第三章 この世界の日常と非日常

第38話:協力要請

 シオンの歓迎会をした翌日の昼頃、皆でくつろいでいるとマリンが口を開く。

「スイーツ食べ放題行く人~!」

「はい!」

「はーい」

 と、マリンがモカとシオンと共に出かけていく。食べ放題と言ってもそういったメニューがあるわけではなく、この世界のプレイヤーの所持金に対して、食費などないも同然の価格だからだ。


「セーレは行かなくてよかったの?」

 てっきりマリンと一緒に出かけるかと思っていたので、疑問に思ってセーレに聞く。

「甘いものはそれなりに好きですけど……。食べ放題したいほどではないですね」

「そっか」

 そういえば、この世界で初日に、セーレがクレープを食べきれないでいたことを思い出す。

「暇でしたら狩りでも行きます?」

「え、うーん。どうしようかな」

「お二人もいかがですか?」

 チェスをしているバルテルとクッキーにセーレが話しかけると、二人は首を横に振る。

「ご飯食べた後は動きたくないのじゃよ」

「わたくしも留守番で……。あっ、外に出られるならこれをお持ちください」

 クッキーがセーレに何かを渡している。恐らく、消耗品の類だろう。

「では、行ってきます」

「ご無理はなさりませぬよう」

 クッキーがぺこりとお辞儀をする。セーレはクッキーから物を受け取ると玄関に向かって歩いて行く。

「待って、俺も行く」

 俺の返事を聞かずに、一人で行ってしまいそうなセーレを追いかけて外に出る。

「ギルド着いたのに、まだレベル上げるの?」

「今後、何があるかはわかりませんしね」

「まぁ……そうだな」

 あまり考えたくはないが、以前村が襲われていたこともあったので、モンスターが街に攻め込んでくるなんていう事態もあるかもしれない。

「あと、単純に狩り好きなので」

「そう……」



 西の門を目指してセーレと歩いていると、セーレに気付いたプレイヤーたちがチラチラとセーレを見ている。頭の上に名前が出るのも考え物である。これまでの街ではあまりない光景ではあったが、高レベルのプレイヤーほど他のプレイヤーについて把握しているからだろう。

 そんな好奇の視線に晒されながら歩いていると、見知った人物が姿を現す。

「おや、セーレ君にレオ君じゃないか」

「アキレウスさん……!」

 イーリアスのギルドマスターにして、ゲーム内では最強のパラディンと称されていたアキレウスが気さくな笑顔で片手を上げている。アキレウスは、鎧は着ておらず少々ラフなファンタジー風な街着姿だ。

「マリン君が心配していたが、無事で何よりだ」

「ええまぁ、色々とありましたが」

「せっかく会えたのだし時間があるのであれば、お茶でもどうかな」

 アキレウスの爽やかな笑顔に、セーレが少し悩んでから頷く。

「いいですよ」

 周囲にはアキレウスとセーレの姿に気付いて、人だかりができ始めている。アキレウスもトップクラスのギルドのマスターなため相当目立つ。


 アキレウスの後に付いて行くと、現在はイーリアスが所有しているカーリスの城を案内される。すれ違うイーリアスのギルドメンバーが遠巻きにこちらを見ている。

 城は外から見たのと同じく内装も白と青の配色で整えられていて、落ち着きのある上品な雰囲気だ。

「こちらへどうぞ」

 客間として使われているらしい一室に通される。テーブルが一つと椅子が四脚。家具は食器棚と花瓶などの調度品が置かれている。セーレと並んで座って、アキレウスと向かい合う形になる。アキレウスが紅茶を三つとクッキーを並べて、どうぞ。という仕草をする。

