第26話:シオンの友人

 陽が沈んでから漁村に着くと、魚を燻すいい香りがどこからともなく漂ってくる。

「いい匂い~。一杯飲みたいなぁ……」

「本当に一杯ですか?」

 セーレがシオンの言葉に首を傾げる。

「えへへー。三杯くらいならいいかなぁ……?」

 飲みたそうなシオンの姿に、せっかくなので近場の酒場に入って席に着く。規模の大きくない漁村だが、酒場はそこそこ盛況なようで、NPCやプレイヤーで賑わっている。


「エイヒレとー、イカの沖漬けとー」

「シオンさん、完全に酒飲みチョイスだな……」

「えーっ、ダメ……?」

「ダメとは言っていないけど、ほどほどにね」

 シオンに上目遣いに言われると、可愛いのでいくらでも許可したくなってしまうが、止めないと後が大変だ。セーレは以前のことで懲りたのかシオンの向かいの席を確保して、さりげなく距離を取っている。

「うーん、お酒の種類……欲しいのがないっすね。まぁ、ソフドリでいっか」

 メニューには、日本酒か焼酎らしきものしか並んでいない。あとは、エールくらいだ。

「俺はエールで。あっ、サバの味噌煮」

「オレは……。この竜の息吹をお湯割りで、フライドポテトと、唐揚げ」

「セーレさん、わりとジャンクっぽいやつ好きっすよねぇ」

「リアルだとあまり食べる機会がないもので……」

「そうなんすか?」

「ファーストフードはあまり行きませんね」

「ボクはよく行くっすけどねぇ」

「まぁ、普段食べられない料理食べたいって気持ちは俺もわかるなぁ」

「そうそう。私も、揚げ物とか自分じゃあまり作らないから、外食で頼みがち」


 適当につまみを頼みながら飲んでいると、ビールのジョッキをもったヒューマンの女性プレイヤーがシオンの横にくる。

「あーっ! やっぱりシオン?」

「え? ああぁ、ちーちゃん……わかちゃん!?」

 若鶏の軟骨唐揚げ。そういえば、シオンの友人の名前がそんな名前だった。

「ギルド戻ったらシオンの手紙入っててさー。うちも心配でカーリス行こうかなって思って移動してたんだけど、わー。途中で会えるなんて!」

「うん~。陸路だったんだけど、ちょっとトラブルがあって、元気そうでよかった」

「シオンも元気でーって、あれ? もしかしてめちゃレベルあげした?」

 若鶏の軟骨唐揚げが、しげしげとシオンの装備を見る。

「あ、えーっとね。今61」

「ええええっ、うそ。あんた、この状況でレベリングしたの!?」

「えへへ、手伝ってもらったりとかしたりして……」

 敵を倒しながら進んだり、製作ついでにレベル上げをしている姿を見たことがあるが、確かに上がるのは早い。

「はぁ~。まぁ、あんた図太いとこはあるもんねぇ」

「もーっ、褒めてないでしょそれーっ! でも、偶然だね~」

「うん。ギルド帰る時にも船使ったんだけど、途中でここ寄った時に飯美味かったからさー。もう一回ここに来ようって思って」

「美味しいよねぇ」

「それで、そちらの三人が助けてくれた人?」

「あ、うん。レオンハルトさんと、モカちゃんと、セーレさん」

「うちは若鶏の軟骨唐揚げ……言いにくければ、わかでいいよ。シオンのこと助けてくれてありがと~!」

 各自、シオンの友人に軽く挨拶する。

「シオンさん、話したいことあると思うし、お友だちと二人で飲んできたら?」

「えーっと……。そうさせてもらおうかなぁ」

「いってらっしゃい」

「それじゃ、シオン。あっちの空いてるテーブルいこ」

「うん」

 二人は仲良く席を移動していき、楽しそうに会話を始める。



 夕食を食べてから、取ってあった宿の四人部屋にモカとセーレと一緒に移動する。宿は少々年季の入った木造で、窓の縁には塩だか砂だかわからないものがこびりついている。

「シオンさん、お友だち見つかったし抜けちゃうっすかね……?」

 モカが寂しそうに俯く。

「まぁ寂しくなるけど……仕方ないかな」

 俺としても寂しいが、どうしようもないことだ。

「気の知れたご友人といらっしゃる方が安心でしょう」

「そうっすよね……」

「レベル低いことも気にしてたしなぁ」

「そうなんすか? ボクは結構助けられてるっすけどねぇ」

「お前は迷惑かけすぎ」

「えへへへへ~」


 それから、各々口数も少なく少ししんみりとした空気のまま寝る準備を始める。

 モカは風呂に入っていて、セーレは近頃製作のスキルレベルも上げているようで、周囲にポンポンとエフェクトを発生させている。

「セーレ、何のレベル上げてる?」

「装飾です」

「じゃー……俺は木工でも上げようかな~」

「ああ、今日素材拾ったのがあるのでどうぞ」

「さんきゅ。なんかいる?」

「手持ちあるので大丈夫です」

「ほい」

「お先っす~」

 モカが風呂から上がって出てくる。

「製作っすか? ボクも眠くなるまで何か作ろうかなぁ……」

