セーレと公式イベント
オレはセーレ。ゲームが好きで、特に対人コンテンツが好きだ。
「皆さん、公式イベント行くっすか?」
モカが狩りをしながら聞いてくる。公式イベントとはオフラインで行われる公式主催のイベントで、ゲームの新情報の発表や、リアルガチャコーナーなどが予定されていると、今日の昼頃に発表があった。日程はまだ先だし、それほど詳しい情報はでておらず、入場チケットは抽選なので全員が行けるかどうか、そもそもわからない。
「いくいく~」
マリンがさっそく答える。
「わしは、遠いからパス」
「えーっと、私は行くけど、わかちゃんとも相談してからでー」
「俺はどうしようかなぁ……」
レオンハルトが渋るのは、顔でバレるからだろう。
「わたくしは、セーレ様次第で……」
「オレは、行きません」
「えっ、なんでよ。セーレ」
理由なんて簡単だ。
「絶対に特定されたくない」
まず性別を知られたくないし、そこから職業など知られたらと思うと迂闊に行ける場ではない。
「前のイベントの時、一緒に行ったじゃーん。また変装して行けばいいでしょ」
「嫌だよ。あの時も、すごく見られたし……」
「どんな変装して行ったんすか?」
「黒髪のウィッグつけて眼鏡してただけです」
「あと、可愛い感じにメイクしてあげたよね~。服装も……」
「マリン、それ以上は話さなくていいから」
「あー……。まぁ、セーレさんは、バレるバレない関係なく目立ちそうっすね……」
モカの言う通りだ。まず、女にしては高めの身長で目立つし、普段は髪の色でも目立つ。黒髪なら目立たないかと思ったらそうでもなかった。
「事前に申請すればコスOKだし、着ぐるみでも着ていったら?」
「そこまでして行きたくない」
「俺も行かないでおこうかな……」
「なんでよー」
「うーん……。あっちの世界で顔覚えてる人多いと思うから……。なんかあったら嫌だなって」
「えーっ、レオさん人気者だから行くといいっすよ」
「いやー……、いい印象ばっかりじゃないと思う」
オレとレオンハルトがうだうだとしていると、ゲーム内にメールが来て通知が光る。運営からなので、お知らせの類のメールだろう。
案の定、タイトルには公式オフイベ云々となっている。そこで閉じようとしたが、ふと一斉送信のタイトルではないことに気付く。
タイトルは、『公式オフラインイベント招待状』となっていた。
メールに関して他の人は話題にしないので、どうやら自分以外には届いていないらしい。
狩りが終わってから内容を確かめると、公式イベントで新システムでのPvPトーナメントを行うので、出場と解説をしないかと言うことだ。
来てくれるなら関係者チケット、ゲーム内アイテム、日当の支払いと交通費や必要であれば宿泊費などを負担するとあった。
PvPはとても魅力的ではあったが、解説となると喋らなければいけない。それは無理だ。だって、声で女だとバレてしまう。なんなら、顔も晒されるだろうし。
よし、断ろう。
『顔を知られたくないので、お断りします』
そう返信をした。
しばらくすると見知らぬプレイヤーからパーティー勧誘がくる。名前の頭に『GM』とついていてるそれは、運営のキャラクターだ。
キャンセルを押すか迷ったが運営相手なので、ひとまず承諾をする。
「何か御用ですか」
パーティーのチャンネルでボイスチャットを始める。
「先ほどのメールの件で、お伺いしたことが……」
「お断りしますと返信しましたが」
「はい。顔を知られることが嫌ということでしたら、こちらで着ぐるみやマスクなどをご用意して……」
そういう話ではない。まぁ、運営になら言ってもいいだろう。
「オレ、女なんで。それがバレるのが嫌なんです。喋ったらバレますよね」
「え」
GMはしばらく無言になる。
「……先日ネットでコスプレ写真を拝見したのですが……。あれ、セーレさんご本人ですよね?」
「はい」
「……えーっと……」
ごそごそと雑音が入るので、写真を確認しているのかもしれない。
「うーん……。なるほど……?」
まだ、微妙に納得していないような雰囲気でGMが言う。
「あれは、メイクなどでそう見えるようにしているだけです。なんなら、オレの登録情報見てください」
「申し訳ございません。個人情報は管轄が違うのでこちらで確認はできません」
「そうですか。でも、そういうことですので、お断りさせていただきま……」
「少々お待ちください!」
