第109話:最後の日常1

 大聖堂で話をした翌日からは、ほぼ毎日のようにプレイヤー企画の何らかのイベントが開催されるようになった。

 昨日は、セーレがPvP大会に出かけて見事優勝していた。今日は釣り大会、明日と明後日はコロシアムでサッカー、その次はオリジナル衣装のファッションショー。その他にも色々。

 午後のおやつ時には、黒猫オーケストラが大聖堂で毎日演奏している。


 せっかくなので、今日はシオンとクッキーとバルテルと一緒に海まで釣りに出かけている。優勝などは目指していなくて、ただ楽しみに来ただけだ。周囲のプレイヤーたちもほとんどがそんな感じだろう。中には釣りの手を完全に止めて雑談しているプレイヤーもいる。

「サメ釣れないかなぁ」

 シオンが呟く。

「サメ好きなの?」

「いやー。別に好きじゃないけど、釣れたらモカちゃんにお土産に持って帰ろうかなって」

「いじめるのは、やめてあげなよ」

「えへへ……」

 そのモカはと言うと、サメが釣れたら嫌だという理由で来ていない。

 釣り大会は、大きい魚が釣れたら優勝だそうだが今のところこれといったものはない。

「やあ、こんにちは」

 声のした方を見ると、アキレウスとイーリアスのギルドメンバーが何人かいた。

「ああ。アキさん。こんにちは」

「どうだい? 釣果は」

「今日の晩御飯には困らなさそうって程度ですね。アキさんは?」

「僕もこれといってないよ。鯖を持っていたらくれないかな? 味噌煮が好きでね」

 アキレウスがニコニコと微笑む。城にいる時より心なしか、のびのびとしているように思える。服装がラフなものだから、というのもあるかもしれない。

「ああ、ありますよ。どうぞ」

「ありがとう。そちらも何かいるかい?」

「そうですね。サーモンあれば」

「うーん、今はないね。釣れたら持ってくるよ」

「ありがとうございます」

「では、またね」

 アキレウスが微笑んで去っていくのを見送ってから、釣り竿を引き上げる。

「うーん、イワシ……」

 焼いたら美味いし、まぁいいか。

「そういえば、明日サッカー大会あるみたいだけど、誰かいかない? 飛び入り参加もOKらしいから」

「わしゃ、見る専」

「私はルール知らないなぁ」

「わたくしは身長が……。しかし、我々のギルドでは人数が足りないので難しいのではないでしょうか」

「は……」

 サウザンド・カラーズはフルでも7人しかいない。

「レオくん、サッカー好きなの?」

「学生の頃、サッカー部だったから久々にやってみたいなーって思って」

「運動部とか非オタ感が凄いね」

「シオンさん、偏見すぎぃ。でも、セーレ連れていったら勝てそうな気がするんだけどなぁ」

「セーレくんは、シュートで相手をPKしそうじゃよね。あっ、ペナルティキックじゃないほうね」

「ありそー」

 とは言え、この世界でやるサッカーというのもなかなか楽しそうだ。近くに見知った顔もいることだし、声をかけて人数が揃えば出場してみるのもいいかもしれない。


 釣り大会の結果は、晩御飯の食材が潤っただけになって、シオンと一緒にギルドハウスに帰宅する。バルテルとクッキーは調味料を買い足してから帰ると言っていた。

「ただいまー」

 玄関を開けると、モカとマリンが見たことのないドレスを着ていて、それをセーレがソファから退屈そうに眺めている。

「おかえりー。釣り大会優勝した?」

「晩御飯が釣れただけ」

「そっかー」

「そっちは何やってるの?」

「もうすぐファッションショーあるでしょ? モカちゃんと出ようって話してて」

 そういえば、少し前から何かを作るとか作らないとか、話しているのを聞いた気がする。

 二人の衣装は、物語のお姫様が着ているようなドレスで、モカは白とピンクで可愛らしく、マリンは落ち着いたグリーンを基調にした大人の女性らしい落ち着いた雰囲気だ。

「リアルだとこんなの着ないなーって思って。シオンちゃんもどう?」

「えっ、ええーっ。そ、そうだなぁ。せっかくだし……」

「へへへっ、そう言ってくれると思って作ってあるっすよ」

 モカがシオンにトレードで衣装を渡したらしく、寒色系のドレスに着替える。所々可愛らしさもありつつも大人っぽさもある。シオンのイメージによく合うデザインだ。

「おっ、似合うね~」

「えへへ……ありがと~」

「レオくんもドレス着る?」

 なぜ、俺に話題が振られたのだろうか。

「意味がわからない」

「だよねー」

「少し歩いてみるっすか?」

「そーだねぇ。よいしょっと」

 マリンが邪魔になりそうな家具を消して、三人が順番に歩いていってポーズを取る。

 なかなか可愛らしく華やかな光景に拍手を送る。

「どうだったっすか?」

「うん、可愛い可愛い」

 モカに言われて感想を言う。

「適当に言ってないっすか?」

 可愛いと思ったのは本心なのだが、イマイチ伝わっていないようだ。

「セーレさんはどうっす? 可愛かったっすか?」

