第51話:宣戦布告

 12月17日の午前。カーリス及び近隣の都市の掲示板に宣戦布告の張り紙がされる。


『現在ログアウト不可のこのゲームの状況を作ったのは、フレイリッグを討伐したイーリアス、及びそれに協力するギルドである。我々は、彼らに制裁を加えるべく宣戦布告をする。一週間後の12月24日に総攻撃を開始する。その際にカーリスに留まっているプレイヤーはイーリアスと協力関係とみなし攻撃を辞さない。 ―ブラックナイツ・ディミオス―』


 張り紙にはイーリアスの他に、布告対象となるいくつかのギルド名が記されていて、俺たちのギルドもその中に含まれていた。

 クリスマスの準備で浮かれていた街の様子は、一気に表情を暗くした。

 宣戦布告の一時間後、正午に大聖堂前にてイーリアスから声明を発表すると張り紙がされる。

 俺たちは、事前に招集されていたので聖堂の中から外の様子を伺う。

 大勢のプレイヤーたちが聖堂の前に集まっているが、ハロウィンの時とは打って変わった陰鬱な雰囲気で、重い曇り空がまるで皆の心を映し出しているかのようだ。

 時間になると聖堂前には、ずらりとイーリアスのメンバーが並んで、アキレウスが中央に立ち、その隣にメロンが並ぶ。イーリアスのメンバーは全員お揃いのギルドのマントを装着している。メロンはいつものほんわかした雰囲気ではなく、凛とした表情で眼前を見据えている。


 そして、アキレウスがよく通る声で話始める。

「イーリアスのギルドマスター、アキレウスである。この度のブラックナイツの布告内容はいいがかりもいいところであり、我々は徹底抗戦する構えだ。彼らは戦いの口実が欲しいだけの蛮族であり、イーリアスの城が落ちれば、ブラックナイツはその軍事力で圧政を敷く可能性があるだろう。我々はこの非現実的なゲームの中であっても、平和に楽しく生きていきたいと思っている」


 観衆はアキレウスの言葉を静かに聞いている。

「その暮らしを脅かされないためにも、協力してもらえるギルドがあれば、是非協力をしてほしい。しかしながら、対人戦に不安を抱く気持ちを抱くのは当然のことである。協力しないからと言ってそれを責めることはしないし、カーリスからの退去を推奨する。なお、この度の宣戦布告であるが事前に密告があり、すでに一部のギルドからは協力を得られている。避難先にはハルメリアの城と劇場を解放しているのでそちらを利用してほしい。……さて、密告と言ったが」

 アキレウスが、少し横にずれて誰かを手招きする。


 聖堂の中からエルフの男が出てくる。ブラックナイツのミストラルだ。観衆はざわつき始めるがミストラルがアキレウスの横に立つと静かになる。

「ミストラルと申します。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私は先日までブラックナイツに所属しておりました。しかし、ギルドの方針を疑問に思い、イーリアスに協力することといたしました。銃を使った卑怯者、ブラックナイツの裏切者として信用は置けないかもしれませんが、力の限り協力させていただく所存にございます。また、私と同じくブラックナイツ側のギルドで同じような思いをされている方がいらっしゃいましたら、どうぞお力添えを」

 そう言ってミストラルは深々と頭を下げる。

「ミストラル君、ありがとう。さて、彼からは技術提供もしてもらった」

 アキレウスの言葉の後に、背後に控えていたイーリアスのメンバーが一斉に銃を装備する。

「こちらの銃は、以前闘技場でミストラル君が使用したものに改良を加えたものだ。レベルが低くても威力は出せるから、レベルは足りないが後方から支援したいという人に提供する予定だ」

 銃の登場に観衆のざわめきが大きくなる。

「静粛に」

 アキレウスがなだめると、声は静かになっていく。

「さて、銃の他にも新たに開発した大砲があるし、他にも防衛の準備は進めている。しかし、防戦一方とする気はない。我がイーリアスと協力関係にある頼もしい人物たちを紹介しよう」


