第50話:日常の崩れる音

 翌日は誰も外に行こうと言い出さない。皆、各自の寝室でゴロゴロしていて、大部屋はがらんとしている。

 俺は気休めにしかならないが、フードを被って街を散歩する。

 掲示板には、すでにクリスマスパーティーの案内が出ていた。日本人はイベントが好きだな、と改めて思う。


 もう皆のお祭りテンションは抜けたのか、散歩を終えてギルドハウスのある一帯に来るまでは、誰にも話しかけられずにたどり着けた。この通りはあまりプレイヤーがいないので、ふぅと一息つく。

「レオンハルトさん」

 突如、知らない男の声が耳元でして驚いて振り返るが誰もいない。

「えっと……?」

 きょろきょろしていると、再び声がするがやはり姿は見えない。

「ステルスで失礼します。ブラックナイツのミストラルです」

 その名前に思わず身構える。以前、闘技場の決勝でセーレと戦って、銃を持ち出した相手だ。

「何の用でしょうか」

「セーレさんに取り次ぎ願えないでしょうか」

「用件は?」

「ここでは話せません」

「…………」

 どうしたものかと無言で思案する。こうして話しかけてきたのだから、いきなり荒事に発展することはないだろう。恐らく一人だし、本当に話がしたいだけなら無下に扱うのも失礼だろう。

「僕にあまりいい印象はないと思いますが、お願いできないでしょうか」

「とりあえず、聞いてきます」

 ミストラルを外で待たせて、ギルドハウスのセーレの部屋に行く。

「ブラックナイツのミストラルが、セーレと話がしたいってギルドハウス前に来てる」

「オレに……?」

 思い当たる節がないのか、セーレは首を傾げる。

「今まで話したことないの?」

「ええ、ありませんが……。まぁ、いいでしょう。会いましょう」


 ギルドハウスの扉を開けて、外で待っている……と言っても姿は見えないミストラルを手招きする。

「失礼します」

 声の雰囲気で、中に入って来たと判断して扉を閉めると、ミストラルがステルスを解く。

 ミストラルは緩くウェーブのかかった長い金髪のエルフの男キャラだ。そのミストラルが少々強張った表情でセーレを見つめている。

「立ち話もなんですし、どうぞ」

 俺の言葉にミストラルはソファに移動していくが、座る前に深々とセーレに頭を下げる。

「先日は、試合に泥を塗るような真似をして、申し訳ありません」

「オレは気にしてないですよ。その様子だと、大方ギルドの指示なのでしょう?」

「……はい」

 まだ立っているミストラルに、セーレが手で軽く座れという仕草をすると、ミストラルがソファに座る。

「えーっと、俺は退室した方がいいかな?」

「いえ、そのままで構いません」

「それで用件は?」

 セーレの問いに、ミストラルがゆっくりと口を開く。


「はい。……よい話ではなく申し訳ありません。ブラックナイツのギルドマスターであるディミオスは……イーリアス及び、協力関係にあるギルドに宣戦布告するつもりです」


 宣戦布告という言葉に背筋がぞわりとする。すなわち、ギルド同士の大規模なPvP。殺し合いということになる。

「ふぅん……。宣戦布告するに値する大義名分はあるのですか?」

 セーレはいつもと変わらない表情でミストラルの様子を見ている。

「僕は正直賛同できませんが……。この……ゲームの世界になった元凶は、イーリアスらがフレイリッグを討伐したから。……それに制裁を。という話です」

 ばかげている。が、否定する材料もない。事実あの場で、結構な数のプレイヤーが叶うはずのないその願いを口にしていたのだから。

「イーリアスのアキレウスには話をしたのですか?」

「いえ、まだです。なかなか街で見かけないのと、誰かに取り次いだとしても、そこから情報が洩れるかと思ったので」

 ミストラルは、それなりに頭は回るらしい。確かに、イーリアスとあまり関係のよくないブラックナイツのメンバーがアキレウスと会っていたら、話題になって広まってしまう可能性はなくはない。一番困るのが他のブラックナイツのメンバーに知られることだろう。

