第35話:吹雪の中で

 翌朝、気持ちを切り替えて頑張ろうと、食堂に行くなりいつも先に起きているシオンの姿がやはりあって、俺を見るなりニコニコ笑う。

「おはよー。昨日は、災難だったねぇ」

「満面の笑みで言われてもな」

「思い出すと面白くなっちゃって……」

「そうそう。気の毒ですが、ちょっと面白かったですよ」

 ちょうど起きてきたらしいセーレの声が背後からして振り返ると、目を細めて笑みを浮かべている。笑うのを我慢したけど、顔に出てしまったような表情だ。

「あまりにも力を入れて抱き着いてきたので、骨が折れるかと思いましたよ」

 そう言いながらセーレはテーブルまで歩いていってシオンの座っている隣に座り、ベーコンエッグと紅茶を注文している。

「そこまで……?」

「ええまぁ」

 セーレが言うとイマイチ本気か冗談かわからず、首を傾げながらも二人の横に座る。

 シオンはすでに朝食を終えているのか、お茶だけ置いて製作をしている。セーレはベーコンエッグをナイフとフォークで綺麗に食べ始める。

「俺もベーコンエッグ食べようかな」

 人が食べていると美味しそうに見えて同じものを頼む。


「それにしても、シオンさんっていつも朝早いね」

「癖かなぁ。通勤に時間がかかるから、早めなんだよね。電車混まないところ選んでたけど、時間短くすみそうなところに引っ越そうかな……」

「通勤は短い方がいいよ。片道三十分短縮できれば合計一時間だもんな~。俺も一時間近くかかるからもうちょっと減らしたいな……」

「距離的に近くても乗り換えあると伸びちゃうから難しいよね~。でも、会社に近すぎても休日出勤とかで呼び出されそうでやだなぁ。って、リアルどうなってるかわからないし、戻ったら首切られてそ~」

「ははは……。仕事なくなってたらどうしようかな……」

「考えても仕方ないよね~。よし、仕事のことは忘れよう!」

「そうだなー。今日の予定でも考えようか」

「今日はねぇ……。お外吹雪いてるから、出るの無理だと思うよ~」

「そうなんだ」

 言われてみれば強い風の音がしている気がする。

「製作でもしてよっかなぁ」

「俺もそうしようかな」

「オレは村の中を見てこようかな」

「お前、吹雪って話聞いてた?」

 セーレの発言に思わずツッコミを入れてしまう。



 その日は皆で部屋に集まって、だらだらと製作をする。セーレは結局一度外に出て、しばらくして帰ってきた。

「セーレ、外に何か用事あったの?」

「新しいクエストがないかと思いましたが、ありませんでした」

 あったら受けていたのだろうか。

「なんか着たい衣装ないっすか?」

 モカがペンを持って頬杖をつきながら、目の前の紙を眺めている。

「俺、パーカーほしいな」

「レオさんのリクエストは面白みがないっすね。でも、まぁいっか」

「おうい」

 しばらくするとモカからトレードがきたので、受け取って白いパーカーを着る。パーカーの背中には英語でギルド名が描かれている。以前作ってもらったTシャツとジーンズも装着すれば、馴染みのある格好になる。

「おお。落ち着く」

「まぁ、リアルの服ってのも、こうしてみると悪くないっすねぇ」

「私も欲しいな~」

「了解っす。どういうのがいいっすか?」

「えっと……。私もパーカーと長袖のカットソーとジーンズが欲しいな~って……」

「シオンさんまで……」

 そう言いつつもモカがシオンに言われたものを作って渡していて、俺と同じデザインのパーカーに、パステルグリーンのカットソーとインディゴブルーのジーンズの姿になる。

「ああ~、落ち着く~」

 着替えたシオンは、ぽわぽわと幸せそうなオーラを出している。

「ついでにセーレさんのも作ったっすよ」

「オレにですか?」

「せっかくなんで皆でお揃いパーカーっす!」

 セーレもパーカーにワインレッドのインナーと、細身の黒いジーンズ姿になる。姿勢がよくて、俺やシオンと比べてだらしなさがない。ファッション雑誌の一ページに載っていそうな雰囲気だ。

