第7話: 火竜討伐2

 フレイリッグの討伐に集まった人数は八十名程度で、討伐前に簡単な説明があった。

 主催に伝えたい情報がある場合は、各パーティーのリーダーを通して報告すること。

 範囲攻撃は予兆として足元に魔法陣が浮かびあがるということ。

 敵の部下等が出現した際に対処にあたるパーティーの指示。

 おおまかにはこれくらいだ。


『では、参りましょう』

 指揮専用のチャンネルでアキレウスが発言して、いよいよ開始される。

 そして、山頂付近の開けた場所に転送され、フレイリッグ登場のムービーが始まる。フレイリッグは空から飛来して、上空から猛り狂う炎のブレスを吹き付けて、地面を抉りながら地上へと降り立つ。

 まだ距離がある状態で近づかない限りは戦闘にならないようだ。


『バフ開始』

 各々、パーティーリーダーの近くに集まり戦闘準備が開始され、周囲にスキル発動の声が溢れる。それからしばらくして、準備が整ったらしい。

『それでは、突撃―!』

 走り出したアキレウスの後に皆が続く。


 ある程度近づいたところで、フレイリッグもこちらに向かってくる。

 フレイリッグが動くたびに、どすんどすんと地面がゆれ、石や砂埃が舞い散る。フレイリッグの前方はブレスと前足での攻撃、後方は尻尾での範囲スタン攻撃、咆哮での詠唱キャンセル。それらが繰り返されながら討伐が進行していく。この辺りは順調だが……。

『範囲注意』

 足元に魔法陣が浮かび上がる。アキレウスが個人バフの魔法防御大幅アップのスキルを使ったのを見て、俺も使う。その後にフィールド全体に炎の嵐が吹き荒れ、バタバタと人が倒れていく。

 俺はバフのおかげでほぼHPは減っておらず、パーティーメンバーもHPの減りの差はあれど全員生き残っていた。


「リザ必要なとこありますか~。ヒーラー優先です」

「起こしてくださーい」

 他パーティーを見ると全体の三割程度が倒れていて、各パーティーのヒーラーが立て直している。

「前回より生き残ってるかな。優秀優秀」

「HP95%トリガーみたいですね」

 範囲のあとには地形ダメージが発生するようになるようで、足元がメラメラと燃えてる。


 しばらくまた通常攻撃が繰り返さていたが、フレイリッグが立ち上がって前足を大きく振り上げ、振り下ろす。

 衝撃で岩石が砕けてそれが周囲に飛び散る。

「うお、いてぇ」

 フレイリッグの周囲にいたメンバーのHPがごっそり減っている。アキレウスは半分、俺は七割ほど減り、アタッカー陣は瀕死、リコリスは倒れている。

「硬いから吸収ではあまり回復できませんね」

 回復POTのエフェクトを発生させながらセーレが言う。

「セーレ君で無理なら、他のアタッカーも無理そうだね」

「デバフ切れてるのもあるかも」

「やっぱ入り辛い?」

「前回よりは入りやすくなっているからレベル補正もあるとは思うけど、竜はやっぱ耐性高いですね。アマブレよくて三割くらい」

「そうだねぇ。犬君はどう?」

 犬君と呼ばれたのは『犬まっしぐら』という名のヴァンピールのレベル94の女性アサシンだ。白い肌に赤い瞳、黒髪をポニーテールにしている。戦場で何度か見かけたことのある高レベルのプレイヤーで、名前は緩いがステルスで魔法職を着実に葬っていく腕のいいプレイヤーだ。以前は別ギルドにいた気がするが、今はイーリアス所属のようだ。

