7話 社会人から『女子』高校生になりました

 洗面所の鏡に映る自分を見て、僕は複雑な表情を浮かべた。


 鏡には、しっかりと化粧を施し、金色の髪を綺麗に整えた水城みずしろ蓮の顔が映っている。水城蓮というのは、僕・九重蓮の新たな名前だ。


 なぜそんな名前が付けられたかは、今の僕の境遇による。僕は今、他の高校とほぼ遜色ない一般的な、水鏡すいきょう高校の制服を着ている。


 僕は水鏡高校、生前の僕の職場に、高校1年生として通うことになったのだ。


 僕はしっかりとおめかしをされた自分を見て憂鬱な気分になりつつ、一週間前の出来事を思い出していた。



「お兄様には、これから高校1年生として学校に通ってもらうわ」


「はぁぁーーーーーー⁉︎」 


 寧のその言葉を聞いた瞬間、僕は思わず叫んでいた。


 死んで、蘇って、ゾンビになって、女の子になって、その次は学生として学校に通うだって⁉ もう一杯一杯だよ!


「本当にもう勘弁して⁉ 僕が学校に通うだって⁉」


「ええ、そうよ。お兄様の今の容姿なら、学生として十分通用するわ」


「通用するとかそういう問題じゃない⁉ 何でよりによって学校なの⁉ 見た目はこんなのでも、中身は元社会人だからね⁉」


 寧の言う通り、なぜか僕の容姿は若返っている。学生と言われても違和感はないだろう。だからといって、何でもう一度高校生活を送らなければならない⁉


「仕方ないじゃない。せっかく学校の管理権を手に入れたのだから、利用しない手はないわ。しかも、これは好都合なのよ。寧は学校の管理権だけでなく、校長先生の立場にもあるわ。これなら、お兄様が学校にいる間、常に監……観察できるから、非常時にでもすぐに助けに行けるわ!」


 今、監視っていおうとしなかった? 寧は誤魔化すように咳払いをした。


 だけど、寧の言うことも確かに一理ある。僕は今こんな体だ。いつボロが出てもおかしくない。そんな時、事情を知っている人が一人いるだけでだいぶ安心できる。


 それに、これは僕が学校に通うのとは別にだが、寧が水鏡高校を存続させてくれるということは、正直助かる。


 水鏡高校には、僕が受け持っていたクラスの生徒たちがいる。上司らはクソだったが、皆には何の罪もない。それなのに、このままもし学校が閉校する事態にでもなったりしたら、皆がかわいそうだ。といっても、閉校させることまでは寧も考えていないかもしれないけど。


 正直、学生として、しかも女子高校生として学校に通うことはかなり抵抗がある。でも、僕には選択の権利はないんだろうな。


「…………わかった。学校に通うよ」


 苦渋の決断のように、僕はそう言った。


「ふふっ。了解したわ。じゃあ寧のほうで色々と準備を進めるから待っていて。……といっても、ただ待つわけにもいかないわね」


 寧は僕の顔をじっと見つめてくる。僕の顔に何か付いてる?


「今のままでも十分可愛いけれど、化粧をした方がもっと可愛いく、美しくなるわね」


 ……化粧だって?


「待った! ……このままじゃダメなの?」


「ダメではないけれど、これから学校に通うことを考えると、少しでも化粧くらいはしておいた方がいいわよ。それに、このままお兄様を学校に通わせるのは、お兄様を汚すようで寧が許せないわ」


「で、でも僕、化粧なんてしたことないよ⁉」


 したことがあったらあったで引かれる事案だけど。


「化粧くらい、寧が教えてあげるわよ。まあいずれは自分でもできるようにならなくてはいけないけどね。さて」


 寧が今度は僕の体を見回してくる。


「何してるの?」


「化粧はいいとして、次はお兄様の制服を用意しなくてはいけないわ」


 そう言うと、寧は一度部屋へと戻り、メジャーを持って戻ってきた。


「お兄様、脱いでくれるかしら」


「…………はい?」


 脱ぐ? 何で?


「お兄様の体の採寸を取らなければ制服を作れないわ。だから脱いで」


「あ、そっか…………って、ええ⁉」


 僕は思わず女の子のように腕で体を隠してしまった。


「いや、服の上からじゃダメなの⁉」


「服の上からじゃ正確なサイズを測れないわ。別に、服を全部脱がなくてもいいのよ。下着姿にさえなってくれれば十分だわ。……まあ、裸でも寧は構わないのだけど」


 寧は頬を赤らめて期待の眼差しを向けてくる。


「下着姿でお願いします!」


 下着姿になることも抵抗があるけど、下手に抵抗すると全部剥かれかねない⁉


 恐る恐る、僕は服に手を掛けていく。ただ服を脱ぐだけなのに、すごく恥ずかしい……。


 下着以外の服を全て脱ぎ、僕は下着姿になった。もう死んでるけど死にたい!


