75話 悲報、友達にまで可愛いと言われました

 翌日、僕は夕方になると、昨日のファミレスに足を運んでいた。具体的に何時かは知らないため、この時間から紅茶でも飲みながら待つことにする。


 ボーっとしながら、外を歩く人たちの姿を眺めていく。時折、何人かが僕の姿を見ては驚いている。原因は、今の僕の格好だろう。


 窓ガラスに映っている僕の格好は、金髪に帽子、それにサングラスといった、不審者のような、どこぞのブルジョアのような出で立ちに見えるかもしれない。


 けど、これは仕方のないことなんだ。安芸だけは、僕の姿を知っているんだから。僕は紅茶を一口含んで一息吐いた後、再度窓ガラスの向こう側を見た。


「…………」


「ぶっ!」


 吹き出してしまった。窓ガラスに、顔を思いっきり押しつけている美柑の顔がそこにあった。


 美柑は「あーー⁉」と声を上げた瞬間、走り出したかと思えば、ファミレスの中に入ってきて、僕の席までやってきてしまった。


「レンレン、こんなところで何してるの⁉ それに、何か変な格好してるし」


 疑いの余地もなく変装した僕のことを見破り、僕はずっこけてしまう気分だった。


「み、美柑⁉ 何でここに?」


「少しお出かけしてたんだよ。そうしたら、何かレンレン似の女の子を見つけたから、もしかしたらと思ったんだよ!」


 美柑はそう言うと、何の躊躇いもなく前の席に座った。間もなくして店員さんがやってきて、ちゃっかり注文を済ませてしまう美柑。


「それで、レンレンはここで何してるの?」


 ニコニコ顔で聞いてくる美柑を見て、僕は諦めて話すことにした――――。



「へえー! レンレンの友達が来るんだね! それは楽しみだね!」


「……もしかして、ここにいるつもり?」


 美柑のワクワクした様子を見て、僕はまさかと思う。


「うん! あ、お邪魔かな?」


「いや、別にいてもいいんだけど、つまらなくない?」


「全然そんなことないよ! むしろ、レンレンの友達がどんな人たちなのか私も気になるよ!」


 美柑はそう言うと、半分ほどになったジャンボパフェを食べ始める。お腹空いたから何か食べたいって話だったけど、そんなに食べきれるの? 後、それ絶対僕たちゾンビの体に良くないと思うんだけど。


「う、うぷっ……」


 思ってる傍から美柑が辛そうな声を上げる。やっぱりそうなるんだ。


「レ、レンレンも半分食べない?」


 美柑がおずおずとまだまだジャンボなパフェを僕の方に寄せてくる。


「うっ……し、しょうがないな。残すのは悪いしね」


「うう、ごめん、レンレン~」


 美柑の泣きそうな顔を尻目に、僕はジャンボパフェに勝負を仕掛けた。



 …………お腹が痛い。僕は空になった器に、怨念まがいの思いをぶつける。


「レンレン、すごい! ナイスファイトだったよ!」


 美柑が両こぶしをグッと握りしめ、称賛の声を掛けてくれる。結局、あの後美柑は数口しか食べてくれなかったよ。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


 店員のよく通る声に顔を上げた瞬間、お腹の苦しさも忘れ息を呑んだ。目の前からやってきたのは、安芸を含めた僕の高校時代の友達たちだった。


 安芸たちは僕たちの左斜め前のテーブルに着き、各々注文を取り始める。僕は自然と皆の姿を目で追ってしまう。


「ふぅ、今日も疲れたよ。こんな大事な日に、危うく残業させられるところだったぜ」


 ネクタイを緩め、げんなりとした顔を浮かべるのは多々良たたら裕也ゆうやだ。整った黒の髪型に、スーツケースと腕時計、まさしくサラリーマンのような格好だった。


 その隣にいる眼鏡を掛けたのが千葉ちば安則やすのりで、その前に座るぼさぼさ頭なやつが多分四条しじょう康介こうすけ、だよな? 何であいつだけ、そんな適当な格好なんだ? あの中に混じると、ニートに見えるんだけど。


「仕事ってえげつないよな。僕も康介みたく、ニートになりたいかも」


「おいおい、待て、安則。おれはニートじゃなく、今は夢を探しているだけだ」


 昨日に続いてまたテーブルに顔面ダイブしそうなったのを寸でのところで防ぐ。康介、お前今ニートなのかよ⁉ いきなり友達の衝撃的な現状を知ってしまったよ!


