1-5 リスタート「七渡君のことはウチにも関係あります」

   +七渡+


 翼が階段で躓き転んでしまった。俺も巻き込まれて倒れる羽目に。

 翼は子供の時に転んで泣いてしまうことが多かった。その癖は今も変わらないらしい。

 だが、大きく変わっていた点があった。

 それは胸の成長である。先ほど倒れた時に自分の頭が翼の胸に包まれてしまったが、そこには俺の知らない翼がいた。

 柔らかい感触、暖かなぬくもり……思い返すだけで恥ずかしくなるな。


「何でこのタイミングで引っ越してきたんだ? やりたいことでも見つかったのか?」


 俺は隣を歩く翼に声をかける。先ほどまでは緊張していたが、翼が小学生の頃と根は変わっていないことが伝わったので、少し緊張が解けていった。

 妹みたいな存在である翼に緊張は必要無い。むしろ、上京してきたばかりの翼に心配な面が増えてきて、色々と面倒を見てあげなきゃと冷静になっている。


「それは、そのね……」


 翼は冷静になれた俺とは異なり緊張しているのか、顔を赤くしていて俺とあまり目を合わせてこない。


「……やっぱり内緒。でも、元々は大学進学と共に上京したいって思ってたから、それが少し早まっただけだよ」


「そっか。でも驚いたよ、まさか高校で同じクラスになるなんて」


 奇跡なのか運命なのかは知らないが翼は再び俺の前に現れた。

 そこにはきっと何か意味があったりするのだろうか──


「七渡っ」


 呼ばれて振り向くと麗奈が膨れた顔をして後ろに立っていた。


「どうした麗奈?」


「急用ができた、ついてきて」


「わかった」


 か少し怒っている麗奈。体育館から教室へ戻る間に急用なんてできるかなと疑問に思いながらも、断るとこわそうなので翼とはここで別れるか……


「ちょっと待って七渡君」


 歩こうとする俺の腕をつかむ翼。その翼の顔も何故か少し恐い。


「どういうつもり?」


「……急用って何ですか?」


「何で関係ないあんたに教えなきゃならないの?」


「七渡君のことはウチにも関係あります」


 翼を睨む麗奈と、それに屈せず麗奈と向き合う翼。

 二人の視線の間にはバチバチと音が鳴っている火花が見えてきそうだ。

 何故二人の雰囲気はこんなに悪いのだろうか……人間関係には相性というものが存在するが、二人の相性が良くないのかもしれない。火属性と水属性みたいに。

 このままでは二人の間に原因不明の争いが勃発してしまう可能性があるので、俺が二人の間へ入ることに。


「ごめん翼、麗奈が俺に用事あるみたいだから先に教室戻っててくれ」


「うん……わかった。何かあったら相談乗るからね」


「お、おう」


 何故、翼がこんなにも深刻な表情をしているのかはわからない。もしかしたら麗奈の見た目が派手なギャルのため、不良に絡まれているとでも思われているのだろうか……


「待たせたな麗奈」


 俺が振り返ると、そこには幸福な笑みを見せて満足気な様子の麗奈の姿があった。

 思わず宝くじでも当たったのと聞いてみたくなるような笑顔。先ほどまでの恐い表情ははる彼方かなたに飛ばされていったようだ。


「七渡~こっちきて~♪」


 何故かリズムに乗せて俺を手招く麗奈。ご機嫌過ぎて逆に恐いのだが……


「急用って何があったんだ?」


「このスマホの電源の切り方ってどーすんだったっけ? 教室で音鳴ったらヤバいし」


「前も教えただろ、こことここを長押しだよ」


 俺は麗奈のスマホを手に取って電源を切ることに。


「ありがと。機械得意なの頼りになるね」


「……用ってこれだけか?」


「まぁ、その……うん」

 少し心苦しそうにうなずく麗奈。別に教室へ着いてからでも遅くはないので急用ではなかったように思える。


「深刻な表情してたからもっと大きな用事があるのかと思ったよ」


「怒った?」


「怒ってない。困ったらいつでも頼ってくれよ」


「うんっ!」


 麗奈のうれしそうな笑顔が可愛かわいい。他の人には素っ気ないけど、俺にだけ見せてくれるこの笑顔には流石さすがに心動かされるな──


    ▲


 放課後になり、一樹と麗奈とコーヒーチェーン店のスタバへ行くことに。

 翼とゆっくり話もしたかったが、今日は麗奈に飲み物をおごる約束をしていたのでそちらを優先した。翼も前に座っていた柴田さんという女性と一緒に帰っていたので、何か用事があったのかもな。