その言葉の後に、しばらくGMから応答がなくなる。
面倒なことになったなと思いながらソロを始める。理由を言わずに突っぱねればよかった。
もうログアウトしようかな。と考え始めた頃にGMが戻ってきて、さらにもう一人GMがパーティーに追加された。
「お待たせしました。こちらでボイスチェンジャー付きのマイクを用意しますので、コスプレで参加していただくことは……」
「嫌ですよ。一人だけコスプレとか晒し者じゃないですか」
「そこをなんとか。日当増やしますので」
「金には困っていません」
「ええと、ではゲーム内アイテムで……お好きな99武器をお送りさせていただきます」
「いえ、必要ありません」
レーヴァテインは3本あるし、サブ武器用に用意した弓も強化が終わっている。まだまだ需要のある武器なので売ればいい金にはなるだろうけれど、魅力を感じない。
「ど、どうしたらお越しいただけますか……?」
PvPコンテンツ自体は魅力的だし、行きたい気持ちが全くないわけではないのだが……。
「……ギルドメンバーに相談してもいいですか?」
というわけで、ログインしていたレオンハルトとシオンに相談する。
「関係者チケット……。羨ましい。でもまー。セーレさんはメディアに名前出てるし、特定されて拡散されたら面倒だよね」
「じゃー、いっそ男装して行って男ってイメージつけておいたら?」
レオンハルトの言葉に、オレとシオンが「あー」と声を発する。
「そういえば、オレのリアル初めて見たレオさん、男って勘違いしましたよね」
「あ、あれは……、恰好と……ほら、夜だったし。ごめんって」
その件については、特に気にしていない。
「セーレに顔似てるなーって思って、その流れでさ……。身長も俺とあまり変わらなかったから……、ほんとごめん」
狼狽えて謝っているレオンハルトのことは、ひとまず放置して考える。
コスプレ写真を見た運営にも完全に男だと思われていたようなので、マリンに頼んであれこれしてもらえばいけそうな気はしないでもない。そして、出番以外は会場に出入りしなければ手堅い。イベントに行く意味とは。という気もするが。
「セーレ、ごめんって」
「ああ、気にしてないです。相談に乗っていただいて、ありがとうございました」
「ねー! ほんとに気にしてない!?」
「気にしてないですってば。それじゃ」
レオンハルトとシオンとの会話を終了して、GMとの会話を再開して条件を伝える。
まず、性別をバラさず、リアルについて詮索するような質問はNG。そして、一般参加者と被らない時間に会場のブースを回りたいということ。さらに、ギルドメンバー分の関係者チケットを用意してほしい。
そう伝えれば、あっさりと承諾された。もっと高価なゲーム内アイテムなども吹っかけてみてもよかったが、これで手に入れるのはありがたみがない。
イベント当日、家を出る前にマリンにコーディネートしてもらう。
黒髪のショートのウィッグに、男装用のグッズを身に着けて、メンズのシャツにジャケットを羽織る。メイクはコスプレのようにはごてごてせず、シャドウなどで軽く調節する程度だ。
メイクの様子をクッキーと、前日からうちに泊まっているバルテルが眺めている。
「眉はこれで……。睫毛どうしよっか。あんた睫毛長いから、ウィッグの色に合わせた色にするとめっちゃ目立つと思う」
「んー……サングラスかける予定だけど……」
確かに、睫毛だけ元の色のままなのは違和感がある。
「そうだなぁ。ブラウンかグレーでボリューム出ないやつにしよっか」
「うん」
普段、メイクは人に任せていて、自分ではあまりしないので詳しくない。ここはマリンに従っておいたほうが無難だろう。
コーディネートが終わって、クッキーとマリンとバルテルを横に立たせて姿見を見る。
「美青年じゃのう」
そう言いながらバルテルが見上げてくる。
「うんうん。違和感ゼロ。その恰好、写真撮っていい?」
「いいよ」
手伝ってもらったのだから、それくらいは応じよう。
現地の待ち合わせ場所に行くと、レオンハルトがすでに来ていた。
「誰?」
オレの顔を見るなりそう言ってくる。
「あなたが、男を演じろといったのでしょう?」
「いやー。そうだけど、とりあえずつっこんでおかないと。って」
それから少しすると、モカとシオンが一緒に来るのが見え、こちらの姿を見つけると少し駆け足気味になって近寄ってくる。
「きゃーっ、イケメンがいるっすよ」
