47話 連休明けの月曜日は魔の曜日

 温泉旅行を含めた4連休が過ぎた月曜日の朝、寧とともに僕は憂鬱な気分で学校に向かっていた。


 結局、旅行後の休みの日も、謎のメールとましろとのトラブルのことで悶々とした時間を過ごしてしまった。何をやっても手つかずといった具合に、全く休めた感じがしなかった。おかげで、月曜日ということも相まってすごい憂鬱を感じちゃうよ。


「はぁ~……」


「ため息がこぼれてるわよ、お姉様。せっかくの連休だったのに、休めていないのかしら?」


 思わずため息が出てしまったことを、寧に指摘されてしまう。


「まあ、色々とね……」


「メールのことかしら?」


 間髪入れずに聞いてくる寧の問いかけに、僕は頷く。ましろとのことは寧に話していないため、僕がため息を出す要因はそれだと思うだろう。ましろとのことだけは絶対に寧にばれてはいけない。不慮の事故とはいえ、寧に何をされるかわかったものじゃないよ。


 ちなみに、旅行中にきたメールのことは寧にも話してある。


「『ヒマワリ』ね……。お姉様、アドレスを変えた後は休みの間、新しいメールはきていないでしょうね?」


 寧が確認を取るように聞いてくる。寧に話した後、寧からアドレスを変えてみたらどうかと言われていた。


「きていないよ。今のところはね」


 ただの迷惑メールなら、アドレスさえ変えればもうメールが送られてくることはない。だから一応、一度アドレスを変えてみた。けど、


「まあ、こないからといって、迷惑メールではないけどね」


 そう、寧が言うように、例えメールがこなくなっても、美柑という個人名を出された時点で、これがただの迷惑メールでないことはわかっているのだ。アドレスを変えることは、根本的な解決にはならない。


「とりあえず、今日いろんな生徒に聞いてみるよ。怪しまれない程度にね」


 現状では、これしかとれる手段がない。なので、今日にでもそれをやろうと僕は考えていた。その時だった。先の曲がり角からこの時間には普段見ない人物が姿を現した。


「ま、ましろ? あれ、め、珍しいね」


 どもりながら、僕はましろに声をかける。よりによって、今一番気まずいましろと早々に会ってしまうなんて。


「おはよう、蓮。今日は少し寝坊しちゃったのよ」


 蓮が挨拶がてら苦笑いをする。珍しいと思ったけど、もしかして、その寝坊した原因って僕にあるんじゃないか? 見た感じは、ましろはすっかりいつも通りといった様子だけど、内心ではまだあの時のトラブルを気にしているとか。


 僕がそんなことを思っていると、ましろは僕の隣、寧に視線を向けた。


「初めまして。蓮から話は聞いているわ。あなたが蓮の妹の寧ちゃんね。私は同じクラスの笹倉ましろ。よろしくね」


 ましろは笑みを向け、自己紹介をする。寧はそんなましろを見て、なぜか訝しむ様子を見せる。


「……よろしく」


 ぶっきらぼうにとれるその言葉だけを言い、寧はじっとましろを睨みつけている。


「ちょっと寧⁉ ごめん、ましろ! 寧は少し人見知りなんだ!」


 僕は慌てて寧をフォローしつつましろに謝る。寧、ましろのことを僕に近づく女の子として警戒しているな、これは。


「フフ、大丈夫よ。それじゃ、私は先に行くわね。姉妹の時間を邪魔するのも悪いし」


 そう言って、ましろは先に歩いていった。僕は安堵の息を吐き、寧に抗議の視線を向けた。


「寧。前から言ってるけど、初対面の相手にああいう態度はよくないよ」


 しかし、僕がそう注意するものの、寧はましろがいなくなった場所を見続けていた。


「? 寧?」


 僕が疑問を感じて名前を呼ぶと、寧は首を横に振った後に僕を見た。


「なんでもないわ。ただ、笹倉ましろ、彼女から何か嫌なものを感じるわね……」


 僕は寧のその発言に驚きを隠せなかった。


「え? 嫌なものって、ましろは別にいい子だよ。僕に好意を抱いているわけでもないから、寧が危惧しているようなこともないし。てか、寧がましろを見たのってはじめてじゃないよね?」


 以前、美柑に取り付けられていた監視カメラで、ましろのことも知っているはずだ。


「そういうことじゃないんだけれどね。まあいいわ」


 要領の得ない寧の発言に、僕はますます混乱してしまう。ましろは多少のからかいぐせ(九重蓮限定だけど)はあるものの、真面目で友人思いのいい子だ。そんなましろに嫌なものを感じるってどういうことだろう?



