世界も巻き込まれると思うからさ」


 え、ちょっと意味がわからない。


「おとうふたんともそろそろ仲直りするとするわ」

「え、ちょっと…」


 はな天使長は消えた。

 な、なんて身勝手な!

 それにナツノにひとみ!?ヤバイヤバイ、それはヤバイやつ!

 シーチをおびき寄せるとか言ってシンリを巻き込みそう!

 ああ、こんなことなら、こんな天国のまがい物みたいな世界作るんじゃなかったよう!


 今からシーチやシンリ、そして何より自分自身を輪廻の輪に戻すことは出来るだろうか?

 そして幸せに!


 と、とにかく行かなくちゃ!!!


 ◆◆きつね◆◆


 とうふは激怒した。

 なんとなく収束に向かっているこの愛する天国に戻ってみると、ナツノとヒトミが大乱闘スマッシュシスターズに興じているではないか。ゲームではなく、実際の方の。


「シーチはヒトミのものですぅ!!」


「ちゃうわ!わいのもんやわ!!」


 とうふには戦闘が分からぬ。しかしよろしくないことがおこっているのだけは理解した。


 が、面倒なのでとりあえず観戦することにした。


 ヒトミが髪を引っ張ればナツノが頬を張り倒す。とてもじゃないが見ていられない乱闘が終わったころ、その場に立っていたのは


 とうふだった。漁夫の利を得たとうふだった。


 とうふは理解した。シーチトシンリをくっつけ直して、天国を補修すればまたみんなで湯豆腐が食べられるなということを。


 もう、記憶を操作する役目の者は退場した。後は、面倒くさがり屋のきつねと、働きすぎなこのとうふが二人をくっつけて大団円に持ち込むだけである。


 物語は急速に終焉へとむかっていく、はずだけど、とうふにこの大役が務まるのだろうか。とうふの心臓はおぼろどうふ以上にもろい。きつねは面倒くさがり屋で有名である。



 ◆◆とうふ◆◆


 よく晴れた日だ、と空を見て、おとうふは笑った。


 この場所に晴れでない日などなかったが。凍える寒さもなかったが。


「わたしの本領は、身も縮むような寒い寒い夜なんですけれどね」


 とうふの独り言に、ゆっくりと振り返る気だるげな顔。


 狐神。


 この世界の頂点にして、ただのとうふを引き上げた神である。


 とうふは、主のそばで静かに頭を垂れた。


「やはり、御自分で動かれるおつもりはないのですね、狐神さま」


「お前にも言ったはずだ。我が手を出す問題ではない……と」


「あなたらしい。とてもあなたらしい解ですよ。狐神さま」


 諦観を混ぜた笑みで、ふっと息をつく。とうふは、もうわかってしまったのだ。


 ソラは自らを取り戻した。

 はな天使長はF-2を守るため、とうふと再び手を繋ぐためにここへ来るだろう。


 あとは、シーチとシンリを結べば。簡単なことだ。


「とうふに何が出来るというのだ」

「できますよ」

「人の心を繋ぐことが出来るとでも?」

「できますとも」


 狐神が目を見開き、そこに戸惑いを浮かべるのを、とうふはどこか満足して見つめた。


「湯豆腐はね、心を繋ぐんです」


 狐神が何も手を出さないと言うのなら、とうふが成すまでのこと。


 ここは、狐神の世界。


 とうふを救った、唯一にして絶対の、


 神の世界。


「さようなら、狐神さま」

「待て、もうここに豆腐など」

「あるではありませんか、あなた様の目の前に」


 湯豆腐は、繋ぐのだ。


 とうふの本分を全うして。


 シーチとシンリの心を繋ぎ。


 最愛の神の世界を、守ってみせるのだ。


 とうふは、ただのとうふに


 還るのだ。


 ◆◆きつね◆◆


「というわけで、みんながおとうふさんと仲良くなった後、おとうふ謹製のとうふで出来た湯豆腐をたべて、世界は平和になりましたとさ」


「えーお母さんそれだけー?」


「いーえ違うわよ、続きはとうふをもう一つ鍋に入れてからね」


「やったー、絶対だよー」


 ここは狐家。先ほどまで壮大な物語が心理によって語られていた。

 物語に出てくる登場人物はみんな心理のお友達。心理が居なければこんな壮大な話にはならなかった。


 おとうふが追加されればまたお話が展開されるだろう。なぜなら彼女は言葉の魔女なのだから。


 では、おとうふが来るまで、一旦、お仕舞。


 世界が心理で満たされたら。 fin

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