「わーい」
二人して、携帯のカメラをオレに向けてきて写真を撮ってくる。
「セーレさん、サングラス外して欲しいっす」
「ちょっと、オレの顔面安くないですからね?」
「えっ、口座に振り込めばいいの?」
シオンの発言に、思わずため息をつく。
しばらく話しているとスタッフが来て、イベントの会場内を案内してくれるらしい。
イベントは、街中の展示場のホールをいくつか使っていて、大規模とまではいかないがそこそこ広いスペースを取っているようだ。
会場内は、まだ設営準備中でスタッフが作業しているところもあるが、歩けるところを見て回ると、ゲーム内に出てくる武器やモンスターの立体展示、キャラクターや背景イラストなどが飾られている場所があって、奥にはステージと大きなスクリーンと観客席が並んでいる。
そして、ゲームの試遊コーナーがある場所へと案内される。
「こちらでバージョン2の試遊が可能でございます。セーレ様はこちらに、次いでマリン様、バルテル様、クッキー様、レオンハルト様、モカ様、シオン様」
順番に名前を呼ばれて、各々席に座る。
すでにキャラクター選択画面になっていて、自分のキャラクターの外見を複製したものが表示されている。装備は、新しいスキンのようで初めて見るものだった。
入場した特設エリアは、いかにもテスト用らしい空間で、どこまでも続く草原になっていた。その上に案山子がいくつかと、少し離れたところにポツンとテレポーターが置かれている。
周囲にゴブリンやオークがうろうろとしているが、これは襲ってこないようだ。
「おー。UI変わってる」
隣に座っているマリンの声が聞こえてくる。
戦闘システムが少し変わるらしく、表示される項目に見慣れないものがいくつかあったり、既存の物も少し表示が変わったりしている。
「わーっ。オート狩りある~」
シオンが嬉しそうに言う。
それらしきところを操作すると勝手に動いて、近くのゴブリンを倒しに行く。
「やっぱ今時はオート欲しいよね」
「そうだなー」
通常の狩りには効率は及ばないだろうが、サブの育成が楽になりそうで嬉しい機能だ。
そのエリアはそこそこにして、配置されていたテレポーターで移動すると、大きな姿見のある試着室に出る。
「こちらでは、髪型や髪の色、年齢や性別が変更できます」
「へぇ~」
キャラクターの外見は作成時から変更できなかったので、これは嬉しいプレイヤーも多いのだろう。あの世界にもあったら、よかっただろうに。
さっそくモカとマリンが髪型を変更して遊んでいる。
「うーん、わたしやっぱショートはイマイチだなぁ」
「ボクもショートにすると、リアルに近くなってなんとも言えない気分になるっす」
オレも適当に髪の色を変更してみる。黒髪に変更すると今日の出で立ちとほぼ変わらない。
「うーん」
シオンが性別を男キャラに変更して遊んでいて、可愛らしい美少年の姿になっている。
「やっぱしっくりこないや」
そう言いながら元の姿に戻す。
「えー、シオンちゃん。さっきの良かったじゃん」
「自分の好みじゃないし……」
「わたしの好みだったんだよ!」
「マリンちゃん年下好きなの?」
「年々、年下の推しが増えていくだけなのっ」
「ぐさーっ。……そうだ、レオさん。年齢変更してみてよ」
シオンの言葉に、レオンハルトが子どもの姿になる。そういえば、あのダンジョンでレオンハルトだけ小さくならなかったな。と、レオンハルトの姿を眺める。ゲームでも現実でも身長は、オレよりレオンハルトの方が少し高いので不思議な光景だ。
「わー。可愛い~」
「可愛いっすねぇ」
シオンとモカがレオンハルトを覗き込んでいる。
「ボクは年齢上げてみよ~っと」
モカの身長が少し伸びて大人びた顔になるが、雰囲気は相変わらず可愛らしい。
ちらりと他の面子を見れば、クッキーが柴犬の顔になっていて、バルテルは髭の形を変えている。
「お楽しみ中のところ申し訳ありません。そろそろ次のエリアに……」
「はーい」
スタッフの後に続いて、テレポーターを使うと船の上に出ると、少し視界が揺れて波の音が聞こえてくる。船のビジュアルは、どこかで見たガレオン船だ。
「次のアップデートで、船及び海戦が実装されます」
「へー……」
なんだか、新鮮味の薄い話である。
船内を見て回れて操舵ができるとのことだったが、皆それほど興味を惹かれずに船の体験は終わった。
