57話 探偵まがいの推理を始めよう

 夕暮れ時の屋上に、僕と保科先輩が対峙する。


 保科先輩の遅い到着で思わず出鼻をくじかれてしまったものの、僕は一つ咳払いをして仕切り直す。


「時間がないので、単刀直入に聞きます。……保科先輩、あなたが僕と美柑に迷惑メールを送った犯人ですか?」


 僕がそう言うと、保科先輩の眉が一瞬ぴくっと動いた。


「何のことかしら?」


 けどそれも一瞬で、保科先輩は変わらない口調で言う。


「聞き方を変えます。あなたが『unknown』ですか?」


「……アンノウン?」


 意味がわからないといった様子で保科先輩はその単語を呟くけど、また眉が動いたのを僕は見逃していない。どうやら、咄嗟の問い詰めに対して嘘を吐くのは苦手っぽい。


 けど、すぐに話してくれるといったわけでもないっぽいな。仕方ないと思い、時間を無視してて問い詰めていくことにした。


「保科先輩。あなた、美柑に好意、もしくはそれに似た感情を寄せていますよね?」


「私が真倉ちゃんに?」


「ええ。勝手に見てしまって申し訳ないんですが、美術部にあるロッカー、その一つからこんなものが出てきました」


 僕は鞄から画用紙を一枚取り出して、保科先輩に見せた。


「それはっ……⁉」


 目に見えてわかるほどに保科先輩が動揺してみせる。


「これ以外にも、ロッカーからは何枚もの美柑が描かれた画用紙が入っていました。あのロッカー、あなたのですよね?」


「……っ⁉」


 一昨日の部活終わり、皆が後片付けしていく中、僕はロッカーを見ていたけど、この絵が入っていたロッカーを使っていたのは保科先輩だった。皆に見られないためか、周囲の様子を気にしていたから間違いないだろう。


「け、けど、それで私が真倉ちゃんのことを好きと決まったわけじゃないでしょ?」


「ええ。だから僕も、最初に言ったように、別に保科先輩が美柑に寄せているのが好意とは断定していません」


 僕のさっきの言葉を思い出したのか、保科先輩はきつく口を閉じた。


「それともう一つあります。これは田中さんから聞いたことですが、あなたは美柑のことを以前から知っていましたね? けど、僕と話した時は、美柑のことは美術部に入ってから知ったと言っていました」


 僕がその事実を告げると、保科先輩は歯を食いしばる。


「何でそんな嘘を吐いたのか。それは、自分がメールの送り主の候補から外れやすくするためですよね? 美柑のことを全く知らない体なら、美柑に何かしらの感情を抱く可能性は低いから」


「ま、待って⁉ もし仮にそうだとしたら、真倉ちゃんが美術部に入ってきて、一か月ほどで私が真倉ちゃんに何らかの感情を持つ可能性をほとんど否定するということよね? でも、たった一か月ほどでも、好意を抱くことは十分あると思うわよ」


 僕はその言葉に頷く。保科先輩の言う通り、その可能性は十分ある。何せ、僕自身が一か月半にも満たない期間で美柑から告白されたんだから。


「ええ。だからこれはあくまで保険のようなものです。候補から外れてくれればいいなー程度の保険ですね」


「うっ」


 保科先輩は言葉に詰まる。


 今言ったようにこれはただの保険。だけど、問題なのはそこじゃないんだ。問題なのは、。脅迫メールを送ってきたのは、僕に嘘を吐いた後だから。


 普通、脅迫メールを送ることを見越して嘘を吐くだろうか? 現実味が薄くてなかなか考えられないことだ。保科先輩がそこまで考えているとも思えない。けど、一人だけ、ここまで考えられそうな人物を僕は知っている。けど、それは後だ。


「次にメールの内容についてです。メールには、僕と美柑の秘密を知っていると書かれています」


 もう保科先輩が送り主であることはほぼ確定したようなものだけど、ここからは言葉を慎重に選んでいく。万が一にも、保科先輩が送り主じゃなかった場合、僕と美柑の正体だけバレるという最悪の展開になりかねない。


