48話 欲張ったっていいよね

 放課後、僕たちは三階にある天文部まで来ていた。


「美柑、大丈夫?」


 僕は美柑に肩を貸しつつ不安になる。美柑は眠気がピークに達しているのかうつらうつらしている。授業中も、何度も舟をこいでいた。


「……大丈夫だよ~、せっかくみうりんが誘ってくれたんだし、もう一回星を見たいし~」


 寝言じゃないかと思えるくらいに、美柑は目を閉じたまま喋っている。


「無理しなくても、別の日でもよかったじゃない」


 ましろが呆れ気味に美柑を見ている。それには僕も納得だけど、迷惑メールの件もあるから、こんな形でも美柑が来てくれたことは助かった。本当に申し訳ないけど、もう少しだけ頑張って、美柑。寝ててもいいから。


 ましろがドアをノックする。中から美羽の声が聞こえたと思ったら、続いて何かが崩れる物音とともに美羽の悲鳴が聞こえてきた。


 何事かと思い、急いで中に入ると、そこには大量の器具やら本やらが散らばった部室の光景があった。その奥、色々な物に埋もれるようにして美羽が目を回していた。


「美羽⁉ 大丈……っ⁉」


 美羽が無事か確認しようと近づいた瞬間、言葉を失ってしまった。美羽はこちらに足を向けて埋もれていた。そのため、スカートの中が覗いてしまっていた。


(し、縞々模様のパ、パン……っ⁉)


 僕は慌てて視線を逸らし、不慮とはいえ見てしまったことに内心で謝る。


「う、うう……またやっちゃったのだ」


 回復したのか、美羽は頭を撫でつつそんなこと言葉を漏らす。


「また? こんなことがよく起きるの?」


 ましろが散らかった部室を見回しながら尋ねる。美羽は苦笑いしつつ頷いた。


「恥ずかしいのだ。あ、ちゃんと整理はしているのだよ⁉ ただ、どんどん物が増えていくから、気づいたらまた散らかってしまうだけなのだ」


 仕方ないと言わんばかりの美羽の様子に、ましろはこめかみに手を当てている。


 僕も改めて部室を見回す。確かに、ひどい散らかり具合だった。物が崩れてきても当然といえる有様だよ。


「こんな状態で、他の部員は何も言わないの?」


 僕は疑問に思ったことを聞く。まさか、部員全員が美羽と同じ感じだったりするのだろうか。


「ん? この部室にはボクしかいないのだ?」


「え?」


 思わず疑問に疑問で返してしまった。


「天文部の部員は、ボクだけなのだ」


 あっさりとそのことを告げられ、僕は面喰ってしまう。


「嘘⁉ 天文部って、美羽しかいないの?」


「そうなのだ! 何を隠そう、天文部を設立したのはボクなのだ!」


 え? 設立したのも美羽なの?


「天文部って最初からあるものと思っていたけど、美羽が作った部活だったのね」


 ましろが目を見開き驚いている。


 僕はそこでふと思い出した。そういえば、ここで教師をやっていた時、生徒の一人が天文部を作りたいと申請してきたっていう話を職員室で聞いた気がする。そして、これも耳に入ってきたことだが、設立してからというもの、部員はその申請してきた生徒一人だけだったという。


「何で天文部を作りたいと思ったの?」


 僕が気になったことを聞くと、美羽は近くにあった、ミニチュアサイズの望遠鏡の模型を手に取って言った。


「それは当然、星を見ることが好きだからなのだ!」


 野暮なことを聞いたと思った。好きなんだから、そういうことができる部活を作りたいと思うのは当然だろう。


 けど、それにしても、よくあのクソ上司らが許可したな。面倒事や手間がかかることは嫌いなやつらなのに、どういった風の吹き回しだ?


