第34話:坑道ジェットコースター
翌朝、朝食を済ませて出発する。
「何もないねぇ……」
相変わらずの白い世界を見て、シオンが呟く。少々気が滅入りそうだが進むしかない。
そして、進めるだけ進んだが、その日は都合よく休めるところも見つからずに野宿することになった。
無人島の教訓を生かして、テントを購入していたのでそれを設置して眠る。テントの中は思ったよりは暖かく、快適とまではいかないが休息は取ることはできた。
翌日、歩みを進めると進行方向の様子が変わっていく。
凍った湖だ。
「ここ通るっすか?」
ぐるりと周囲を見るが、迂回していたら相当時間がかかるだろう。
「それしかないかな」
「割れないっすかね……?」
「この厚さなら大丈夫でしょう」
セーレが歩いて行き、その後をシオンが付いて行く。
「俺らも行くぞ」
戸惑っているモカの手を引いて氷の上を進む。
「これもし割れて落ちたら……死ぬっすかね」
「そうだねぇ。凍死するんじゃないかなぁ。氷河の中から何十年も前の死体が発見されたりとかはあったりするし……」
「シオンさん脅かさないであげて」
「あ、ごめんねぇ~」
「まぁ、ゲーム内と同じ仕様であれば、割れたり融けたりはないと思いますよ」
「うぅ……」
渋々モカがついてくる。
湖の上は遮る木もなく風が吹くと、ガードされていない鼻が冷気でもげそうだ。誰も口を開かず、黙々と進んでいく。
十分ほど歩くと対岸に着いて氷が終わる。
「心身ともにひえひえっす」
確かに、時間はそれほどかかっていないが凍える寒さだった。
「もう少し歩けば村があるはずだ。頑張ろう」
「頑張るっす」
しばらく歩くと木々の間からそこそこ大きな村が見えてくる。
「やったー!」
モカが一瞬で元気になって村に走っていく。
「NPCでも他に人がいると安心するね」
村を歩いているNPCを見てシオンが言う。確かに。
さすがに辺鄙なところだからか、他のプレイヤーの姿はない。
「今日はここで一泊して、明日は坑道通って、それからもう一日、二日歩いたらカーリス着けるかな」
ずいぶん遠回りをしてしまったものだ。
宿に行くと他の客はおらずに部屋は選びたい放題だった。
「たまには、一人部屋にしようか」
ずっと一緒に寝ていたので、一人で過ごしたい人もいるかもしれない。そう思い個別に部屋を取る。
夕食を終えると久しぶりに一人の時間だ。
近頃、あまり考えていなかったことが頭の中を巡る。
リアルがどうなっているのか。自分の身体のことや、家族のこと、会社はどうなっているか。まぁ、会社はこの際どうでもいいと言えばどうでもいい。非常時でも会社のことを考えるのは日本人の悪い癖だ。
そして、これからこの世界でどうしていくのか。幸い行動を共にしてくれる仲間はいるが、カーリスに着いたとして、そのままそこで暮らすのは正解なのだろうか?
頭の中がぐるぐるし始めて、食堂へと向かうとシオンが一人でココアを飲んでいた。
「お酒じゃないんですね」
「やだなぁ。いつも飲んでるわけじゃないですよ~」
シオンは少し口を尖らせてから笑う。
「一人でいたら色々考えちゃって……」
「俺も」
「レオさんは、リアルに戻りたい?」
「そりゃ……そうだな。ここにはリアルにないものがいっぱいあって、楽しいと思うこともあるけど、ずっといたいわけではないな……。リアルどうなってるのかも不安だし……」
「そうだよね……。物語の中に入りたいと思うことはあっても、それは一時的なことで……。リアルがあるからこそ楽しめるのかな~って。こっちがリアルになっちゃうのは、違うよねぇ……。あっ、皆といるのは、もちろん楽しいんだけどね……」
「うん。皆といるのは楽しいよ。でも、ここは、楽しみの中の一つだっただけで……それ以外の繋がりとか娯楽とかが全部ないのは寂しいな」
「だねぇ」
「シオンさんは、リアル戻れたら何したい?」
「え~。皆とオフ会してみたいかも」
「いいね。モカは呼んだらすぐ来ると思うけど、セーレはどうだろうなぁ……。他のギルドの人とオフ会してたみたいだから、来ないこともなさそうだけど」
「へー。ちょっと意外」
「そうだよな。あまりリアルの話にはのってこないし」
「あー……そうだね。逆にモカちゃんはガンガンくるよね」
「まぁ、あいつは仕方ない」
