マリンの客

 わたしはマリン。美容師をしている。時に面倒なこともなくはないけれど、やりたくてなったものだし基本的には楽しい。

 仲の良かった皆が新しい環境になったりして、少し羨ましさはあるものの、以前から変わらないこの環境が好きだというのは幸せなことなのかもしれない。


 本日の客はセーレ。美容師になってから、かれこれ数年彼女の髪の世話をしている。

 セーレは、頭がよくて運動神経もよく、何か教えればすぐにわたしの上を行ってしまう天才だ。それでも、不器用な部分や抜けている部分があるのが愛おしい。

「今日はどうする?」

「任せるよ」

 いつも通りの答えだ。セーレは、あまり髪型にこだわりがない。

 さらさらのプラチナブロンドの髪は、天然の物で艶やかだ。大人になっても色が変わらないのは珍しいと聞く。

「もっと伸ばせばいいのに」

「手入れ面倒だし」

 何度か提案したが、昔からこの調子だ。

「まーそうだけどー」

「どうせなら染めてみたいな。黒とか」

「それはダメ」

 黒は黒で似合うだろうが、この髪を染めてしまうのはもったいない。

「なんで? 七海ななみは染めてるでしょ」

「わたしは、あんたの髪が好きだから染めないよー。あと、あんたこまめに染め直すとか無理でしょ」

「そうだね」

 セーレはその辺は、なかなかずぼらだ。本当に外見を売りにする職業をしているのかと、問い詰めたくなることもある。

ゆう。明日、空いてたらカラオケいかない?」

「明日はシャノさんとこ」

「何、新曲でも作るの?」

「ピアノのコンサートのチケットもらって」

「ちょっとー! わたしも誘いなさいよ~!」

「ああ。そういえばチケット二枚あるから一緒に行けるね」

 鏡越しにセーレがふっと笑う。

「何、からかったの?」

「まさか」

 セーレとは付き合いは長いが、未だに何を考えているのかよくわからないところはある。でも、近頃は昔よりずいぶんと楽しそうだ。



 本日の客はモカ。

 家からは遠いだろうに、最近来るようになった。家から遠かろうが、楽しく話ができるところがいいらしい。

 モカはあちらの世界でも可愛らしかったが、こちらでも可愛らしい。性格はちょっと幼いところもあるかなーとは思うけれど、人のことは言えない。

「マリンさ……」

「わーっ!」

 同僚の前で、ゲームの名前を呼ばれるのは恥ずかしくて、モカの言葉を遮る。

「は……七海さん」

「はい」

「この髪型がいいっす。あ、でもボリュームはもう少し少なめで、色は今のと同じのがいいっす」

 モカが携帯に画像を表示させながら言う。

「りょーかい」

 モカはイメージがしっかりしているし、自分に似合う髪型も把握していて、すらすらと伝えてくる。美容室にくる頻度も高いし、そこらの女子より美容に気を使っている。セーレやシオンには是非とも見習ってほしいところだ。

「そういえば、この前、七海さんが言ってたブランドの化粧品試したんすけど、めっちゃよかったっすよー。ねーちゃんも、すげーって言ってたっす」

「おー、よかった。でも、少し値が張るのだけネックだよね」

「そうっすねぇ。臨時収入なかったら買ってなかったかも」

「ああ、あのバンドの衣装?」

 セーレとシャノワールの依頼で、モカが服をデザインしていて、その支払いだろう。

「そうそう」

「そういえば、その時の契約の書類。かーちゃんに見せたら、詐欺じゃないかとかめちゃくちゃ疑われたっすよ~」

「あはははっ。確かに、学生に来る話じゃないかもね~。そーちゃん、有名になったらサインちょうだい」

「いやー、ボクのは価値ないと思うっす。それに、ボクよりそちらの親友さんからもらった方がいいんじゃないっすか?」

「あいつは、サービスしてくんないから……」

「ほんとあの人、サービス精神ないっすよね」

「特に、あいつわたしの扱いが雑すぎるんだよ……」

「それだけ、信頼されてるってことじゃないっすか?」

「どうだか」

 そうは言ったものの、モカの言葉に少し照れて口元が緩む。



 本日の客はレオンハルト。

 ゲームで出会った頃は、頼りないナイトだったけれど、あちらの世界ですっかり逞しくなって、頼れるナイト様になったな。と思う。この人がいなければ、戦争に勝つことも、元の世界に戻ることもできなかったかもしれない。しかし、本人はその辺は特に意識していないようで、なかなか謙虚だ。その辺も皆から好かれるところなのだろう。