「以前いた教師どもが、よく部活の設立なんて許可したわね」


 ましろは僕と同じことを考えていたのか、眉間にしわをよせて言う。


「……天文部自体は、2年前にも存在していたのだ。その時のこの部室と器具やらも残っていたから、それをそのまま使わせてもらったのだ。その代わり、部費は一切出さないと言われたけど……気にしないのだ」


 美羽は一瞬その顔に陰りを見せたが、それはすぐに消え、いつもの顔に戻った。


 そうか。僕は知らなかったけど、天文部自体は廃部になったけど存在はしていたのか。しかし、部費を一切出さないところは、あいつらの性根の悪さを感じずにはいられない。


「あれ? でも、ここにあるもの全てが残っていたものじゃないわよね。どうやって集めたの?」


 ましろが不思議そうに辺りの器具を見る。部費が出ていないのだから、買うことはできないはずだ。


「ここにあるものの多くは、ボクの私物なのだ。自分で購入して、必要なものを増やしているのだ」


 ここにあるもののほとんどが私物だって? 全部、自分で買ったっていうのか。


「美羽、あなた……」


 ましろの不憫そうな顔から、もうここにはいないやつらに向けての怒りも感じ取れてしまった。僕も、気持ちは一緒だった。


「そんな怖い顔しないのだ。ボクが好きで買ったものだから後悔などないのだ! それに、今は部費ももらえているのだ!」


 美羽は嬉しそうな顔で、親指と人差し指で輪っかを作って見せる。僕とましろは、そんな美羽の様子に安堵の表情を浮かべる。


 よかった、僕が今から何かする必要はなかったな。寧はちゃんとここのことも見てくれていた。ありがとう、寧。


「あ、でも、部員はできれば増やしてほしいと言われたのだ」


 美羽はいたずらがバレた子供のような顔をする。そして、僕とましろにチラチラと視線が送られてくる。あれ、これもしかして、部活に入らないかって勧誘されているのかな?


 確かに、部活は基本的に多数で成り立つものだ。一人だけの部活に学校の予算から部費を出すのは、普通の学校だったら憚られるだろう。


「フフ、何、美羽は私たちに天文部に入ってほしいの?」


 ましろがいじらしくも微笑む。その顔には優しさが垣間見えるかのようだ。


「べ、別にそんなことはないのだ⁉ ただ、い、入れてやってもいいと、ボクは思っているのだよ?」


 素直にお願いすることが恥ずかしいのか、照れた表現でそんなことを言う美羽が可愛く見えてしまった。


「こう言ってるけど、どうしましょう?」


 ましろが僕に判断を委ねてきた。そのため、美羽の懇願するような視線が僕に向けられてしまった。


「ど、どうしようね?」


 急にバトンを渡され戸惑ってしまう。別に、天文部に入ること自体は問題じゃない。むしろ、星を見ることは好きなため、ちょうどいい機会かもしれない。


(けど……)


 僕の背で眠る美柑のことを考える。直接言葉にして言われたことはないけど、これまで美柑から美術部に入部しないかオーラを感じていた。そんな美柑の頼みを断るのも気が引ける。


 そう悩む僕の耳に、突然美柑の声が届いた。


「入っちゃいなよ、レンレン。だって、あの時の星を見てるレンレンの顔、楽しそうだったもん」


「み、美柑⁉ 話聞いてたの?」


 ずっと眠っているものだと思っていたから驚いた。すぐ近くで美柑が眠そうな瞼を開けて僕を見ていた。


「別に無理して私に合わせて美術部に入ることないよ。もちろん、レンレンが美術部に入ってくれたら私は嬉しいけど。でも、せっかく得られた学生生活だよ。なら、レンレンが好きなことをやらなくちゃ。後悔だけは、しちゃだめ」


 いつもと違う様子の美柑から出た言葉に、僕は気づかされる。僕は美柑のために美術部に入るか悩んでいたけど、僕自身は別に絵を描くことが特別好きなわけじゃない。それなのに、美柑のためだけという同情の気持ちだけで美術部に入っても、美柑が嬉しく思うはずもない。


「わかった。じゃあ、僕は天文部に入るね」


「うん。それに、別にレンレンと離れ離れになるわけじゃないしね……」


 そうだよ。部活が違っても、教室ですぐに会えるんだから。


「だって、私も天文部に入るもん」


「…………え?」


 予期せぬ回答に、ポカンと口を開けてしまう。


「は、入るって。美術部はどうするのよ?」


 ましろが困惑した声を上げる。美柑は「えへへ」と笑いながら、


「美術部も続けるよ。両立ってやつだね。ってことで、私も天文部に入っていいかな、みうりん?」


 まさかの両立宣言にまたも驚いてしまう。僕は何度美柑に驚かされるんだろう。


「全然いいのだ! むしろ歓迎するのだ!」


 当然美羽は許可し、その目をキラキラと星のように光らせている。


 僕は欲張りな美柑にどこか呆れつつも、これこそが美柑だと納得してしまった。何より、人生これくらい欲張ったっていいじゃないか。

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