第57話:戦の終わり
城門付近でしばらくの待機した後に、玉座の間に招集される。
「先刻、ディミオスより降伏すると知らせがあった。我々の勝利だ」
アキレウスの言葉に、歓声とほっとした声が溢れる。
「では、この度の英雄に一言お願いしようかな」
アキレウスが俺に手招きをする。いや、隣にいるセーレに向けてしているのだろうと思ってセーレの顔を見るが、セーレは動かずに俺を少し呆れた表情で見ている。
「レオンハルト君、こちらへ」
「俺ですか?」
「そうさ、君だとも。皆も異論はないだろう?」
アキレウスの言葉に拍手が巻き起こり、戸惑いながらも玉座の前に立っているアキレウスの隣に行く。
「もう知らない人もいないとは思うが、彼は凡そ三十分の間、敵の最終兵器である機関銃の前に立って、城を……皆を守ってくれた。城を守りきることができ、そして勝利を確実なものとしたのは、紛れもなく彼の活躍のおかげだろう。同じナイトとしては少々妬けてしまうくらいの活躍だね。レオンハルト君、皆に一言いただけるかな?」
「え? えーっと……」
いきなり話を振られても。
「いや、その……。夢中だったので……なんかもう、あの時はそうするしかーって感じで……。でも、自分一人だけでなく、皆さんの力があっての作戦だったので、これは皆で掴み取った勝利だと思います。皆さん、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした」
そう言って礼をする。
「ありがとう。しかし、謙虚なことだね。僕としては功績を称えて城主を譲ってもいいくらいなんだが……」
「いえ、結構です」
「ふふっ、そうかい。では、後ほど何か相応しい褒賞を贈ろう」
「ありがとうございます」
「さて、夜通しで疲れている者も多いかと思うが、この後、大広間で宴を行うので参加出来る者は参加を、疲れた者は東の棟を寝室として使えるようにしてあるので、そちらを使ってほしい。西は一部崩れたままになっているので近づかないように。では、解散」
疲れてはいたが、目は冴えて眠れそうもないので大広間に向かう。皆も一緒に向かっているが一人見当たらない。
「あれ、セーレは?」
「倉庫だって」
「マイペースだな……」
大広間に到着すれば、豪華な料理が並んだ長いテーブルと椅子が置かれていて、それとは別に部屋の隅にはソファが並べられている。
時間は昼時で、朝から何も食べていないのもあり、料理を見ると忘れていた食欲が湧いてくる。
参加者がだいたい集まった頃にはセーレも戻ってきていて、マリンと軽口を言い合っている。
皆疲れているわりには結構集まって、百名以上はいるようだ。
「それでは、勝利を祝して……乾杯!」
アキレウスがグラスを掲げると、大広間に乾杯の声がこだまする。
「もー、レオさん。ほんと、ほんと、死んじゃうかと思ってボク……」
シャンパンを一杯飲んだだけなのに、モカが酔っ払いのテンションで話始める。
「心配かけてごめんな」
モカの頭をよしよしと撫でる。
「生きた心地しなかったっすよおお! ヒール途絶えさせたら絶対ダメだと思って……うう」
「わたしも、少しでもレオくんの負担減らしたいって思って、敵攻撃してたけど敵の盾に防がれて全然あたらないし、数減らないしさぁ~もう、もぉぉおおって」
「わ、私も銃ちまちま撃つくらいしかできることなくて……」
マリンとシオンもモカにつられて話し始める。
「そうじゃな。わしもパーティーの入れ替えミスったらと思うと、気が休まらんかったわい。まったく、無茶にも程があるわい」
「不撓不屈の精神は天晴でございましたが、何も支援できなかった身としては……」
バルテルとクッキーまで騒ぎ始めて、セーレに助けてくれという表情をするが、聞き入れてもらえなかった。
「オレも心配しました。二度とやってほしくないです」
「お、お前まで!? っていうか、いっつも心配させてるの、お前の方だからな!? ちょっとは気持ちわかった!?」
「は? オレは大丈夫だからいいんです」
「俺も大丈夫だっただろ!」
ぎゃーぎゃーと騒いでいると、アキレウスがやってくる。
「おやおや。愛されているねぇ」
「アキさん、止めてくださいよ!」
「うーん、このメンバーを抑えるには僕では戦力不足だね。とりあえず、メリークリスマス」
アキレウスは手に持っていたグラスを差し出してくる。
そういえば、今日は12月25日だ。
「メリークリスマス」
アキレウスのグラスに、俺のグラスを重ねる。
「それでは、ごゆるりと」
それだけ言うとアキレウスは他のプレイヤーのところに行ってしまう。
最初の方こそ皆騒ぎはしたものの、段々と落ち着いてきたのか徐々に雑談になっていく。
他の戦争参加者とも言葉を交わして、酒を飲んだりしていればあっという間に時間は過ぎていき、アキレウスがパンパンと手を叩く。