「ふふっ。さて、ちょっと眠くなってきたから部屋戻るね~。おやすみ」
「うん。おやすみ」
一晩明けて、今日は坑道を抜けることになる。敵のレベルは80前後とそこそこ高めで、構造的に戦闘は避けられない。
「シオンさん、今レベルいくつ?」
「73になりました」
「結構育ったね」
レベル70台となると普通のプレイヤーなら上がりにくくなってくるラインだ。普通のプレイヤーなら。
「えへへ、セーレさんのおかげです」
レベルが上がったとは言え、まだ敵のレベルよりは低いので注意するにこしたことはない。通路の広さは横に二、三人並んで歩ける程度で、あまり幅はない。セーレは武器を二刀の短剣に持ち替えている。短剣もしっかり強化されていて禍々しいオーラが出ている。セーレ曰く、攻撃力は低いが手数は多くクリティカルの係数を考えると、通常攻撃にはよい武器なのだそうだ。ただ、メインクラスの得意武器ではないため使用スキルに制限があるとかなんとか言っていた。セーレはゲームの仕様のこととなると饒舌だ。
隊列は、俺とセーレを先頭に、モカ、シオンで進んでいく。
通路にはランプが設置されていて灯りはあるものの薄暗く視界は悪い。
前方からゲームで何度も聞いたことがあるキィキィと音がしてきて、盾を構える。
「コウモリ来る」
伝えると他の皆も臨戦態勢になり、その直後にバサバサとコウモリの群れが襲来してくる。
先頭を飛んできたコウモリのうち一匹を盾で叩き落す。そして、敵対心を上げる範囲スキルを使うと、大量のコウモリが群がってくる。隙間から入り込んでくるのでガードがし辛いが、攻撃自体は痛くないのでセーレが倒し終わるまで待つ。
「狭いし、やり辛いですね。敵それほど強くないですし、オレ先に行って処理してきていいですか?」
「セーレが、飛び出す前に相談するなんて……」
「勝手に先行すると、あなたが怒るからですよ」
「ちなみに、なんで怒るかわかってる?」
俺の問いにセーレは、首を傾げる。
「置いていかれるから……?」
「それもなくはない……けど、お前のことを心配してるの」
「相手は選んでいるつもりですので心配していただかなくて結構ですよ。それで、行ってもいいのですか?」
「……わかった。けど、あまり遠く行かないように」
その言葉の後に、セーレは颯爽と駆け出して行く。
「はぁ~。伝わってんのかなぁ……」
盛大にため息をついてからセーレの後をついて行く。
「まぁ、ある意味安心する光景っすね」
モカが後ろから言う。
「俺は、本当に心配してるんだけどなぁ~!」
歩き始めると、地面にぽつぽつとコウモリやでかいネズミや虫の死体が落ちている。ムカデのような足の多い虫の死骸を見ると気が滅入る。
時折、前方から交戦の音が聞こえてくるものの、歩いていても追いつくことがない。
それからしばらく進むと、開けた採石場らしきところにたどり着く。その中心でセーレが大剣を振り回して敵を殲滅している。敵の中にやたらでかいスケルトンの姿が見える。
「おいいいい、ネームドだろあれ!」
セーレの元まで走っていって、敵のターゲットをセーレから奪う。ネームドと呼ばれる固有の名前付きのモンスターは、レイドほど強くはない敵だが、ダンジョンにいる敵は雑魚でもフィールドの物より強く、ネームドも同じくだ。ダンジョンのネームドは基本的にソロで倒すものではない。
「さすがにネームドいたら引き返してこいって!」
「これくらいソロでいけますよ」
「見てるこっちの心臓に悪いの!」
そう言って、スケルトンの攻撃を受け止める。
モカとシオンも追いついてきて、二人もスケルトンに攻撃を始める。
「危なくなったら逃げるので大丈夫です」
「単独行動して、この前みたく毒とかやばい攻撃受けたら困るだろう」
「……それは、ぐうの音も出ません。以後気を付けます」
本当に気を付けるだろうか。無表情で言われると本当にそう思っているのかどうかわからない。
スケルトンを倒し終えて、奥に進もうとすると道が三つに分かれている。
「えーっと」
マップを開いて道を確認する。
「こちらです」
マップを見ずとも道がわかっているのか、セーレが走って行く。
「あっ。こらセーレ! 走っていかなくていい……って、もういない。はぁ……。さっき相談されたから、ちょっとはマシになったと思ったんだけどなぁ……」
