第62話:日の出

 翌日、マリンは俺のいる部屋にくると苦笑いを浮かべながら話し始める。

「昨日は、ごめんね。本当は無事でよかったー、だけですませたかったんだけど……」

「いや、相談なしで行ってごめん……。セーレにも危ないことさせちゃったし」

「あ、うーん。セーレは放っておいても危ないことしそうだから、そこはちょっと諦めてる……。できたら止めたいけど」

「そうだよな……。いつもなら俺が止めるはずのところを、俺が誘っちゃったから……」

「あはは、そうだね。よっし、レオくん」

「うん」

「デートでもしよっか!」

「……はい?」


 マリンに誘われるままにカーリスの城下を歩く。

「この辺はね~。プレイヤーが空き家使って店出してるところが多いんだよ」

「へー。フリマ以外でもあるんだ」

「そそ。色々あるよー。品物売ってるところもあれば、現実にある飲食店真似て作ったお店とか」

「あっ、本当だ。あそこ」

 現実で見慣れたハンバーガーショップに似せた看板があって、プレイヤーがふらりと訪れてはハンバーガーを買って行くのが見える。現実と違って待ち時間はほぼない。

「ハンバーガー自分でも作れるっちゃ作れるけど、お店あるとなんか魅力的に見えちゃうよね」

「うん、ああやって看板あると、なんか食べたくなる」

 ハンバーガー屋の隣には、やはり現実で見たことがあるようなカフェや焼肉の店などが並んでいる。

「なんだかんだ皆馴染んで暮らしてるように見えるけどさ。やっぱ、リアル忘れられないよね……」

「うん……」

「わたしも戻りたいなーって思う。だから、フレイリッグやるってなったら一緒に戦うよ」

「ありがとう。でも、昨日のアキさんの話聞いたらやっぱ難しそうだなぁって……。何かもっとパンチの聞いた作戦ないと……。勝てるかもしれない。じゃ、人は集められないなって」

「そうだね……わたしもできたら火は浴びたくないな……」

「うん。……あっ、そういえば初詣でどこか行かない?」

 湿っぽい空気になりかけたので、話題を変える。

「いいねー。でも、近場で神社とかあったかな?」

 マップを呼び出して眺めてみるが思い当たらない。

「うーん……。せいぜい初日の出見るくらい……になるか?」

「そだねぇ。そうなると海で見るか山登って……。あっ」

「あ?」

「ここ確か、神社ではないけど祭壇あるはず」

 マリンが俺にも見えるように地図を取り出して、カーリスから南の方にある岬を指さす。

「おー。でも、片道一日か二日かかりそうだな……」

「じゃあ、今日出発しよう!」

 急じゃないかと思ったものの、リアル都合があるわけでもないし、ギルドハウスに戻って話せば皆も話に乗ってきた。



 初詣のために皆で移動して、大晦日には目的の祭壇がある付近の街に着いて、宿屋に入る。

 木造の家が並んでいて、独特な模様の織物や陶器があちこちに飾られていたり、売られていたりしている。

「年越しカウントダウンするっすか?」

「わしは寝るよ」

「えーっ」

 さっそくバルテルに断られてモカが残念そうにしている。

「初日の出見るなら早めに寝た方がいいんじゃないかなぁ」

 と、シオンが言う。

「早起き……」

 モカが渋い顔をする。

「そういえば、初日の出の時間って何時くらいなんだろう?」

 マリンが首を傾げる。

「だいたい七時前後でございますよ。それより早めに出ればよろしいかと」

 クッキーの答えに、モカが呻き声を上げる。

 そして、初日の出を見ることに決定したので、夕食後は早々に切り上げて各自、割り当てられた部屋へと赴く。

 部屋割りはクジ引きで決められて、俺はクッキーと同じ部屋だ。

「灯り消してもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 明かりが消えると、闇に目が慣れるまでは真っ暗だ。

 普段、クッキーとはそれほど会話することもないので、この機会に二言、三言どうだろうと思い話しかける。

「クッキーさん」

「…………」

「クッキーさん?」

 やはり返事はなく、微かな寝息が聞こえてくる。


 は、はやい……!