 教室に入ると、どこかどんよりとした空気を感じた。皆の顔は、一様にショックを受けているかのようだった。


「あ~~~~、休みが終わってしまった……」


 唸るような声を上げるのは、机に突っ伏している真希波だった。それに同調するように、綾子その他数名もけだるげな声を上げ始めた。皆、休みの気分が抜け切れていないんだな。当然といえば当然だけど。僕も学生の頃は今の皆と同じだった。


 連休っていいけど、楽しんだその分、連休明けが地獄のように辛いよね。僕は連休中も休めた感じじゃなかったから、今の皆ほどではないけど。


「…………おはよう、レンレン」


 僕の背後から、ゾンビのように腰を曲げた(本当にゾンビだけど)美柑が、目の下にできたクマを見せながら挨拶をしてきた。


「お、おはよう、美柑……大丈夫?」


「大丈夫じゃないかも~……昨日の夜、今日で休みが終わるんだと思ったら、夜更かししちゃったよ……」


 あー、それもわかるよ。学生の頃はやりがちだよね、それ。けど、それ社会人になってからやると死ぬから学生のうちにとどめておいてね。


「ちゃんと睡眠はとらないよだめよ」


 ましろが近づき、呆れぎみに美柑に注意する。そういえば、ましろは平気そうだな。


「ま、ましろは休みが終わった後もしっかりしているね」


 朝でもそうだったけど、休みを経てもましろと話しづらいことこの上ない。何でましろはそんなに平気そうなの?


「私はちゃんと気持ちの切り替えはできるわ。……まあ、休みの間は誰かさんのせいで少し悶々とした時はあったけど」


 いじらしくも非難するような目をましろは僕に向けてくる。ぐっ、本当にごめんなさい……。


 僕がましろの視線から逃れるようにしていると、


「いたのだ! 皆、話があるのだ!」


 そんな、最近聞いたばかりな声が聞こえた。けど、声の主が見つからない。声は美柑の背後から聞こえてきたような。


「あら? 美羽じゃない」


 ましろの位置からは見えていたようで、美羽の名前を出した。僕も美柑の背後を覗くと、そこには美柑に隠れてしまっている小さな体の美羽がいた。


「あ、美羽。おはよう。あの天体観測以来だね。といっても、一週間も経っていないけど」


「おはようなのだ。連休が明けたら、蓮たちのクラスに伺うと決めていたのだ」


 美羽は制服の上から白衣を羽織っていて、例のごとくダボダボな袖を持ち上げてみせる。


「あ、みうりんだ~、おはよう~……」


 美柑が美羽に気づき、死んだ魚のような目で挨拶する。てか、みうりんっってあだ名、結構無理ない?


「ぬっ! どうしたのだ⁉ 死んだ魚のような目をしているのだ!」


 今にも死んでしまうんじゃないかという美柑の有様に、美羽はぎょっと目を見開いている。


「ごめんね。美柑がこうなってるのは、自業自得みたいなものだから。それで、私たちに何か用かしら?」


 ましろが苦笑いを浮かべ美柑の頭を撫でつつ、美羽に問いかける。すると、美羽は思いだしたかのように用件を話し始めた。


「そうなのだ! 皆、今日の放課後、時間はあるのだ? もしよかったら、天文部に遊びにくるのだ⁉」


 美羽は万歳でもするかのように両手を上げ、そんな提案をしてくる。美羽は天文部だから、あの時天体観測に興味を持った僕たちに、もっと星のことを知ってもらいたいのかも。


 せっかくのお誘いだし、星には興味があるから行きたいけど、迷惑メールの送り主を探す件もある。優先順位としては、美柑の危険もあるためこっちの方が高い。


「……ダメであるのだ?」


 僕が悩んでいると、美羽が寂しそうな顔で上目遣いに見上げてきた。……それは反則だよ。そんな目されたら断りづらいじゃないか。


「うん、行くよ。美柑もこない?」


 危険を先送りするようで気が引けるものの、美柑と一緒にいればさすがに向こうもすぐには動けないだろう。それに、天文部からでも何か情報を得られるかもしれない。天文部の人たちを疑うようで悪い気はするけど。


「眠いけど、レンレンが行くなら私も行くよ~」


 眠気真な目をこすりながら、美柑も行くと言ってくれた。てか、何気に照れることを言ってくれるね、美柑……。


「おお、やったのだ! ましろたちはどうなのだ?」


「せっかくだし、私も行くわ。真希波と綾子はどうする?」


 ましろが机に突っ伏している真希波と綾子に声を掛ける。二人は首だけをこちらに向け言った。


「ごめん……今日はちょっと寝たいかも……」


「わ、私も……ごめん……」


 二人ともすでに限界のようで、申し訳なさげな顔をする。まあ、無理をするのもよくないだろう。てか、二人も美柑と同じく夜更かししてたね、これ。


「了解なのだ! じゃあ今日の放課後、天文部の部室で待っているのだ!」


 そう言って、美羽はにこやかなまま教室を後にした。


 それにしても天文部か。……何だろう。何かを忘れているような? 

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