20話 ラブレターの送り主は君だ⁉……

 美柑とともに学校を出た後、コンビニで肉まんを買い、近くの公園のベンチに腰掛けた。


「う~~ん! 寒くなってくると、やっぱり肉まんは美味しいね!」


 肉まんを口いっぱいに頬張る美柑を見て、僕も我慢できなくなって自分の分の肉まんを食べた。


 ああ、美味しい。しかも、あそこのコンビニの肉まんは、中にあふれ出んばかりの肉が入っているから好きだ。僕も学生の時の帰りによく食べたっけ。


「肉まんもいいけど、あんまんもいいよね! そっちも買ってくればよかったよ」


「わかります。あんまんも美味しいですよね!」


 あんまん以外にも、カレーまんや特殊なものでチョコレートまんなんてものもあってどれも美味しい。けど、結局最後は肉まんに戻っちゃうんだけどね。


 肉まんを食べ終え、ジュースを飲んだ後二人で一息つく。ああ、トラブルも何もなく、こうしてのんびり一息つけるのはいい。今日誘ってくれた美柑には感謝だ。


 そう思い、横目に美柑を見ると、美柑が僕を見ていた。


「どうしました?」


「あっ、えっと、ね? その……」


 僕が話しかけた途端に美柑は狼狽え始めた。本当にどうしたんだろう?


「その、昨日はごめんね。レンレンが苦しんでたのに助けに行けなくて……」


 美柑は伏目ぎみに僕に謝ってきた。何かと思えばそのことか。


「それは昨日も聞きましたよ。美柑は足を怪我していたんだから仕方ないことです。僕も気にしてないです」


 美柑は何も悪くないのに、こうして自分を責めているのを見るのは辛い。本当に昨日のことは気にしなくていいのに。


「……そうだね、ごめん。でも、昨日のレンレンを見てると、どうしても私の過去を思い出しちゃって……」


 美柑は無理して作った苦笑いを浮かべる。


「過去?」


「うん。レンレンだから話すね。実はね、レンレンがうちに来る前に、九重先生っていう人がいたんだ」


「⁉」


 不意に自分の名前が出てきて、思わず声を漏らすところだった。


「その先生ね、今の私たちの担任だったの。私たちの授業も何個か受け持ってたの。…………でも、先生はつい最近、私たちの前からいなくなっちゃったの」


 いなくなった……僕が自殺したことは知ってるんだ。


「レンレンは知らないと思うけど、うちの学校って今の校長先生に変わる前までは酷いところだったんだ。教師は私たちのことを邪険にあつかったり、意地悪したりするようなやつらばかりだったんだ」


 それはよく知っている。あそこに元いたクソ上司をはじめ教師たちは、生徒のことを金を得るために仕方なく教えているといった、教師の風上にもおけないやつらだ。


 そんな教師たちを、生徒がよく思うはずもない。


「でもね、九重先生は違った。先生はうちの学校に来たばかりの先生だったんだけど、私たちのことをしっかり見てくれてた。私たちをちゃんと生徒として見てくれた。だから、皆九重先生のことが好きだった」


「…………」


 思わず顔を逸らしそうになった。まさか自分が、生徒たちからそんな風に思われているとは想像もしていなかった。だからなのか、無性にむずがゆくてしょうがない。


「でも、九重先生も大変そうだった。……大変だよね。ほぼ毎日あんな人たちと一緒にいたら、ストレスで体壊しちゃうよ。……私はそんな先生を助けたかった」


 最後の言葉は尻すぼみになった。美柑は僕を助けようとしてくれていた?


「けど、ダメだった。以前までの私は、今みたいに明るくなかったんだ。根暗で、人見知りで、とにかくダメダメな私だった。だから、先生を助けたいと思っても、その時の私には行動できるほどの決断力がなかった……」


 美柑は僕を助けようとしたものの、できなかった。それが、昨日の僕が溺れてしまった光景と重なったんだな。だから、あそこまで気にしていたんだ。


 すると、美柑はその顔に儚げな笑みを浮かべた。


「何であの時助けられなかったかな。先生のこと、


「え⁉」


 聞き逃してはならない衝撃的な事実が、美柑の口からこぼれた。


「ぼっ……九重先生のこと、好きだったの?」


 そう聞くと、美柑は頬を赤らめて、指で頬を撫でながら言った。


「……うん。あはは、私生徒なのに、自分よりも年上の先生を好きになっちゃったんだ」


 …………ま、まじか。驚きで言葉が出てこない。


 だって、美柑が僕を好きだった? お世辞にもあまり話したこともなかったのに?


