54話 それは開けてはならないパンドラの箱だった

 天文部の活動は明日からなので、今日は美柑とともに美術部に行くことにした。廊下に二人分の足音が鳴り響く。


「そういえば、うちの部活、というか学校って、部活に二つ入ることっていいのかな?」


 美柑が今更ながらなことを聞いてくる。てっきり知っているから両立するのかと思っていたよ。


「ど、どうだろ? でも朝、寧は何も言ってなかったし、別に大丈夫じゃないかな? 僕も以前ここにいた時は、両立がダメって規則は聞いた覚えないし」


 僕は部活に関する規則を思い出しながら言う。……うん、そんな規則はなかったはずだ。部活内での規則までとなるとわからないけど。


「そうだよね! それに、美玖先輩優しいから、きっといいって言ってくれると思うし!」


 そう話しているうちに美術部に着いた。美柑が鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。


「あれ?」


 美柑が疑問の声を上げる。鍵を抜き、ドアの取っ手に手をかけた。すると、ドアは何の抵抗もなく横に開いた。


「保科先輩もういるのかな?」


 鍵が開いているということは保科先輩が先にいると思ったけど、僕の言葉に美柑は中を見て首を横に振った。


「美玖先輩いないね。てか、まだ誰も来ていないっぽい」


 僕も中を覗くと、確かに誰もいなかった。


「鍵閉め忘れたのかな」


「かもね。レンレン、先に中で待ってて。私、皆の飲み物買ってくるね!」


 美柑はそう言って来た廊下を走りさろうとする。


「僕も手伝おうか?」


「いや、大丈夫だよ! そんなにたくさんは買わないし」


 美柑は手を振った後、今度こそ走り去ってしまう。部室を誰もいないまま開けっ放しにしておくわけにもいかなかったため、言われた通り中で待つことにした。


 待っている間、特段することもなかったため、少し中を見て回ることにした。といっても、部室はこれまでも何度か見てきたため何か目新しいものがあるわけでもない。適当にロッカー近くを歩いていると、一つだけ扉がわずかに開いているロッカーが目に入った。その隙間からは、一枚の画用紙が顔を覗かせている。


 何だろう、これ。気になって何気なくそれを引っ張って、そこに描かれているものを見てしまった。


「……えっ」


 思わず言葉が漏れてしまった。描かれていたものが、僕の想像していたものとはかけ離れていたからだ。けど、何で?


 僕は感じた疑問を解消するために、ついロッカーの扉を開けてしまう。


「……っ⁉」


 中を見て絶句してしまう。そこは、画用紙に描かれたものと同じような絵が、何十枚、もしかしたら何百枚といった数で埋め尽くされていた。全部が全部このような絵なのかはわからないけど、もしそうだったら狂気を感じずにはいられない。


 僕はロッカーの中を見たまま、しばらくその場で固まってしまった。



「ごめんね。昨日部室を使っていたのだけれど、鍵を閉め忘れちゃったわ」


 保科先輩が困った顔をしつつ謝る。美術部員たちはそんな保科先輩に、「全く先輩ったら」といったように笑っている。


「まあ何もなかったから問題なしですよ! で、話は変わるんですが、美玖先輩と皆に伝えておきたいことがあるんです!」


 美柑がさっそくとばかりに話を切り出す。内容は、当然天文部との両立のことだ。


「話? 何かしら?」


 保科先輩がおっとりとした口調で先を促す。


「実は私、天文部に入ろうと思うんです!」


 懇願するような声音で美柑が言い切ると、途端に部室内がざわつく。僕は美柑の発言に、思わず椅子から転げ落ちそうになってしまった。それじゃ言葉足らずだよ、美柑⁉


「え……? 真倉ちゃん、辞めちゃうの?」


 ほら、保科先輩が傍から見てもわかるほどにものすごく落ち込んでるじゃん! 美柑はそんな保科先輩を見て、言葉足らずなことに気づいたのか慌てて言い直す。


「ま、間違えました⁉ そうじゃなくて、美術部に入ったまま、天文部にも入りたいと思っているんです⁉」


 美柑の訂正に、保科先輩含め部員たちは一様にホッとした表情を浮かべる。


「そ、そういうことね。私ったら、真倉ちゃんがここが嫌になって辞めちゃうのかと思ったわ」


「そんなことありません! ここはすっごく楽しくていい場所です! 私も絵を描くことがどんどん好きになってきましたし!」


 美柑は自信満々に言い切る。保科先輩は安心するものの、次いで疑問を尋ねた。


「でも、何で天文部に?」


 保科先輩は美柑が部活を両立することではく、天文部に入ることが気になっているように感じられる。天文部には、保科先輩と中学の時からの友達である美羽がいるから、なおさらなんだろうと思う。


「この前の温泉旅行の時、みうりんと天体観測をしたんです。その時に見た星たちが感動もので、もっと見たいなと思ったんです!」


 保科先輩はすぐに美柑の言うみうりんが美羽であることを察したようで、納得した顔をする。


「そう。なら、私からはもう何も言わないわ。けど、ちゃんとこっちにも顔を出してね?」


「もちろんです!」


 美柑の返事を聞き、保科先輩はますます安堵の表情を浮かべつつ、再度納得したような顔をした。


「けど、なるほどね。昨日美羽から部員が集まったってメールが来てたけど、その一人が真倉ちゃんだったのね」


「はい! それに、レンレンとましろんもですよ!」


 美柑が僕とましろの名前を出すと、保科先輩は目を見開いて僕を見てきた。


「あら、あなたもなのね」


「ええ。元から星は好きだったので、美羽から誘いを受けてちょうどいいと思って」

 僕がそう言うと、保科先輩は「そう」と言いつつ、どこか悲しそうに瞼を一度閉じてみせた。……悲しそうに、か。


 美柑の両立についての話はここまでとなり、それぞれキャンパスに絵を描きはじめた。僕はその光景を見つつ、別のことを考えていた。


 時間はあっという間に過ぎ、いつものよう後片付けの時間となった。各々道具を片付けつつロッカーにしまっていく。僕はその様子を横目で見ていた。

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