セーレの後ろ姿を見ながらため息をつく。
「あはは……。後で、私からも言っておくね」
「うん……。お願い。シオンさんの言うことなら聞いてくれそうな気がする」
セーレを追いかけて進んでいくと、しばらく進んだ先でセーレが立ち止まっている。
「どうした?」
セーレは口で答える代わりに指であるものを指す。
「トロッコか」
乗れば結構な距離をショートカットできるトロッコである。真ん中にレバーがついていて、前後に人の乗るスペースがある。
「四人乗れそうですけど、どうしますか?」
「あ、私乗ってみたい~」
最近思うのだが、この人は好奇心旺盛だ。
「ボクも乗ってみたいっすね。ジェットコースターみたいで楽しそうっす!」
モカのセリフで、はたと止まる。
「レオさんもそれでいいですか?」
「えーっと」
俺は絶叫マシンの類は苦手だ。ジェットコースターなんてとんでもない。
「何か危険があるかもしれないし……」
「ああ、怖いのですか?」
セーレが特に悪意もなさそうな、いつもの澄ました顔で聞いてくる。
「そんなことは……ない」
「では乗りましょう」
シオンとモカはすでにトロッコにルンルンで乗り込んでいて、この姿を前に怖いなどと言い出せずに、自分もトロッコに乗って最後にセーレが俺の隣に乗る。
「これ、しゅこしゅこすればいいっすかね?」
モカがトロッコについているレバーを上下させ始めれば、トロッコは走り出す。まだそれほどスピードは出ていないので、平常心でトロッコに捕まる。
なに、自転車のようなものだ。
これくらい平気だ。
「あんま力入れなくてもいけるっすね」
「へー」
「ちょっとやってみるっすか?」
「うん!」
シオンがレバーを勢いよく上下させると、トロッコの速度が上がって行く。
「わー。楽し~」
「でも、風ちょっと寒いっすねぇ」
楽しそうな二人とは対照的に、俺のテンションは急降下だ。
「おっと、坂っす。捕まった方がいいかも」
「はーい」
そのセリフの後に、トロッコの速度がぐんぐん上がっていく。
「きゃーっ」
モカとシオンが楽しそうな悲鳴を上げる。
「前方にカーブがあります。速度出てると脱線するかもしれませんね」
「自転車みたいな感じで身体倒せばいけないっすかね?」
「そうしましょう」
そうしましょうじゃなくて、ブレーキを掛けろ! コーナーは攻めなくていい! と心の中で思ったものの、喋る余裕もない。
カーブの瞬間、ふわっと身体が浮く感覚がして、それからトロッコがガタンと音を立てて、レールの上に戻って走行を続けて行くところでもう無理だった。
「うわあああっ、無理無理無理無理! 止めて!」
そう言って、隣のセーレに抱き着く。
「ちょっ、危ないです」
「あれ、レオさんこういうの苦手だったんすか?」
「えーっと、ブレーキ……どこかな?」
「うーん……。なさそうですね」
「ぎゃああああぁぁぁ~!」
もう途中のことは記憶にない。
気付いたら、なんかいつのまにかトロッコは終点に着いていた。平衡感覚がおかしくて、頭がふわふわしている。まだセーレに抱き着いたままになっていて、そのセーレからよしよしと頭を撫でられる。
「もっとしっかり確認すればよかったですね」
「ごめんねぇ~」
「いやー。申し訳ないっすけど、レオさんの反応は爆笑ものだったっす」
「ダメだよ、モカちゃんそういう……。でも、ごめん。可愛い」
二人に追い打ちをかけられる。
「歩けないならオレが担いでいきましょうか?」
「いや……自分で歩く」
踏み出した足はまだふらふらしていて、まっすぐ歩けているのかどうかわからないが、とりあえず前には進んでいるようだ。
なぜ皆は平気なのか。大いに疑問である。
長い坑道を通って山の南側に抜けると、北側に比べて積雪が少ない。
「向こうより、まだ暖かい……かな?」
「そうっすね。風の冷たさがマシな気がするっす」
「こちら側にも村があったはずですので、今日はそこで休みましょうか。ね、レオさん?」
「……うん」
もう心身ともにズタボロで今すぐにでもベッドに倒れ込みたい。
そして、その日は村に着くなり早々に寝てしまった。
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