第四章 光明

第58話:火竜の住まう山1

 昨日戦場にいたのが、嘘のように平和な一日が始まる。

 しかし、皆思うところがあるのか、ギルドハウスはどことなく静かだ。


「セーレいる?」

「はい、どうぞ」

 セーレの部屋の扉を開ければ、セーレが二人掛けのソファに座っていて、マリンがセーレの膝を枕にしてだらけている。

「狩りでしたら、今日は行けませんよ」

「いや、これ返そうと思って」

 そう言って、フレイリッグのマントをトレードで渡す。

「助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

「それじゃ、これで」

 セーレはいつも通りに見えたが、ちらりと見たマリンにはいつもの元気さはなかった。


 大部屋に行くと、モカがシャノワールが置いていったオルゴールの音楽を聴きながら、ソファでごろごろと本を読んでいる。

「何読んでるの?」

「プレイヤーの人が作った漫画っす」

「へぇ、そんなの作れるんだ。面白い?」

「うーん……読み始めたばかりだからわからないっすけど、絵は好きっす。まぁ本選べるほど売ってないっすしねぇ……」

「俺も今初めて知った」

 モカの持っている本を覗き込めばモノクロで絵が描かれている。

「作画に時間かかりそうだし、あんまり出回らないと思うっす。後で読むっすか?」

「うん。せっかくだし」

「レオさんは、普段どんなの読むっすか?」

「日常系が多いかなぁ」

 あまり考えずに、ふわっと見れるものをよく見てしまう。

「なるほど。そういう顔してるっすもんね」

「納得される意味がわからないのだが?」

「シオンさんは、逆に殺伐してるのが好きって言ってたっす」

「あの人、そういうとこあるよな。雰囲気はほんわかしてるんだけど……」

 シオンの趣味は結構偏りがある。

「ちなみに、マリンさんはバトル物の少年漫画好きで、セーレさんは読まないって言ってたっす」

「お前、人の好みとか聞くの好きだよな」

「仲良くなったら聞きたくならないっす?」

「そりゃわかるけど~。モカは何が好きなの?」

「ボクは絵が好きならわりとなんでもいいっすね。あと、流行りのはとりあえず読むっす」

「流行りのものかぁ……」

 この世界にいる人数は現実と比べれば圧倒的に少なく、その中でクリエイティブな活動ができるものと言えばさらに限られてくるので、流行るもなにもない。流行に乗っかって次がでることもほぼない。

「慣れたって言っても……やっぱ、ここじゃ足りないのいっぱいあるよな」

「そうっすね……。それにまた、戦争起こっても嫌だし……。敵も味方も死んでないって言っても、やっぱ、ああいうのは嫌っすよ」

 思い出してしまったのか、モカの表情が暗くなる。

「そうだな……」

「しばらく夢に出るかもしれないっす……」

「うん……。なぁ、モカ。前にアンネさんが言ってた、フレイリッグ倒したら元に戻るんじゃないかっていうの……どうなんだろうな」

「……もし、倒して戻れるなら……。うーん、でも怖いし……痛いのは嫌だし……正直わかんないっす」

「そっか……」



 その翌日は、昨日モカと話した内容が頭のなかでぐるぐる回っている。

 プレイヤーは、今の世界にないものに対して大なり小なり飢えているし、自分たちが知らないところで、今後新たな火種が生まれるかもしれない。ここは現実のように法が整備されているわけでも、抑止力となるような何かがあるわけでもない。現実ではできないこともできてしまう。

 今後、力をつけた組織がやりたい放題しはじめることだってあるかもしれない。イーリアスはそんなことはしないだろうが、それにしたって兵器は開発していた。

 ならば、フレイリッグを討伐して……。

 いや、考えたところで仕方がない。と、気分転換に外に出ると、掲示板にブラックナイツの処遇が発表されていた。

 ギルドの解散と、賠償金の支払いで和解したという内容だった。賠償金は結構な金額で、戦争で壊れた城の修繕と、今後のイベントやプレイヤーの支援へと回すとしている。

 ディミオスの処遇はPKギルドの時と比べて甘い気もするが、あまり過激な制裁をしても、逆にイーリアスが独裁者のようになってしまう可能性や、大きな組織相手なら報復の可能性もある。甘くしすぎても厳しくしすぎても難しいところだ。