「……賞狙っていらっしゃるのですか?」

「まぁ、とれたらいいっすよねぇ」

 モカの横にいたマリンが、二人のやり取りを見て額に手を当てて俯く。やっちまったな、と言った雰囲気だ。

「では、全然ダメですね」

 セーレの言葉にモカの笑顔が凍る。

「こ、この服ダメっすか?」

「服はいいと思いますけど、歩き方とポーズが全然。そもそもポーズ必要なのですか?」

「え、ええ……っと、どの辺がダメっすかね。ポーズは……なんか前まで来たら決めポーズみたいなの書いてあったっす」

 モカがおどおどとし始める。

「そうですか。では……モカさんは歩き方がガサツです。足元見えなくてもわかります。ポーズは可愛らしいとは思いますが、服を見せるというショーのコンセプトからは、ずれていますね」

「な、なるほどっす……」

「マリンは、衣装の雰囲気と表情や動きが合ってない。コスする時のイメージで服のデザイン意識してキャラ作った方がいいね」

「お、おう……」

 マリンにまで指摘が飛び火して、マリンの表情が若干渋くなる。

「シオンさんは、足元見すぎで姿勢が悪いです。顔上げて、背筋伸ばして、こう……」

 セーレがソファから立ち上がって、シオンの顎を指先でくいと上げてから、肩と背中に手をやって姿勢を正す。

「ひゃいっ!」


 それから三人が、セーレに言われたことを意識しつつ再び歩いている。

「お前、意外と見てるんだな……」

「悪いですか?」

「いや……」

 しかし、セーレに指摘されたところを直した三人は、少しぎこちないものの一回目に歩いた時と見違える雰囲気だ。

「ど、どうっすか。セーレ先生」

「……まぁ、もう少々自然になればよいのでは? 審査員も素人でしょうし」

「う、うっす。でも、やるからには、完成度上げれるところは上げたいから、他に何かあったら言ってほしいっす」

「では、衣装から口出ししていいですか?」

「やっぱ衣装もダメなんすかー!?」

 モカがショックを受けた表情でセーレを見上げる。

「ああいえ……。モカさんとシオンさんは頭身低いので、服のデザインで腰の位置もう少し上げるか、ヒール履いた方が見栄えがいいですよ。あとモカさん寸胴なので、コルセットした方がいいのでは?」

「それ、女子に言う言葉っすかー!?」

「事実ですので。それで、歩き方ですが……」

「むきーっ! このイケメン!」

「わ、私やっぱり出るのやめようかなぁ……」

 モカとセーレのやり取りを見て、逃げ出そうとするシオンの肩をマリンがひしと掴んで笑顔を浮かべる。

「シオンちゃん、一緒に頑張ろうねぇ」

「はううう」


 セーレの座っているソファの隣に座って、しばらく三人を眺める。

「そういえば、セーレ」

「はい」

「明日、サッカー大会あるんだけど、一緒に出ない?」

「サッカーはリアルでやればよいのでは?」

「いやー、それはそうなんだけど、こっちのが身体能力高くなってるから、楽しそうだなーって。そもそもリアルで人集めてやる機会ないし。お前、宙返りしてシュートとかできそうだし」

「サッカーで宙返りをする意味がわかりません」

 漫画やアニメでは度々出てくるような描写だと思うのだが、その手のものは見ていないのだろう。

「まー、そう言わずに」

「そもそもオレはルールわからないです」

「教えたら出てくれる?」

「……そうですね。そんなに出たいのであれば、参加してもいいですよ。身体動かすのは嫌いじゃないですし」

「やった!」

 俺が笑うと、セーレがつられて少し表情を和らげて微笑む。

「ところで、他にメンバーはいらっしゃるのですか?」

「ああ、釣りの帰りに何人か声かけてあるからなんとかなるはず」

「ちゃっかりしてますね」

 俺たちが話していると、モカがセーレの前に歩いてくる。

「先生……お手本お願いできないっすか。この服着て歩いてほしいっす」

「その服は嫌ですよ」

「じゃー、前作ったあのドレスで」

 セーレは気乗りしなさそうな様子でモカを眺めている。

「わ、私からもお願い」

 モカの横にシオンがやってきて頼むと、セーレが頷いて立ち上がる。

「ほんっと、セーレさんはシオンさんには甘いっすね!?」

 セーレが黒いドレスに着替えて、部屋の中を歩いていく。ただ、歩いているだけなのにカメラを向けたくなるような美しい所作だ。セーレは既定の位置までくると、ドレスの裾を見せるようにひらりと動きをつけてからポーズを取って止まる。そして、踵を返して背を向けて歩いて行く。

 他の三人には悪いが、格が違う。そんな動きだった。

 そして、できればリアル性別の方で着てみて欲しいと思った。

「……なるほどっす……。セーレ先生」

「はい」

「そのドレス着て、一緒にショー出ましょう」

 モカがセーレの手を両手で握って、それをセーレが振り払う。

「丁重にお断りいたします」

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