開場の時間が近づいてオレは控室に案内され、レオンハルトとクッキーもオレにくっついてくる。あらかた見終わったから、レオンハルトはあまり出歩きたくないようだ。控室には会場内を見られるモニターが用意されていて、それを眺めていると一般入場が始まったらしく、人がぞろぞろと入ってくるのが見える。
開発者と会えそうなら、あの世界について聞いてやろうかと思ったが、今日ここに来ているのはイベントスタッフがほとんどで、その辺りに詳しそうな人物は見当たらなかった。
「あー。俺、飲み物買ってくる」
「オレも」
控室には給茶機が置かれているが、別の物を飲みたい気分だったので控室を出て、自販機で購入していると近くを人が通りかかる。
「あれ、レオ君? と……もしかして、セーレ君?」
アキレウスの声だ。そういえば、アキレウスも解説役で呼ばれていると言っていた。あと、もう一人ミストラルも呼ばれているはずだが。そう思って、アキレウスの方を見ると、アキレウスの隣にそれらしき男が立っている。
レオンハルトがミストラルの姿を見て、次にオレを見る。気持ちはわかる。ミストラルとはリアルでは会ったことがないから、この状況をどうするかということだろう。
「アキさん、こんにちは。そちらはミストラルさん? 初めまして、レオンハルトです。こちらがセーレで、そちらがクッキーさん」
「クッキーと申します」
「どうも、こちらでは初めまして、ミストラルです」
ミストラルは丁寧にお辞儀をしてから、じっとオレの顔を見てくる。
「セーレです」
黙っているのも不自然だと思い、サングラスを外して挨拶をすると、ミストラルが少し驚いた表情をする。
「セーレさん、こちらだと声高いですね」
ミストラルの言葉に、アキレウスが吹き出して、レオンハルトも口元を抑える。オレとしても想定外のリアクションだ。
「いえ……。オレ、女なので」
オレの言葉に、ミストラルはオレの顔を見て、胸元を見て胴回りを見て足元を見て、再度顔に視線を戻して首を傾げる。
「セーレのこれは変装。性別内緒にしてね」
レオンハルトがフォローしてくれる。レオンハルトは気が利くやつだ。
「ああ……。そうでしたか。失礼しました。しかし、なぜ内緒に?」
「まぁ……色々……」
「そうそう。セーレ君は美人だからね~。それがバレて変な男とか寄ってきたら困るよね」
「なるほど……。色々と事情があるのですね」
ミストラルは納得した様子で頷く。
「それじゃ、僕たちは会場見て回ってくるから、PvPの時はよろしくね」
「ええ」
アキレウスがミストラルを連れて会場に姿を消したので、オレたちも控室に戻る。
「声高いですねーだって。あの人、ちょっと天然だよな」
「ええ、びっくりしました。でも、ぐいぐい来るような人でなくてよかったな……」
「うん、ちょっと意外。いや、緊張してたのかな。あの人お前いないとこだとよく喋るわ」
「ふぅん……」
確かにミストラルは、イーリアスのメンバーとはもうちょっと楽しく会話していたようには思う。
「まぁでも、変装ばっちりって感じでよかったな」
「そうですね」
ミストラルの反応からして、レオンハルトの言う通りだろう。マリンに感謝しなくては。
新情報の発表の時間になって、オレはステージの裏でアキレウスたちと待機しつつ、会場内の様子が映し出されたモニターで情報を見る。
まずは、UIやグラフィックの改修やバランス調整などの話から始まり、体験コーナーにあったエリアの紹介など。
そして、新しく光の竜の追加が発表されると、会場内から歓声があがる。まだ、実装は先でグラフィックのみという話だったが、神々しく美しい竜が画面に表示される。
続いて、新しいシステムでのPvPの1on1の競技が追加されるという発表で、これが今日呼ばれた理由だ。
「新システムを使用して、今から会場で参加者を募集しトーナメントを行います。参加できるのは各職3名までで、キャラクターは会場が用意したものでレベルと装備等は固定されています。トーナメントの報酬はこちらになります」
それなりに豪華な報酬が画面に表示されると、会場がざわつく。
「さて、今回はPvP参加及び、解説にスペシャルゲストとして、サウザンド・カラーズのセーレさん、イーリアスのアキレウスさん、同じくイーリアスのミストラルさんをお招きしております。こちらの3名にもトーナメントに参加していただきます」