「レオ様、レオ様」

 翌日早朝クッキーの声で目が覚める。

「ん……モーニングコール、ありがとうございます」

「はい。おはようございます」

 もぞもぞと起きて時計を確認すると六時過ぎだ。食堂で集合してから海岸に向かう予定だったので、欠伸を噛み殺しながら食堂に向かう。普段より早めに寝たとは言え、日が昇っていない朝は眠く感じる。

 食堂を訪れると一番乗りで、NPC以外の姿はない。

「少し待ってから起きてこない人いたら起こしにいくか~」

 目覚ましがないので、誰かしら寝過ごしそうな気がする。モカはどう考えても起こしにいかねばならないだろう。

「レオ様はコーヒーでしたね。どうぞ」

 クッキーが、テーブルにコーヒーを置く。

「ありがとうございます」

「ふふふ、初日の出を見に行くのは久々にございます」

「俺も久々だな」

 だいたい大晦日は夜更かしをしてしまうので、下手したら昼までぐっすりだ。

「おはよ~」

「おは~」

 シオンとマリンが起きてくる。シオンは普段通り、マリンは眠そうにして手櫛で髪を直しながら歩いている。

「クーちゃん、ホットミルクちょーだい」

「かしこまりました」

 席に座ったマリンの前にホットミルクが置かれて、シオンの前には緑茶が置かれる。

「おはよーさん」

 バルテルも起きてくる。

「あと来てないのは……」

 モカとセーレだ。セーレはともかくモカは起きてこないだろうと思っていたが……。

「おはようございます」

「おはようっす」

 セーレがやや眠そうに、モカがしゃきっとした顔で起きてくる。

「あれ、モカが時間に起きてくるなんて珍しいな」

「ひどいっすねー。まぁ、セーレさんのモーニングコール怖くて……」

「最初は普通に起こしましたよ」

「何したの……」

「ドスきいた声で『おい起きろ』って言われて、めっちゃ殺気感じて目覚めすっきりだったっす」

 今度からモカを起こすのはセーレに任せようか。などと思ってしまう。

 セーレが空いている椅子に座ると、クッキーがセーレの前に紅茶を置いて、お辞儀をして下がる。

「ダージリンでございます」

「どうも」

「モカ様は何がよろしいですか?」

「うーんと……。ココアがいいっす」

「かしこまりました」

「ありがとうっす! あっ、そうだ。あけましておめでとうございます!」

「ああ。あけましておめでとう」

 モカの言葉に、そういえば忘れていたと皆で新年の挨拶を始める。


 それから少しくつろいでから、皆で和服を着て海岸へと向かう。

 日は登っていないものの空は徐々に明るくなり始めていて、まだ顔を出さない太陽に染められている空は幻想的なグラデーションを作っている。海岸にはゴミひとつなく、堤防などの人工物もなく天然の自然だけで作られていて美しい。


 しばらく皆で静かに海を眺めていると、眩い太陽が水平線から姿を現して周囲を明るく染めていき、太陽が完全に姿を現すまで、皆は無言でそれを眺めていた。

 やがて誰からともなく、少し身体を動かしたり、ちらりと他の人の様子を見たりし始める。

「それじゃー、神社? 祭壇いこっか」

 マリンが海に背を向けて歩き出す。

「えーっと、確かこっちの……あーっと、こっちの方」

 どことなく不安になる道案内である。

 少し歩いて行くと、異国の寺か神社のような建物が見えてきて、その付近には供物の置かれた祭壇と賽銭箱があった。

「なかなかいい感じじゃの」

「でしょー。別に宗教とか気にしないから、どこでもいいっしょ。あっ、敬虔な信徒の人いたらごめんね?」

 マリンの言葉に、皆は首を横に振る。

 各々、賽銭箱にお金を入れ始めたので、俺もインベントリからお金を取り出して、賽銭箱に投げ入れて二礼二拍手一礼をする。普段なら願うことと言えば、無病息災くらいであったが、今回は違った。


 元の世界に戻れますように。

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