第120話:終焉
ドンと空気を振動させながら大砲の弾が発射され、フレイリッグの頭に当たる。セーレにも当たったが、さすがと言っていいものかは迷うが、一発では死にはせずにまだHPが少し残っている。
次弾の準備が整うと、躊躇なくディミオスがまた大砲を撃つ。
セーレのHPが尽きたことを確認したフレイリッグが、面白くなさそうにセーレを遠くへ投げ捨て、セーレは岩の内側に落ちていってしまった。セーレを探しにいける状況でもないので、そこから視線を外してフレイリッグを見る。
「……では、こちら側にいる人。大砲で岩に攻撃をお願いします。銃を持っている人はフレイリッグに攻撃を」
近くにいるプレイヤーに指示を出して、俺も銃に持ち変えてフレイリッグの頭を狙う。
「ブチ殺してやる。フライクーゲル!」
マリンが憎しみに満ちた瞳でフレイリッグに向けて矢を放ち、他のメンバーも銃を撃ち始める。
大砲によって、徐々に岩が破壊されていって、フレイリッグの身体が半分ほど見えてくる。
「待機中のパーティーも攻撃再開してください」
俺の指示に、向かいからも攻撃が再開されて砲撃の音が響き渡り、岩が飛び散り始める。
「アキさん、ディミオスさん。そろそろ」
俺と同じように銃を撃っていた二人が剣と盾に持ち変える。
フレイリッグの前に行くと、セーレの大剣が落ちていて、フレイリッグに対して暗い気持ちが沸きあがる。
俺たちの背後から頭上を大砲の弾が飛び越えていって、岩をさらに破壊してフレイリッグに当たる。
「ああ、ああ、人間とはつくづく気に食わぬ生き物だ」
フレイリッグが唸って、口の中にわずかに火が浮かぶ。だが、それは雨に消されてすぐに見えなくなって、フレイリッグは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
フレイリッグは通常の攻撃に加えて、時折岩を前足や尻尾で弾き飛ばしてきて、それが後衛や壁に当たって崩れるが、すぐに立て直しされていく。
俺たちの背後にいるパーティーは、自然とばらけて被害を抑えるように動いていく。
落ち着いて対処すれば脅威ではない。
上空を旋回していたウィンダイムが、砲撃が続いている岩の隙間に、巻き込まれるのもかまわずに飛び降りて行って、少しすると浮上してくる。
手の中に何かを大事そうに包んで帰ってきて、後ろのパーティーの方に降りていく。
「リザレクション!」
モカの声が聞こえて、次にバルテルがバフをかけなおしていったことから、セーレが生き返ったのだろう。岩に埋もれてしまう前に助け出せてよかった。と、ほっとする。
間を置かずに背後から走ってくる足音がして、セーレが大剣を拾い上げてフレイリッグにスキルを叩き込む。
「セーレ、下がってて」
「もう、攻撃受けませんよ」
「あまりスペースないし、主催命令」
確かにセーレはもう攻撃は受けないかもしれないが、それでもあの光景を見た後では、もう前に立たせたくはない。
「……了解」
セーレが去ったあとで、ディミオスが笑ったような声が聞こえてくる。
「何か?」
「いいや。この人数だから、彼のデバフなしでも討伐速度にそれほど影響が出るとは思えないから、よいのではないかな」
ディミオスの言ったとおり、フレイリッグは集中砲火を浴びてHPが残り三割を切っていて、段々と動きも鈍くなって攻撃の頻度も下がってきていて、特殊な攻撃をしてくるようなこともない。
最後の方はあっけないものだった。
ほとんど動けなくなったフレイリッグに大砲と銃弾の雨が降り注いで、そのままフレイリッグのHPがゼロになる。
倒したという実感があまりないまま、地面に横たわったフレイリッグの死体を見つめていると、フレイリッグの目が開く。
「な」
フレイリッグの様子に、俺を含めた周囲にいるプレイヤーたちが一歩下がる。
「フン……。貴様らの勝ちだ。さぁ、願いを……」
その言葉に、皆が期待を込めた雰囲気でざわざわとし始める。
「では、俺たちを元の世界に戻してくれ」
俺の言葉にフレイリッグが目を閉じる。
そして、しばらくして再度目を開くと笑いだす。
「ふ、ふはははは!」
「何が、おかしい」
「ああ、ああ。おかしいとも」
フレイリッグが、低く唸るような声で言葉を続ける。
「貴様たちに、元の世界などない」
「は……?」
明るい雰囲気になりかけていたその場の空気が一瞬で凍り付く。
「……どういう意味だ」
元いた世界が消えてしまったということなのか。
もしくは元いた世界が変化したものが、この世界なのだろうか。
しかし、フレイリッグの発した言葉は違った。
「そもそも貴様らは人間ではない」
フレイリッグの言葉に、皆がざわざわとし始める。
何を馬鹿な。
そんなはずはないじゃないか。
そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。
「貴様らは、元の人間……ゲームのプレイヤーの記憶や思考から作られた疑似人格だ。つまるところ、我々と同じただのデータだ」
フレイリッグの言葉に、皆、しんと静まり返って雨音だけが響く。
「だいたい、現実から離されて生きていけるなどおかしい、ゲームそのままの世界に適応できるなどおかしいと、最初からわかっていただろう。知らずにすんでおれば、幸せであったのになぁ」
カランと、誰かが武器を取り落とす音が聞こえる。その音をきっかけに連鎖的に、他のプレイヤーも武器を落としたり、地面に崩れ落ちたりし始める。
近くにいたアキレウスやディミオスは、取り乱したりはしないものの呆然とした表情をしている。
ギルドメンバーの方を振り返れば、モカが地面にぺたんと座り込んでいる。いつもならシオンが声をかけるようなシーンだが、シオンは槍を握りしめて俯いている。
マリンの手から弓が滑り落ちて、横にいたセーレに抱き着いて顔をうずめ、セーレがマリンの頭を撫でている。セーレの表情は変わらないが、内心どう思っているかはわからない。
バルテルとクッキーも呆然とした表情で立ち尽くしていて、その場から動かない。
「まぁ、他の願いなら聞いてやるぞ」
皆の様子を見たフレイリッグが少し楽しそうな声色でそう言う。
吐き気がして、視界が歪む。
ここまできて、フレイリッグを倒したのに、突きつけられた言葉に思考がぐちゃぐちゃになっていく。
雨のせいだけでなく、身体の芯が冷えていく。
だが、何か。
何かないのか。
「この出来事を忘れて幸せに暮らす。というような願いでもよいぞ」
そんな願いをするためにここに来たのではない。
でも、俺たちは人間ではなくて。
データで。
戻る世界も……。
一体何のために、ここまで……。
「……俺たちの……願いは……」
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