 そんなことを考えながら掲示板を眺めていると、声がかかる。

「あれ、レオさま」

 声がして振り向くと、セーレとメロンが並んで立っていて、二人の姿に周囲のプレイヤーが少し距離を取っている。

「こんにちは。デート?」

「えへへ。狩り行こうかって話をしてました」

「元気だね」

 戦争が終わったばかりで、なぜそういう話になるのか少々不思議だ。

「レオさんも一緒にどうですか?」

「うーん……。狩り……じゃないけど行きたいところはあるんだけれど……」

 二人は不思議そうな顔をしたものの、理由を話せば承諾してくれた。


「イーリアスと一緒に二、三日出かけてくると言っておきました」

「イーリアスかっこ一名っ。私も、アキさんにセレさまとデートしてくるって言ってきました!」

 行き先を伝えてしまうと反対されそうな気もして、ぼかしてもらっている。

「ありがとう」

「それにしても、まさかフレイリッグがいるかどうか見に行きたいなんて言い始めるとは。銃弾受けすぎて頭おかしくなりましたか?」

「そうかも」

「あれは……たいへんでした……。だいぶ頭いっぱいいっぱいでした」

「メロンさん、ヒールとヒーラーの対応ありがとうございました」

「いえいえー。しかし……フレイリッグ」

「いるのかなーって……。危ないし、あんま他の人は見たがらないかなって思って二人に」

「オレは見たいですね」

「私も!」

「うん。そういうところだよね」

 セーレがチャリオットを出すと、メロンが嬉しそうに乗り込む。

「この弓……? ボウガン? 撃っていいですか?」

「どうぞご自由に」

 俺とセーレがチャリオットに乗り込むと、自動運転でカーリスの西の方にあるベレリヤの街へと走り始める。

 メロンは道中にいる敵をバリスタでバンバン撃っている。

「これって弓パッシブ乗るんです?」

「乗りますよ」

「へぇぇ~。ちょっとクラスチェンジ……だめ、ヒーラーで経験値がほしい」

「では、オレも適当に道中にいるの倒してますよ」

 セーレがホークアイにクラスチェンジして弓を撃ち始める。

「俺は……」

 特に役に立たなさそうである。

「製作でもしてるね」

 暇つぶしに持ってきたものが少しあったので、それで製作を始める。

 二人は敵を倒しつつ、装備やスキルの話で盛り上がっていて、世界が変わっても相変わらずだなぁ。と思う。


 しばらくすると山道に差し掛かって、そこからは馬で走って行くことになる。

「あまり遠出しないので新鮮ですねぇ」

 メロンが山道の途中からカーリスの方向を見下ろして呟く。

「そういえばカーリス着いてからは、他の街はハルメリア行ったくらいだな……」

 新しく他の地に行くのは久しぶりだ。

 あまり速度を出しすぎるとそのまま落下しそうなので、だく足で山を登って行くと、ほどなくしてベレリヤの街が見えてくる。

 街中は飾りっ気はなく、踏み固められた土の上に木造の建物が建っていて、合間にぽつぽつと木が植わっている。あまり華やかな街ではないがカーリスの近くだからか、ちらほらとプレイヤーはいる。