「DoT全般は無効みたいで、スローもだいぶ入り辛いですね。もうちょっと人数欲しいかな。……って言っても、うち近接少ないですからねー」

「ははは、募集はしているんだけどねっ」


「そろそろHP85」

 セーレの発言に何かあるかと備えるが、特に何事もなく過ぎていく。

 今まで、レイドは討伐方法が確立されてからしか参加していなかったので、今の空気は新鮮だ。

「次、80」

 セーレのカウントの数秒後に周囲にぶわっと炎が立ち昇り、敵が出現する。大きな赤いトカゲと、前提クエの時に見かけた精霊の姿をした眷属だ。

「げぇ、反射いる」

 犬まっしぐらが心底嫌そうな声を漏らす。

「ウィズのディスペルで消えますよ」

 それまで黙っていた、ビタミンという名前のヒューマンの男性ヒーラーが答える。黒髪黒目で、中年の落ち着いた雰囲気の容姿のプレイヤーだ。

「じゃあ、ウィズパーティーに処理してもら……って、うおぉおっ、イージス!」

 アキレウスが雑魚に絡まれてみるみるHPが減っていき、無敵スキルを使う。

「ごめん。BOXで動けないから無敵解けたら死ぬと思う。レオ君、タゲきたらアタッカーの近く回りながら逃げて」

「了解です」

 敵を殴る手を止めて、少し距離を取っておく。


『眷属はディスペル効くみたいなので、ウィズで処理お願い』

 そう指示をしながらアキレウスが力尽きて、フレイリッグと雑魚のターゲットが俺に向かってくる。

 ドラゴンに追いかけられるのは初めてで、ちょっと興奮する。

「雑魚処理終わるまでは、そのまま引いてて」

 背後からドスンドスンと追いかけてくるフレイリッグの攻撃が時たま当たるが、逃げながらなので回復には十分余裕がある。周囲の雑魚は順調に処理されていき、フレイリッグ一体になったところで、アタッカーと反対方向に足を止めて殴り始める。アキレウスが倒れてヘイト値がリセットされたのでしばらくは俺にターゲットが向いたままだろう。

