次期第六天魔王は嫌なので、天界を脱走して五平餅を焼いてます

秋月忍

第1話 発端

「もみじよ、我が息子の中から、一人、夫を選べ」

「へ?」

 何を言われたのかわからず、思わず間抜けな声を出して、私は慌てて檜扇で口を押える。珍しく儀礼用の十二単を着ている時くらい、優雅な所作を心がけたいと思っているのに、素が出てしまった。

 広い座敷の上座の御簾のむこうにいるのは、この国、他化自在天たけじざいてんで一番偉い、私の叔父、第六天魔王こと、波旬はじゅんである。ちなみに、なぜ、魔王って呼ばれるかっていえば、欲望を否定しないから。欲のない世界ってのがどこかにあるらしいけど、それって、楽しいのかな?

 で。叔父に、話があると言われてやってきたのだが。

 御簾のこちら側に並んで座っているのは、第六天魔王の三人の息子たちーー私の従兄弟だ。

 上から光華こうか晦冥かいめい玲瓏れいろうという。

 いずれおとらぬ美形ではあるし、従兄弟だから見知った相手ではあるけれど。性格は三人とも良いとは言い難い。

 えっと。誰が何から、何を選ぶって話だっけ?

「あの、陛下。失礼ながら、意味が分からないのですが?」

 私は遠慮がちに質問してみる。

「そなたは聡明で魔力も強く美しい。我が息子のいずれかと結婚し、女王となって、この天界を支えて欲しいのだ」

「お戯れを」

 確かに、私の魔力は、従兄弟たちと比べて、同等、ひょっとしたらそれ以上である。

 でも、聡明で美しいかどうかは疑問だし、女王なんてなりたくない。

 そもそも従兄弟たちは、誰が玉座についても、問題ない実力の持ち主だ。なぜ、そこを飛び越して、私に話が来るのだろう。

 それに、結婚ってどういう意味?

「玉座は、従兄弟どののいずれかがおつきになれば良いのでは?」

「我が息子たちでは、誰を選んでも国が割れる。そなたが頂点に立ち、愚息がその治世を支える形が最も円満であるという結論に至ったのだ」

 御簾の向こうの叔父の言葉に、従兄弟たちが頷いている。

 おい。ちょっと待て。従兄弟どのよ。それでいいの?

「……従兄弟どのはいずれも、後を継ぎたくないということで?」

「いえいえ、弟たちはともかく、私はもみじどのが一番玉座に相応しく、あなたの決めた事ならついていくということです」

 突然、兄弟の中で一番上の光華が口を開いた。

 深紫の束帯の着こなしに少しの隙もない。キラキラとしている。宮廷の女たちが、失神しそうなくらいの甘い微笑だ。彼は頭脳明晰ではあるが、魔力が兄弟の中で少しだけ弱い。

「お前の容姿は、国民受けがいいからな」

 ぼそり、と呟いたのは、次男の晦冥。

 彼の魔力は兄弟の中で最強であるが、かなりの変わり者で、ふらふらしている。しょっちゅう宮殿を抜け出して、どこかに行ってしまうので、従者たちが困っていると聞く。

「でも、突然女王にって言われたら、誰だって困りますよね」

 同情めいた口調なのは、一番下の玲瓏。人当たりも一番やわらかくて、人懐っこい。

「僕は、どんな形でも、もみじさんを応援しますので」

 くりくりとした笑顔は可愛いが、他人ごとだと思っていないか?

「失礼ながら陛下。私は女王の器ではございませんし、従兄弟どのたちは、誰も私の夫にはなりたくないようにお見受けしますが?」

「そんなことはありませんよ。私はあなたが好きです」

 と、光華。笑顔が眩しい。

「へ?」

 突然の告白に、呆然とする。いやいや、今まで、そんな素振りなかったよね?

「僕だって、もみじさん大好きです」

 玲瓏がにっこりと笑う。うん。君はいつでも可愛いけど。その好きは、恋愛対象なのかな?

「なりたくない、とは、言っていない」

 ぼそりと晦冥が呟く。まあ、言ってないけど。

 いや、それ、建前でしょう? 本音のところは、自分を選んでほしくないって思っていそうだ。

 こほん。

 御簾の中から咳払いがした。

「もみじよ」

 重々しい声だ。

「突然のことで、そなたも戸惑いはあるだろう。ゆっくり考えよ。そなた以外に、天界の玉座を託せるものはおらぬ。これは、余の命令であると同時に、我が息子たちの総意ぞ」

 息子たちの総意?

 見回した従兄弟たちは、黙ったまま頷く。

 どういうこと? 女王決定なの? 王になろうって野心はないの?

 権力を得たいなら、私に選ばれるなんて、まどろっこしい手順を踏まずに、玉座に着いた方が早いと思う。

 興味がないなら、好意を持っているフリをする必要もないのに。意味が分からない。

 王も王だ。

 なぜ、私に選ばせるの? 国の大事じゃないの?

 言いたいことがありすぎて、かえって言葉にならず、私はそのまま部屋を退出した。

 でも、従兄弟の本音はともかくとして、王は本気だ。天界にいる限り、私は王の命令に従わなければならない。

 王は、とにかく私を女王にする気だ。

「冗談じゃない」

 私は呟く。魔力がどんなに強いからといって、国が治められるものじゃない。

 難しいことはわからないし、面倒なことが大嫌いな私に務まるわけがない。

 それに形だけの傀儡にしろ、夫を選ぶ権利だけもらっても困る。

 でも、天界にいる限りは王の命令は絶対である。そう。天界にいる限り。

 私は、屋敷に帰ると袿を脱ぎ捨て、荷物をまとめる――そして、天界を抜け出すことにした。




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