「普段パーカーは着ることはありませんが、なかなかいいですね。ありがとうございます」

「確かに、雰囲気的にパーカーのイメージないっすね。普段ジャケットとかっすか?」

「そうですね」

 モカもパーカーを着用して、白とグレーのボーダーのインナーと、デニム生地のショートパンツに黒いタイツ姿になる。

「わっ、モカちゃんのパンツスタイル可愛い~」

「えへへ、ありがとうっす。既存のだとスカートタイプ多いから新鮮でいいっすね」

「皆に合わせて作るの上手だね~」

「えへへへへ……あまり褒められると照れるっす……」

 頬をかきながらモカが顔を赤くする。



 製作をして、一日を過ごしたが翌日も吹雪だった。

 そして、その翌日も翌々日も吹雪だった。

「さすがに製作飽きるっすよ……」

 モカが机に突っ伏している。

「うん……スマホ欲しい……」

 シオンは机に片手で頬杖をついて、だらだらと製作を続けている。

「俺も飽きた……」

 数十個まとめて製作ボタンを押して、ひとつずつ出来上がっていくのをぼんやりと眺める。

「戻りました」

 セーレが部屋の扉を開けて入ってくる。

「皆さんの分の素材も買ってきました。どうぞ」

「さんきゅーだけど、セーレは飽きないの? 製作」

「飽きませんね。オレ、経験値バー見るの好きなので」

 セーレが爽やかに微笑む。

「そう……」



 買ってきた素材が尽きそうになると、またセーレが外に出かけて行った。

 モカたちはもう製作はやめると言って、二人で絵を描いて遊んでいる。お題を出して、それを描くという遊びをしていて、たまにうろ覚えでへんてこな物ができて笑っている。

 俺の画力で混ざるには辛い遊びなので、製作をしながらその様子を眺めていると、インベントリがいっぱいになって製作ができなくなる。

「あー。倉庫……うーん。まぁ、ちょっと行ってくるわ」

「いってらっしゃーい」

「気を付けてっす」


 外に出ると雪が横殴りに降ってきて、全身にみるみる積もっていく。視界は悪く、数メートル先は真っ白だ。しかし、それほど広い村でもないので少し歩く程度なら問題なさそうだ。と、倉庫に行ってインベントリを整理する。

 セーレはもう戻ったのかなと、マップを見るとなぜか村の外れの教会にいる。

 クエストはないようなことを言っていたので、疑問に思って足を向ける。

 教会の入口まで行くとパイプオルガンの音と歌声が微かに聞こえてくる。こんな吹雪の中でも、NPCはお祈りか演奏会でもしているのか。と、中を覗くとNPCではなく、セーレがパイプオルガンの椅子に座って弾いていた。歌っているのもセーレだ。何の曲かはわからないが、とりあえず日本語ではなかった。たぶん英語のその曲は、全体的に切ない雰囲気の曲調だ。

 邪魔しないように、物音を立てずに入口でじっくりセーレの演奏を聴く。足元にも鍵盤があるようで、足も動かしていて器用なものだ。

 曲が終わったところで、拍手をしながら近づいて行くと、セーレがびくっと飛び跳ねるように椅子から降りて、こちらを振り返る。途中で足元の鍵盤につま先をひっかけてバランスを崩しかけていたので、よほど驚いたようだ。


