第25話:通行止め

 翌日。

 ハルメリアにもユーザー同士の情報交換用になっている掲示板があったので、セーレと共にそこを訪れたものの……。

「ぴ……ぴーけぇ? この状態でやるやついるのか……」

 PKとはプレイヤーを殺す行為、またはその行為を行うプレイヤーのことだ。


 なんでもDamnedという高レベルPKギルドがハルメリアからカーリスの間の街道のどこかを根城にしていて昨日から被害が多発しているらしく、街道の使用は非推奨との張り紙だ。

「ダムドですか……。レベルだけでプレイヤースキルそんなでもないので、やっちゃいましょう」

「いや、やんなくていいです。セーレ先生」

 物騒なことを言い始めるセーレをなだめる。

「言ってみただけです。やりませんよ」

「お前の冗談はわかりにくいわ」

「まぁ、オレ一人で行って壊滅させるまではよしとして」

「よしとしませんが」

「PKって粘着質な人間が少なからずいますし、ダムドはガラ悪いですしね。オレはともかくとして報復の対象がギルド全体に及んだら困ります。皆さんは交戦嫌がると思いますし、オレも今の状況で積極的に対人したいわけではないです。もちろん仕掛けられたらやり返しますけど」

「一応そういう意識はあったのね。しかし、仕掛けられたら……か。そうだな。俺もやり返すだろうな」

 コルドでの出来事を思い出しながら言う。


「ま、それは置いておいて……。どうするかな」

「この辺りは山や崖多いですし、地形的に街道以外から行くのは難しそうですね。大幅に迂回が必要かな……」

「んー。南の方なら多少敵のレベル低いし、そこ抜けて海路か?」

 マップを見ると川の流れに沿って森が続き、その先に湿地があって、下流の方に行けば港に着くはずだ。

「しばらくここに滞在して様子見という手もあるけど……好き好んでPKKに出かける人間はそうそういないだろうしな」

「そうですね。大きいギルドの耳に入れば潰しに行く可能性はなくはないですけど、ゲームとは勝手が違いますからね。関わらない方がよいでしょう」



 モカの家に帰って二人に報告する。

「PK……まじでやるヤツいるんすね……」

「んで、南下して海路で行くのがいいかなぁって」

「確かに、北から迂回するのは微妙そうっすね」

「北……あー。雪国なのねぇ」

 北のエリアはマップにも白い雪原で描かれている。実際には雪原だけでなく、一面氷になっているエリアもあって、今の状況だと移動も難しいだろう。全体的に敵のレベルも高い。

「これなら最初から、海路で行けばよかったっすかね……」

「ま、海路は海路で今何出るかわからないから、どっちもどっちって気はするけどな……」

「そうれもそうっすねぇ。……けど、やっぱ時間的には海路のが早そうだから、海路でいいんじゃないっすか?」


 というわけで、食料を買い込んで皆で南下し始める。

「木多いと馬車使えないのね……」

 シオンが残念そうに言う。

 各々、馬に乗りながら川沿いの森の中を歩く。障害物が多いため馬もあまりスピードは出ないが、自分の足で歩くよりはいくらかマシといったところだ。

「この先は、敵が多そうです。歩いて行きましょう」

 先頭にいたセーレが馬から降りる。

「どんな敵?」

 この辺のエリアは美味いクエストもなかったので、あまり来たことがなければ記憶にもない。

「大きい蜘蛛がいました」

「げぇ。俺、蜘蛛嫌いだなぁ……」

 なんといってもこのゲームの蜘蛛は足が長めで気持ち悪いし、それが動くとなれば嫌悪感倍増だ。耳障りな鳴き声も嫌いだ。

「ボクも嫌いっす」

「私も……。実際のはそんなでもないけど、ゲームの大きいから苦手だなぁ」

「では、皆さん苦手なようですし、オレが倒してきますよ」

 と、セーレが大股で歩いていってしまう。普段なら止めるところだが、苦手な物とは戦いたくないので甘えてしまう。しかし、セーレの倒した後に蜘蛛の残骸がバラバラと落ちていて、皆のテンションは下がった。