「康介はいいとして、安芸は最近どうなんだ? 製薬会社だったよな」


「うん。仕事は問題ないかな。でも、別のことをやってみたいかなとは思っているんだよね」


「お、安芸も一緒に夢を探すか?」


 お互いに、ここ最近のことを話し合っている。その光景を僕は遠巻きに見ながら、皆の姿と声に懐かしさを感じていた。


「レンレン、やっぱり寂しい?」


 美柑がひっそりと声をかけてくる。僕は取り繕うこともなく、苦笑交じりに言った。


「少し。……でも、皆元気そうで安心したし、寂しいよりも今は嬉しいかな」


「そっか」


 それだけ言うと、美柑はそれっきり口を閉じた。


「……なぁ、ちょっといいか? 何か俺たち、後ろの子に見られてないか?」


 …………ん? 裕也の小さな声がわずかに僕の耳まで届いた。見れば、何やら皆して小声で話し合っては、僕の方をチラチラと窺っている。


「もしかして、逆ナン? 僕たちの誰かに興味を持ったとか?」


「マジ⁉ おれ……なわけなく、無難に考えたら安芸か」


「はは、ぼくはないよ」


 今度こそ、僕は手テーブルにダイブしてしまう。幸いにも、話し合いに夢中で誰もダイブしたところは見ていないようだった。


「レンレン、大丈夫⁉」


「だ、大丈夫」


 僕は美柑には笑顔で返し、安芸たちには睨みを効かせた。何の話かと思ったら、そんなくだらない話かよ! 一瞬本気で鳥肌が立ったじゃないか!


「まあ、あんな超可愛い子が俺たちに興味持つわけないか。……単に俺たちがうるさかっただけかもな。今も何か睨まれてるし」


「そうだね。にしても、相当な美人さんだね。そこらのモデルといい勝負できるんじゃないかな」


 裕也と安則の会話に、僕はギュッと拳を握りしめる。僕を可愛いなんて言わないで……っ。


 睨みを効かせたおかげか、僕の話はそこで打ち切りになった。けど、


「しかし、すっかり疎遠気味になっちまった俺たちがもう一度会えるなんてな。……これも、蓮のおかげかね」


 裕也が名残惜しむように呟く。今度はそっちの僕の話か。


「……そうだね。でも、できれば蓮もこの場にいてほしかったかな」


 安則の言葉に、皆が無言で肯定を示すかのように俯く。それを見ると、何だかいたたまれない気持ちを感じてしまい、僕のほうまで俯いてしまう。


「そういや、別に責めるわけじゃないけど、安芸、お前葬式の後の集まりに来なかったよな。まあ、その時の代わりが今日のこれだけど」


 康介が少しばかり不満げな顔をする。それに対し、安芸は申し訳なさげな顔を見せる。


「その時はごめん。ちょうど仕事の方が忙しい時期でね」


「仕事、ね。俺たちだけで改めてお別れしようって話だったんだ。そん時くらいは仕事より蓮を優先してほしかったな」


 裕也の言葉に、険悪な雰囲気が広まりつつあるのがここからでもわかった。僕は皆の仲が悪くなるところなんて見たくないため、後先考えず止めに入ろうとする。


 けど、僕が動くよりも先に安芸の口が動いてしまった。



「そうなんだけどね。でも、



「「「「は?」」」」


 裕也たち三人と僕の声が重なった。皆が一様に驚きポカンとする中、真っ先に回復したのは裕也だった。


「い、いや、何言ってるんだ? 蓮は、し、死んじまったんだぞ?」


「確かに一度は死んだけど、蘇ったから――――あ、やべっ」


 安芸は何かに気づき、慌てた様子で口を押さえる。けど、僕にとってはもう遅かった。


「何で安芸が知ってるんだーーーー⁉」


 他の客がいることなど、裕也たちに存在がばれることも無視して僕は叫んでしまった。


「――え? ……あっ! もしかして、れ、水城ちゃん?」


「今さら取り繕っても遅いよ!」


 安芸は引きつった顔をした後、やってしまったといように顔に手を当てて、天を仰いでいる。


 裕也たちは何が起きたのか全く理解しておらず、口を開けたままポカンと固まっている。


「お、お客様? 他のお客様のご迷惑になるので、もう少し声のボリュームを下げていただいてよろしいでしょうか?」


 店員が明らかに引きつった作り笑いを浮かべて注意してくる。そこで僕は少しだけ冷静になり、自分が他のお客から奇異な目で見られていることに気づいた。


「す、すいません」


「とりあえず、場所を変えようか」


 安芸が諦めたような表情とともに僕を促す。そうして、すっかり放心状態だった裕也たち、それと大量の疑問符を浮かべていた美柑を連れてファミレスを後にするのだった。

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