終章 望みの世界

第121話:メンテナンス1

「んん……」

 どうやら寝落ちしていたようだ。

 目を開くと、メンテナンス画面になっている。

「何してたっけな……」

 確かフレイリッグ討伐の後にセーレの家に行って、マントを見せてもらって……。

 ああ、確かそこで運営アナウンスがあって、サーバーに異常が発生したため緊急メンテナンスだとか。

 時計を見ると寝落ちしていたのは、ほんの数分のようだ。

 公式サイトを見てもメンテナンス終了時刻は未定で、フレイリッグの討伐で疲れもあるし、いい時間だし今日のところは寝てもいいか。

 そう思って電源を切って、布団へと潜り込む。



 翌日、会社へと向かう電車の中で公式サイトを再度チェックすると、相変わらずお知らせにはメンテナンス中と記載されている。深夜からご苦労なことだ。

 家に帰るまでに復旧しているといいな。と思いながら、仕事をこなす。

 昼過ぎに携帯にモカからのメッセージがきていた。

 メンテ長すぎだとか、皆どうしてるかな。といった内容だ。適当に返事を返して、また仕事に戻る。

 仕事中はどうせできないのだからメンテナンスがまだ続いていようが、その時はわりとどうでもよかった。

 しかし、帰宅時間になってもメンテナンスは継続していて、一部データに破損があり復旧に時間がかかっていると追記されていた。機器交換のために数日を要する可能性があるとも。


 そのお知らせの通り、数日経ってもメンテナンスは継続されていて、ログインできないままだった。家に帰っても一番の楽しみがないと、手持無沙汰でモカに薦められたアニメを見たり、珍しくSNSやまとめサイトを見たり、久しぶりに料理をしたり、部屋の片づけをしたりなどしていた。

 親からゴールデンウィークに実家に帰ってこないかという連絡があったが、帰れば小言をもらうので面倒くさいな。と、適当に理由を付けて断った。盆か年末年始に帰ればいいだろう。


「はぁ……」

 今日は残業で少し帰りが遅くなってしまったが、まだメンテナンスは継続中だしいいか。と、夜でも人通りの減らない街中を歩いていく。

 ぼんやり歩いていると、前方から外国人らしき人物が歩いてくる。銀に近い天然のプラチナブロンドのショートカットの髪が美しくて目を惹く。その人物はサングラスをかけ、白と紺のストラップ模様のシャツの上から黒いテーラードジャケットを着て、それと同じ色のタイトなパンツを履いている。脚が長くてスタイルがいい。

 外国人は夜でもサングラスしているなぁ。顔の輪郭からして美青年だろうな。と、少し顔を見てみたくなって、すれ違う時にちらりと見て衝撃を受ける。

 まるで作り物のような端正なその顔立ちには見覚えがあった。

「セーレさん!?」

 びっくりして思わず声に出してしまうと、すれ違った人物が足を止めて、首を傾げて俺の顔を見る。

「あ、す、すみません。知り合いに似ていたもので……」

 俺の言葉に、その人物は俺の目の前まで歩いてくる。

「ああ、その声……とその顔。レオさんですか? 合ってますよ。セーレで」

 その口から出た声はゲームの声とは違う、耳に心地よい低音の女性のものだった。

「え、あれ?」

 セーレの身長は俺より気持ち低い程度で、すらりとした体型はぱっと見どちらにも取れる雰囲気だが、よくよく見れば肩幅は男と比べれば華奢だし、胸元はそれほど目立たないが、なくは……いや、そこを見るのは失礼だと視線を外す。

「じょ、女性だったんですね……」

「男と思って声をかけたのですか? 失礼ですね」

 そう言って、セーレはサングラスを外して、胸元のポケットにつるをひっかける。たったそれだけの所作があまりにも美しい。

 セーレの顔立ちはゲーム内より多少雰囲気が柔らかく、中性的ではあるが女性らしい雰囲気が感じられる。とは言え、目元は釣り目がちでシュッとしていて、目力がある。長い睫毛に彩られた青い切れ長の目が俺をじっと見ている。

