23話 下着泥棒を探しているの!

 昨日の夕方、不審者……じゃない、不審な格好をした美柑を偶然見かけた。美柑は何やら不審者がいないかを近隣の住民に聞きまわっていたらしいが、ここ最近で不審者が現れたというニュースはない。


 美柑は本当に不審者を探していたのか?


 昨日の美柑の行動に不安を覚えたため、僕は美柑に直接話を聞こうと思ったんだけど、


「あー! 綾子のお弁当美味しそう!」


「ふふ、今日のお弁当はいつもと違って豪華仕様となっているわ!」


 目の前で、美柑が佐藤のお弁当を見て目を輝かせている。というか今にもよだれをたらしそうだ。


 今日のお昼は学食ではなく、教室で各々のお弁当やパンを食べている。


 美柑に話を聞くなら一応二人きりの方がいいと思ったのだが、今日に限ってなかなか二人きりになるタイミングが掴めない。


「確かに綾子のお弁当美味しそうだけど、これお肉多すぎじゃない?」


 四季がいうように、佐藤のお弁当は確かに美味しそうなのだが、いかんせん肉が大半を占めている。


「私はお肉が大好きだからいいの。それに、ちゃんと野菜もとってるし」


 佐藤はそう言って野菜ジュースを手に取った。確かに野菜ではあるけども。


「ムムム……。だから綾子のおっぱいはどんどん大きくなるのか。私ももっとお肉食べようかな」


 何やら美柑が見当違いな考えをしてるんだけど。肉を食べても、多分それだけじゃ胸は大きくならないと思うよ?


「真似しちゃ駄目だよ、美柑。これは悪い例だから。それよりも、胸の大きさについてなら蓮ちゃんに聞いた方がいいんじゃないかな」


 四季が僕、というかおっぱいを見つつ言ってくる。ここが僕の本体じゃないからね?


「そうだよ! レンレン、どうしたらそんなにおっぱい大きくなるの?」


 美柑がテーブルに身を乗り出して聞いてくる。よかった、美柑はおっぱいじゃなく僕を見てる……ってそうじゃなかった。


「ど、どうしてと言われても、そんなの知らないよ⁉」


 女の子として蘇った瞬間にこれはついてたんだから、わかるわけもないよ⁉ むしろ、こんな目立つことになるんだったら、もっと小さいほうがよかったと思うまでだ。


「でも、大きければいいものでもないんだよ。大きいと、肩こっちゃうし」


 佐藤のいうことに、僕は内心で頷いた。そう、女の子になって気づいたけど、大きすぎてもが逆に肩がこってしょうがないんだよね。おまけに、走る時は結構邪魔になるし……いいことばかりじゃないのだ。


 …………⁉ 殺気⁉


 気づけば、四季と美柑の二人が暗い瞳で僕と佐藤を見ていた。


「いいよねー。大きい人はそんなこと言えて。私も言ってみたいなー」


「へえー、おっぱいで肩こることってあるんだー、へえー」


 佐藤と美柑が呪詛のような言葉をつぶやく。こ、怖い⁉ 美柑にいたっては、壊れた機械みたいになってるし⁉


「あ、いや、違くて、その……⁉」


 佐藤が途端に慌てふためく。


 そうだった。おっぱいが大きい人の悩みは、小さい人にとっては嫌味、もしくは羨むものにしか思えないんだった⁉ 漫画やアニメの中だけの話だと思っていた……。


 ましろはそんな僕たちを見てニヤニヤしてるし、外野からは男子の呆けた視線やら飛んでくるし。ていうか男子! 気になる気持ちはわかるけど、見ないでくれ⁉


 

「じゃあ、私は部活に行ってくるね!」


 放課後、美柑は美術部の部室に行くという。美柑が教室を出る前に、僕は慌てて美柑を呼び止めた。


「あっ、美柑! 部活に行く前に、少し話いい?」


 美柑がピタリと足を止めて、すぐに僕のところに戻ってきた。ちょっと犬みたい。


「話? 何かな?」


「その、できれば誰もいないところがよくて」


 あまり他の人に聞かせる内容でもないため、できれば二人きりのほうがいい。


「ここじゃ話せないこと? なんだろう?」


「何か大事なこと、もしくは話しづらい内容ってことでしょう」


 後ろからましろがやってきて、僕の援護をしてくれる。


「話しづらいことか。それじゃ、いこっか、レンレン」


 美柑はなんだろうといった顔をしながら、僕の手を引いて教室を出ていく。僕は去り際にましろに片手でありがとうのジェスチャーを送った。


「ふふっ」


 ましろはなぜかニヤニヤとしていた。そして小声で「頑張ってね」と言った。何を頑張るの?