「今日はどこかに用事があったのかな?」

「狩りにいこうかと」

「君は相変わらずだね」

「レベルを上げておいて困ることはないでしょう」

「そうだね」

 セーレの言葉にアキレウスがフッと笑う。

「レオ君は、調子はどうかな」

「えっ、ああ。えーっとぼちぼち……?」

 急に憧れの先輩から話題を振られて、ドギマギして捻りのない答えを返してしまう。

「セーレ君に付き合うのは大変じゃないかい?」

「そうですね……。ちょっと無鉄砲なところはありますが、でも、頼りにはなりますよ」

「そうかそうか」

 アキレウスが俺とセーレを見てニコニコとしている。

「それで、アキさん。何の用ですか?」

「うん?」

「その辺の喫茶店でできない話をしたいから、ここに呼んだのでしょう?」

「……ふふふ、察しがいいね」

 アキレウスは紅茶を一口飲んでから再び口を開く。

「では、単刀直入に。カーリスとハルメリアの間に出没するダムド……PKギルドのことは知っているかい?」

「ええ」

「なら話は早い。二人とも、そのダムドの討伐に協力してくれないかい?」

 アキレウスは相変わらず笑顔のままだが、その瞳は笑っているようには見えない。


 いくら憧れの先輩からの話だとしても、俺としてはプレイヤー同士で争うのは嫌だ。NPCの山賊を倒した時でさえ、あの表情や肉の感触、血の臭いがしばらく頭から離れなかったのだ。

 それが、データではない感情のある人間相手だというのなら、いくら相手が非道なPKギルドだろうと気は進まない。

 しかし、困っているプレイヤーが多いのも事実で、少しでも力になれるなら、という気もなくはない。

 セーレをちらりと見るが、セーレの表情は読めない。

 珍しく即答しないセーレだが、イーリアスという大ギルドの後ろ盾もあるのだ。PKギルドが出たと聞いた時の様子からすると討伐に行くとしても不思議ではない。セーレが行くとすれば、俺も行くべきか……。一人で汚れ仕事をさせたいとは思えない。


 そんなことを考えているとセーレが口を開く。

「お断りします」

 その言葉にアキレウスは目を丸くする。

「……意外だね。君なら乗ってくると思ったのだけれど」

「買いかぶりですよ」

「ふむ。所詮は箱入りのお坊ちゃんだったということかな」

「なっ……!」

 アキレウスの不躾な発言に怒って立ち上がろうとする俺を、セーレが手で制してくる。

「はははっ、安い挑発ですね。そんなんだから嫁さんに捨てられるんですよ」

 セーレのその言葉に、アキレウスは両手で顔を覆って机に肘をつく。

「今のは……きいたね……」

「オレを口説きたいのなら、もっと頭を使って発言してくださいね」

 セーレがにこりとアキレウスに言う。

 怖い。

「肝に銘じておくよ」

「とは言え……アキさんにしてみれば、オレがここに来た時点で目的の何割かは達成だったのでしょう?」

「ふふふっ。すまないね。まぁ、作戦に参加してくれることが最上だったのだけれどね。気が変わったらその時は頼むよ」

 それから、お茶を飲んで世間話をしてアキレウスと別れて部屋を出る。



「……アキレウスさんの目的ってなんだったの?」

「ああ……。オレとイーリアスって、よく一緒に活動していたので……。オレがイーリアスの城に行けば知らない人から見れば、ダムドの件で協力関係と認識されてもおかしくないでしょう? そうすれば多少は相手の士気を下げたり、牽制になりますからね。オレはダムドのメンバーを何人か過去にPKKしてますし」

