74話 グッドタイミング!

 ファミレスに入り、さっそく安芸の姿を見つけた。ただ座ってコーヒーを飲んでいるだけなのに、周りの女性客の視線を虜にしているよ。


「やあ。昨日ぶりだね、水城ちゃん」


 安芸は片手を上げ、昨日のことなど何とも思っていないような軽い調子で声をかけてくる。


「お、お久しぶりです。昨日はちゃんと謝りもせずに去ってしまってすいませんでした」


「いいよ、気にしなくて。ぼくのほうこそよそ見してたし、何より可愛いパンツ見ちゃったし」


 安芸は爽やかな笑顔でパンツという単語を堂々と口にした。一瞬、他の客の視線が僕たちに集まる。まさか、このイケメンから堂々とパンツなんていう単語が出てくるなんて予想もしていなかっただろう。


 イケメンという化けの皮、剥がれるの早いな。


「そ、そのことはここで言わないで……っ」


 僕は恥ずかしくなり、視線から逃げるように席に座った。隣にましろが座り、コホンと一つ咳払いをした。全く関係ないましろまで巻き込まれちゃったよ。


「鷹司さん。前々から思っていたんですけど、場をわきまえてから、言葉を選んでください」


「? ぼく、何か変なこと言ったかな」


 安芸は腕を組み、考える仕草をする。本気で何もわかっていない様子だ。僕はそんな安芸の様子を懐かしく思いつつ、もうこの話題は変えることにした。


「あの、これ昨日間違えて持ち帰ってしまったみたいで。すいません」


 僕はおずおずとパスケースを安芸の前に差し出す。


「あ、無くしたと思ったら、水城ちゃんが持っていたんだね。ありがとう、助かったよ!」


「いえ、元はと言えば間違えたぼ、私が悪いので」


 安芸はパスケースを胸ポケットにしまい込む。これで、要件は一応済んだことになるけど。


「せっかくだし、二人とも何か頼んでいってよ。ぼく、奢るからさ」


 安芸はメニュー表を僕たちに見せてくる。


「なら、お言葉に甘えようかしら。恥ずかしい思いもさせられたし」


 そう言うと、ましろはメニュー表を吟味していく。


「水城ちゃんも好きなの頼んでいいよ。あ、遠慮はしなくていいからね? これでもぼく、手持ちはあるほうだから」


 やはり社会人だからか、お金には余裕がありそうだね。しかも、昨日知ったけど、安芸が勤めているのは地元で有名な製薬会社だった。教師と違って、給与もいいんだろう。


「あ、ありがとうございます。それじゃあ」


 僕も恥ずかしい思いをさせられた腹いせとして、高いもので頼んでやろうか。けど、会ったばかりでそんなことしたら、失礼な人だって思われそうで嫌だな。


 そんなことで結局、僕が頼んだのは高くもなく安くもない無難なものだった。間もなくして、料理が運ばれてくる。


「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったね。ぼくは鷹司安芸。この近くにある製薬会社に勤めているサラリーマンです。よろしくね」


 安芸はそう言って、名刺を見せてくる。いや、それはもう見たよ。


「ましろから聞いてると思いますけど、私の名前は水城蓮です。水鏡高校の1年で、ましろとはクラスメイトです」


 僕が自己紹介を終えると、なぜか安芸がすっごくにっこりとした笑みを向けてくる。何でそんなににこやかなの?


「私は必要ないわよね。それと、鷹司さん? 女子高生を口説いたりしないでくださいね」


 ましろがジト目で安芸を睨んでいる。えっ、もしかして僕、友達からそんな目で見られているの?


「はは、口説かないよ。というか、ぼく、これまでの人生で女性を口説いたことなんてないよ」


 安芸は笑ってみせる。確かに、安芸が女の子を口説いてるところは見たことがない。


「それならいいですけど」


 ましろはジュースを一口飲む。僕はこの話が終わったことを確認して、安芸に質問することにした。


「あの、鷹司さんはいつから製薬会社に勤めているんですか?」


 安芸が製薬会社に勤めていることを知った時は少しばかり驚いた。高校の時、大学に進学したことは知っているけど、そこから製薬会社に勤めているのは知らなかった。


「大学を卒業してすぐかな。薬剤師の国家資格は持っていないから、まだ直接薬を作ったりはしていないんだけどね」


「そうなんですね。取るつもりはないんですか?」


 僕がそう聞くと、安芸は苦笑いした。


「どうかな。今のところは未定かな」


 安芸はコーヒーを一口含み、次いで僕たちを見た。


「そもそも、今の会社に入りたかったのかどうか、今でもよくわかんないんだよね。こんなこと、ましろちゃんがいる前では言わないほうがいいんだろうけど」


「別に好きに言ってもらっていいですよ。わざわざ両親に言ったりしないですし。でも、意外ですね。鷹司さんが仕事に対して愚痴を言った試しなんて、これまで聞いたこともなかったのに」


