第63話:あの時助けたウサギ

「正月って気分、ちょっとするっすね。それじゃ宿戻……あれ、セーレさんは?」

 モカに言われてみれば、セーレだけ見当たらない。

「ちょっとー! セーレどこー!」

 マリンが叫ぶと、少し離れたところから返事があって、そちらに向かう。

「あんた何やってるのよ~」

「見慣れないNPCがいたから……」

「はいはい」

 セーレの近くには、羽衣と装飾を纏ったタツノオトシゴのようなNPCがふわふわと浮かんでいる。

 確かに見たことがない姿だ。

「はじめまして、旅のお方。私はマリニアン様に仕える者です」

 マリニアンとは水の竜だ。フレイリッグの前に実装された竜で難易度も高い。

「近頃、私どもの海を荒らす輩がいて困っておるのです。お力添え願えませんか?」

 どうやら新しいクエストのようで、皆興味を引かれてクエストを受注する。

「まぁ、ありがとうございます」

 タツノオトシゴはくるりと一回転する。

「討伐の暁には、マリニアン様が直々にお言葉をくださるそうです。なんたる栄誉」

 いや、竜と話すのは先日のこともあって正直怖い。さらには、表示された討伐対象モンスターの名前を見て、俺は渋面になる。

「へーっ。クラーケンって、前にレオくんたちを海に叩き落したやつだっけ?」

「うん……」

 船を真っ二つにしてきた相手を思い浮かべる。四人が七人になったところで勝てるイメージがわかない。

「いやー……クラーケンは無理っすね」

「だよな」

「いえ、討伐クエストがあるということは、討伐方法があるはずです。ひとまず出現エリアの付近まで行ってみましょう」

 セーレがキリッとした表情を作って言うが、溢れ出るワクワクオーラを隠せていない。

「お前そういうとこ、ほんと前向きだよな」

「はいはいセーレ。それは後にして先にご飯にしよ? お腹空いてきた」

 マリンがセーレを引っ張って宿に連れて行く。セーレも腹は減っていたのか逆らいはしなかった。



 朝食を取り終わると、クラーケン出現ポイント付近の浜辺まで皆で馬を駆る。

「ボクおうちに帰りたいっす……」

 モカが呟く。海に叩き落された過去があるので、俺もあまり乗り気ではないが、マリニアンと話せるというところが少し気になってもいる。ひとまず向かってみるだけ向かってみるのもいいだろう。

「マリニアンも竜だし、もしかしたら願い聞いてくれるかもしれないし」

「あー。そういう可能性あるっすね。そういう希望があるなら、まぁいいっすかね……」

 クラーケンの出現位置は海の真ん中に記されているので、NPCがいた位置とクラーケンの出現位置の間にある浜辺の付近を探索する。

「あそこに波止場がありますね」

 先頭にいたセーレが、木々の隙間に波止場を見つけて馬で走って行く。

 波止場には小型の船とボートがいくつか見え、さらにその少し先に小さな漁村が見える。波止場には人の姿はないので、漁村で聞き込みを開始する。

 NPCたちは口々に、クラーケンが現れて困っていると言う。

 その中で、ターハイズという港町の造船所で、クラーケンに対抗するための船を造っているという話が聞ける。

「行きましょう」

 それほど遠い場所でもなく、今のところ止める理由もあまりないので、皆セーレの後についていく。

 三十分ほど馬を走らせると目的地が見えてくる。赤茶色の石造りの街並みが広がっていて、海の近くには大きな倉庫らしき建物が並んでいる。

 造船所はドックや大きな倉庫がある一帯にあり、探すまでもなかった。


 敷地の入口に立っているNPCに話しかけると、資材を持って来ればクラーケンに対抗できるような船を一隻作ってやるという話だったが、要求される量がえげつない。知らない素材も混じっている。