「お前、たまにちゃんと考えてるよな。いつもの脳筋なんなの?」

「殴った方が早い時は殴るでしょう。当たり前です」

 セーレの力強い回答にため息をつく。

「……と、とりあえずダムドの件は断ってくれて安心したよ」

「オレが行くと言ったら、レオさんも来てしまいそうな様子でしたので」

 図星だ。

「あー……うん。それは、ちょっと考えてた」

「あとは、以前も言った通りです。ギルドの他のメンバーも巻き込んでしまう可能性もありますからね」

「うん。ありがとう」

「感謝されるほどでも」

「それにしても、アキさん……ひどいこと言うよな」

「ああ。あの人は、甘言や挑発で人を操ろうとするタイプの人ですからね。その辺は適当にあしらったほうがいいですよ」

「へ、へぇ~……」

「だいたいダムドの始末もアキさんがやる気になっていたら、とっくに終わっていたはずなんですよね」

「どういうこと?」

「わざと放置していたってことですよ」

「えーっと……?」

「大都市に行く要の街道が封鎖されて困る人は多いでしょう。しかし、それがすぐ解決されては有難く思う人は少ないですよね」

「つまり、恐怖や不安を煽っておいてから、解決してありがたみを……みたいなこと?」

「ええ。そういうことです。この先のことを考えると名声はあって越したことはないと考えているのでしょう」

 憧れの先輩像が崩れていき、少々モヤモヤとした気持ちになってくる。

「そ、そう……。それわかってて、よく付き合い続けてるね」

「そうですね。それなりにいいところはありますし、利害関係一致すれば心強い相手ですよ。利用されたのは、ちょっとイラっとしましたけど」

「ははは……」

「まぁ、他のギルドがやらないことを、やろうとしている点は評価していいでしょう」

「そうだな。思惑はどうあれ実行に移せるのはすごいよな」


 セーレと話しながら歩いていると、城門の外から長い金髪のエルフの女性が笑顔で、パタパタと走ってくる。

「セレさま! レオさま!」

 イーリアス所属のヒーラーのメロンだ。

「お久しぶりです」

「どうも」

「はい! この状況でご無事……というのも語弊がある気はしますが、ご無事で何よりです」

「メロンさんもお元気そうで」

「えへへ……。お城にいらしたということは、アキさまとお会いになっていたのですか?」

「ええ」

「じゃ、じゃあ……」

「討伐には協力しませんよ」

「あっ。そうなんですね」

 メロンは、残念に思った様子もなくからっとしている。

「お役に立てず、申し訳ありません」

「いえ、それは全然……」

 メロンは周囲に人がいないことを確認してから少し表情を暗くして言う。

「わ……私もあまり……気乗りしない話なので……それでいいと思います」

 嫌ならやめれば。とも言えない。最強ヒーラーという肩書的に協力しないわけにはいかないのだろう。参加しないとギルドの士気に多大に影響してしまう。そして、メロンの他にもきっと討伐に行きたくないメンバーがいるであろうことは想像に難くない。

「メロンさん、我慢できなくなったら、オレがかわりにアキさん殴って差し上げますから、いつでも言ってくださいね」

「せ、セレさま……」

 メロンがセーレの言葉に、両手を頬に当てて頬を染める。

「えへへ、少し元気がでました。今度、またお話しましょうね」

 そう言うと、メロンは城の中に消えていった。

「でかいギルドも大変だよな……。そういえば、狩りはどうする?」

「行きましょう。ストレス発散です」



 それから数日中に大規模なPK狩りが行われて、PKギルドのダムドは解散に追い込まれた。ダムドの幹部はイーリアスの城の地下にある牢へと監禁すると掲示板に掲載されていた。

「はぁ~。アキさんよくやるよねぇ」

 一緒に買い物に出ていたマリンが掲示板を見ながら言う。

「わたし、討伐誘われたけど断ったや」

「マリンさんも断ったんだね」

「も?」

「この前セーレと歩いてたら、アキレウスさんと会って誘われて……」

「そうなんだー。ってことは、セーレも断ったの?」

「うん。ギルドに迷惑かかるかもしれないから~って」

「まじで? 昔は、わたしめちゃくちゃ巻き込まれたけどな~」

「うーん、状況が違うから……かな?」

「そういうこともあるかもねー。でも、あいつわたしのことなら巻き込んでいいと思ってる可能性はあるな……」

「そうかな。カーリス来る前は、マリンさんの心配してたよ……」

「うそぉ~。わたしの心配するセーレとか、見た過ぎるんですけど」

「……ええと、セーレには言わないでね」

「うん。言わない言わない。でも、セーレの可愛い面が聞けて満足!」

 マリンはニカっと笑って、それからスキップしながら通りを進んでいく。


 リアルからの繋がりで仲のいいマリンとセーレの関係は少し羨ましい。

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