「保科先輩、?」


「――っ⁉」


 保科先輩が声もなく驚く。否定や理由を聞かれるとも思っていたけど、動揺のあまり忘れているようだ。


 来たと言っているような保科先輩の様子にひとまず安心する。正直、ここは賭けだった。


「美羽から聞きました。12日に屋上の鍵を借りて、返したのは17日。鍵を借りたのは天体観測をするためとかでしょうが、目的は何でもいいです。それよりも、鍵を借りて、16日の夜に屋上を訪れたことが重要です」


「……何でそこが重要なの?」


 来たことは素直に認めつつ、先を聞いてくる。その顔には緊張が見て取れる。


「保科先輩、屋上を出た後、?」


 僕のその一言に、保科先輩はとうとう押し黙ってしまう。僕はそんな保科先輩を見て、口の中が乾くのを感じる。この先の言葉は、保科先輩にとって残酷な事実を改めて突きつけることになるから。


「……ここからは推測になってしまいますが、保科先輩は鍵を閉め忘れたまま屋上を後にし、一度どこかの教室に向かったのでしょう。そして、そこで見てしまったんです。……


「……やめてっ⁉」


 思い出したくないのか、保科先輩は耳を塞いでしまう。苦い味が口の中に広がるけど、このことは言わないわけにいかなかった。


 昨日、天文部の活動で屋上を訪れた時、美羽が鍵を開け閉めする仕草に何か引っかかりを覚えていた。引っかかったのは、16日の夜に美柑が屋上を訪れた時のことだ。


 


 当時の屋上の管理が適当でも、普段は立ち入り禁止の貼り紙もあって、鍵を開けっ放しにしていたわけではないはずだ。職員室から鍵を盗み取ってきたことも考えられるけど、学校に入れた時点で何人かはまだ学校にいたはず。そう考えると、盗み取るという線は薄い。だから、最初から鍵は開いていたんだ、保科先輩が閉め忘れたから。


 この予想に行き当たったのは、昨日の出来事に合わせて、保科先輩のを思い出せたからだ。以前、保科先輩は藤原先生から鍵の閉め忘れを注意されたことがある。それに、一昨日も部室を閉め忘れていたことを話していた。なら、16日の夜も屋上の鍵を閉め忘れたのではと思った。そしてこの予想は当たってしまった。


「……あの日、私は美羽から借りた鍵を使って屋上に入り、そこから見える風景を描いていたわ。そして、その帰りに屋上の鍵を閉め忘れてしまった。そのせいで真倉ちゃんが死んでしまうことに……でも」


 口を開いた保科先輩は、そのまま顔を歪めはじめる。僕と美柑の秘密を知っているということは、その先を見たということ。


「しばらくは気を失っていたわ。けど、目が覚めた後、信じられないものを見てしまった。死んでしまったはずの真倉ちゃんが元と変わらない姿で立っているんだもの。隣には、長い黒髪をした女の子もいたわ」


 死んだ人間が生き返ったと思ったのだろう。そんな非現実的なことを見てしまい、相当精神的に参ったことが予想に難くない。


「それで、美柑の秘密、それと僕の秘密については寧から聞いたんですね」


「ええ。私が窓の外で固まっていると、偶然にも黒髪の女の子に気づかれてね。事情を聞かされたわ」


 予想はついていたけど、やっぱり今回の件は寧が関わっていたのか。保科先輩の嘘と脅迫メールの関係からそうじゃないかとは思っていた。寧なら、あそこまでやってしまいかねないからな。


「あの子からは色々とお願いされたわ。水城ちゃんに嘘を吐くようにだったり、いたずらメールを送ったりだとか」


 僕は呆れていた。寧が今回したことはいたずらにも度が過ぎる気もするけど、別に怒りは沸いてこない。ただただ呆れてしまう。やり口が一々巧妙だし、怖いよ。


「保科先輩は寧から脅されてやっていたんですか?」


 僕の疑問に、保科先輩は困ったような顔をする。


「別に無理してお願いされたものでもなかったら、脅されていたのとは違うわよ。ただ、あの子があなたを想っているように、私も真倉ちゃんのことを想っていたから、利害が一致したみたいな感じかしら」