その言葉に合わせてステージに上がると、歓声が上がる。写真撮影は許可されているので、結構なプレイヤーがオレたちの写真を撮り始める。一介のプレイヤーの写真を撮ってどうするというのか。
解説者席に座って、マイクをオンにする。事前にテストしているものの、このマイクはきちんと動くのだろうかと不安になる。なんだかいける気がしてしまっていたが、冷静になって考えてみると、諸々無理があるのではという考えを振り払う。
「それでは、参加希望される方は挙手をお願いします!」
報酬に釣られてか、会場にいるほとんどのプレイヤーが挙手をする。
希望職が多い場合はまずはジャンケンで出場者を絞るということで、会場ではジャンケンが行われ、モカとマリンとバルテルはジャンケンに負けたらしく、すごすごと座席に戻っていく姿が見える。
そして、トーナメントが開始される。オレとアキレウスはシード枠なので、最初のうちは出場することはなく、行われている対戦の中から楽しそうなものを選んで解説をするだけだ。
「セーレ君、サングラスしてて対戦見えるの?」
「見えますよ」
住み慣れているとは言え、日本の環境はオレには全体的に明るいのだ。
「そう? おっ、Bブロックのパラの対戦見たいな」
アキレウスが言った対戦のパラディンとは、恐らくディミオスだ。
「相手はソーサラーですね。職相性的にはソーサラーに分がありますが、ソーサラーの方は対人には少々不慣れな印象ですね」
「グレイプニル決まったね。それで、セイクリッドシールドからの……」
「ああ、今ソーサラーのディスペルの詠唱をジャッジメントで潰しましたね。いい動きです」
その対戦はディミオスの勝利に終わったので、次の対戦の解説を始める。
解説は、やる前はどうかと思ったが、やってみればそれなりに楽しい。
しばらく解説していると自分の番が来る。
対戦相手はシオンだ。
身内だからと言って、手加減するつもりもない。シオンの職は1on1ではそれほど強い職ではないが、相手の動きもよく見ていて、動きはいい方だ。ただ、今回は緊張しているのか、新システムに馴染んでいないのかミスが目立つ。
新システムでのPvPは以前より操作量が多く、やれることが増えていて、リアル、もしくはあちらの世界の動きに近づいたという雰囲気だ。まぁ、それであれば苦労することもない。
ただ、普段使っているキャラクターと装備やスキルの強化具合が違うので、思ったよりデバフを受けてしまうし、HPも減る。ディレイも違うし、その辺は頭に入れておかなければ。と思いながらシオンに止めを刺す。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
今は、アキレウスが対戦に出ていて、解説者席にはミストラルだけだ。
「自キャラと強化状況が違うのでその辺は留意しなければいけませんが、なかなか面白いですね」
「そうですよね。あっ、Dブロックのベルセルクさん強いですよ」
ミストラルが言ったプレイヤーはきっとタケミカヅチだろう。さきほどジャンケンで勝利している姿を見た。
「ああ、いいですね。ちょっと突っ込みがちですが、駆け引きが上手いです」
相手はアサシンだ。
「あー。ウルフヘジン入りました。押せ押せですね。セーレさんならどうします?」
ウルフヘジンは攻撃速度、移動速度、攻撃力、クリティカルダメージが上がるバフで、基本的には攻撃に合わせて使用するものだ。
「相手のミラージュまだ残ってますし、オレならウルフヘジンはもう少し取っておきますね。移動速度上がるので、アサシン相手ならミラージュに合わせて回避に使います」
ミラージュはアサシンのスキルで、一定時間、敵からターゲットされなくなり攻撃を回避するスキルだ。相手はそのスキルを使ってこちらを一方的に攻撃できるので、その間は逃げに徹するしかない。パラディンの無敵と違うのは、範囲スキルは通るという点だが、範囲スキルはMPを食うし決め手には欠けるものが多いので、今日の会場の環境では使いたくない。
「あっ、ミラージュ入りましたね」
ミストラルと解説を続けていると、僅差でタケミカヅチが勝利した。自分と違うスタイルの同職の対戦を見るのは面白い。
しばらくすると、またオレの番になる。相手はレオンハルト。ここまで勝ち残ってくるとは思っていなかったが、1on1ではパラディンは物理アタッカーに強いので、このトーナメントであれば勝ち星は拾いやすい。