 正面から殴っているとフレイリッグの胸部と前足がよく見える。顔は上の方にあるので、見上げていると首が痛くなりそうだ。

 アキレウスがターゲットを受け持っていた時と比べるとヒーラーのMPの減りが早く、自分の脆さがよくわかる。

「俺、一回死んでアキレウスさんにタゲ戻した方がいいですかね?」

「いや、僕に戻ってくるとも限らないから、しばらくこのままでいこう」

「はい」

「75……何もなし」


『各パーティー、状況報告お願いします』

 指揮官専用のチャンネルで、アキレウスが発言する。順々に各パーティーのリーダーが報告を上げる。

 部下処理でウィズパーティーのMPが減り気味というだけで、進行には問題なさそうだ。

『ウィズはMP戻して、攻撃控えめに』

「そろそろ70です」

 セーレの言葉の後、フレイリッグの足元に魔法陣が浮かび上がる。

『全体攻撃注意』

 一斉に緊急回避スキルを使用する音が周囲にこだまする。

 炎が吹き荒れ視界が赤で染まり、バタバタと他プレイヤーが倒れていく。

 まぁ、序盤に建て直せているから問題はないだろうと思っていたのも束の間、再度フレイリッグの足元に魔法陣が煌々と光る。

「げっ、また!?」

 エリシアの発言の後、再び炎の嵐が吹き荒れる。

 二回目は、緊急回避手段が切れていたため、もろに直撃してそのまま倒れてしまった。

 犬まっしぐらとリコリスも倒れて、残ったメンバーもほぼ瀕死状態だ。

 ターゲットはアキレウスに戻って、ひとまず生き残ったメンバーのHPが回復される。


「リコリスさん起こしますね」

「じゃ、あたしはレオさん起こすよ。犬さんは少し待っててね」

「リザありです~」

「ありがとうございます」

 アキレウス以外は攻撃を受けないように、フレイリッグの周囲から少し離れたところに移動していたので、俺もそこに合流する。

 周囲は死屍累々。リザレクションを要求する声がそこかしこで上がる。

『一旦攻撃中止、立て直し優先』

 アキレウスの指示に、各パーティー散開していく。


「地形ダメ地味に面倒くさいわー」

 立っているだけで徐々に減っていくHPを見ながらエリシアがぼやく。

「犬さんおこしまーす」

「ありー」

 そんなやりとりをしながら、他のパーティーもぼちぼち整っていく。


『では、そろそろ再開』

 わらわらとフレイリッグに皆が群がって討伐が再開となる。

「いやー。楽しいねぇ」

「そうですね。人がバタバタ倒れるのは見ていて気持ちがいいです」

「起こす身にもなりなさいよ」

「こわやこわや……」

 アキレウスとセーレの会話に、エリシアとリコリスが反応する。


「俺は魔防上げないと……。セーレさんどれくらいある?」

「2000ちょっと」

「たっか。アクセ変えようかな。でも、スタン耐性は捨てたくないな……」

 犬まっしぐらとセーレの会話に、自分の魔法防御を確認する。盾職は補正で高めなのだが、それでも1600程度だ。

「サマナー入れたら、魔法防御上がりません?」

「うーん、サマナーは数少ないしMP効率考えるとウィズと一緒に編成したいな」

 ビタミンの言葉にアキレウスが答える。

「それもそうですね。前衛は死んだら起こしましょう」

「そろそろ60%」

「はーい」

 また魔法が飛んでくるかと身構えるが、フレイリッグは今までと違う動きを見せる。

 フレイリッグは雄叫びを上げ、その場で飛び跳ねたかと思うと、ブンブン尻尾を振り回しながら暴れ、バタバタとプレイヤーが倒れていく。

「うわ」

 ヒーラーが二人とも倒れるが、自動復活で起き上がる。


「結構、範囲広いね」

 距離を取っていたはずの遠距離職がバタバタと倒れている。メンバーのHPの減り方を見る限りでは物理攻撃なのだろう。

 それからは、通常攻撃に加えてこの動きも加わる。

「んー、詠唱中だと逃げるのギリギリ」

「もすぐ55」

「95以外は、今のところ10%刻みだけどぉ……って」

 話している間に魔法陣が浮かびあがって、視界一杯に炎が吹き荒れ討伐メンバーを半壊させて、さらにその後にフレイリッグは口から炎のブレスを四方八方にまき散らし始める。そのブレスに当たったプレイヤーはだいたい即死している。

「やべー」

「うける」


 あたり一面、文字通り焼け野原で、俺もそこに倒れる一人だ。生き残っている人は各パーティー一人か二人かと言ったところで、主催パーティーでは唯一生き残ったセーレがフレイリッグを連れて、ぐるぐると人のいないあたりを回っている。

「セーレがんばれ~」

 倒れたエリシアが声援を送っている。

「はわわ、リザ欲しい人~」

 別パーティーのメロンが屍の山の上を歩きながらリザレクションを配っているが、その間にもブレスが飛んできて死体の数がなかなか変わらない。


「うーん、もうちょっと行動調べたかったけど難しそうだね」

 ついにセーレも力尽きて、全員のHPバーが黒くなっている。セーレが倒れたことで、他のプレイヤーが追いかけられ、一人倒れ、また一人倒れ、メロンも倒れて、ついには動いている人がいなくなった。

『今日は、撤退! お疲れ様でした!』

 お疲れ様の嵐のあとで、周囲の死体が最寄りの拠点に戻り次々と消えていく。

「また次もよろしくね~。反省会参加する人はよろしく」

 パーティーが解散されて、とりあえずギルドハウスに戻ると、ギルドハウスにはセーレ以外が揃っていた。


「集中して疲れたっすー」

「でも、楽しかったなぁ」

 ドロップ品は何もなく消耗品で赤字なのだが、攻略段階というのは想像以上に面白いものだ。

「まだ、どこの勢力でも討伐されてないんすかね?」

「そうみたいねー。まだ他の勢力は人集めてる段階みたいだし、一番乗り目指したいね」

「そういえば、前回のマリニアンもイーリアス主催の討伐が初だったっすよね」

「そうそう。それで、なんか運営から記念品送られてきた」

「まじっすか」

「今回も何かくれるのかなー」

「楽しみっすね!」

「しかし、もうちょっとレベルとか装備を鍛えないとどうしようもないなぁ」

「おっ、皆で狩り行く!?」

「行くっすー」

「行きます」

「あー、わしは寝るのでパスで~」

「わたくしも家事を少々。お疲れ様でした」

「おつかれさまー」


 セーレは、反省会に参加しているのか反応がなかったので三人で狩りを少しした。その夜は、興奮でなかなか寝付けなかったが翌日の気分は上々だった。

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