 セーレの外見は外国人っぽく見えたものの、どことなく日本人っぽさもある。流暢な日本語からして、ハーフか何かなのだろうか。

「あああああ、ゲームの印象と……えっと、服装で誤解しました。いや、本当に……すみません」

 セーレに対して大変失礼なことを言ってしまったと気付いて、慌てて言い訳をする。

 慌てる俺と対照的に、セーレの視線からは冷ややかで無感動な印象を受ける。だんだんと居心地が悪くなってきた頃に、セーレがフッと口の端を上げる。

「ふふっ。すみません、からかっただけですよ」

「え、はい……」

 セーレは、笑うと雰囲気が柔らかくなって、印象が変わる。先ほどまでは近寄りがたい印象を受けたが、それが薄れた。

 そんなことを思っていると、後ろから声がする。

「ちょっと、セーレ君。先に行かないでくれたまえよ」

 振り向けば、直前まで通話でもしていたのか、携帯を耳元から降ろしながら急ぎ足で歩いてくる男がいた。長身で短い金髪の男の顔にはこれまた見覚えがあったし、声も先日フレイリッグ討伐の際に聞いたものだ。ゲームと違うところと言えば、瞳の色が黒いのと、四角いフレームの眼鏡をかけているところくらいだ。服装は白いシャツの上からワインレッドのカーディガンを羽織って、足元は黒いジーンズだ。

「一人で帰れますってば」

「いやいや、この方向はタクシー乗り場じゃないよね!?」

「あれ……」

 セーレが周囲の景色に目を向けて首を傾げる。

「アキレウスさん?」

 俺の声に、アキレウスがこちらを見る。

「えーっと」

 アキレウスは俺のことに思い当たらない様子で、俺のことをじっと見ている。

 ゲーム内では討伐でしか顔を合わせていないから、わからないのは仕方のないことだ。

「レオンハルトさんですよ」

 俺の代わりにセーレが説明をする。

「ああ、なるほど。レオ君か。髪の色が違うと印象が違うものだね。もちろん、服装も違うし……。仕事帰りかい?」

「はい……」

 一人だけスーツなのが少し恥ずかしくなる。

「セーレさんたちは?」

「アキさんの誕生日祝いをしていました」

「おお、おめでとうございます」

「ありがとう。本当は少し先なのだけれどね。ゲームがないと暇だし、ゲーム再開したら再開したで外に出てこなくなる子が多いものでね。セーレ君とかメロン君とか」

「そうですね。アキさんの誕生日よりはゲームがいいです」

 セーレがにこにこと笑う。

「……という具合さ」

 アキレウスが、やれやれといったポーズを取って大げさに手を広げる。

「それで、先ほどまで時間の都合がついた人たちと一緒に飲んでいてね。……と、レオ君はセーレ君と会う約束でもしていたのかい?」

「ああ、いえ……偶然見かけて」

「それは、素晴らしい偶然だね」

「いやー、突然名前呼ばれて、びっくりました」

 セーレがへらへらと笑う。なんだかゲーム内で話した時と印象が違うなと思う。

「レオさん、せっかくだし一杯いきますか?」

 セーレが俺に微笑みを向けてくる。

「いいですね」

 どうせ、帰ってもゲームはできないし、終電までは時間はある。

「ちょっと、セーレ君。君はもう飲んじゃダメ」

「あと一杯や二杯くらい、変わりませんってば」

「ダメダメ。もうだいぶ酔ってるでしょ。ごめんね、レオ君。飲みには付き合うけど、この子にはもう飲ませないようにしてくれるかな」

「は、はい」

「いやいや、レオさん。そこはオレに味方してくださいよ。一緒に飲みましょう」

 一人称、リアルでもそのままなんだなと思う。

「え、ええっ?」

「ね?」

 セーレが俺を見つめて、人懐こい笑みで微笑む。まるで映画のワンシーンのような美しさに、俺は思わず頷いてしまった。

「こら、レオ君。だめだって。言っておくけど、それ悪魔の笑顔だからね? もー、セーレ君は酔っぱらうとなんでこうなるんだい!? 普段のクールさどこに置き忘れてきたのかな!?」

「んー。その辺に」

 ゲーム内と印象が違うと思ったのは、どうやら酔っぱらっているからのようだ。そういえば、二人からは微かにアルコールの臭いがする。

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