 近くに誰もいない空き教室を発見し、僕と美柑はそこに入った。


「ここなら誰もいないね。それで、レンレン、話って何? ……あっ、もしかしてレンレンも美術部に入りたいとか⁉」


 美柑は閃いたとばかりに、目をキラキラとさせて僕を見てくる。


「ご、ごめん。そうじゃなくて、昨日のことで聞きたいことがあって」


「昨日? 昨日何かあったっけ?」


 腕を組み、美柑は必死に昨日のことを思い出そうとしている。まさか昨日の自分の行動が、僕に見られているとは思っていないのだろう。


「その、美柑さ、昨日の夕方、ここの住宅街の方で聞き込みみたいなことやってたよね?」


 僕がその事実を告げた瞬間、一瞬で美柑の顔が驚愕に染まった。


「ナ、ナンノコトカナ?」


 明らかな動揺を滲ませて美柑はとぼけてみせるが、全く隠せてないよ、それ……。


「いや、サングラスにマスクをして、普通にやってたよ? 遠くから見ても美柑だってわかったし」


「うっ……」


 さすがに誤魔化せないと思ったのだろう、美柑は言葉を詰まらせる。


「別に何かしようってわけじゃないんだけど、何であんなことやってたのかなって思って」


 正直、友達があんな怪しげなことをやっていたら、友達としても、また元教師としても無視できない。


「ううっ……誰にも言わない?」


 美柑が怯えた様子で、上目遣いに僕を見てくる。くっ、狙ってそれをやっているわけじゃないだろうから、余計にその仕草はずるいって⁉


「い、言わないから」


「……その、実は下着泥棒を探していたの」


 …………下着泥棒? 一瞬、僕はつい呆けた顔をしてしまった。


「え? 下着泥棒って、あの?」


「よくテレビとかでも見るあの下着泥棒なんだよ。ここ毎日、家のベランダに干している私の下着が何者かに盗まれてるんだよ」


 美柑は静かな怒りを滲ませつつ困り顔をする。


 ほ、本当に不審者だったんだ。疑ってごめんなさい。


「あれ? でもあそこの住宅街で下着泥棒が現れたっていうニュース、流れたことあったっけ?」


「ニュースにはなってないんだよね。なぜか家の下着だけが狙われるんだよ」


 いやいや、それ逆に危ないんじゃないか⁉ だって、美柑の家だけが標的にされているってことはつまり、犯人は美柑のストーカーってこともありえるじゃないか。


「今すぐに警察に相談した方がいいよ⁉」


「うーん。でも、下着が盗まれただけで、何か直接されたってわけではないんだよね」


 そういう問題じゃないよ! もっと危機意識を持って⁉


「と、とにかく、問題が起きてからじゃ遅いから、すぐ警察に相談しよ! ね?」


「レンレンがそこまで言うなら」


 しぶしぶといった感じだったが、何とか聞き入れてもらえたようだ。


 それにしても、まさか美柑は自分で犯人を探そうとしていたのか? 何て危険なことを。


「ねえ、そういえば何でわざわざ不審な格好をした人を探しているっていう聞き方をしていたの? 普通に下着泥棒の犯人を探しているでもよくない?」


「あんまり大ごとにしたくなかったんだ。それに、下着を盗られたって言うの、何か恥ずかしくない?」


 うーん? 恥ずかしいかもしれないけど、危険がある以上、背に腹は代えられないと思うんだけど。まあ、そもそも一人で犯人を探そうとしている時点で危険極まりないけどさ。


「にゃはは。心配してくれてありがとうね、レンレン!」


「今後も、何かあったら相談してね。美柑はどこか無茶をしそうで怖いよ」


「レンレンっ! うん! 頼りにするね! レンレンも何かあったら私に相談していいからね⁉」


 美柑が僕の手を握り、大きくブンブンと振る。


 とりあえず、心配事はひとまず解決したってことでいいのかな?

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