 どこかおどけたように言う保科先輩に、僕は頭を抱えてしまいそうになる。保科先輩までなんてこと考えるんだ⁉


「保科先輩はやっぱり美柑のことが好きなんですか?」


 若干投げやりな気持ちでそう聞くと、保科先輩は人差し指を顎にあてて考える仕草を始めた。


「うーん……恋愛感情とは少し違うのよね。しいて言うなら、美として捉えてるような感じかしら。真倉ちゃんを芸術として見せたいのよね」


 芸術として見せたい、か。それがどんな感情かはわからないけど、確かに恋愛感情とは違うのかも。


「私ね、初めは悲しかったの。真倉ちゃんがゾンビになる前、物静かな彼女が私は好きで、そんな彼女こそを芸術として見せたかった。けど、ゾンビになってからは、それまでとは全然違って明るくなってしまった。だから、最初はその原因ともなるあなたを少しばかり憎んでいたのは確かなの」


 保科先輩の告白に、僕は心の中で納得する。だから、あんなメールの内容だったのか。


「でも、真倉ちゃんが変わったのは彼女の意志であって、あなたのせいではない。だから、ごめんなさい。あんなメールを送ってしまって。それに、結局のところ一番悪いのは私なのに」


 保科先輩が心底申し訳なさそうに俯く。鍵さえ閉め忘れなければ、美柑が死ぬこともなかったと思っているんだろう。


「こんな言い方はよくないですけど、例え保科先輩が鍵を閉めていたとしても、同じような結果になっていた可能性は高いです。……これについては僕からはもう何も言えないので、後は美柑に直接聞くべきだと思います」


「……そうね」


 保科先輩は覚悟を決めたように頷いてみせる。


 とにもかくにも、これにて一件落着かな。ようやく頭を悩ませることがなくなると思うと、途端にほっとしてくる。


「それにしても、わざわざアドレスを使い分けてメールを送ってくるなんて、いたずらにしてはなかなか凝っていますよね」


 僕は安堵感とともに、この場を和ませるように笑って言う。


「え? 使?」


 しかし、保科先輩は目を丸くして首を傾げている。……え?


「いや、アドレスですよ! ほら、『ヒマワリ』と『unknown』の二つが……」


 僕はスマホの受信画面を見せる。けど、保科先輩の表情は変わらない。


「……? 『unknown』は確かに私だけど、その『ヒマワリ』? は?」


 …………え? ちょっと待って⁉ それってどういうことだ⁉ 『ヒマワリ』と『unknown』は同一人物じゃないのか⁉


「わっ⁉」


 困惑していると、突然スマホが震えだした。思わず落としそうになったスマホを持ち直し、画面を見る。ましろから着信が入っていた。こんな時に何だろうと思いつつ電話に出る。


「も、もしもし、ましろ? 悪いけど、今立て込んでて――」


『助けて、蓮⁉ このままだと……⁉』


 突然聞こえたましろの切羽詰まった声に焦る。一瞬で意識は切り替わるが、次に聞こえた言葉に焦燥感が増した。


『家に知らない人が入ってきて!? 何かって名乗っているけど――きゃあっ――……』


(ヒ、『ヒマワリ』って、まさか⁉)


「ましろ? ましろ⁉」


 いくら呼びかけてもましろの声はもう聞こえない。見れば、スマホの通話は切れていた。


「ど、どうしたの? 笹倉さんの名前を呼んでいたけど」


 状況が呑み込めず保科先輩は困惑しているけど、僕自身も状況が呑み込めていないためそれどころではない。けど、ましろの身に危険が迫っていることだけはわかった。


「すいません! 戸締りお願いします!」


 僕が走り際に鍵を保科先輩に渡し、屋上を飛び出した。階段を二段飛ばしで降りつつすぐに学校を出る。そのまま駅まで全力で走るも、頭の中はすっかりパニックを起こしていた。


(何で『ヒマワリ』はましろを狙ったんだ?)


『ヒマワリ』の狙いは僕か美柑だったはずだ。それが何で⁉


 わけがわからない。けど、今はただましろの無事を願うしかない。


 頼む! 無事でいてくれ!

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