第126話:友

 ある日、皆の予定を合わせて、オフ会をすることになった。

 待ち合わせ場所に行くと、セーレとマリンらしき人物が駅前にいる。

「おっ、リアルでは、はじめましてー」

 ゲームのマリンと同じ声で手を振る人物は、顔もゲームとよく似ている。ぱっちりとした黒い瞳に、茶色に染められた長い髪は先端に行くほど明るいグラデーションになっている。服装は白のゆったりとしたトップスに、モスグリーンの長めのスカートだ。

 隣にいるセーレは、以前偶然にも会った時と似たような出で立ちだ。相変わらずボーイッシュな雰囲気で、今日もサングラスをかけている。

「レオくん、黒髪だと真面目っぽさあるよね」

 マリンが俺の顔を見上げながら言う。

「ゲームだと不真面目に見える?」

「そんなことはないけどー。同じ色に染めてあげよっか?」

「お断りします」

 さすがに会社に行けなくなる。

「そうだ、見てよ~」

 マリンがセーレを引っ張ってきて、セーレのサングラスを外して俺の前に立たせる。

「この子、リアルでも美人でしょー!」

「あー……うん」

「反応薄いね」

「いや、実は前に仕事帰りに偶然会って……ね」

「えーっ、そうなの? 言いなさいよセーレ」

「今、話したからいいでしょ」

「よくない」

 二人と話していると、駅の出口からモカとシオンも出てくる。

 モカとシオンは同じ電車に乗っていたことに途中で気づいたらしく、仲良くこちらに歩いてくる。モカは全体的にだぼっとして身体のラインのわからない服を着ていて、シオンは先日会った時と似たような服装をしている。改めて見ると、年齢こそ違うがシオンもゲームの面影がある。