 とても面白いものを見た。


「なぜこちらに……」

「倉庫来たついでに。お前、歌も上手いんだなぁ。あと、そんなの弾けるんだ?」

 パイプオルガンは、鍵盤が三段に並んでいて、足元にも鍵盤がある。

「え、あの……いつから……」

「うーん? たぶん中盤くらいからなのかな?」

「来た時に声かけてくださいよ……」

「その様子だと、声かけたら演奏止めるだろ」

「いや、これ……めちゃくちゃミスしてたから……、人に聞かせるものでは……」

 セーレに近づいていくと、恥ずかしそうに視線を逸らす。

「そうなの?」

 どの辺をミスしていたのか、イマイチわからなかった。

「ピアノと違うし……。オルガンあまり弾いたことないから、足の鍵盤間違えまくって……。恥ずかしいので忘れてください」

「全然気にならなかったから、もう一回何か弾いてよ」

 入口付近だと、吹雪の音も混じってイマイチだったので、できればしっかりと聴きたい。なかなか音楽を聴く機会もないところに、目の前に逸材がいるのだ。逃すのは勿体ない。

「嫌です。人に聞かせるレベルではありません」

「十分弾けてたと思うけど」

 セーレの基準は、だいぶ高いところにあるように思える。

「もう帰ります」

「えーっ。このまま帰るなら、このことモカたちに話す」

「は?」

「もう一曲弾いてくれるなら、言わない。モカに言ったら聞きたがるだろうなぁ。今、暇だから死ぬほど絡んでくると思うぞ~」

「なっ……。オレを脅すって言うの?」

 セーレが鋭い視線で睨みつけてくる。眼力だけで殺されそうで怖い。しかし、セーレは身内に対しては優しいので、睨むだけできっと何もしてこないだろう。

「歌も聞きたいな」

「この……」

 セーレは、文句を言いかけたが再び椅子に座る。

「できたら、俺でも知ってる曲がいいなぁ……」

「注文が多いですね……」


 セーレがため息をついて鍵盤に手を添えると、俺にも聞き覚えのある前奏が流れ始める。

 有名な邦楽のタイトルで、冬の定番ソングだ。

 そして、セーレがオルガンの演奏に合わせて歌い始める。

 知っている曲だとなおさらよくわかる歌の上手さだ。低音から高音まで綺麗に出るし、抑揚の付け方も耳に心地よい。

 セーレが演奏し終えると、俺は再び拍手を送る。

「も、もういいでしょう?」

 もう一曲くらい聞きたいところだが、セーレが本当に困ったような顔をしているので、かわいそうになって頷く。

「セーレは、歌好きなの?」

「……ええまぁ……。音楽は好きですよ」

「そっか。どんなのが好きなの?」

「言ってもわからないと思います。だいたい洋楽なので」

「あー、なるほど」

 会話の掘り下げはできなかったものの、ゲーム以外にも好きなものあるのだと知れたのはよかった。

 そして、皆に隠れてオルガンを弾いていたというのは可愛げがある。



 翌日、やっと吹雪はなくなり久しぶりに太陽が顔を出していた。

「雪続いたわりには、来た時とあまり積雪の量かわらないねぇ」

「一定以上にはならない仕様なのかもしれませんね」

 そして、カーリスに向けて出発する。

 高い山が連なる山脈を右手にして南下していく。山脈の中に一際高い山が見える。フレイリッグの住まう山だ。物見遊山で行く酔狂な人間はいたとしても、さすがに討伐に向かう集団はもういないだろう。そもそもフレイリッグが変わらず存在しているのかどうかもわからない。


 数時間歩くと雪はなくなって、馬車が呼べるようになる。

 久しぶりの馬車は乗り心地のいいモカの馬車にして、移動しながら休めそうなところを探す。

 マップにない村も存在はしているのだが、街道がないところだと見つけるのは困難だ。

 結局、休めそうなところは見つからずにその日は馬車の中で一晩明かすことにした。


 夜が明けて、また馬車でカーリスに向かう。

 敵も出るエリアだが、まばらなのでそのまま馬車で走り抜けると昼過ぎにはカーリスの城が木々の合間から見えてくる。

 白い壁に青い優美な屋根の城、その下には白い壁に囲まれた城下街。


「やっとだなぁ……」

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