「ふふっ。じゃあ始めるわね」


 寧が近づき、まず僕のウエストを測るために腰に手を回した。寧のひんやりとした手が触れた瞬間、思わず身震いする。


 …………何かやけに長くない? ウエストを測るだけなら、すぐに終わると思うんだけど。そう思ったのと同時に、寧が腰から手を離した。


 寧の顔がさっきよりも赤い気がするけど、気のせいだよね?


「じゃあ次、バストを、測るわね」


 寧が少し息を荒げながら、メジャーを近づけてくる。そんな寧を前に、僕は思わず後ずさりしてしまった。いや、何か怖いんだけど⁉


 だけど後ろは壁で、逃げ道はなかった。そして、


「うひゃぁっ⁉」


 女の子のような声でありながら、どこか奇声にも聞こえる声を出してしまった。


 寧がまるで全体重をかけるかのように、僕の胸に顔をうずめてきたのだ。


「はぁ……! やっぱり最高だわ!」


 そのまま寧は顔を胸の谷間に擦りつけてくる。その顔が不覚にも幸せそうに見えてしまった。


「ちょっ……⁉ 寧、落ち着い、て⁉」


 必死に寧を引きはがそうとするも、寧の抱きつく力が強すぎる! どこからこんな力出してるの⁉ それとも、単に女の子になったから僕自身の筋力が弱いのか⁉


 どちらにしろ、このままだとまずいんだって! 何かこっちまで変な気持ちになってきそうだから⁉


 そんな願いもむなしく、寧は胸に顔をうずめたまま、昇天しそうになっている。


「だから、離れてってばーーーー⁉」



「先程は寧が悪かったわ。だからそろそろ、機嫌を直してほしいわ、お兄様」


 寧の申し訳なさそうな声に、僕は寧を見る。


 あの後結局、寧の暴走が収まるまでさらに数分を要した。あと少し遅かったら、本当にやばかった。何がやばかったって、未知の扉を開きそうになったことだ。


 とはいえ、あんな状態でも寧はしっかりと僕のバストを測っていたそうだ。間違いなくメジャーは使っていないだろうけど。


「……とりあえず、やることは全部やったんだよね?」


 若干機嫌は悪かったけど、いつまでも根に持つのはカッコ悪い。なので口を聞くことにした。


「いえ、大事なことが一つ残っているわ」


「まだあるの⁉」


 もう疲れたんだけど。後は一体何が残っているの……?


「お兄様のその口調よ。今のままでも女の子らしいけれど、もう少し女の子に寄せたほうがいいわ」


 言われ、自分の喋り方を思い出す。確かに元は男なんだから僕の喋り方は男のそれだ。


「……喋り方を変えるって言われても、もう今ので染み込んじゃってるからなぁ」


「それを学校を通うまでの間に、なるべく女の子よりの口調に変えるのよ。それと合わせて、仕草等も変えていくわよ」


 ……まじですか。


 いつか本当に元の自分を見失いそうなんだけど。



 僕が一週間前のことを思い出していると、寧が洗面所に入ってきた。


「ふふっ。似合っているわよ、お兄様」


 褒められても喜べないんだけど。けど、自分で言うのも何だけど、似合っているとは僕も思う。


「さぁ、朝食ができたから食べましょう、お兄様。いえ、蓮お姉様」


「わかった……じゃなかった、ええ!」


 寧が僕のことをお姉様と呼んだため、僕も口調を女の子のものに合わせた。けど、やっぱりこれ全然慣れる気がしないんだけど。


 ちなみに、寧が僕のことを蓮お姉様と呼ぶのは、学校での呼び方に合わせるためだ。さすがに、学校で僕のことをお兄様なんて呼べないからね。


 それと同じような理由で、僕の名字も九重から水城に変わった。名字が変わると、寧が僕のことをお姉様と呼ぶのはまずいんじゃないかと思ったけど、寧は親戚のよしみでそう呼んでいるだけで、学校ではそういう関係として振舞うという。


 別にそうまでしてお姉様と呼ばなくてもいいと思うんだけど。むしろ、そう呼ばれる僕の身にもなってほしい。

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