「よろしくお願いします」

「なんで、敬語なのよ」

「いや、なんとなく……」

 店に初めて訪れたレオンハルトは、少し落ち着かない様子だ。

「知り合いの店って、ちょっと変な感じ」

「そう? 知り合いよく来るから、わたしは変な感じしないな~。で、どうする?」

「特に希望はないんだけど……」

「カラー入れるって言ってたじゃん」

「う、うん……」

「やっぱ赤?」

「それはない」

 ゲームのキャラクターの髪の色を言うと、すぐさま否定される。

 まぁ、それは予想通り。

「あまり派手じゃない方がいいな」

「んじゃ、この辺?」

 サンプルを指さして、聞いてみる。

「えーっと……。これかこれくらいかな」

「オッケー。染めるの初めて?」

「いや、大学の時に染めてたよ。今の会社ゆるいから染めようかなーって」

「なるほどねー。あっ、そうだ。遥斗はるとくん」

 わたしが本名を呼ぶと、レオンハルトはなんとも言えない表情をする。

「何?」

「やっぱ、本名呼ばれるの恥ずかしいんだー?」

「誰から聞いたの……」

「悠」

「あいつ~」

「ねーねー。遥斗くん、わたしの本名呼んでみてよ」

「……黄野瀬きのせさん」

「えー、なんで苗字なの?」

 恥ずかしそうに言うレオンハルトの表情に、ニヤニヤとしながら聞く。

「いやー。女性だと、下の名前で呼びづらい……」

「名前の方が好きだから、名前で呼んでよ~」

「な……七海さん」

 なかなか可愛らしい反応だ。

「はーい」

 わたしが返事をすると、レオンハルトはため息をつく。

「そういえば、悠がさー。ゲームだと呼び捨てなのに、リアルだと悠さんって呼んでくるの解せないって」

「だって、あれは……男だと思ってたから……!」

「友だちなら別にいーじゃん?」

「よくない」

 まぁ、レオンハルトのこういうところは嫌いではないが、そこは歩み寄ってもよいのではないかと思う。

 カットして、カラーを入れ終わって、鏡に映ったレオンハルトの姿を見ながら言う。

「うんうん。めっちゃイケメン」

「そういうの、やめてって」

 レオンハルトが恥ずかしそうにするので、笑ってしまう。レオンハルトは年上の頼れるお兄さんだが、こういうところは可愛らしい。



 本日の客はシオン。

 皆と出会った頃のレベルを聞いた時は耳を疑ったが、その後の行動で納得した。レベリングはもちろん、金策にも余念がなく、実にゲームに向いているタイプだ。

 見た目や喋り方はほんわかしているのに、そんな顔でセーレと一緒に1日に10時間くらい狩りをしていることもある。

 シオンは、レオンハルトと同じく初めて店に来たので、どことなく落ち着かなさそうな雰囲気だ。

「長さ希望ある?」

「うーん。結べるくらいで」

「前髪は?」

「えーっと……どっちでもいいかなぁ」

 明確なイメージはなさそうだ。

「カラーはどうする? 予約にあったよね」

「入れたいなーって思うけどよくわからなくて~。ハイライト入れるだけならこまめに通わなくても平気かなぁ……?」

「そうだねぇ」

「えーっと、この写真くらいのがいいかな」

 雑誌を開きながらシオンが言う。

「オッケー。ところで、前回切ったのいつ?」

「あー……半年くらい前かなー? いや、イベントの前だったから……。もっと前かも。えへへー」

 まぁ、そうだろうなとは思っていた。

 この子は、なかなか外に出ないタイプだ。

「美容室行くの苦手で……。美容師さんと世間話できなくもないけど、話合わせるの面倒なんだよねぇ~。特にリア充寄りの人とか話すの怠くって~」

「わたしは、色々な人と話できるの好きだけどな~」

「むり……」

「あはは。それこじらせたのがあいつだからなー」

「ああ、会った頃はぎこちなかったなぁ……」

 話の人物は、もちろんセーレのことである。

「あー。あと、メロンちゃんも結構人見知り」

「へぇ~。意外」

「そういえば、この前レオくん来て髪染めてったよ」

「どんな色にしたの?」

「んー、これくらいのかな」

 適当に雑誌を捲って、写真を広げる。

「なんだー。赤くしないんだね」

「会社がどうこうって言ってたわ」

「まー。厳しいとこは厳しいよね。私はあまり外出ないから、派手なのでもいいかなーって思ったけど……」

「おっ、紫色にする?」

「しーまーせーんー」

 少しむくれながら笑うシオンに、私もつられて笑う。



 そんなこんなで、大した事件もなく日々平和に過ぎていく。

 わたしは人といるのが好きだから、皆とゲームの外で会えるのは嬉しい。

 これからも、この心地よい関係は続いていくのだろう。

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