21話 ……まさか、ね?

 美柑から告白を聞いた翌日の放課後、僕はましろとともに書類の束を抱えて歩いていた。


「手伝ってもらっちゃって悪いわね」


 ましろが申し訳なさそうな顔を僕に向ける。


「これくらい大丈夫よ。それにしても、委員長の仕事って大変だね」


「そうでもないわよ。慣れれば意外と楽しめたりするのよ、これがね」


 本当に苦は感じていないのか、ましろは笑って言う。


「そういえば、蓮ってばだいぶ口調が砕けてきたわね。もしかして昨日、美柑に誘われた美術部で何かあった?」


 その言葉に、一瞬ドキッとしてしまった。


 昨日は、美柑から思わぬ身の内話を聞いてしまった。まさか、美柑が僕のことを好きだったなんて。


「……顔赤いけど、本当に何があったの?」


 ましろが僕の顔を覗き込むように見てくる。やばい、思い出したらつい顔が暑くなってくる⁉


「な、何でもな……くはないかな」


 誤魔化そうと思ったけどやめた。昨日あの後、美柑は僕に話したことはましろにも話したと言っていた。なら、美柑の過去について、ましろに話しても問題ないだろう。


「とりあえず、この書類運んでしまいましょうか」


 ましろの言うことに頷き、僕たちは書類の束を職員室まで運んだ。



 場所を移して空いていた視聴覚室にやってきた。


「それで、何があったの?」


 さっそく、ましろが僕を促してくる。美柑の友人であるましろには聞きたいことがあった。


「昨日、美柑からここに以前勤めていた九重先生という人の話を聞いたんだけど」


「九重先生……そう、美柑は話したのね」


 九重の名前を出すと、一瞬ましろの顔が曇った。しかし、すぐにいつもの顔に戻り尋ねてきた。


「美柑は蓮にどこまで話したの?」


「美柑が九重先生のことを好きだったことまでは」


「そう。ならもうほとんど話したみたいね。まだ出会って数日も経たないうちに美柑とそんなに仲良くなるなんてね。嫉妬しちゃうわ」


 ましろは冗談めかして笑う。


「そんなことないよ。僕よりも、ましろと美柑のほうが仲良いいでしょう」


「まあ、美柑とは中学の頃からの付き合いだからね」


 二人は中学からの関係だったんだ。どうりで仲がいいわけだ。


「美柑が九重先生のことを好きだったこと、ましろは知っていたの?」


「薄々とはね。ハッキリとした好意を見せたことはなかったから、断定ができなかったけれど。美柑、以前までは今とは全然違って内気な性格だったから」


 友人のましろから見ても、やっぱり今の美柑は別人のように変わって見えるんだ。……まただ、何か違和感を覚える。


「美柑って、九重先生がいなくなってから今みたいに明るくなったんだよね? 美柑は、内気な自分を変えたいからって言ってたけど」


「ええ。でも正直、あの時は戸惑いの方が勝ったわ。だって美柑、本当に九重先生のこと好きだったもの。先生が亡くなったと聞いたと時は、一日中泣いていてとても心配だったわ」


 その時のことを思い出しているのか、ましろは顔を苦しげに歪ませる。それと同時に、困惑の表情を滲ませる。


「だからこそ、美柑が次の日に別人のように明るくなっていたのを見た瞬間、申し訳ないとは思うけど、少し怖かったわ。好きな人が亡くなった次の日に、何がどうしたらあそこまで変われるものなのって思ったわ……」


 ……そうだ。違和感の正体はそれだ。あまりにも、美柑の立ち直りが早すぎることだ。しかも、今のましろの言葉から、美柑はたった一日で立ち直ったことになる。


 僕のことをそれほど思っていないとすれば話は別だが、そんな様子も見受けられなかった。


「その日に何があったのか、美柑には聞いた?」


「さすがに聞けなかったわ。というより、聞くのが正直怖かったわ」


 ……そうだよね。僕もましろと同じ立場だったら、多分聞けないと思う。


「皆は今の美柑、普通に受け入れてるよね?」


「最初はクラスの皆も戸惑っていたわよ。でも、その直後に教師陣が総入れ替えするように変わってからは、それも相まってかすぐに皆美柑の変化を受け入れたわ。まぁ、美柑が九重先生のことを好きだと知っているのは、当時私だけだったからね。皆そう疑問には感じていなかったのでしょう」


 多分、クラスの皆は美柑の変化を、教師陣が変わったことによるものだと思っているんだろう。だから、そこまで変には思わなかった。


 けど、友人の立場で、美柑の想いも知っていたましろからすると、恐怖を感じるものだった。さぞ悩み、苦しんだことだろうと思った。けど、


「まあでも、私も結構すぐに慣れたわ。今の美柑も好きよ」


 ……意外とすぐに慣れたんだね。


「す、すごいね。僕だったらたぶん今でも悩んでいると思うよ……」


「まあね……これでも、友人として美柑のことは理解してるつもりだから」


「っっ⁉」


 何故か突然、ましろから例の得体の知れない何かを感じた。何で今?


「けど、部活まで変えたのは意外、というか驚いたわね。テニス部の活動が好きって言ってたのに……理由を聞いても何かはぐらかされている気がするし」


 ましろはそこだけが納得できないといった表情を見せる。部活を変えた理由は、ましろにもわからないのか。


「それにしても蓮、やけに美柑と九重先生の関係を気にするわね。もしかして、美柑が別の人が好きだったと知って、妬いた?」


 ましろが突然僕をからかうような口調でそう言った。


「べ、別に妬いてないよ⁉ というか、僕も美柑も女の子だから⁉」


 何より、僕自身が九重蓮なんだ。自分に妬くってカオスすぎるよ⁉


「女の子同士で付き合うこともあるけれど……まあいいわ。それより、そろそろ暗くなってくるから帰りましょう?」


「え、ええ……じゃなかった。ごめん、ましろ。帰る前に一ついい?」


 僕はスマホを取り出し、ましろの前に差し出した。


「よかったら、アドレス交換しない? 昨日美柑とも交換したんだ」


 ましろとももう友達なのだから、アドレス交換をしておきたかったのと、もう一つ。ラブレターの送り主が、ましろかどうかを確認したかった。


 昨日の話でてっきり美柑が送り主だと思ったけど、それは外れた。なら、僕が思い当たる候補は今のところましろしかいない。


 美柑のように、実は僕のことが好きだったという生徒が他にいる可能性もあるけど、それを探すのはなかなか至難の業だ。


「ごめん。実は今、スマホ修理に出していて手元にないの。一週間くらい前にね、つい落としちゃったせいで画面が割れちゃったのよ」


「そ、そうなんだ。それは災難だったね……」


 なんてことだ。これじゃ送り主がましろかどうか確認できなくなった。まあでも、こればっかりはどうしようもないから諦めるしかないか。


「本当にごめんね。修理から戻ってきたら、その時にアドレス交換しましょう」


「うん!」


 とりあえず、ましろのスマホの修理が終わるまでは待ちの姿勢になっちゃうな。


 それにしても、一週間くらい前か。ちょうど、僕が死んだ日と同じくらいだな。


 ……まさか、僕にラブレターを送ったことを後悔して、後に自ら壊したってことはないよね、さすがに。

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