 アキレウスが言葉を区切ったところで、俺とセーレが前に歩いて行く。

 俺は95から装備可能な光り輝く剣のクラウ・ソラスと、白い鎧に金と赤のラインが入ったエヴァラック装備。セーレは俺とは対照的に99から装備可能な禍々しいオーラを放つ魔剣レーヴァテインと、紫がかった黒い鎧に金のラインの入ったアビス装備。そして、フレイリッグのマントを装備している。

 主にセーレの姿にだろう、その場にどよめきが起こる。95装備も十分珍しいのだが、99装備ともなれば現在の状況ではまさに伝説級だ。

 予め打ち合わせしていた通りに、俺は口を開く。

 

「イーリアスの協力ギルドであるサウザンド・カラーズのメンバーのレオンハルトと申します」

 本来ならマリンが挨拶すべきなのであるが、セーレとの見た目のバランスとパラディンという役回りで俺が採用された。

「アキレウスさんの言う通り、もしブラックナイツとの戦争に負ければ現状の平和が維持できなくなる可能性があります。武力を盾に締め付けがあるかもしれませんし、今後プレイヤーのイベントなどもなくなるかもしれません。俺の場合は布告されたギルドという立場もちろんありますが、この平和を維持したいと思っています。戦争時は最前線に立ち、皆様をお守りすることを誓いましょう」

 こと言うタイプじゃないけど。などと思いつつもセーレに目配せすると、セーレは背負っていた大剣をガンと地面に刺す。


「同じくサウザンド・カラーズのセーレです。オレが前線に立つからには、皆さんの獲物はありません。……と言いたいところですが、大人数を一人で倒すのは骨ですので、ご支援いただけたら幸いです。勝利の暁には歌でも踊りでも披露いたしましょう」

 最後にフッと笑みを浮かべて言うセーレに、こんな場であるのに観衆が少し色めく。たまに思うのだが、セーレはなかなか役者である。

「二人ともありがとう」

 パンパンとアキレウスが手を叩き、俺とセーレはアキレウスの後方に移動する。

 そして、他の名だたるプレイヤーや大ギルドの紹介が入り、徐々に場の空気は明るくなっていき協力を申し出るギルドがいくつか出てきた。

 募集や避難の仔細は後ほど掲示板にまとめるとして、今日のところは解散となった。



 それから本格的な防衛準備が始まって、街は物々しく慌ただしい雰囲気になっていく。

「ふむ……総勢二百五十と言ったところか。それとは別に物資の支援で協力してくれるプレイヤーもいるし、想定よりは集まったかな。各ギルドの防衛申請漏れがないかも再度確認を頼むよ。申請の確認はメロン君に任せようか」

 アキレウスが定例会議で報告を受けて呟く。会議には、俺とセーレ、イーリアスからはアキレウスとメロン、新しくイーリアスに加入したミストラル、色即是空のタケミカヅチとアンネリーゼ、その他の協力関係にあるギルドマスターが参加している。マリンはこういう話は向いていないからと言って参加していないので、俺とセーレが代理で参加している。