「温泉あるんだ~」

 メロンの視線の方向を見ると、温泉宿がある。

「入る?」

「オレは結構です」

「私も別にいいかな」

「そう……」

 俺はちょっと入りたかったのだが、この二人はあまり興味がないらしい。こういうところでも波長が合うのだろう。

「時間大丈夫そうだし、上行ってみようか」


 まだ馬は使えるようで、以前フレイリッグの入場クエストを受けた辺りまで行く。

「あー。ショートカットできないのか……。どうしようかな」

「行きましょう」

「レベル上がってるし三人でも大丈夫でしょう!」

 二人は迷いがない。

「……うん」

 洞窟内に入り進んでいくと白い煙が出ている。そして、蒸し暑くなってくる。

「ふあー。暑いですねぇ」

 しばらく歩いていると、敵のいるフロアに差し掛かる。

「あー。あれ」

 部屋の中央にフレイリッグの眷属と言う名の火の精霊系モンスターがいる。

「反射あるのかな……」

「あると考えた方がいいですよねぇ。私ソーサラーなりましょうか?」

「念のためヒールはあった方がいいと思いますし、オレがやりますよ」

 そう言うとセーレがソーサラーにクラスチェンジして、杖とローブに装備を変更する。

「らじゃー」

「ではどうぞ」

 セーレの合図を引き寄せる。

「ディスペル」

 反射のない敵の攻撃は大したことはなかった。

「ブリザード、カラミティ、ブリザード、カラミティ……」

 呪文を唱えているセーレはどことなく面倒くさそうだ。

 ベルセルクほどではないが、セーレの火力はそれなりにあったので、それほど時間はかからずに敵は倒れる。

 眷属を倒すと部屋の壁の一部が崩れていき、新しく道ができる。

「仕掛けは全員で解除しにいきますかー」

 始めてきたときはセーレが仕掛けを解除していたので、何があるのかはわからない。

「CCするからちょっと待ってください」

 セーレの発言に足を止める。

「OK」

 セーレのクラスチェンジのディレイが明けて、再び見慣れた姿に戻たのを見て、再び歩き始める。


 仕掛けがあるという道を道なりに進んでいくと、突き当りの広間に敵が一体いる。

 名前はマグマゴーレム。黒っぽい鉱石で構成されていて、隙間からは煌々とした赤い光が漏れている。

「これ倒すの?」

「はい」

 一発攻撃を当てるとマグマゴーレムは両手を上げて、それを地面に振り下ろす。そうすると、地面が割れてそこから溶岩が吹き出してくる。

「うわ」

 少し触れた鎧のつま先がジュッと熔けていくので慌てて、溶岩があるところを避ける。

「オレが倒すので、レオさんは適当に逃げててください」

 溶岩のないこの場で殴っていてもいいんじゃないかと思ったが、マグマゴーレムの身体からも溶岩が流れ出して新たに溶岩のエリアを増やしている。

 セーレはその溶岩の上を移動しているがダメージは受けていないようだ。フレイリッグのマントの効果かもしれない。早く倒さないと部屋一面が溶岩になってしまうだろう。しかし、そこはセーレの火力があるので、さして時間はかからずにゴーレムは力尽きる。

 力尽きたゴーレムの上に赤い玉が落ちているのをセーレが拾って、部屋の隅におかれている台座に置くと、どこかで微かに音がする。

「行きましょう」

 部屋を後にして、セーレの案内で道を進んでいく。途中に敵はいたが大したことはなかった。さっきの仕掛けで開いたらしい扉をくぐると大きな広間があって奥に石像があて、皆でそこに向かう。

「うーん?」

 メロンが石像をポンポンと叩いている。

「入場はこの石像からのはずですが……」

 セーレも石像に手を置いて石像を見上げる。

 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、石像は話さない。

「もしもーし」

 メロンが話しかけるが、やはり石像の反応はない。

「他に道があるのかな。手分けして部屋の中見てみようか」

「はーい」

「はい」

 石像の置かれている広い部屋を探ってみるが、見たところ岩しかない。

 一通り皆で探ってみたが、やはりおかしな箇所は見当たらなかった。

 皆で首を傾げてから、ふと天井を見上げると岩の隙間から微かに光が差し込んでいる場所がある。

「セーレ、あそこまで飛べる?」

 天井を指さして言う。

「無茶言わないでください」

「だよな」

 光が差し込んでいるところは、おそらく十メートル以上上方にある。

「うーん。今日のところは来た道を探りながら帰るか」

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