「ミストラルさんは、なぜ俺たちにその情報を話そうと思ったのですか?」

 疑問をミストラルにぶつけると、ミストラルはやや自嘲気味に笑う。

「……個人的な感情です。ギルドの方針についていけないのと……。まぁ、決勝でセーレさんに負けてから、ギルド内でそんなに立場よくないので」

「それは、申し訳ありません」

 全く申し訳なく思っていなさそうな表情と声でセーレが言う。

「いえ、あそこまで見事に逆転されると、正直気持ちよかったです」

 爽やかな笑顔を浮かべて言うミストラルの発言に、セーレは若干引いたのかもしれない。少し視線を彷徨わせてから俺の方を見る。

 俺の方を見られてもどうしていいのかわからないが、とりあえずミストラルに質問する。

「……えーっと、それでミストラルさんは、俺たちにどうしてほしいのかな?」

「どう……と言われると返答に困りますが、ただ何の準備もない相手に一方的に戦争をしかけるのはフェアではないと思ったのと、昨日のハロウィンを見て、こういう生活を壊してしまうのは……嫌だなと思ったからですね」

「ミストラルさんは、このままブラックナイツで活動するんですか?」

 俺の疑問にミストラルは歯切れ悪く答える。

「……どこかのタイミングで抜けようかと思っています」

「では、こちらに渡せる情報ありますか?」

 セーレの問いにミストラルがゆっくりと頷く。

「ここからは、アキさんも呼んだ方がいいですかね」

 セーレが立ち上がって、ギルドハウスの奥へと消えて行くので、俺は別の質問をミストラルにぶつける。

「念のため聞きますけど、和解っていう案はなさそうなんですよね?」

「はい……。戦う口実が欲しかっただけ、とも思えますので。ないでしょうね……」

 しばらくしてセーレがマリンを連れて帰ってくる。

「あれ、お客さん来てたんだ?」

「お邪魔しています。こんにちは」

「こんにちはー。……って、ミストラルさんと面識あったんだ?」

「ないよ」

「うーん? まぁ、とりあえずアキさん呼んでくればいいんだよね?」

「ミストラルさんのことは伏せて、できるだけ自然に遊びに誘う感じで」

「よくわかんないけど任された~」

 マリンは首を傾げつつもギルドハウスを出て行く。



 それから三十分くらいしてから、マリンがアキレウスとメロンを連れてギルドハウスに入ってくる。

「やぁ、こんにちは。セーレ君から遊びの誘いとは、珍し……」

 アキレウスは言いかけた言葉を、ミストラルを見て引っ込める。

「こんにちは~。アキさま、突っ立ってないで早く中入ってくださ……あれ?」

 アキレウスの後ろから顔を出したメロンも、ミストラルの姿を見て首を傾げる。

「もしかして、僕たち騙されたのかな?」


 他の部屋にいた皆も呼んで席について、先ほどのミストラルからの話をかいつまんで説明すると、アキレウスは表情を崩さなかったが、他のメンバーは全員げんなりした表情を浮かべた。

「それは、困ったことになったね。まぁ、あの銃を見てからありえないことではないとは思っていたけれど」

「はい……」

「ひとまず、可能であれば布告時期と、戦力を知りたいね」

「布告は十二月の中旬……クリスマスの一週間前。戦力はブラックナイツで七十名。その他協力ギルドが三百名ほどですが、布告後にまだ増えるかもしれません」

「それは……ずいぶんと多いね」

 一つのギルドの最大人数は百名で、だいたいは人数が埋まっていなかったりログインしていない人がいたりで、あまり上限まで行くことはない。七十名というのは多い方で、さらにはこの状況下で追加の戦力をこれほど集められるとは恐れ入る。

「この状態を気に入っていない人は潜在的にいますからね。数か月かけて各地で探っていましたので、大々的に布告すればさらに増える可能性はあります。また、単純に対人をしたいというプレイヤーもいます」

「ふむ。うちのギルドは現在五十名程度、マリン君たちのギルドを数に入れたとしても遠く及ばないね。協力してくれそうなギルドにいくつか当てはあるが……。布告される側となると、あまり士気が上がらないだろうから、戦力差がある状態だと厳しいな」

 現状のプレイヤーは狩りや対人をしたいという人は稀だ。布告されたところで、やる気がでるかと言われるとアキレウスの言う通り難しいだろう。

「……はい。また、それに加えて銃を量産しています。素材が重いので全員に配備というわけではありませんが、それでも現在で五十挺ほど。レベルに依存せず威力が出せるので、脅威でしょう。あと、攻城用の大砲も開発していたはずです」