「集まったと言っても、寡兵であることは変わらずだから楽な戦いにはならないだろう」

 戦力に関しては、ブラックナイツ側は恐らく四百を超えている。

「戦力足りない部分はオレが倒せば問題ないでしょう」

「うーん、頼もしい。ケーキを進呈しよう」

 アキレウスがセーレの目の前にチーズケーキを置くと、会議中にも関わらずセーレはチーズケーキを食べ始める。それをセーレの隣にいるメロンが羨ましそうに見ている。

「食べます?」

「ごくり」

 セーレがフォークでチーズケーキを切ってメロンに食べさせ、その光景を見たミストラルが目を見開いて硬直している。


「さてと、募集で集まった分も入れた編成だ。一部、フルではないパーティーもあるが緊急時や、追加で志願者が現れた時のために空けてある」

 編成表を見ると近接パーティーのうちの一つに俺の名前がある。俺がリーダーで、セーレ、バルテル、シオン、モカ、メロン、タケミカヅチとなっている。

「俺がリーダーなんですか? セーレかタケさんの方が向いているのでは?」

「んー。セーレ君は突撃してっちゃいそうだし、タケ君も……」

「おう。俺は身体くらいしか役に立たねぇ。いつも指揮はアンネに任してるしな!」


 ガハハと言い切るタケミカヅチは、二メートルはあろうかという体格のいいヒューマンで、黒髪をソフトモヒカンにしている。どうやら見た目通りの人物らしい。職業もベルセルクで、セーレと二人でどこかに行ってしまわないか少々心配だ。


「前線を任せることになってすまないね」

 城主であるアキレウスが討ち取られてしまうのは、色々な面で問題があるのでアキレウスは玉座の間に待機だ。

「さて、これが配置だ。街の方にはあまり行かないとは思うが、倉庫と道具屋があるところには防衛を配置し、離れた部隊との連絡は彩光弾を使用する。使い方は後ほど説明しよう」


 城と街の見取り図と布陣が記されていて、俺たちは最初のうちは城門待機となっている。

 遠距離職は城壁の上で、城内は近接パーティーが主だ。別動隊の遊撃部隊もいくつか記載されている他に、伝令部隊、復帰ポイントの記載がある。

 倉庫と道具屋の防衛は、敵に補給させないためだろう。


「ミストラル君の話では、当初ブラックナイツはハルメリア側から攻めてくる予定だったけれど、今は変わっているだろうね。しかしまぁ、北からは難しいだろうから警戒する方向はそれほど変わらないかな」

 ミストラルがこちら側に回ったことと、ハルメリアがカーリスに全面協力を申し出たために、ブラックナイツは作戦を変えてくるだろう。

「これが、ブラックナイツの主要メンバーをまとめたリストです。協力ギルドの方は把握しきれていないので、有力なプレイヤーやギルドのみの記載となっています」

 ミストラルが資料を机に置く。名前と凡そのレベル、クラスが書かれている。


 ブラックナイツのギルドマスターであるディミオスの職業はパラディン。レベルは97。戦争ギルドのマスターは防御力を求められるので大抵がパラディンか重装備職で、ブラックナイツもそれに当てはまる。主力と思われるプレイヤーは95前後で数はこちらより多めだ。近接職多めだが銃がある今、その辺は参考にしすぎても危うい。



 それから少し情報共有をして会議はお開きとなり、パーティーメンバーと顔合わせすることになったのだが……。

「がはははっ! やるな!」

「さっきの動き、いいですね!」

 セーレとタケミカヅチが訓練用の武器に持ち変えて嬉々として闘技場で一戦交えている。セーレ以外にやる人間がいないだろうと思っていたスキル再現のアクションをタケミカヅチも行っている。同じベルセルクではあるが、セーレは大剣、タケミカヅチは格闘武器を使用していて、豪快な土煙をまき散らしながら二人はスキルを叩きつけあっている。


「とりあえず、脳筋は置いておくっすよ」

「誰が脳筋だぁ!?」

 モカの発言がタケミカヅチに聞こえたようで、怒声が返ってくる。

「ひゃぃっ!?」

 びくっと硬直するモカにタケミカヅチが笑う。

「まぁ、そのお通りだがな!」

「まー。お二人は置いておいて進めちゃいましょうか。改めて挨拶するほどのメンバーでもありませんが、よろしくお願いしますね」

 メロンが軽く会釈すると、バルテル、シオン、モカも軽く挨拶をする。

「彩光弾は各パーティーで二つずつ配備だそうです」

 メロンが小型の銃を取り出す。

「この弾をここにいれて、こうすると……」

 上に向けて放たれた銃から、パンと黄色い煙が出て行く。

「主に別動隊が使うので私たちはあまり関係ないと思います。黄色が救援要請、赤が敵発見です。他の色もありますが、ダミーで意味はないそうです。さて、どなたにお渡ししましょうか」

