55話 鍵の閉め忘れにはご注意を
放課後、僕は美柑とましろとともに天文部の部室前に来ていた。今日は、僕たちが天文部に入ってから初めての活動日だ。
「みうりん、来たよ!」
美柑がノックとともに僕たちが来たことを告げる。すぐに中から美羽の声が聞こえ、ドアが開かれた。よかった、今回は何事もなくて。思わずましろと苦笑いしつつ顔を見合わせてしまう。
「皆よく来たのだ! さあ、早く入るのだ!」
言われ、さっそく僕たちは中に入る。そして、そこに広がっている光景を見て驚いた。
「綺麗ね……」
ましろの口から感動したような言葉が漏れる。ましろの言うように、一昨日見た時のような荒れ放題の部屋とは違い、綺麗さっぱりに整理整頓されている部室がそこにあった。
「これ、美羽が昨日一人で片付けたの?」
「そうなのだ! せっかく皆が入ってくれるのだ、部屋くらいは綺麗にしないと申し訳ないのだ!」
当然と言わんばかりの美羽。その気遣いはありがたい。けど、
「言ってくれれば手伝ったのに」
ましろの言葉に僕も頷く。片付けをするとは言っていたけど、ここまで大々的にやるなら手伝ったのに。
「皆の手を煩わせるわけにはいかないのだ! それに、ここにはボクの私物がたくさんあるから、いるものといらないものを分けるには、一人のほうが効率がいいのだ」
美羽が問題なしというなら、僕ももう何も言わない。まあ、勝手に私物を見られるのも嫌だろうしね。
「じゃあ、改めて、皆! 天文部にようこそなのだ!」
「うん! これからよろしくね、みうりん!」
美羽の宣言に、美柑が手を握ってこたえる。
「こっちこそ、よろしくね」
「よろしく」
僕とましろも頷き返し、こうして天文部四人の活動が始まった。
美羽に連れられて、僕たちは屋上に向かう廊下を歩いている。美羽の手には、組み立て前の望遠鏡が抱えられている。
これから屋上で、望遠鏡の組み立て方やらを美羽から教えてもらうのだ。実際に星を見るわけではないから、部室でもできることだけど、せっかくなら気分だけでもという美羽の提案で屋上に出ることに。
「そういえば、美羽は今までどこで天体観測をしていたの?」
ましろの疑問に、美羽は振り向き答える。
「半月前までは普通に屋上でやっていたのだ」
「え? 屋上使わせてもらえてたの?」
ましろの驚きに、僕も同様に驚く。屋上は生徒の立ち入りが禁止になっているはずだ。
「天体観測をするのは夜だから、普通に許可をもらったのだ。屋上の鍵も借りたのだ」
……まさか、あいつら屋上の管理も適当にしていたのか。クソ上司らのことを思い出し、頭痛でもするかのように頭を押さえてしまう。
「でも、教師陣が総入れ替えしてからは、夜の屋上への立ち入りは禁止されるようになったのだ」
「と、当然よ」
ましろが焦った様子で言う。いくら部活でも、夜の高校に、しかも屋上への立ち入りを許可することなんてないだろう。さすがに危険極まりない。
「あ、あはは……そっか、だから」
美柑も微妙な顔をして苦笑いしている。
「暗くなる前なら、先生にお願いすれば今でも鍵は貸してくれるのだ。だから、これから実際に天体観測をする時は別の場所ということになるのだ」
そこでちょうど、屋上前に着いた。美羽が鍵を取り出しドアを開ける。
(…………?)
