第39話:夏の海

 ダムドの一件からは、何事もなく日々が過ぎて行く。もう、元の生活に戻る手段を探している人がいるかどうかもわからない程度には、自分たちも他のプレイヤーもこの世界に馴染んでいた。平穏と言えば平穏ではあるが、リアルと比べて娯楽が少ないのが退屈だ。

 テレビを見ることもできないし、ネットや本もないので、時間の潰せる趣味のない俺は、製作でもしているか、誰かと一緒にだらだらしているのが専らだ。


 今日は俺の部屋にモカがいて、モカはスケッチブックに絵を描いて遊んでいる。

「いいよな、お前は趣味あって」

「言うて、これだけじゃ寂しいっすよ~」

「それもそうか」

「アナログ不便だし、ネットもアニメもないのは暇っす」

「だよなぁ。まぁ、一緒に話しできる人がいるだけマシかな」

 街の掲示板に同じ趣味の人募集のような張り紙がチラホラあったが、あまり気になる内容はなかった。

「それはあるっすね~。昨日も女子会楽しかったっす」

「女子会……」

 まぁ、モカは女子に混ざっていてもなんら不思議はない。

「お前、めちゃくちゃ馴染んでるよな。なんか、困ったりとかないの?」

「こっちきてすぐは、どうしよっかなーって思ったっすけど、わりと楽しいっすよ。リアルだったら着れない服も着れるし」

「そっかー」

 日頃のモカの様子からして、本当に困ってないだろう。

 そして、色々な衣装があるのは確かに俺も楽しい。

「レオさんも女子会混ざればいいのに」

「いやー。なんか、ちょっとテンション違うかなぁ。っていうか、女子じゃないし」

「じゃあ、男子会開いたらどうっすか?」

「誰を誘えと」

 バルテルとクッキーは誘うにはなんだか年齢が違う気がする。

「ボクとセーレさん? そういや、セーレさんも女子会来ないっすねぇ」

「まぁ、セーレはセーレだからな。あいつって、リアルでもあの調子なのかな」

「身内だと、そのままらしいっすよ。ゲームのが染みついちゃって、うっかりリアルで身内以外もいるとこで、オレって言って、慌ててたってマリンさんが言ってたっす」

「へぇ~」

 想像するとちょっと面白い。

「せっかくなんで、今からセーレさんの部屋行くっすか?」


 そんなわけで、二人でセーレの部屋を訪れ、ノックをすれば返事があって扉が開く。

「はい。狩りの誘いですか?」

「違う」

「お邪魔するっす~。うわ」

 ベッドとソファ一つだけしか置いていない部屋にモカが、声を上げる。

「何か?」

「うん、木箱だけよりはマシっすね」

「はぁ……。それで、何の用ですか?」

「お話しに来たっす」

「まぁ、いいですけど……」

「じゃ、ちょっと失礼」

 モカがセーレの部屋に机とソファを取り出して置いたので、そこに座る。

「セーレさん、一人でいる時は何してるんすか?」

「製作か、素手でできる軽い鍛錬ですかね」

「なんか趣味ないんすか?」

「これと言って。ゲームなかったらやることないです」

 あまり人のことを言えないが、なかなか寂しい話である。しかし、ふと思い出して聞いてみる。

「楽器は? バイオリンとか弾かないの?」

「ここだと、皆さんの迷惑になるでしょう」

「そんなことないと思うけど」

「ボクはむしろ弾いて欲しいっすね。そうだ。他の人にも聞いてくるっすよ」

「いえ、そこまでして弾きたいわけでは……」

 セーレが断るより先に、モカは部屋から飛び出して行ってしまった。

「モカさん……」

「はははっ。いいじゃん。俺も聴きたいし」

 モカの行動にセーレは、困ったような表情を浮かべていたが、その日以降、セーレの部屋から時折バイオリンの音が聞こえるようになった。



 そんな調子で、この世界に多少の不便さや物足りなさは感じつつも、あっと言う間に、一か月、二か月と過ぎていき、リアルの暦なら八月の頭となった。リアルと同じ時間経過なら今月は誕生日で三十路になるな……。と、少し悲しい気持ちになる。