「そうだな。あのベルセルク二人はナシとして……。俺やヒーラー陣は手が離せないことがあると思うから、バルテルさんとシオンさんがいいかな」

「了解~」

「はーい」

「私たちは、城門が破られたら出撃になります。普通はその場で迎撃になりますが、セレさまとタケさまがいらっしゃるので、レオさまにファランクス使っていただいて、そのまま轢き殺しにいきます」

 ファランクスとはパーティー全体の防御力を上げるスキルだ。


「いい作戦だな」

 セーレとタケミカヅチが、満足したのかこちらに戻ってくる。

「この状況での戦争は初めてですし、どこを狙うとかは臨機応変ですね。攻城兵器があればそちらを狙いましょう」

「ひとまず敵は俺が引き付けるから、皆は攻撃に徹してもらえばいいかな。銃の射線もあるから、できるだけ俺より前に行かないようにしてね」

「モカさんはオーバーヒールになってもいいので基本はレオさまのサポートお願いします」

「はいっす」

「ベルセルクさまたちにも、ヒールは入れますのでグラゼロのことは忘れてください」

「そうですね。全体のHPの管理もし辛いと思いますのでオレはそれでかいません」

「おう。同じくだ。それに、あんまりHP減りすぎると動きが鈍るしな」



 12月21日

「ま、間に合った~!」

 マリンにレベルアップの光が降り注いで、皆から祝いの言葉が飛び交う。近頃は戦争の準備で狩りに来ていなかったものの、マリンがレベル99を達成した。

「おめでとさん。弓製作終わってるよ」

「ありがと~」

 マリンがバルテルから渡された弓を装備する。フェイルノートという名の弓は、天使の羽がデザインにあしらわれている優美で美しい弓だ。

「さすがに防具は間に合わなかったけど……。フライクーゲル!」

 マリンが敵の集団にスキルを使うと光り輝く矢が連続で発射されて、バタバタと敵が倒れていく。後方の敵まで倒れているということは、貫通か範囲なのだろう。戦争では役に立ちそうだ。


 マリンのレベルが上がったことで、狩りは早々に切り上げてギルドハウスに戻る。

 夜に風呂から上がって、大部屋に足を運ぶとマリンが一人でホットミルクを飲んでいる。マリンは誰かと一緒にいることが多いので珍しい。

 同じ机に座ってコーヒーを机に置く。

「今日はおつかれさま」

「付き合ってくれてありがとうね」

「自分の強化にもなるし、気分転換にはよかったから問題ないよ」

「そっかー……」

 どことなくマリンは元気がない。

「どうかしたの?」

「いやー……」

 マリンはへらっと笑ってから、机に視線を落とす。

「わたし……、本当は戦争とか嫌なんだよね」

「うん。……俺も気は進まないな」

「そうだよね……。皆嫌だと思う。わたしはレベル上げて、装備も鍛えたけどさ……本当に動けるのかなぁって……ちょっと不安だな。火力あるのに役立たず~みたいになったら嫌だなぁって」

「俺も、前線で敵の的になって逃げださないかはとか考えるから、皆それぞれ不安はあると思うから、あまり思いつめなくてもいいと思うよ」

「ああ、ごめんね。レオくんの方が大変な立ち位置だよね……」

「あ、いや。そういう意味で言ったんじゃないけど……」

「ありがとう。優しいね。うん、皆のところに敵が行かないようわたしがフォローする!」

 マリンは顔を上げていつもの笑顔を見せる。

「話したら楽になったよ。ありがとう」

「うん、こっちも」

「じゃー、おやすみー」

 いつものテンションでマリンは寝室に消えて行く。


 マリンは、明るくギルドのリーダーとして振舞ってはいるが、やはり中身は普通の人間だと改めて気付かされる。

「俺も……皆に攻撃当たらないように……」

 思うことは簡単だ。

「……ま、なるようにしかならないか」

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