第4話 市
伍平の家の周りは、山間の小さな里だから、当然、市なんてものは開かれない。
市が開かれるのは、もう少し山を下ったところにある町らしい。とはいっても、小さなものらしいけれど。
私は、かんじきと蓑を貸してもらって、伍平と共に雪の山道を歩く。
今日はすごく良いお天気だ。とにかく、辺りが真っ白なので、眩しい。日差しはあるんだけど、空気はすごく冷たく、頬がピリピリする感じ。
かんじきを履いているから、埋もれにくいんだけど、時々、深いところにつっこむと、ひどいことになる。でも、面白い。抜けられなくなって、思いっきり、迷惑かけちゃうけど。
「もみじちゃんは、何歳?」
伍平にたずねられて、私は首を傾げた。
天界と、地上では時間の流れが違う。地上界のほうが時間の流れが速い。
とはいえ、たぶん年の取り方はそうは違わないはずだ。
「十七歳です」
「おやまあ。じゃあ、すぐに嫁っこに出さないといけないのかな」
「え?」
それでは、話が一番最初に戻ってしまうではないか。
「でも、せっかく子供として神さまが授けてくださったのだから、もう少し、うちにいてもらいたいなあ」
伍平の顔は申し訳なさそうだ。
「私もそうしたいです」
だいたい、ここで嫁入りさせられたら、何しに来たのかわからない。縁談なんぞ要らないからね。
「でも、もみじちゃんは、とっても可愛いから、ちょっと心配だなあ」
たった一晩泊まっただけなのに、伍平の顔は、まるで本当の親のようだ。
私の両親は、私が幼い時に亡くなった。もちろん、第六天魔王の叔父がいるので、生活に不自由するなんてことは全くなかったけど、こんな風に思ってもらえるって嬉しい。
天界の人間は、寿命が地上より長いけど、死なないわけじゃない。私たちは、どの世界にいても生死から逃れることはできないのだ。
「変な男がよってくるといけないから、あまり離れちゃいけないよ」
「はい」
よほどの事がなければ、天界でも他人に遅れをとる事の無い私ではあるけど。まあ、今日は魔力使っちゃったし。普通の女の子らしくおとなしくしてないとだよね。
人の集まるところで、目立つと天界の王に気づかれる可能性があるし。
でも、
それなら、それでありがたい。だいたい、なんで私が王にならなきゃらないんだって、本当に思う。三人がどうしようもなく使えないって人間ならしょうがないけど、そんなことはない。
妻帯が必要なら、宮中で立候補する女官は山ほどいるだろう。意味が分からない。
「見えてきたよ。あれだ」
伍平が指をさす。眼下に集落が広がっていた。
町だ。家と家が密集している。それほど大きいものではないだろうが、伍平の家のあたりとは全然違う。
「もっとも、見えてからが長いんだけどね」
肩をすくめて、伍平が苦笑いする。
ここは高台で、家の大きさからみると、まだ随分と山を下らないといけない。たしかに、ここからもそれなりに遠そうだ。
「坂がキツメだから、危ないんだ。ここからは、特に気を付けて。行こうか」
「はい」
私は頷き、ゆっくりと山道を下り始めた。
雪が降り積もった広場に、むしろを広げて、たくさんの人が商いをしている。
町の入り口に近い河原で、人々は市を開く。
売り子は、特に資格はなくて、場所さえ空いていれば自由にモノを売ることができるらしい。もっとも、売りあげたら、その一部の金額を役所に納めないといけないんだけど。ちなみに、細かい規定はないんだけど、盗品なんかが流れてこないように、役人が時々監視することになっているとのことだ。
雪は積もっているけど、天気は良いから、市は賑わっていた。売っているものは、食料品から、生活雑貨まで、本当にいろいろだ。
「もみじちゃん、こっちこっち」
伍平は市の中心から少し離れたところに、持ってきた傘をならべた。
全部で十だから、大した量ではないけど、かさばるものだからしかたない。それに、きっとこれを作るのって、すごく時間がかかるんだろうな。
伍平は自分の蓑をぬぐと、それを雪の上においた。
「ここにすわって」
蓑を脱いじゃったら、寒いんじゃないだろうかって思うんだけど。
多分、雪の上に座ると冷たいから、気を使ってくれているんだろうな。
気温は、山道にいた時よりは高くなってはいる。
「そこは、伍平さんがすわってください」
私も自分の蓑を脱いで、自分はその上に座った。
竹の傘はそれほど珍しいものではないらしく、並べたら、すぐに人が買いに来るって感じでもない。
私は、座ったまま、市を歩く人たちを観察する。
寒いからか、意外と蓑を着て歩いて人がかなり多い。軽装なのは、この町に住んでいる人なのかも。
「おや、随分といい女じゃないか」
ドスのきいた声が上から降ってきた。見上げると、ガラの悪い感じの男だ。
「傘は、一枚、銅貨五枚です」
伍平が私を庇うように前に出る。
「じじいは黙ってろ。オレは、女に話をしている」
体格はかなりいいから、おそらく腕っぷしにそれなりに自信があるのだろう。ガラは悪そうだが、身なりはそれなりに高そうなものを着ている。金回りは悪くないのだろうな、と思った。
「傘は、一枚、銅貨五枚です」
私は伍平に安心させるように頷いてから、男に答えた。
この程度のチンピラ、魔術を使わなくてもなんとかなるだろう。一応、王族なので、護身術はひととおり学んではいる。地上人に通じるかどうかは、謎だが多分、大丈夫だ。隙だらけだし。
「傘の話はしてない」
男は好色そうな顔で、私をじろじろと見る。
「傘をお買い求めいただけないのなら、御用はないのでは?」
私は丁寧に返答する。
「傘などいらん。お前が欲しい」
にやりと、男は笑う。
「あら。この市は、人買いが許されるのですか?」
私は真っすぐに男を睨みつけ、大きめの声で話す。当然、周囲に聞かせるためだ。
「許されるとしても、私は商品ではありません。商いと関係ないお誘いなら、なおさら、お断り申し上げます」
「なんだと、このアマ!」
男は怒り狂って私の肩をつかもうと手を伸ばしてきた。
私はその腕をつかむと、自分の身体を倒しながら、そのまま相手の腹に膝を入れ、投げ飛ばした。
男の身体が宙に浮き、新雪へと突っ込む。
ふうっと息をついて、立ち上がると、いつの間にか周囲に人垣ができていて、拍手が巻き起こった。
伍平の目が真ん丸になっている。
「ちょっと、やりすぎちゃったかなー」
私は思わず肩をすくめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます