第5話 村へ復讐1

 数日後。


 村の門番二人が仕事中に世間話をして退屈しのぎをしていると、一人の少年を見つけて驚き、笑い出した。いい退屈しのぎだとして声をかけ始めた。


「おい、見ろよあれ! ローじゃないか、あの魔法なしの」


「本当だ。いなくなったと思ったら戻ってきやがったのか、村の恥さらしが」


「まったくだ。魔法なしの役立たずが」


 それはロー・ライト。数日前、村から姿を消した少年だった。


「よう、良くもどってきやがったなロー、この魔法なしが」


「何しに来たんだよ、ああ?」


「……ふう、改めてみるとほんっとに嫌な奴らだな」


 スパン ドサッ


「ああ? 何だと!? この魔法なしが! ……え?」


 男が間抜けな声を発したのは、拳を振り上げようとした腕が手首の方から切り落とされていたからだ。そして、その痛みはすぐに襲い掛かってくる。


「ぐあああああああああ! 腕があああああああああああああ!?」


「あ、相棒! ロー、貴様! なにしやがったあ!?」


「手首を切ったけど?」


「ふざけんな! よくも!」


 もう一人の男が剣を構え、怒りの形相でローを睨みつける。


「俺は正当防衛なんだけど?」


「何ふざけたこと言ってんだ! ていうかなんてことしやがった!」


「復讐だけどさ。命までは奪わないから安心しろ」


「何言ってんだ、魔法なしが! なめんじゃねえええええええええええ!!」


(ぶっ殺してやる! 魔法なしめ!)


 この男は気付くべきだった。ローが持って無いはずの魔法で手首を切ったことを。そうすれば、少しは抵抗できただろう、ローの魔法の餌食になるのは確定だったが。


「えい」


「な!? これは!? がああああああああああああ!?」


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


 門番はローの手から出た赤紫色の光を正面から受けてしまった。彼は黒焦げではないにしろ、大やけどを負った。ローの言った通り、命だけは助かっている。そのまま気絶してしまったので、ローは仕事に支障をきたすくらいに切り刻んだ。そして、もう一人の方に近づく。腕をなくした方に。


「な!? 何でだ!? 何でお前が魔法を!? 魔法なしのくせに!」


「ああ。最近使えるようになったんだよ。おかげで復讐できる」


「そっそんな!? 馬鹿な!? ありえねえだろ!?」


「さあて、どうしてやろうか?」


「待て! 待ってくれ! 今までのことは悪かったから……」


「駄目。許してやらない。えい」


「ぎゃあああああああああああああああ!!」


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「さて、次は仕事場の連中か」


 もう一人も大やけどにした後(ついでに腕の傷口は血が止まるほど焼き尽くした)、ローは村の外の仕事場に向かう。かつての同僚と上司に会うために。そして復讐のために。


「……まだすっきりしないしな。……まあ、今の俺じゃなあ」




 村の外側の森の開けた場所に複数の男たちがいる。彼らはローの仕事の同僚や先輩で、今休憩中のようだ。そこにローが現れた。


「おい! あいつ、ローじゃないか?」


「「「「「えっ?」」」」」


「本当だ!」


「マジかよ! 村からいなくなったってのに!」


「ちっ魔法なしの屑が、まだいやがったのか」


「もう来なけりゃいいのに」


「またいたぶってやろうぜ!」


 ローに対する男たちの感情は、露骨に嫌そうだったり、下卑た笑みを浮かべたり、面倒くさそうだったり様々だ。彼らはローを取り囲み、最低な歓迎を始める。


「ロー! よく来たな―おい!」


「いい度胸だな、ああ?」


「ここに居場所はねーよ! お前はとっくにクビだ!」


「目障りなんだよ!」


「とっとと死ねばいいのに!」


 そんなことを言い始める同僚たちにローは極めて冷めた態度をとる。


「ここも相変わらずだな。屑ばかりが群れてるな。俺って恵まれないな~」


「「「「「「何!?」」」」」


「よく聞きな先輩方。あんたらは本当の屑で愚か者だよ、バーカ(笑)」


 ローは、意図的に彼らを煽る。より愉快な復讐をしたいがために。


「お前! よくそんなこと言えるな!」


「なめやがって! 魔法なしのくせに!」


「もはや歩けなくしてやる!」


「そんな態度できたことを後悔させてやる!」


「また、いじめてやろう! やっちまえ!」


「「「「「「おう!」」」」」


 同僚たちは魔法をぶつけようとする。彼らは仕事上ほぼ同じ魔法を使う。つまり彼らの手の内はローに知られているということだ。


(こいつらは土系の魔法しか使わない。親方を除いてな)


「「「「「「くらえ!」」」」」


 ドオオオオオン!!