「うわ、モカちゃんリアルでも可愛いね」

「え、えへへ~。ありがとうっす。マリンさん髪めっちゃ綺麗っすね。それから……」

 モカがちらりとセーレを見る。

「まじで、その顔なんすね……やば……。身長高いし……。ていうか、えっ、ハーフ?」

「ええまぁ……。そうですけど」

「あー、じゃあ行こうか」

 セーレにとっては、そんなに好きな話題でもないだろうと、話を強引に切り替える。

「セーレさんのおうち楽しみだな~」

 シオンが嬉しそうにセーレの隣に行く。

「あっ、シオンさん。相手が女性だからって知らない人について行ってはいけませんよ」

「あの時のはセーレさんだったからノーカンでー! それに、この顔になら詐欺とかにあってもいいかな……って思ったし」

「よくないですよ」

「あれは、セーレも悪いだろ。もう外で飲みすぎるのはダメ」

「……善処します」

 そんな調子で会話しつつ、セーレの家に向かう。

 バルテルは先に飛行機でセーレの家に来ていて、クッキーと一緒に家で待っているらしい。


 高級住宅街を歩いて行くと、その中の豪邸のうちの一つの前で、セーレが足を止める。

「ここです」

「うわー。ガチ豪邸っすね……」

 ぐるりと塀に囲まれた洒落た洋風の庭付きの家がそこにあった。庭には花壇やベンチもある。

 セーレが門の扉に手をかけると、シェパード二頭が走ってきて、モカが俺の後ろに隠れる。

「犬怖いの?」

「お、大きいし」

 シェパードは尻尾をブンブンに振っていて、遊んでほしそうにしている。吠えもしないので番犬になるのか疑問だ。

「俺は好きだけどな~。触っていい?」

「かまいませんよ。Sit」

 セーレが言うと、二頭はお座りをして待機する。

 扉を開けても二頭はお行儀よく座っていて、尻尾だけパタパタと振っている。

 シェパードを撫でると、しっかりとブラッシングされた手入れの行き届いた毛並みで触り心地がいい。

「お利口さんだねぇ」

 シオンもシェパードを撫で始める。

「クッキーさんが躾ていますからね」

 俺がシェパードを撫でているので、モカはセーレの後ろに隠れる。

「ふふっ、行きましょうか」

 モカの様子を見て、セーレが家の玄関へと歩いて行くので、俺たちも続く。

 家に入ると、先日セーレを迎えに来た男性と、バルテルに顔から体型までよく似た人物が出迎えてくれる。

「はじめまして。クッキーの中の人でございます」

 今回会う中では、一番ギャップのある人だ。きっちり整えられた白髪交じりの髪に、フォーマルな衣装を着ている。

「どうも。見ての通り髭のないバルテルじゃよ」

 バルテルは、柔らかい茶色に染めた髪をオールバックにして、眼鏡をかけている。ラフなシャツにチノパンというこの家の中では、なかなかに浮いた服装だ。自己紹介の通り、髭はない。


 案内された大きな部屋は、アンティーク調の家具が置かれていて、明るさを抑えた落ち着いた色の照明が、部屋を柔らかく照らしている。

 部屋には、この場にいる全員が座っても空きができるであろうL字に配置された長いソファとホームシアターのような大きなテレビが置かれていて、部屋の端にはそれとは別にテーブルと椅子も置かれている。

「どうぞ、お好きなところに」

「広すぎて落ち着かないな……」

 俺がソファの端に、ちょこんと座ると、モカも隣にちょこんと座って頷く。

「そんな窮屈そうにしなくていいって」

 マリンが持参した菓子をソファの前の机に広げて、だらりとソファにもたれかかる。

 この家の住人であるセーレより、よほどくつろいでいる。

「想像していたオフ会とちょっと違うなぁ……」

 シオンも落ち着かなさそうにキョロキョロとしている。

「ギルドハウスみたいなもんだと思えばいいよ~」

「そう言われると、そんな気はしなくもない」

 大きな部屋で、皆といるのは久々のことだ。

「どうぞ」

 クッキーが皆の好みに合わせた飲み物を置いていく。

「ありがとうございます」

 これも、もう慣れたやりとりだ。

「いやー……なんか……」

 皆の顔を見てしみじみとする。

「リアル戻って来られた……って言うのかな。実際には俺たちじゃない俺たちだったけど……」

「あれもボクたちだと思うっすよ」

「ええ、オレもそう思います。ああ、そう言えば……。今さらですが、主催お疲れ様でした」

 セーレが思い出したように言う。

「おつかれさま~」

「おつかれっす」

 皆が口々におつかれの言葉を口にする。

「あ、ありがとう。でも、結局あれでよかったのかな……」

 俺自身には不満はないが、どうしてもその点は引っかかっていた。

「オレは、よかったですよ。これで」

「うん。ボクも。あれがなかったことになってたら寂しいし」

 セーレとモカが、ポテトチップスをシェアしながら言う。この二人は今でも喧嘩することはあるが、なんだかんだ仲はいい。

「あっちの世界のわたしたちは消滅したんじゃなくて、一緒になったって思っておけばいいんじゃない? わたしは今が楽しいよ」

「私も、こっちで色んなことできて、皆とゲームできて楽しいよ~」

 マリンとシオンがニコニコと笑う。この二人はリアルでもよく一緒に出かけるようになった。

「そうじゃのう。こっちじゃと体力ないのが玉に瑕じゃが。思い出として話せるのは、いいもんじゃよ」

「皆様が楽しそうにしているのであれば、わたくしはどこにいても十分でございます」

 バルテルとクッキーも穏やかに答える。

 皆の言葉に、胸が温かくなる。

 あちらの世界で手に入れた絆や思い出は、誰が何と言おうと本物だ。


「うん。ありがとう」


 皆が俺に笑顔を向け、俺も皆に笑顔を向ける。

 大きな窓からは柔らかな午後の日差しが差し込んでいて、穏やかな時間が流れるこの空間は、世界や姿かたちは違えど、あちらの世界で感じた温かな空気で満ちている。


 一緒にいても、離れていても、きっと皆とならこの先も楽しくやっていける。

 ゲームでも、ゲーム以外でも。



【完】

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