「うわ、足踏んだ……」

「はー。死体少しの間残るのやめてほしいっすよね……。それにしても、あの人は苦手なもんって、なんかあるっすかね……?」

「家事は苦手って言ってたよねぇ」

「そういう苦手じゃないっす」


 黙々と蜘蛛のエリアを抜けて、熊や猪が時たま出てくるエリアになる。出現はまばらだが足元が悪くて移動に時間がかかる。馬を試したが融通が利かずに、やはり徒歩になった。

「今日中に湿地抜けるとこまで行けるっすかね?」

「行けそうになきゃ、湿地入る前に野宿かな……」

「やだやだ」

 モカが歩調を早めて、木の足に躓いてこける。

「へぶっ」

「モ、モカちゃーん!」

 モカの前を歩いていたシオンがモカを助け起こす。

「はぁ~。森嫌いっすぅ……」

「俺は、湿地の方が心配だな……」

 それほど広いエリアではないが鎧で歩いたら沈まないだろうか。などと心配してしまう。


 途中に休憩をはさみつつ足元の悪い中、のろのろと進んでいけば周囲の植物がだんだんと様子を変えて、木々はまばらになってくる。足元は湿ってきて、森とはまた違う歩きにくさだ。湿地では小さい羽虫が周りに寄ってきて鬱陶しい。

 ぬかるみに足を取られないように剣で足元を確かめながら皆でゆっくり進んでいく。


 時間はかかっているが、夕方前後には目的地には着くだろう。

 しばらく進むと、近くの水の中からザバァっとモンスターが出てくる。ぬめぬめして黒い身体に赤い斑点模様がついたモンスターは、先端に目玉のある触手をいくつか伸ばしている。大きさは二メートルくらいで、どこに潜んでいたんだというレベルで大きい。身体からはネバネバとした粘液が垂れて尾を引き、モンスターが動くとゴポォゴポォと音がする。ついでに臭い。名前は湿地スライムというらしい。

 気持ち悪さはあるが、蜘蛛よかマシだなとぺちぺちと殴り始めると、俺でもそれほど時間がかからずに倒せる。剣に粘液がまとわりついていたので、宙で剣を振って落とす。そんなことをしなくてもしばらくすれば綺麗にはなるだろうが、なんとなく気色悪くてそうしてしまう。

 そして、ふと一人で倒したことに疑問を覚えて、後ろを振り返る。

 モカは歩くのに手間取っていて、シオンに手を引かれている。セーレはというと剣も構えずに渋い顔をして立っている。

「すみません。オレそいつ斬りたくないです……」

「ああ、うん。こういうの苦手なのね。いいよ、倒すよ」

「へー。セーレさんそういうのダメなんすか? まぁ、ボクも嫌っすけどね。気持ち悪いし近づきたくないっす」

「お前は苦手なものが多すぎると思うぞ」

「うん。綺麗な物だけ見て生きていたいっす」

「あっ、モカちゃんそっちダメ」

「ぎゃーっ」

 モカが、ぬかるみに足を取られて、シオンに助けられている。

 敵は大したことはないが、湿地を抜けるのは時間がかかりそうだ。


 それから四苦八苦しながら、なんとか湿地を抜ける。足元も安定してきたので、再び馬に乗って移動を始める。

「はぁ~。空気が美味しい」

 シオンがしみじみと呟く。

「そうだな。湿地は臭かったな……」

「動物の死骸が落ちていましたからね。それが腐った臭いでしょう」

「思い出させないでほしいっす!」

「はいはーい。仲良くね~」


 しばらく平原を進んでいると、湿地の途中で見失ってしまっていた川が見えて来たので、川沿いに馬を走らせる。このままいけば、河口近くの漁村に着くはずだ。

 陽は傾いてきていて、少し肌寒くなってくる。

「こういう夕焼け、久しぶりに見たなぁ」

 シオンの言葉に、周囲を見渡す。夕日が空を赤く染めて、それに照らされた西の森の木々は影絵のように黒くなっている。森の手前を流れる川を見れば夕焼けに染まった空を水面に映して煌めき、平原を駆ける自分たちの影は草の上に長く伸びている。

 一度も見たことがないはずなのに、どこかノスタルジックな光景だ。

「確かに、リアルではあまり夕焼けを見るってないよな」

 仕事帰りだと大抵は太陽が沈んでいるか、そもそもビルで見えないかだ。休日もその時間に外にいることは稀だ。もちろん普段から気にしていれば見ることもあるのかもしれないが。

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