 ましろの疑問に、安芸は困った顔で答える。


「嫌ってわけじゃないんだけどね。ただ、他にやりたいことがあるような気がして。そう考えると、やっぱり学生時代って大事だったんだなって今にして思うよ。だから君たちも……ごめん、何でもないよ」


 僕は初めて見る、安芸の悩めるような表情に驚きを隠せない。安芸も、こんな顔をするんだな。


「ま、こんな話はやめよう、やめよう! あ、でも、学生時代に出来た友達との付き合いは大事にしたほうがいいよ。やっぱり友達がいると、いざって時に心強いしね!」


 友達という単語が出てきた瞬間、反射的に僕の体が反応してしまった。


「鷹司さんは、今も学生時代の友達とは付き合いがあるんですか?」


 僕が安芸に聞きたかったこと、それが高校時代の友達のことだ。僕は高校以来、皆と直接会うことはなかったけど、安芸のほうはどうなのか。


「ぼく? そうだね、それなりにいるし、今も付き合いがある人たちばかりだよ。明日の夜なんか、高校以来の友達たちとここで集まることになってるんだ」


 ガシャン! 安芸から聞いてしまった衝撃の事実、その衝撃のあまり僕は顔面をテーブルに勢い良くぶつけてしまった。


「ちょ……っ⁉ 大丈夫、蓮⁉」


 隣からましろの心配する声が聞こえてくるけど、それどころじゃない。マジ? 明日、皆ここに来るの?


「す、すいません。ついフラッとしちゃって」


「いや、それやばいんじゃない⁉ 病院に行ったほうがいいんじゃ……⁉」


 安芸の言葉に、僕は大丈夫ですと言って顔を上げる。あ、鼻血出ちゃってる。


「高校以来の友達、ですか」


「う、うん。ぼくを入れて4人。この前、偶然皆と会う機会があってね、その時に日を決めて集まることを決めていたんだ」


 4人って、それもう皆のことで確定じゃん。この前会ったっていうのは、多分……。


「高校以来なのに、偶然会えたんですか?」


「まあ、ちょっとね。……実は、もう一人友達はいたんだ。でも、そいつは去年亡くなってね。その時の葬式で、皆と再会することになったんだよ」


 安芸は目を逸らし言いづらそうに言う。そんな安芸を見て、ましろはやってしまったという顔をし、安芸の目を盗んで、僕に申し訳なさそうな顔を向けてくる。僕はそれに対し小さくかぶりを振り、大丈夫と言外に伝える。


「……ごめんなさい、鷹司さん。嫌なことを聞いてしまって」


「ううん、ましろちゃんは何も知らないんだから悪くないよ」


 少ししんみりとしてしまった空気。僕はこの空気を変えたく、努めて明るい声で言った。


「でも、その亡くなってしまった友達もきっと喜んでますよ。だって、仲の良かった皆がもう一度再会することができるんですから!」


 その張本人である僕が言うんだ、事実意外の何物でもない。


 僕の言葉を聞くと、安芸は困った顔ながらも笑みを浮かべてみせた。その様子に僕は一安心した後、明日のことを考えてしまうのだった。



 ファミレスで安芸と別れ、僕はましろともに帰路を歩く。


「さっきはごめんなさい。私、蓮の友達があなたの葬式で会っていることを失念していたわ」


 ましろが突然口を開いたかと思えば、そんなことだった。


「別に気にしてないから大丈夫だよ」


 僕はましろに笑顔を向け安心させる。


「それに、僕は今、少しドキドキしてるんだ。明日、久しぶりに皆と会えるんだから」


 僕の言葉に、ましろは驚く。


「皆と会えるって、もしかして蓮、明日あのファミレスに行くの?」


「うん。といっても、直接顔は合わせられないけどね。ただ、遠くから皆の懐かしい顔を見ようと思って」


 僕がしようとしていることを知ったましろは笑顔を浮かべる。


「そう。確かに、久しぶりに皆が来るってわかってたら、じっとなんてしてられないものね」


 僕はましろの言葉に頷く。そして、高校時代の皆のことを頭に思い浮かべる。安芸はほとんど変わっていなかったけど、他の皆はどうだろう?


「運が良かったよ。昨日安芸と再会したこともそうだし、安芸とましろが知り合いだったことも含めて、本当に運が良かった」


「フフッ、蓮ったら嬉しそう。何だか、私まで嬉しくなってくるわ。良い報告、待ってるわ」


 ましろの言葉を交わした後、僕は明日へと思いを馳せながら家へ帰るのだった。

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