 そして、八月と言えば夏だが、この世界も気候の変動はあるようで、外に出ると暑い。


「みてみて~」

 マリンがチラシを持ってくる。転写機を置いているNPCの店があるらしく、最近は白黒ではあるが印刷物をちらほら見かける。

「海水浴場できたって~」

 カーリスから馬で一、二時間ほど走れば着くところに海があって、そこの話のようだ。

「行くっすか!? 僕行きたいっす!」

「海か、いいな。それで、海水浴ってーっと水着がいるか」

 引きこもっていても暇なので外出は歓迎だ。

「水着かぁ……。ちょっと恥ずかしいけど、海には行きたいなぁ」

 俺とモカとシオン、マリンは乗り気のようだ。

「わしは、あまり興味ないから留守番してるよ」

「毛が濡れてしまいますので、わたくしも留守番でお願いいたします」

「……オレも留守番で」

 バルテルとクッキー、そしてセーレが留守番を申し出る。

「ええー! セーレは行こうよ」

「そ、そうです。セーレさんいこっ」

 マリンとシオンがセーレに詰め寄っている。

「いや、水着とか着たくないし……」

「水着じゃなくていいからいこー!」

「そうっす! 一緒に行くっすよ!」

「セーレくん、行ってきなよ。おじさん二人と留守番しててもつまらないじゃろ」

 皆に言われて、セーレが困った表情でこちらを見てくる。助けを求めているのかもしれないが、それには気付かなかったことにする。

「女子多いし危ないかもしれないよな。一緒に護衛で行こうぜ」

 そう言うとセーレはため息をついて同行することを承諾した。



 海水浴場に着くと、ビーチバレーのコートや、海の家、水着売り場ができていて、人は多くなかなか盛況なようだ。

 マリンは青いパレオ付きの水着を着て頭にサングラスを乗せている。すらっとしたスタイルで脚線美が眩しい。

 モカは頭に黄色いハイビスカスを飾って、フリルが多い白い水着を着ている。こうしてみるとなかなかに絶壁である。

 シオンは黄色と緑の花柄の水着を着て、上から馴染みのパーカーを羽織っている。何がとは言わないが思ったよりボリュームがある。

 セーレは白地に紺の模様が入ったアロハシャツに、カーキ色の七分丈のパンツを履いて、サングラスかけている。

 俺は赤色ベースのアロハシャツに海パンだ。

「じゃ、オレこの辺にいるんで」

 セーレが浜辺について早々に、パラソルの下に置かれていたビーチチェアの上に座る。

「付き合い悪いよ!?」

「むしろ付き合いで来たんだから、感謝してよ」

 マリンの言葉にセーレが面倒くさそうにする。

「もーっ」

 セーレを連れ出すことは諦めたのか、マリンが皆の元に戻ってくる。

「海入ろ~」


 セーレを除いた四人で波打ち際に行くと、波が足元の砂を攫っていく感触が面白い。

「わぁ~。海久しぶりだなぁ。あ。この前の無人島はノーカウントで……十、あれ……二十……年ぶりくらい……? やだぁ~!」

 と、シオンが月日の流れに衝撃を受けている。

「海ってあまり来ないっすよね。ボクがオタクだからかもしれないっすけど」

「わたしは去年沖縄行ったよ~。めちゃ綺麗だったなぁ。ここも綺麗だけど色が違うよね」

 マリンが楽しそうに海を見ながら言う。

「沖縄かぁ。修学旅行で行ったきりだな……」

 冬に行ったので海には入らなかったが、確かにあちらの海はエメラルドグリーンという言葉がよく似合う美しさだった。

 しかし、ここの海も透き通る美しさで足元がよく見え、海水は暑い日差しの中では心地よい冷たさだ。水平線を眺めていると、顔面に海水が飛んでくる。

「可愛い女の子がいるのによそ見っすか?」

 海水はモカから飛んできたらしい。

「女の子なぁ……」

 そう言って、モカに海水をお返しする。

「おっ、やる気っすか? 負けないっすよ!」

 二人で海水の掛け合いを始める。

「あらあら、元気ねぇ」

 シオンが浮き輪を出してその上に座って、俺とモカの様子を眺めている。

「シオンちゃんも、それっ!」

 マリンがシオンに海水をかける。

「ひゃうっ。……も、も~!」

 言いながらシオンも浮き輪から降りてマリンに海水をかける。


 しばらく遊んでいると、モカが喉が渇いたというので、モカと二人で飲み物を買いに行く。

 そして、その帰り。マリンとシオンの元に戻って行くと……。

「お姉さんたち、二人? 一緒に遊ばない?」

 知らない男が二人、マリンたちに声をかけている。

「こ、このパターンは……」

「助けに行くっす……!」

 と、踏み出すより先にマリンが動く。

「いいよ。これで遊んであげる」

 にこっと笑うマリンの手にオーラを纏った弓が現れ、男たちはひきつった笑みを浮かべて逃げ去って行った。

「はー。もうちょっと捻りのある誘い方できないかなぁ」

 ナンパを気にした様子もなくマリンがシオンと話している。

「追い払ってくれてありがと~。でも、捻りのある誘いをされたら乗るの?」

「うーん、行かないと思う」

「だよね」

 平穏になった二人のところにモカが駆け寄って行く。

「飲み物買ってきたっすよ~」

「おっ。ありがとー」

「なんか絡まれてたっすか?」

「そーなの。めんどくさ~」


 そういえば、こういう時はセーレが助けに行くのでは、と思ってセーレの方を見ると、エルフの女性と話している姿が目に入る。いつもと恰好が違うが、あれはメロンだ。

 メロンは髪型をポニーテールにして、水着の上から白い上着を羽織っている。しばらくすると、メロンがセーレの横にあったビーチチェアをセーレの方に寄せて並んで座り始める。ついでに、メロンが持っていた飲み物をセーレに一口飲ませて、何か話している。