 その時、扉がノックされる。


「はい」

 近くにいたセーレが扉をあけると、若鶏の軟骨唐揚げに肩を借りた状態でふらふらとしているシオンがいた。

「あっ、部屋あってた。ごめんなさーい。シオン潰れちゃって……」

「仕方のない人ですね」

 セーレがシオンを受け取ってベッドへと運んでいく。

「あ、セーレしゃ……あれぇ? いっぱいいるぅ~」

「ちょっと、そこ引っ張らないで……!」

「あははは……すみませんね……」

 シオンの様子を見て、若鶏の軟骨唐揚げが苦笑いを浮かべる。

「前にもあったので、まぁ大丈夫……かな?」

「そっかぁ。それじゃ、申し訳ないけど、あとお願いします~」

 若鶏の軟骨唐揚げは、お辞儀をして部屋を出ていった。

「えへへへへ~きれーなお顔してましゅねぇ~~」

 シオンがセーレの頬を引っ張っている。

「シオンさん。ほら鎧のままだから着替え……なくてもいいか。もう休んでください」

 そう言ってセーレがシオンに布団をかける。

「ええ~お話しましょぉ~?」

「……面倒ですね」

 セーレの周りにクラスチェンジのエフェクトが発生する。

「スリープ」

 そのセリフの後にシオンは静かになる。

「うわ、強引~」

「そう思うなら、オレの代わりにどうにかしてくださいよ」

「無理っす。でもサブ職あると便利っすねぇ」

「再度クラス変えるのにディレイ長めなのが困りますけどね。……ローブも持ち歩こうかな。ちょっと倉庫行ってきますね」

「夜だし気を付けてな~」

 と言っても、相手はセーレなのであまり危機感もない。


「はぁ~」

「どうしたモカ」

「セーレさんには助けられっぱなしっすよねぇ。なのに、なんかこう突っかかっちゃったりとかして……ボクはレオさんやセーレさんみたく前に立って戦うわけでもないっすし、この状況でヒールとかもイマイチどうしたらいいかわからなくて、わたわたしちゃうし。レベル低いシオンさんのがしっかりしてるし……自己嫌悪っす」

「まぁ……一概にこの状況に慣れるのがいいってわけでもないと思うけどな。俺は」

「レオさん優しいっすねぇ。レオさんも、いっぱい攻撃受けてて……攻撃痛いっすよね……」

「俺は盾や鎧のおかげで、あまりダメージ受けないし、皆が攻撃されるよりはいいよ。セーレも普段は吸収で減ってないように見えるだけで、そこそこダメージは受けちゃうから……。前に二人でレイド相手した時に、セーレが攻撃受けてさ……ちょっと動き止まってたから、相当痛かったと思うんだよな……それ見たら、俺が前出ないとって……」

「……うん。いつも守ってくれてありがとうっす」

「ははは。なんか照れくさいからやめて」

「えーっ。じゃあ、もっと言っちゃお。レオさんいつもありがとう! ナイト様素敵~! かっこいー!」

「おいおい、やめろって」

「赤くなってる、レオさんかっわいー」

「可愛いとか言うな!」

「そうっすね、ボクのが可愛いですからね!」

「そういう話でもなーい!」

 モカと騒いでいると、セーレが戻ってきて眉をひそめてから風呂場に消えていった。



 翌朝目を覚ますと、まだ誰も起きていない。いつも先にシオンが起きているが、まぁ昨日酔いつぶれたからだろう。まだ布団に顔を埋めて眠っている。寝相のいいセーレと寝相の悪いモカが対照的で思わず笑ってしまう。

 海の音をききながら、船旅で必要なものは何だろうかと考えながら温かいお茶を淹れていると、シオンがもぞもぞしてから起き上がる。

「お、おはよぉ……」

「おはよう」

「あ、えーと……あ、そっかぁ……昨日……またやっちゃった……ごめんねぇ」

「謝るならセーレにどうぞ」

「ああああ、またセーレさんに……?」

「耳引っ張ったりしてたね」

「きゅう」

「はい、お茶どうぞ」

「……うう、しみますねぇ」

「お友だちさんとこ、合流するの?」

「あー……それなんですけど、ご迷惑でなければ引き続き同行させてもらいたいなーって」

 遠慮がちに、困り顔に笑顔を浮かべながらシオンが言う。

「いいの?」

 全く予想していなかったわけでもないが、意外な言葉に驚く。

「うん。わかちゃんのとこのギルドはわかちゃん以外は知らない人だし、皆がちゃんと合流できるか心配だし……。わかちゃんとは、きちんとお話ししたから大丈夫だよ~」

「そっか。じゃあ、これからもよろしく」

「うん。よろしくね」

 シオンがふわりと花のように微笑む。

 その笑顔を見て、そういえばいつの間にか結構精神的に頼りにしていたのだなと気づく。

 モカやセーレとは違ったタイプの話ができる人だし、戦力としては心もとないが、戦力以外に必要なことなど山ほどあるのだと、改めて思った。

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