「七渡さー高校でもバスケすんの?」


 隣を歩く麗奈が声をかけてくるが、何故か普段よりも距離感が近い気がする。


「バスケも部活もするつもりないよ。中学の時の顧問厳しかったから、もう部活とかしたくないって思ってる」


「そ、そうなんだ」


 スポーツ自体は嫌いではないが、それが厳しい顧問によってつらい時間になると無理やりやっている感じがしちゃってつまらなくなるからな。

 プールの授業で泳がされるのは嫌だけど、自由時間は楽しいのと一緒だろう。泳ぐこと自体は好きだが、泳がされるのは好きじゃない。


「もう七渡の応援が聞けないなんて悲しいな」


「おい一樹、俺が試合出られなくて応援ばっかしてたのを思い出させるな」


 試合に出られないと応援しなきゃいけなくなるのはバスケ部あるあるだからな。地味に他の部活よりも応援に力入れるからな。


「七渡って運動神経良さそうな顔つきはしているのに、そうでもないのが面白いよね。去年の中学での体育祭もぜんぜん活躍できてなかったし」


「俺のディスり大会始めるな」


 麗奈にも馬鹿にされてしまう。運動神経とかほとんどDNAなので、DNAに文句言ってくれよという負け犬のとおえ。


「一樹はバスケ部入んの? 一樹なら高校でもレギュラーになれそうじゃん」


「七渡と違って勧誘もされたけど断ったよ……部活やって勉強もしてたら遊べないしな。少しバイトでもしてお金めつつ勉強も怠らないようにして、みんなで青春しようぜ」


「うぇーい、夏は海だな」


 肩を組んで歩き始める俺と一樹。やはり高校生活は青春。アニメとかドラマで見るような充実した日々を送りたいぜ。


「あんたら本当に仲良いね」


 俺と一樹を見て微笑ほほえんでいる麗奈。

 海に行ったら麗奈の水着姿とか見られるのかな……想像しただけでまえかがみになった。


「麗奈も部活とかやんないっしょ?」


「あ、あたしは男子バレー部のマネージャーやろうと思う」


「まじか!?」


 きようがくしている俺と一樹を見て麗奈は笑っている。

 部活とかする気が無さそうな麗奈からまさかの発言が飛び出した。


「うっそーん、冗談だよ。何にもする気なし。バイトはしたいと思うけどね」


 どうやら冗談だったようだ。心からホッとしているのは、麗奈が俺達から離れていくことを恐れているからだろう。


「驚かすなよ、男子バレー部のマネージャーとか無駄にリアルだろ」


 麗奈が部活のマネージャーになれば、絶対に部員からモテモテになってしまうことだろう。あいつらエロ漫画とかだとすぐにマネージャーに手を出すからな。


   ∞麗奈∞


 駅前のスタバに着き、七渡にフラペチーノをおごってもらう。廣瀬は期間限定のさくらミルクラテを奢ってもらっていた。


「みんなバイトするなら一緒のバイト先にしようよ。そしたら楽しくお仕事もできそうじゃん」


 三人で席に座りあたしは二人に提案をした。


「確かに良いアイデアだな。麗奈はどんなアルバイトしたいとかあるの?」


「うーん……洋服屋かな? 二人は?」


「俺はクレープ屋さんとかかな?」


「何であたしより女の子っぽい仕事なのよ!」


 七渡が甘い物好きだということは知っていたが、クレープ屋で働きたいというのは意外だった。

 クレープ屋さんって女性バイトが多そうだし、七渡に変な女が寄ってきそうで嫌だな。もし本当に働きだしたら毎日寄って監視しないと……太りそう。

 七渡はモテてる感じはしないんだけど、地味に女の縁は多いから困る。あたしと出会う前の中二の時には一瞬だけど彼女いたみたいだし、今では城木翼も現れた。

 勝手に天海七渡の名前をネットの姓名判断のサイトで調べたことがあったけど、女運だけ何故か高かったので油断も隙も無い。

 ちなみにあたしとの相性は抜群だった。にへへ……


「廣瀬は何のバイトしたいの?」


「ペットショップだな。可愛い動物と触れ合えてお金ももらえるなんて一石二鳥だ」


「何で二人ともあたしより女っぽいバイト先選ぶのよ!」


 ファミレスとかコンビニとか言うかと思っていたけど、二人とも一癖あるバイト先を答えた。しかもぜんぜん一致してない。


「まー同じバイト先にみんな受かる可能性も低そうだし、シフト制のバイトにして働く日を合わせるとかすればいいんじゃね?」


「そーだな」

 七渡の提案に廣瀬が賛同する。確かに難しいかもしれないけど、あたしはできるだけみんなで一緒にいたいな。


「お金貯まったらみんなで海とか温泉とか、憧れのUSJとか行けそうだな」


「イイネ。海外旅行とかも行けんじゃね?」


「それ最高だな一樹。ヨーロッパとか行ってみてー」


「俺はあれだな、めっちゃれいな湖。空に浮いているような写真撮れるやつ」


「あーウユニ塩湖だろ? アニメのOPで登場しがちな風景のやつ」


 二人が盛り上がっている中、あたしはみんなと旅行する光景を妄想する。絶対に楽しいし、最高の思い出になりそう。みんなで一緒に綺麗な星空とか見てみたい。キラキラ。


「麗奈は行きたいとことかあるか?」


「……二人と一緒なら、きっとどこでも楽しいと思う」


「それな」


 七渡の無邪気な笑顔にいやされる。

 この関係は本当に大事。絶対に失いたくない。

 中学の時はずっと一人で寂しかった。自分でいつぴきおおかみきどってたから自業自得だったんだけど、やっぱり誰かと話したり遊んだりするのは楽しい。

 中三になって二人と出会って、あたしは居場所を手に入れた。七渡と付き合いたい気持ちはあるけど、それ以上にこの二人と一緒にいたい気持ちが強い。


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次回:「ウチと七渡君は幼馴染で十年間も一緒だったんだよ」許嫁とギャルが、“七渡との想い出”でも競い合う!?

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