注意深く対戦していたものの、やはり新しい環境と普段のキャラクターとの違いで、レオンハルトがスキルの使いどころを間違えたり、MP配分をミスったりして、こちらの勝ちで終わった。
「お疲れ様」
席に戻るとアキレウスがいた。
「パラ相手はどうだったかな?」
「通常攻撃は、こちらのスキル発動と被らなければ全て避けることができるので、前より楽になりそうですね」
「それ、君だけだと思うよ」
「さて……、ミストラルさんは……」
モニターを見ると、ミストラルとクッキーが対戦している。
クッキーは普段対人をしないが、実のところ腕はなかなかいい。さすがうちの執事。であるが、さすがにミストラル相手では少々分が悪く、対人経験の差が出た結果となった。
別のモニターを見ると、ディミオスとメロンが対戦している。勝った方が次のオレの対戦相手だ。どちらの職も耐久型なので、対戦は時間ぎりぎりまで行われていて、最終的にダメージ判定でメロンが勝利していた。パラディンは魔法職には弱いので順当だろう。
そして、ミストラルと入れ替わりで、アキレウスが対戦に向かう。相手はタケミカヅチ。
先ほどのオレとレオンハルトと同じ組み合わせの職対決だ。
この対戦はアキレウスの勝利だったが、結果は僅差だった。
「いやー。目視で避けるの、セーレ君だけじゃなかったね」
そう言いながらアキレウスが戻ってくる。
次からはベスト4の対戦で、一旦休憩となったのでマリンを呼んで控室に戻る。
「ウィッグとか崩れてないかな?」
「うん。大丈夫、メイクも問題ないね」
「どうも」
「それにしても、あんた楽しそうだったね」
「うん。楽しい」
PvPは一瞬一瞬の判断で状況が変わるので楽しい。
休憩が明けて、メロンとの対戦だ。
ヒーラーは職相性では勝ちやすい方なので、心の中で「ごめんね」と謝って、叩きのめした。
次は、アキレウスとミストラルの対戦だ。
解説を一人ですることになってしまうが、ゲームのこととなるとすらすらと言葉が出てくるので何も問題なかった。二人ともいい動きをする。どちらと当たっても楽しそうだ。
勝利したのはミストラル。元のキャラクターの状態であればアキレウスが勝利したかもしれない。そういう対戦だった。このイベントは、サブ武器の有無とスキルの強化具合の差が大きい。
先に3位決定戦でアキレウスとメロンの対戦になり、これはメロンが判定勝ちしていた。
というわけで、決勝はミストラルとだ。
彼と戦うと、あの世界のことを思い出してしまう。
あの時は、緊張感が今とはまるで違ったな。と思う。
対戦は、セオリー通りなら初手はスタンを入れてくるだろう。そのスキルはこちらの突進攻撃をぶつけて潰してしまいたい。
ミストラルがスキルモーションに入る。スタンのスキルのモーションとよく似ているが、別のスキルだ。これはこちらのスキルを使わせるためのブラフだろう。この攻撃はそのまま受けてもいいか。と、走って近づいていく間にそのスキルが発動して攻撃を受ける。ホークアイの一撃は重くて結構HPを削られる。
オレもミストラルに移動速度低下のデバフを入れて攻撃をする。ミストラルはオレに対しては避けられると踏んで通常攻撃を行う気が一切ないらしい。オレの攻撃もそこそこ避けられるが、相手のスキルモーション中に合わせて攻撃すれば問題ない。
次にミストラルが毒を付与するスキルを使ってくる。DoTダメージは厄介だが、スタンを受けるよりはマシだなと思って、そのまま受ける。お互いのHPが半分くらいになったところで、ミストラルはバックステップで後ろへと逃れ、フライクーゲルを使ってくる。7回ダメージが発生するスキルだ。このキャラクターの状態だと、全て受けたら恐らくこちらのHPが尽きてしまう。回避するには、突進で潰すか大きく移動して範囲外に逃れるかだ。
だが、7発全て着弾するまでには時間があるので、避けずに攻撃を受けながら強化バフを使ってHPが3割以下になったところでグラウンド・ゼロを使用して、読み通りその一撃でミストラルが倒れる。
VRの装置を外して、会場に戻ると大きな拍手と歓声が起きている。
「優勝は、セーレさんです! どうですか、お互いに対戦してみた感想は」
司会がオレとミストラルに話を振ってくる。
「いやー。完敗です。最初、引っかかってくれなかったですね。最後そのまま押し切られるとは思いませんでした。相変わらず状況判断能力がすごくて、反応速度がやばいです。HP調整からのグラゼロありがとうございました」