「そろそろデザートに切り替えさせていただくよ。当ギルド特製のクリスマスケーキだ」
アキレウスの言葉の後に配膳用のカートに乗って、ケーキがいくつか運ばれてくる。
ケーキの上には苺と、チョコレートで作られたモミの木やサンタクロースが置かれている。
ゲームにないデザインなので、プレイヤー自らが作ったのだろう。
「やったー!」
モカが運ばれてきたケーキにさっそく飛びつく。
「さて、パーティーには音楽がつきものだと思うのでね。セーレ君」
アキレウスに手招きされてセーレが歩いて行く。
「はい。それでは一曲。We Wish You a Merry Christmas」
セーレは妙に流暢な英語でタイトルを言うと、バイオリンを手にしてクリスマス曲を弾き始める。
意外な特技に、皆は初めポカンとした表情をしていたが、そのうち皆で肩を組んで歌い始める。
こんなクリスマスパーティーは人生初だ。俺も近場の面識のないプレイヤーと一緒に肩を組んで歌う。
セーレが一曲弾き終わると、アンコールを望む声があちこちから発生して「仕方ないですね」と、また弾き始める。
アンコールの後、さらに別の曲を三曲演奏すると「そろそろ簡便してください」と、セーレは優雅に一礼をして俺たちの元に戻ってくる。
「相変わらずイケメンっすね」
モカがケーキを頬張りながらセーレに言う。
「どういたしまして。モカさん、ケーキ余ってません?」
「はいっす! 確保しておいたっす」
「どうも」
セーレがモカから差し出されたショートケーキを食べ始めると、セーレの周りに人が集まってくる。
「セレさま~素敵でした」
メロンがニコニコと話しかけ、その後ろからミストラルが声をかける。
「素敵な演奏でした。ぜひ、サインをいただけないでしょうか」
「いや、そういうのはやってないです」
「そ、そうですか……」
「がーん。私も欲しかった……」
きっぱりと断るセーレに、ミストラルとメロンが落ち込んでいる。
「ガハハ、サインくらいしてやれよ」
タケミカヅチがセーレの肩をバンバンと叩く。
「ちょっと、食事できないので叩くのやめてください」
「うちが考えたろか~?」
タケミカヅチの横から、アンネリーゼがセーレを覗き込む。
「必要ありません」
セーレは皆を無視して、ケーキを頬張り始める。
賑やかな様子を眺めていると、背後から声がかかる。
「レオさーん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
エリシアとリコリスだ。リコリスがペコリと律儀にお辞儀をする。
「お疲れ様です。参加されてたんですね」
「うん。別動隊の方だったから会わなかったね。ヒールしに行けなくて、ごめんね~」
「いえいえ」
「レオさんと初めて会った時は、ちょっと頼りないな~って思ってたけど立派になって……お母さん嬉しい」
「おじさんも嬉しいです」
リコリスまで話に乗ってくる。
「そんな若いお母さんとおじさんいません」
「いやー。実際中身おばさんなんやけどな~。まぁ、でも見た目若いのはちょっと楽しいね」
「ぼくはやっぱり違和感ありますが、鎧着たりするのは楽しいですね」
「わかります。リアルじゃ着れないですもんね。着たとしても動けなさそう」
ケーキを食べながら、皆と談笑する。
こうやって他愛ない話ができる世界が守られたのだと思うと、ほっとする。
それから、しばらくするとパーティーはお開きになった。
パーティーが終わって、城から帰る前にアキレウスから呼び出される。
「褒賞兼、クリスマスプレゼントだよ」
そう言ってアキレウスから渡されたのはレベル99の片手剣であるエクスカリバーだ。
「いいのですか?」
「自分用に準備していたものだけれどね。また集めればいいものだし、君に使ってほしい」
「ありがとうございます。まぁ、その前にレベルを上げないとですけど……」
「ふふっ。そうだね。それでは、お疲れ様」
アキレウスが柔らかく微笑むので、俺も笑顔を返す。
「アキさんもお疲れ様でした」
イーリアスの城からギルドハウスに戻ると、皆疲れた様子でそれぞれの部屋に消えていく。
昨日、今日の全てが現実感のない出来事だった。
現実であって現実ではないのかもしれないが。
戦争が終わってすぐは高揚感があったものの、敵プレイヤーを殺した事実は思い出したくない。生き返るのだからと自分を納得させようとしても、傷つけたことには変わりはないし、人が死ぬ間際の表情や絶叫、傷ついた人間の身体の様子はなかなか忘れられるものではない。
そんなことを思いつつもベッドに横になると、さすがに心身ともに疲れ果てていて気絶するように眠りに落ちた。
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