何でもないことのはずなのに、なぜか心の中で引っかかりを覚えた。けど、それが何なのか、わかりそうでわからない。釣り堀に針を垂らしてみるように、頭の中で針を垂らしてみるも、引っかかりそうで引っかからない。
「蓮? どうしたの?」
ましろの言葉にハッとする。気づけば、美羽と美柑は屋上に入っていった。
「な、何でもないよ。今行くね」
もどかしさを感じつつ、僕も後を追うように屋上に入った。
ちょうど夕暮れ時のはずだが、外はあいにくの雲で覆われていたため屋上を赤く染めることはなかった。ゾンビである僕としては、夕日が出ていることのほうが困りものであったため助かったけど。
「さっそく始めるのだ! 今日は初めだから、まずは望遠鏡の組み立て方や名称、星についてを教えるのだ!」
「はい! お願いします、みうりん先生!」
教師と生徒というノリで、美羽と美柑が授業を始めていく。美羽の口はどんどん饒舌になっていくけど、そこには純粋に星を好きになってほしいという思いが垣間見えるため、嫌な気持ちはこれっぽっちも沸いてこない。
僕は美羽の説明を聞きながら、僕の知識と整合していく。やっぱり、望遠鏡の組み立てはおろか、星についてのことも僕はほとんど知っていた。そのせいで、余計に混乱してしまう。本当に僕は、いつ天体観測をしたんだ?
確かにした記憶はあるのに、それがいつのことなのかわからないだけで、ひどくもどかしく感じてしまう。
一通り説明した後、美柑とましろはそれぞれ望遠鏡や本を見ている。突っ立ったままの僕の元に、美羽がとてとてとやってきた。
「蓮は、やっぱりある程度星のことはもう知っているのだね」
美羽が嬉しそうに語る。同じ趣味の理解者がいるのはやっぱり嬉しいのだろう。
「うん。ねえ、一つ聞いてもいいかな。美羽はいつ、星に興味を持つようになったの?」
「興味を持った理由なのだ? それは忘れもしない、中学の時の経験がきっかけなのだ!」
そう口にする美羽の表情は、その時のことを思い出しているのかとても晴れやかだった。
「経験?」
「そうなのだ! ボクが中学の時のある日、偶然出会った二人の男の子と女の子と一緒に星を見たことがきっかけなのだ! その時に、ボクは星の世界に魅了されたのだよ!」
目をキラキラさせながら楽しそうに語る美羽。僕はどこか羨ましいと感じてしまった。
「へえ。その二人とは今でも一緒に星を見ているの?」
僕が発した何気ない疑問に、美羽の顔にわずかな寂しさが滲んで見える。
「……その二人とはそれっきりなのだ。本当に一日限りの出会いで、名前も聞けなかったのだ」
「……そうだったんだ」
いらぬことを聞いてしまった。けど、美羽が寂しげな顔をしていたのは一瞬で、すぐに明るい顔に戻った。
「けど、あの二人のおかげで星の世界を知ることはできたのは確かなのだ。だから、二人には感謝しているのだ! ――逆に、蓮はいつ星を好きになったのだ?」
美羽の尋ねに、僕はどう話すか悩んでしまう。正直に言ってしまうと、美羽を失望させてしまうのでは……けど、
「実は僕、星を見たっていう当時の経験の記憶がないんだ」
正直に話すことにした。こんなことで嘘を吐くには、何だか美羽に申し訳ない。
「記憶がない?」
「うん。星を見たことはあって、その時の感動も覚えているのに、それがいつ、どこでしたことなのか、何故か全く思い出せないんだ」
話しているうちに、変な話だなと自分でも思ってしまう。感動を覚えるほどの経験をしたはずなのに、なぜその時の記憶が一部抜け落ちているんだろう?
「それはなかなかに頭を悩ませる現象なのだ。けど、星が好きだっていう気持ちは今も蓮の中にはあるのだよね?」
美羽の言葉に僕は頷き即答してみせる。
「それはもちろんだよ」
「なら、とりあえず問題はないのだよ! それに、蓮が星を好きなのはボクから見ててもわかるのだ!」
美羽の言葉と笑顔に、少し気持ちが楽になった気がする。不安定な記憶で、例え思い出せなくても、星が好きだというのは、今の僕が持っている気持ちなんだから。
さすがに冬が近づいてきたのもあって、外が暗くなるのは早い。僕たちは片付けを済まし、撤退の準備を始めた。
「じゃあ、今日の活動はこれにて終了なのだ! 皆、ありがとうなのだ!」
美羽の一言で締めとなり、僕たちは屋上を出ることした。最後に美羽が屋上から出て、鍵を閉めた――――、
(そうか……⁉)
鍵がかかる音を聞いたその瞬間、頭の中で垂らしていた針が、確かな手応えとともにある記憶に引っかかった。
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