「対戦ありがとうございました。押し切らないと、じり貧になると思いましたので」
「それではベスト4の皆様、こちらへ」
4人がステージに集められてインタビューが始まる。まずはアキレウスから。
「では、お名前と感想を」
「アキレウスです。4人中3人が解説者でいいのかな? という気はしますが、対戦も解説も楽しめました。ありがとうございました」
続いてメロンにマイクにマイクが向けられる。
「えーっと、プレイヤー名は秘密で……。新しい配置は慣れない部分もありましたが、できることが増えて楽しかったです。皆さま強かったです。アップデート楽しみにしています」
メロンの言葉の後に、客席から「あの人、イーリアスのメロンじゃね?」などと聞こえてきて、メロンが一瞬渋い顔をする。
次はミストラルが喋る。
「改めまして、ミストラルです。反省点はいくつかありますが、セーレさんとの対戦とても楽しかったです。アプデ来たらゲーム内でまたリベンジしたいです」
ミストラルが話し終わると、オレに目配せをしてくる。適当に当たり障りのないことを言っておこう。
「セーレです。トーナメントお疲れ様でした。新システム、なかなか楽しめました。ゲームでは装備やスキルの強化状況も異なりますし、その状態でまた戦ってみたいですね」
「皆様、ありがとうございました。せっかくですので、記念撮影を」
オレたちの両隣にコスプレをしたコンパニオンが来て、カメラを持ったスタッフが移動してくる。
メロンが落ち着かなさそうに、オロオロとしていてアキレウスが笑っている。
「セーレ君、せっかくだしサングラス取りなよ」
「嫌です」
「えー。皆、セーレ君の顔見たいよね?」
アキレウスが大きな声で言うと、観客が「見たいー」と声を上げるが、乗ってやろうという気持ちは起きない。サングラスを取らないでいると、アキレウスが上から手を伸ばしてくるので掴んで止める。
「ファンサービスしなよ。どうせ、ゲームと同じ顔なんだから、見られても困らないよね?」
「お断りします」
本気でサングラスを取り上げるつもりらしく、アキレウスが結構な力で手に力を込めてくる。体格差があるので、このまま耐え続けるのは分が悪い。投げ飛ばすかと思っていると、あらぬ方向から手が伸びてくる。
「えいっ」
メロンがオレのサングラスを取っていった。
「ちょっと……! メロンさん!」
「あ」
「あ……」
「あー」
他の3人が上げた声で気づく。メロンは名前を伏せていたのに、うっかり言ってしまった。
「す……すみません」
「まー、もうバレてそうなのでいいですよぅ。このまま写真撮りましょう」
顔を知られたくないという気持ちはよくわかるので、申し訳なくなって落ち込む。
「セレさま」
「はい」
「カメラに向かって微笑んでくれたら許してあげます」
「……はい」
表情を作るのは得意なので、メロンに言われた通りに笑顔を浮かべる。
撮影が終わったあとでアキレウスが言う。
「メロン君、優勝」
「えへへー」
「いや、ほんとすみません。晩ご飯奢ります……。あと、サングラス返してください。照明眩しい……」
「だめですー」
そんなこんなで、その後は閉会式になってイベントは終わった。
イベントの後は、ギルドメンバーと、アキレウスとミストラル、メロンとで飲みに行くことになって、街の中を歩いて行く。
歩いていると、近くから女性の声をする。
「あーっ! セーレ様」
振り返ると女性が2人こちらを見ていて、顔には見覚えがある。あちらの世界で酔っぱらった時に一緒に飲んだ女性たちだ。
「ああ、ユーノさんとカルティエさん。ご無沙汰しています」
オレがそう言うと二人は不思議そうな表情になる。
「あれ? 声」
「あれは、ボイスチェンジャーで……」
「なんだー。私たちてっきり騙されてたのかと思っちゃいました」
以前、うっかり中身は女だと伝えた件についてだろう。
「騙してないです。今日の恰好も変装なので、内密にお願いしますね」
「内密にする代わりに写真撮っていいですか?」
「……はい」
サングラスを取って、二人の要望に応える。
「うわー。美人」
「えっ、その目、自前ですか? めちゃくちゃ綺麗ですね」
適当に返事をして二人が満足して去っていったところで、再びサングラスをかける。
「あんた、ほんと女子落とすの得意よねー」
「落としてない。あー……そうだ。ここイベント帰りのプレイヤー多いですよね? オレの家で飲みません?」
