第25話 無題その3

 おれは社会に出ずに適度に勉強しておけば受かる大学へと進学をした。




 「おい、松(まっ)ちゃん!」

 大学構内を歩いていると、おれを呼ぶ声がする。後ろを振り向くと、秋山修平がいつものニヤニヤした面でこちらに近づいてくる。

 秋山修平とは大学に入ってすぐにつるむようになった。

大学初めての講義、確か『臨床心理学』の講義だったと思う。おれの隣の席に断りもせずに堂々と座ってきたのが秋山修平であった。席は自由席であったのだが、面識もないのにその堂々ぶりに驚かされた。そして会話をして秋山に対する印象は〝馴れ馴れしい〟から〝すごい馴れ馴れしい奴〟に変わった。席につくなり、「なぁ、今度合コンあるのだけど、お前、暇なら来ない?」といきなり面識もないなか誘われた。ここで初めてしっかり顔を見ると、女装すれば女にも見える程の奇麗な顔立ち。金髪の長髪を後ろに束ねていて、男の長髪は大体似合わないが秋山は似合っていた。

 「合コン?ていうかお前、誰よ?」

 「ん?あ、そうか、とりあえず自己紹介もかねて今日酒でも飲み行こうよ」ニヤニヤと笑顔をおれに向ける。それでも美青年なこの顔。

 「おれ、お前の名前すら知らないんだけど……」

 「あぁ、すまんすまん、おれ、秋山修平。よろしく!」

 そう言っていやらしい満面の笑みで秋山はおれに手を差し出してきた。しょうがないからおれも手を差し出し握手をした。

 「おれは、松山敬……」

 微笑みというにはあまりにも悪意、またはいやらしさを露わにした秋山の笑みはやはりニヤケ面というのがふさわしい。おれはそう思うのだが、どうやら周囲の連中はそれを見抜けないらしい。夕方、大学の講義を終えたおれと秋山は全てのサークル勧誘をスルーし、大学を出て彼の住んでいる近くのアパートへと向かった。それまでの間、サークル勧誘だけでなく、同級生の女からも逃げなければならないほど、声をかけられた。秋山限定だが。

 「ねえ、秋山君!今からみんなでお酒飲み行くんだけど秋山君も来てよ!あ、えと……」

 おれらと同級生であろう女性のとりまき。

 「松山敬です」

 「うん、松山君もどう?」

 「あ~、ごめん、今日は敬と遊ぶから」

 「そうなんだぁ、じゃあ私、飲み会断ってそっち行こうかな」

 なぜそうなる?

 「ごめんカナちゃん、今日は男だけの深淵なる飲み会なのだよ。深淵なる卑猥話な」

 ケッケッケとにやける秋山。

 「エローい!じゃあまた今度一緒に飲もうよ。松山君も」

 「大体、お前ら十九だろうが!未成年は逮捕しちゃうぞ!」

 「え~、秋山君だってこれからお酒飲むんでしょ~?」

 「だっはっは!おれはデンマーク人なのだ」

 似たような会話を二十人以上の女性と会話した。

 コンビニで酒とつまみをある程度買い、秋山のアパートへと歩いて向かう中、

 「女の子はいやらしいのぉ~」とにやにやしながら秋山がおれに話しかけてくる。

 「おれ、完全におまけだったな。それより何でお前のこと知ってるの?なんか皆かわいかったな」

 秋山はさらりと、そのことがまるであたり前のように、

 「ん?とりあえずかわいい子、入学式の後手当たり次第あいさつしたんだよ。当然だろ?」

 あっそ。何が「当然だろ?」だ。

秋山の部屋は玄関に入ってすぐ右にキッチン。共有通路右にトイレ、トイレとキッチンの間に入ると洗面、その右に風呂場。きょう優通路に戻りまっすぐ行くと六畳間のリビング2部屋が広がっていた。テレビ、一人用の小さな冷蔵庫、壁際のベッドなど、生活に欠かせないものはどうやら一式揃っているようだ。開けられていない荷物が入っているであろう段ボールが四方に乱雑に散らかっていることがまだ秋山がここに住み始めたばかりだということを物語っている。

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