「「「「「「やったぜ!」」」」」


「ふん、やっぱり。一斉に石をぶつけてきたか。進歩しないな」


「「「「「「何!?」」」」」


 ローは、彼らの魔法の餌食にはならなかった。直前に近くの木の上に飛び移っていたのだ。同僚たちにとって、かつてのローでは考えられないことだ。


「何が『やったぜ!』だよ。馬鹿じゃないの?」


「「「「「「いつの間に!?」」」」」


「今度はこっちの番だ。『くらえ!』で、いいのかな?」


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「「「「「ぎゃあああああああああああああああ!!」」」」」


 ローの魔法が同僚たちに襲い掛かる。全員が門番のように気絶すると思われたが……


 ドサッドサッドサッドサッ   ガクッ


「はあはあ……ロー、テメエ……」


「ほう、耐えたのか。見事(笑)」


「今のは……魔法か! 魔法なしじゃなかったのか!?」


「最近使えるようになりました、祝ってね(笑)」


「ふざけんな! 調子に乗りやがって!」


 一人だけローの魔法に耐えた男がいた。ローに最初に気付いた大柄の男だった。彼はもともと土系の魔法というわけではなく、似たことができる魔法の使い手だ。確か……


「くそ! 今頃になってこんな強い魔法を使いやがって! しかもこんな事をしでかしやがって! 絶対後悔させてやるぞ! 恩知らずが!」


「恩知らず? 仕事をくれたのは感謝するけど、それにお釣りがくるほどいじめたじゃないか?」


「うるせえ! もうどうでもいい! 今、お前を叩きのめさないと気が済まねえ!」


「そうか、なら来いよ。俺に勝てるかな?」


「【雷魔法】だろう、最近使えるようになっただけのやつに負けるか! 俺のは【剛力魔法】だ!」


「知ってるよ。自慢だったな」


 【剛力魔法】は身体能力増加の魔法だ。体全体の強化も一か所の集中強化もできるものだ。最も、見たところローの魔法に対処できるとすれば、防御力の増加になるが。


(こいつらを気絶させるほどの魔法を使ってもローのやつ余裕がある! くそ! そういえば魔法が使えなくても魔力だけは結構あったなあいつ……まずいな、俺にやれるか?いや、やるしかねえだろ!)


「いくぞお! くらいやがれえ!」


「ふん、じゃあ倍でいいか」


 ローはもう一度、同じ攻撃を放った。ただし、威力は先ほどの2倍増しで。


 ビッビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「うわああああああああああああああああああああああ!」


 ドサッ


「俺の勝利だ。ははっ、楽勝」


「何がだ?」


「ん? おお」


 戦いに勝ったローが余裕の表情をなくしかけるほどの男が声をかけてきた。かつてローを仕事に雇った人物であり、同僚たちのリーダーでありローの復讐の相手の一人。


「親方。久しぶりです」

 ローが後ろを振り返ると一人の男が立っていた。壮年くらいのその男は、忌々し気にローに声をかけてきた。


「……よく戻ってきやがったなローよ。で、これはどういうことだ? こいつらをどうした?」


「俺が彼らに仕返しをしました。そして、次はあんただ、親方」


「仕返しだと? 俺にもか? お前を雇ってやったのに?」


「ああ、あんたが連中のストレス発散のためだけに俺を雇ったってことは最後に戦ったそこの馬鹿から以前聞いてたからな」


 それは真実だ。ローが働いていた頃に聞かされたのだ。【剛力魔法】の使い手の馬鹿に。


「ちっ、秘密だって言ったんだがな、あの馬鹿め。」


「仕事場での俺の境遇はあんたが元凶だ。覚悟しなよ、今の俺がどういうやつか分かるんだろ? さっきまで指をくわえて見てたんだから。自分の部下を犠牲にしてな」


「見抜いてたのか。そうだ、お前を確実に仕留めるためだ。指をくわえてたわけじゃねえ」


 この親方こそ、ローが仕事場でいじめられるようにした男だった。しかも、ローの変化に気付いた彼はローの力を知るために、ローと部下の戦いを観察していたのだ。元軍人だけあって戦いには詳しいのだろう。


「連中のストレス発散のためだけに俺を雇ったくせに、そんな連中まで捨て駒にしたのは見捨てるのと同じだぞ? 最低野郎」


「仕事がはかどると思ってお前を雇ったんだが失敗するとはな。こんなヤバイ奴になって戻ってくるとは。だが、あいつらのおかげでお前の【雷魔法】の手の内はある程度見切った! 俺の【鉱物魔法】でお前を仕留める!」


「責任を取るつもりか? やってみな!」


 ローと親方の戦いが始まった。ローの攻撃は同僚たちに向けたものと同じものが放たれた。


 ビッビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「無駄だ! 見切ったと言ったはずだ!」


「そうかい!」


(【鉱物魔法】で体の表面を雷を通さない鉱物で覆ったか、まあ親方は元軍人だしな。硬い守りがあると考えていいんだろう。ならば、カマキリとの戦いが活かせるな)


「おっと」


 ドカン!