「なるほどねぇ……」

 さすがにアキレウスもため息をつく。

「一応、銃のレシピも持ってきました」

「君、なかなかやるね」

「はは……。なんか、もうあまりギルドに協力する気ないですからね」

 ミストラルは力なく笑って、銃と弾が描かれたレシピを机に置く。レシピを見てみたものの俺にはよくわからない。

「弾の数は決まっているのかい?」

「制限はありませんが……。ダマスカスを使用しているので、大量には作っていないと思います」

「ダマスカスか……」

 後ろにいたメンバーもレシピを覗き込む。

「へぇ~。弾はスラッグ弾だったんだねぇ……。素人が近距離でとりあえず当てるなら散弾の方がやりやすそうだけど……どうなんだろ」

 のんびりとした調子の声で話すシオンに、全員の視線が集中する。

「え、なんですか?」

「シオン君、一緒に兵器開発しないかい?」

「え、えええ。わ、私詳しくないですよ。FPSとかちょっとやってただけで……。もっと詳しい人いるんじゃないかなぁ……」

「そうじゃのう。ミリオタとか探せばいそうじゃし。こっちも銃使うならその辺に声かけた方がいいかもしれんの」

「そうだね。使うかどうかはさておき……。色々準備を進めなければならないね。幸い大砲はこちらもあるから配備は進めておこうかな」

「あっ、やっぱり作ってるじゃないですかぁ!」

「ははは」

 アキレウスがレシピから顔を上げて、ミストラルの方に向き直る。

「君、しばらくブラックナイツの密偵をお願いできないかな? 悪いようにはしないよ」



 ミストラルの話の後、ブラックナイツに悟られないよう戦争準備に取り掛かることとなった。

 元々イーリアス主催の予定であったクリスマスパーティーの準備を利用して、出し物を募集したり、建造物を作ったり、各地に招待状と見せかけた招集の手紙を送ったりして、城へ人が出入りしても不自然ではないようにしている。

 もっとも敵の密偵がいる可能性を加味して、あくまで打ち合わせは内密に行われ、今のところはミストラルの話も全て信用するわけではないので、ミストラルに話す情報は選ぶようにと、アキレウスは言っていた。

 俺たちは狩りで素材を集めつつ、たまに製作などの手伝いをしている。

 十一月の下旬になると、城には強度の高い素材で作られた装甲代わりの飾りつけが施され始め、イーリアスの城から離れた高台には、人工の巨大なモミの木がいくつか設置されて、その横に大きな雪だるまと、かまくらにカモフラージュしたトーチカが作られた。

 現在の戦力は、ほとんどが布告されたギルドで百五十名程度だ。まだまだ向こうには及ばないものの、そこは開戦が決まってから支援を募るとしている。


 今日は、人がこないであろう狩場の奥に他ギルドのメンバーを招き入れて、改良された銃の試射をしている。

「お前は銃使わないの?」

 敵が入ってこないように付近を見張っているセーレに聞く。

「突っ込んで斬った方が早いですし」

「まぁ、そうだよな。でも基本は城壁から攻撃する籠城のスタンスだろ? 敵いない時に暇しないかなーって」

「レオさん……。オレのことをなんだと思って……」

「あ、あれ? 違った?」

 話をしていると長身の褐色美女が寄ってくる。

「仲良うやっとるねぇ」

 以前、コルドで世話になったことがあるアンネリーゼだ。元々布告対象になるであろうギルドのメンバーだったため、アキレウスの招集にギルド全体で応じている。

「アンネさんは銃使わないんですか?」

 疑問に思って聞くと、アンネリーゼが笑う。

「うちはソーサラーやし銃はええかな。レベルも高い方やろし」

「そっか」

 アンネリーゼの後ろでは、色即是空のギルドハウスで見かけたメンバーがチラホラと銃の練習をしている。

 銃はレベルが低めのアタッカーに優先的に回すとしているので、レベルが高い遠距離職なら銃に頼る必要は確かになさそうだ。

「タケさんは来てないんですね」

 セーレの言うタケさんとは、アンネリーゼの夫で、色即是空のギルドマスターのタケミカヅチというプレイヤーだ。

「あれは脳筋やでな~」

 会ったことはないが、アンネリーゼの言葉で、なんとなく性格を察する。


 そんな調子で、表向きはクリスマスの準備として華やかに、裏では物々しく戦争の準備が行われていく。

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