できれば、もう他のプレイヤーとは遭遇したくない。
自宅まで距離はあるものの、皆の承諾が得られたので、途中で買い出しをしてから家に行くことになった。
「あー、解放された」
ウィッグを取って、服を普段の物にして、メイクを落とすと、ミストラルがじろじろと見てくる。
「なんですか」
「こうしてみると、確かに女性ですね」
ミストラルは少々デリカシーがない。
「悪いですか?」
「いえ、とても綺麗です」
「はぁ……」
「それより、今日のPvPですけど」
まるで、オレの容姿がどうでもいいというようにミストラルが話を変える。これは、なかなか新鮮な扱いだ。
そして、ミストラルはPvPの話を楽しそうに始める。まぁ、オレもそれは楽しいので話に乗るし、この人こんなに喋る人だったのかと思う。
しばらくミストラルと話していると、モカが携帯を持ってこちらにくる。
「セーレさん、セーレさん」
「なんですか」
「セーレさんの写真めっちゃ流れてくるっす。名前で検索すると楽しいことになるっすよ」
モカの言葉に思わず無言になる。
モカから携帯を借りて、検索画面を適当にスクロールしていく。自分の写真がいっぱい並んでいて、コメントが書かれている。
主に容姿について。あとはPvPの解説してるの楽しそうだったとか、メロンに謝っている姿が可愛いかっただとか。
なんだかよくわからないコメントもあるが、それを見て、やはり行くべきではなかったのではないかと思い始める。ゲーム内で話しかけられたら面倒だなとも。まぁ、話しかけられてもいつも無視しているのだが、数が多くなるとうんざりする。
「セーレさん、SNSやんないんすか?」
「やる予定は……」
言いかけて少し思案する。
「シオンさん。オレのゲームのキャラのスクリーンショット持ってませんか? 持ってたら送ってください」
「あるけど、なんで?」
やっぱりあるのか。
「アカウント作るだけ作ろうかなって」
「わー。セーレさん作るならフォローする」
「作るだけです」
モカにどのアプリを入れるのかを聞いて、プロフィールを作成する。
アイコンはシオンに送ってもらったものにして、プロフィールにこう書く。
『交流する気はないので、ゲーム内で話しかけないでください』
「もうちょっとオブラートに包んで書きなさいよ」
「オブラートに包んだら、話しかけられちゃうでしょ」
「あと、それだけだと本人かどうかわからないっすよ」
そういうものなのか。
「えーと、じゃあ……」
部屋に行って自分のインベントリやショートカットが映っているスクリーンショットを撮ってきて、それを投稿しておく。
「うわ、セーレ君キモい。レーヴァテイン何本あるの?」
「わぁ。ショートカットこういう感じなんですね」
「ここまでくるとコラに見えるよな」
アキレウス、ミストラル、レオンハルトがスクリーンショットを見ながらそれぞれ意見を述べてくる。
「あ、セーレ。今朝撮った写真投稿しなさいよ。本人っぽいでしょ」
「いや、写真は……」
「すでにネットに出回ってるんだから渋る意味ないでしょ」
それはそうなのだが……。
マリンから送られてきた当たり障りのない写真を選んで『イベントお疲れ様でした』と投稿しておく。
「うーん……」
自分の写真だけ載せておくのは嫌だなと思って、携帯でアキレウスとレオンハルトが談笑しているところを撮影すると、音に気付いてレオンハルトがこちらを向く。
「何?」
「本人っぽさの足しに?」
「え、投稿するつもりなの?」
「レオさんも会場で話しかけられていましたし、顔知られているからいいでしょう」
「えーっ」
「いいじゃないかレオ君。セーレ君のSNSデビューだよ。他のショットもいるかい?」
「いらないです」
二人の写真に打ち上げ中の文字を添えて投稿しておく。
「もーっ」
レオンハルトは本気で怒っている様子もなく、またアキレウスと話を始める。
それから、オレは少し皆から離れて、楽しそうにしている全員の姿をカメラに収める。
「わーっ!? セーレさん、写真アップしないでぇええっ」
「セレさま、やめてくださいー!」
オレの動きに気付いたシオンとメロンが悲鳴を上げる。
「大丈夫です。これは自分用です」
この風景がいいと思ったから。
柄にもなく、記録しておきたいと思ったのだ。
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