 親方の拳をギリギリで避けた。落ち着いているローでも冷や汗が出た。


「ちっはずしたか。だがお前の動きも読めてきたぞ! あきらめろ!」


(ここで俺の動きを読まれるのはまずいな)


 親方は不格好な鎧を着ているような姿でローに襲い掛かる。ローはカマキリの魔物を仕留めた技を放つ。回転する光の輪だ。そして、右手から光の剣を形成する。


「な!? これは、削っているだと!? こんな使い方が【雷魔法】に!?」


「まだだ!」


「今度は剣か! だがそんなものこの鎧には……」


「こいつも削るんだ!」


 バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ!!


「な!? こんな戦い方が!? ぐふ!?」


「俺の手の内を見切っただと? 俺はそこまで甘くはないよ」


 スパン


「うっ! ぐああああああああああああああああああ!」


 ローの光の輪と光の剣が鉱物の鎧を削り切り、親方を切り刻んだ。そして、傷口からさらに追い打ちをかける。


 ビッビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「うわああああああああああああああああああああああ!!」


「よその国の元軍人か。それでも年にはかなわないよ、親方」


(いや、そんな年で戦えるなんて流石は元軍人だ、と言うべきか。俺の魔法でチェーンソーを再現できるなんて、あの頃は思ってもなかったな……)




 数時間後。


 親方を気絶させる前に、少し話をしたが特に気にすることなく村に向かった。村には復讐対象がまだ大勢いるのだ。


「次は誰から始めようかな?」


 親方を気絶させた後、ローは自分の家に向かった。ただし、家に帰るのではなく、その隣の家に用があったのだ。理由はもちろん、復讐だ。




 数分後。


「もう止めてえええええええええええええええ!」


 ローが今いるのは自宅ではない。自宅の隣の家だ。隣の家に住む女性が悲鳴を上げているのは、復讐の対象としてローに家を破壊されているからである。ついでにボロボロの姿で動きがフラフラなのは、出会ったローに罵声を浴びせた挙句、【風魔法】をぶつけようとして失敗し、ローに反撃された結果である。


「あんた! いっいや、ロー君! 今までしてきたことは謝るからもうやめて!」


「謝っても無駄だ。ていうか、よくさっきあんなことを仕掛けてきてそんなこと言えるな、隣の家のおばさん?」


「だって、だって……」


 情けない声で俯くこの女性は、ローの幼馴染の女の子の母親だ。この女性は女の子のように嘲るだけじゃなく、ローの家にゴミを置いたり、風魔法で家の窓を割ったりしていた。死んだ両親とは親しかったが、両親が死んでローが魔法なしとしてみなされた後はそういう風に接していた。


「ロー君は魔法なし……だった……そんな奴の味方したら……私達だって……」


「だからあんなことしてきただと? 理由にならないな。人の家を壊しておいて。報いを受けるんだな」


 ビッビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「ひいっ ごめんなさ……ああっ! いっ家がああああああああああああああ!」


 ローの家は住めなくなるほど壊されていた。壊され方からして、犯人は分っていた。その犯人は今、ボロボロの体で焼き尽くされた自身の家の前で放心していた。


「「「「「なんだ!? 何が起こったんだ!?」」」」」


「ほう、もう来たのか。早くて助かる」



 数分後。


 ビッビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「ぐあああああああああ!」


「うあああああああああ!」


「うわああああああああ!」


「やめろおおおおおおお!」


「ゆるしてくれえええええ!」


 隣の家を焼き尽くした時に使った魔法の衝撃が気になって、村中の人間が集まってきた。ローにとって探す手間が省けたようなものだ。村人全員が復讐対象のようなものなのだから。


 彼らの大半はローを見た途端に、門番や同僚たちと同じ反応だったが、今度はローから攻撃してきた。もう、あいさつする手間は省くようにしたのだ、めんどくさいから。


「よくも俺に何も売ってくれなかったな商人共。おかげでおこぼれを狙う日々で大変だったんだぞ」


「ぐっ……がはっ、それは…」


 ローは、意識がはっきりしている者に声をかけた。


「お前らの店も商品も焼き尽くしてやるから覚悟しろよ」


「ッ!! そっそんな!? まっ待ってくれ! 今まで、っぐは!?」


「何を言っても無駄だ。これは復讐なんだから」


 謝罪の言葉など意味はなかった。ローは商人たちの店に向かう。

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