「こ、九重先生の、どこが好きだったの?」


 気づいたらそんなことを僕は美柑に聞いていた。いや、だってあの時の僕に恋してくれる女の子がいるなんて思わなかったもの。


「自分も苦しいのに、私たちのことを思ってくれていたことがやっぱり一番かな。それ以外には、先生がふとした時に見せる笑顔や仕草かな。ていっても、私あんまり先生とは話せなかったんだけどね。……って、どうしたの? レンレン?」


 僕は思わず鞄に顔をうずめていた。自分から聞いておいてだけど、美柑から直接告白のようなものを聞き、顔が真っ赤になってしまった。


「ごめん。そんなに九重先生のことが好きなのに、先生は死んじゃって、今の美柑の気持ちを思ったらつい……」


 鞄に顔をうずめたまま、僕はそう言った。


「あはは、ありがとう、レンレン。でも、私ならもう大丈夫だよ。もう苦しんでいる誰かを助けられないような、内気で情けない私からはもう変わったから!」


 美柑の言葉に、僕は顔を上げる。美柑はすっかり笑顔になっていた。


「変われたの?」


「うん! いつまでくよくよしてたら、先生に申し訳ないからね! それに、悲しんでる姿を見せるより、こうして明るく元気な私を見せたほうが、先生もきっと喜んでくれると思って!」


 笑顔の美柑を見て、僕はただすごいなと思った。変わるってのは、そんな簡単なことじゃないのに、美柑は変わってみせた。しかも、今までの自分とはまるで正反対の性格に。


「すごいし、強いね、美柑は」


 けど、すごいと思うのに、何か違和感が引っかかるのは何でだろう? 違和感の正体が何なのかはわからないし。


「にゃははっ、そんなことないよ! でも、私の話を真剣に聞いてくれたのは嬉しいよ。いつの間にか、レンレンもため口で喋ってくれてたし」


 言われて気づく。そう言えば、話に聞き入っていたため、いつの間にか男の時の喋り方をしていた。


「そういえばそうだね。でも、できれば普通に喋りたいと思っていから、上手く変えられたならよかったよ」


「うん! レンレンも今まさに変われたね!」


 確かに。小さなことだけど変われたよ。


 そうして美柑と話しているうちに、夕陽が沈みかけていることに気づいた。


「そろそろ帰ろっか。夜も段々と寒くなってきてるしね」


 そう言って美柑は立ち上がり、スカートを払う。


「あ、待って! その、よかったらアドレス交換しない?」


 僕がそう言うと、美柑は目をキランと光らせた。


「もちろんだよ! そういえばまだ交換してなかったもんね。いやぁ、レンレンのほうから言ってくれて嬉しいよ!」


 美柑は鞄からピンク色のスマホを取り出した。


 僕が美柑とアドレス交換をしたいと思ったのは、単純に友達としてもそうだけど、例の僕に当てられたラブレターの送り主を確かめる意味合いもあった。といっても、十中八九送り主は美柑だろう。


「はい! 赤外線交換でいいよね?」


「うん」


 僕と美柑が互いにスマホを向け、アドレス交換がすぐに済んだ。


 無事(?)、これでラブレター事件も解決できるだろうと思い、僕はスマホに表示されたアドレスを見た。


 …………え?


 そこにあったのは、ラブレターの送り主のアドレスじゃなかった。


 え? 何で? 美柑は僕のことを好きだと言った。その流れでいったら、ラブレターの送り主も当然美柑だと疑わなかった。


 美柑じゃ、ないのか?


 結局ラブレターの送り主はわからず、ますますラブレターの謎が深まるばかりだった。

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