 以前、セーレとメロンが付き合っているという捏造記事が流れたらしいが、火のない所にというやつである。中身を知ってしまえば、なんでもない話なのだが、周囲のプレイヤーの視線から察するに、また誤解されているだろう。

「何見てるっすか?」

「いや、別に……」

「スイカ割りいこー!」

 マリンに呼ばれてスイカ割りに行く。

「スイカ割り。リア充のイベントだね……」

 と、シオンが木刀を持ってスイカを眺めている。

 皆でスイカ割りを始めるが、全員狙いを外してマリンが爆笑している。これはこれで悪くない。

 三巡目にやっとシオンがスイカを割って、皆で切り分ける。

「セーレさんにも持っていく?」

「そだね、多いし」


 セーレの元にいくと、まだ隣にメロンが座っていて二人で仲良く話をしている。

「あれっ、メロンちゃん来てたんだ?」

 マリンが話しかけるとメロンが気づいて、こちらに顔を向ける。

「あっ。マリンさま! はい、ギルドの皆と来たんですけど、ビーチバレーするって言ってて……。運動苦手だから逃げてきました~。セレさま隣にいると誰も呼び戻しに来ないので助かってます」

「どういたしまして」

 セーレがサングラスを取って微笑む。あまりにも絵になる仕草に、シオンから「はわ~っ」と言う声が聞こえた。

「はい。セーレ、スイカ。メロンちゃんも食べる?」

「わぁ~。いただきます~!」

 メロンが嬉しそうにスイカを受け取って食べ始める。セーレはスイカを持ったまま首を傾げている。

「種はどうすれば?」

「ペッて、捨てるか食べちゃえばいいんじゃない? 食べても影響ないでしょ」

 マリンの言葉で、セーレはそのまま食べるようにしたらしく、上品に食べ始める。

「そういえば、アキさんは来てるの?」

「アキさまは船で釣りに出かけましたねぇ。元からお好きですから」

「ああ。船舶免許持ってるとか言ってたもんね」

「あっ、そうだ。皆さま」

 メロンがスイカを食べる手を止めて、話を切り出す。

「再来週に、イーリアス主催で夏祭りの開催を予定していますので、よかったらご参加くださいませ」

「何やるっすか?」

「聖堂前の通りに、屋台とか盆踊り会場とか作ります!」

「ああ。掲示板に案内出てたね」

「そうそう、それです~! ぜひぜひ。おっきい花火も開発中です~!」

 この世界にはイベントなどないので、夏祭りの風景を思い浮かべると、自然と待ち遠しくなる。



 海辺の町で二泊し、海を堪能してギルドハウスへと帰ると、バルテルとクッキーが机の上に何かを並べている。

 緑色のボードの上に、四角い……そう、それは雀牌だ。

「どうしたのこれ?」

 マリンが覗き込むとバルテルがほっほと笑う。

「二人で作った」

「へぇ~……」

「あんまり興味なさそうじゃね?」

「ルールわかんないしね」

「教えるよ」

「うーん、パス」

 マリンは手をひらひらと振って、ギルドハウスの二階へと消えて行く。セーレもマリンの後について部屋から姿を消す。

「……レオくん、男なら麻雀できるよね?」

「いや、その理屈はおかしいでしょ!?」

「できないの?」

「まぁ……できるけど」

 そう言って、四つの椅子のうちの一つに座る。

「モカくんも……」

「いやー、できないっすね! 難しそうなのはパスっす!」

 モカも退室していき、残ったシオンに視線が集まる。

「えーっと、オンラインでしかやったことないけど……せっかくだし、やろうかな?」

「計算はわしするよ」

「はーい」

 残った席にシオンが座る。

「何か賭ける?」

「賭け事はいけません」

「クーさんかたいねぇ」

「……とは言え、リアルに影響ございませんしね。ほどほどに」

「強化スクでも賭けようか」

「はーい」

「親、クーさんからね」


 そして、始まった麻雀であったが……。

「あっ、ツモです」

 シオンがとても強い。

「やりますな。お嬢さん」

「たまたま配牌よかっただけですよ~」

 などと言っていたが……。

「じゃーん。嶺上開花でーす。えーっと、あっ裏ドラやった~!」

 シオンにぼこぼこにされて終わった。人には意外な一面があるものだ。


「そういえば、雀牌作るの手間じゃなかった?」

「そうそう。牌がいっぱいあって大変だし、字間違えるし、イーソウなんて最初クリーチャーになったよ」

 バルテルから孔雀の絵のかかれた牌を渡される。よくよく見れば孔雀の顔はずいぶんとファンキーだ。

「やっぱ、よく覚えてない物とか知らない物を作るのは難易度が高いのう……」

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