「ギルドで一隻みたいだねぇ」

「素材やばくないっすか」

「半分くらいは手持ちでありそうじゃな。倉庫見てくるね」

「さすが、バル爺製作所」

「まじっすか。ボクも見てくるっす」

 皆でわらわらと倉庫へ行って素材の数を確かめると、八割くらいはありそうだが、加工には相当時間がかかりそうだ。

「うーん、どうしよう。作る方向でいい? 結構負担大きいと思うけど」

 マリンが皆に問いかける。

「わしは船見てみたいから問題ないよ」

「ボクも~。クラーケンは置いておいても乗り物はテンションあがるっす」

「私も、お船で釣りとかしたいなぁ」

「俺も面白そうだしいいよ」

「わたくしは皆様に合わせます」

 特に異論も出なかったので、作る方向にあっさり決まった。

 ギルドハウスにいても別段やることもないから、新しいことをしたいというのもあるのだろう。

「ひとまず足りない分は……」

 バルテルが製作のメモをしていく。要求素材に対して足りている素材。足りないものはどれがどれくらい必要か。下位素材で集めた場合は。など、細かく書いていく。

「表計算ソフトほしいんじゃが? せめて電卓。あと、この素材何?」

 バルテルが見たこともない素材について言及する。水の結晶、火の結晶など、複数の属性の名前が書かれたアイテムのことだ。

「えーっとねぇ、近くの狩場の敵が落とすみたいだね」

「じゃあ、それは一旦置いておいて……えーっと……。鉄鉱石の必要数……まずここで一万と……」

「計算しましょうか?」

「んじゃ、セーレくん任せた」

 セーレがバルテルのメモにすらすらと数字を書き込んでいく。

「ここ間違ってますね」

「ほっほっ、すまんの」

「はい、ではこれで」

「どうも。じゃ、足りないのはこんなものかな」

「競売見てきますね」

 セーレが足りない素材を自分用のメモに書き写して、街中へと消えて行く。

「あっ、ちょっとー! セーレ、あんた待ち合わせ場所決めてから……」

「マップ見て合流するからいいよ」

「……それもそうか」

「ほいじゃ、倉庫付近の宿屋とかで素材加工しようか」

「はーい」


 と、始めたものの……。

「えーっ、こんなん一日で終わらないよ~」

 マリンが木工で加工しながら言う。

「船じゃからなぁ……」

 インゴットを作りながらバルテルが言う。

 上級の素材は加工に時間がかかるため、マリンの一日で終わらない発言は盛りすぎたものでもない。数日か、あるいはもっとかかりそうな気さえする。

「戻りました」

 皆で製作をしているとセーレが戻ってくる。

「どうだったっすか?」

「買い占めてきましたけど……。そもそもあまり競売に出てなかったので、足りないですね。ひとまずバルさんに渡しておきます」

 今の世界では、製作需要がそもそもあまりなくて競売に素材を出すプレイヤーが少ないのだろう。

「ほいほい」

「では、オレは結晶集めにいってきます。この辺りはそれほどレベル高くないからソロで大丈夫でしょう」

「一人で行かないのー」

「じゃあ、ボクついて行くっす。何かあったら連れ戻……せるように頑張るっす」

「うーん……。モカちゃん一緒ならいっか。わたしは結晶以外の足りない素材取りに行ってこようかな~」

「俺も行こうかな。結構足りないよね」

「それじゃー、私は伐採してくるから、レオくんは採掘おねがーい」

「わかった」

「これ必要個数ね」

 バルテルから渡されたメモを見て気が遠くなる。足りない素材は残り二割程度と言えど、母数が多すぎる。



 街の周辺の岩が多いところで無心でカンカンと採掘をしては、移動してまた採掘をする。

街中を歩いているプレイヤーを遠目に眺めては、あれはソーサラーだな。とかレベル70くらいかな。などと推測しては採掘に戻る。

しかし、話し相手もおらず地味に寂しい。ついでに寒かったので以前購入したコートに着替える。

「音楽でもあればな~。歌うか……」

 好きだった歌を口ずさむが、ところどころ歌詞が思い出せずに鼻歌のようになってしまう。


 その状態で採掘を続けていると、ふいに声がかかる。

「こんにちは」

「わっ、こんにちは」

 鼻歌を聞かれていただろうと思うと、とても恥ずかしい。

 振り向くと、ローブを着た白いウサギのモッフルが立っている。

「レオンハルトさん、お久しぶりです」

 ミミという名前のウサギが頭を下げるが記憶にない。

「ええーっと……すみません、どこかで会いました……?」

「以前コルドでオークに追われているところを助けていただいたウサギです」

「ああ、あの時の!」

 名前までは覚えていなかったが、オークのレイドに追われていたプレイヤーは、確かに白いウサギの姿だった。

「きちんとお礼をしたいと思っていたのですが、一度カーリスに行った時には不在で……」

「あれ? 行き先言いましたっけ……?」

「スチュアートさんにギルドの場所を教えていただきました」

「なるほど」

「そういえば、ライブに出ていたとか」

「……それは恥ずかしいので触れないでください」

「そういえば、セーレさんはご一緒ではないのですか?」

 ミミがキョロキョロとする。

「あー。あっちは、別の素材集めに行ってる」

「素材……?」

 ミミが首を傾げる。首を傾げただけなのにウサギの姿だと、とても可愛らしい。

「ギルドで船作ることになって、集めているんですよ」

「ああ。あのクエストですか~。素材多いですよね」

「ミミさんも船造ってたり……?」

「いえ、ギルドで話題になりましたが、素材多すぎるし、どうせ海にも出ないからと流れました。ターハイズの他のギルドも作っているところは見たことないですねぇ」

 ターハイズ周辺は美味い狩場は少なく、交易目的で個人ハウスを持っているプレイヤーはいるもののギルドハウスはあまり人気ではない。ここを拠点としているギルドは小規模か中規模のギルドが多いはずだ。なので、莫大な素材を投資して船を造って冒険に繰り出すかと言えば、答えはノーなのだろう。

「あの時お礼できなかったので、素材集めお手伝いさせてください」

「それは有難いけど……」

「あまりやることもないので是非! ギルドのメンバーも暇してると思うので呼んできます」

 そう言うとミミは街の方へと走って行き、しばらくすると数名のプレイヤーを連れて戻ってくる。

「あまり人数はいませんが……」

「ううん、ありがとう」

 気持ちが嬉しくて、素直に笑顔で答える。


 夕方まで採掘を続けて、宿に戻って進捗を確認する。採掘と伐採はミミたちの手伝いはあったものの、素材の要求数が多く船の製作にはまだまだ日数を要しそうだ。

「素材集めは手伝いあっても数日はかかりそう。セーレたちはどうだった?」

「こちらもあと二、三日はかかりそうです」

 セーレはいつもの大剣ではなく短剣の二刀を持って、右手に持った短剣を器用にクルクルと手のひらの上で回している。メインクラスがカンストしたからサブで狩りに行っていたのかもしれない。

「途中でインベントリいっぱいになっちゃって何度か戻ったっすね」

「わかりやすいように進捗まとめようかの」

 バルテルが大きいボードに素材の必要数と本日の進捗を記していく。

「一日フルに使ったとしても……あと一週間かかりそうじゃな」

「フルは嫌だなぁ……」

「うん。お仕事してるみたいな気分になっちゃう」

 マリンの言葉にシオンが頷く。

「まぁ、適度に息抜きしつつやるかいのう」

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